トランシルバの休日
pv3万を超えました。
読んでくださった方々ありがとうございます。
どこまでも続く灰色の空、草木が一本も生えていない死の大地。命も一筋の希望もない大地を俺は一人で歩いていた。行く当てもない。あの大悪魔が強くなったら脱出できると言った以上、俺がこの世界で取れる選択肢は戦いだけだ。
この世界では肉体的疲労は感じない。しかし精神的疲労は感じる。故に体が重い、決して病むことのない体だが、精神的に来る疲労感から足取りは重かった。
ここに来て何日経ったか、昼も夜もなく曇天の空が永遠に続くこの世界では時間を知ることもできない。
「グアアアアア」
また、来たか。下を向き、不毛の大地のみを眺めていた俺は、いつの間にか多数の悪魔達に囲まれていた。
この世界に来てこういう場面はこれまでも何度も遭遇した、意思疎通もできない化け物との戦闘。遭遇して最初のうちは、俺も気力があるので善戦するが、お互い不死の体だ。殺しても戦いは終わらないし、殺されても戦いは終わらない。
何時間も戦っていると集中力が切れ、後は悪魔達にやられ放題だ。悪魔達は無抵抗の俺の体を切り刻むなど、残虐の限りを尽くすと飽きたのか俺を置いてどこかに行ってしまう。
そして見逃されても、すぐにまた次の悪魔の群れに遭遇し同じことを繰り返すのだ。
それでも、何十、何百、何千、何万と痛みと死を経験したが、俺はここにいる。どのくらい強くなれば解放されるのか分からない以上、俺は未来永劫戦わなければならないのかという恐怖に襲われていた。
「グアアアアアア」
俺を得物だと思い、悪魔達が迫ってくる。
悪魔の刃が俺の喉を切り裂こうとした瞬間、俺は夢から覚めた。
「はぁはぁはぁ」
息が荒い、それに全身からおびただしい量の汗が流れていた。
「くそっ、今日もこの夢か」
魔界から戻って十日が過ぎたが、俺は毎晩、悪夢にうなされていた。見る夢はいつも決まって地獄のような魔界での日々だった。
この地獄を決して忘れるな。まるで魔界そのものが、魔界という存在を俺が忘れないようにするために悪夢を見せ続けているようにすら感じられた。
「一生、この悪夢に怯えながら生きるのか」
これは、俺が強くなったことに対するこれは対価だ。そう思えば、毎晩の悪夢など大したことないだろう。
いや、これ以上深く考えるのはよそう。気持ちが沈んでしまう。今日はそれなり楽しみにしていた日なのだから、悪いことは考えないようにしよう。
本日は、二条との初デートの日、いや付き合っているわけではないからデートというのは少し違うか。日本には彼女もいるし、これって浮気か?ともあれ、今日、俺は二条と一緒に初めて王都の繁華街に出かけるのだ。
俺は、いつも着ている制服ではなく王国から支給されている一般人用の服に着替えて部屋を出た。
「遅いよ、高木君!」
城門前で待っていた二条も、いつも着ている制服ではなくこの世界の一般人が着るような質素な服を着ていた。今日みたいに王宮から出る日は別だが、普段は俺を含め、勇者達は王国から支給される最高級の服を着ずに学校の制服を着ている。
理由は簡単。学校の制服の着心地が良いからだ。技術力が低いこの世界の服の繊維は、俺達日本人の肌にはいまいち合わない。それに制服に防御魔法を付加すれば戦闘にも耐えうる鎧にもなるので、日常面、戦闘面においても制服の方が優れていた。
しかし、街で買い物するのに、この世界では見慣れない制服を着るのは無粋だろう。佐伯ではないが少しばかり異世界を楽しんでもいいはずだ。
「では行こうか」
恋人のように手は繋がないまま、俺達は市街の方へ歩み出した。
「それにしてもみんな酷いね。高木君が強くなって帰ってきても。謝罪一つしないで」
二条の言うようにあの戦いから二日が過ぎたが、クラスの連中から謝罪の言葉一つない。俺の強さは理解できても、みんな、自分のプライドが邪魔して素直に謝れないようだ。
とは言え、俺を避けるように行動するので、いじめを受けることはなくなった。今はそれでよしとしよう。
「きっといつか、何とかなるさ。それよりほら繁華街に着いたぞ」
城門から王宮へ続くメインストリートに当たる通称グラース通りが今回のお出かけの目的地だ。道幅はかなり広いが街道の左右には様々な店が立ち並んでいる。まだ昼前にも関わらず、多くの商人と買い物客で賑わっていた。
ローレンス王国において、グラース通りで買えない物はないと言われるほど品揃えが豊富と言われる場所だ。ふと見ると、日本でも見かける物から見たことのない物まで、様々な物が陳列している。
他の連中は良くここに足を運んでいたらしいが、ここ二か月眠っていた俺とずっと俺を看病していた二条は今日初めてここを訪れた。
チラッとまだ見ぬ品々を見た俺と二条は顔を見合わせて今日は異世界のショッピングを楽しもうと宣言し、立ち並ぶお店に突撃した。
街道の終わりの地点まで差し掛かったころ、
「いやー、色々あったね。買うものがなくて少し残念だったけど」
「まあ、技術レベルが低いからな」
最初こそは目を輝かせて買い物していたが、購入しようと思った物がほとんどなかった。というものほとんど王宮で目にしたことのある物だったので目新しさは感じなかったからだ。
逆を言えば、王国側が俺達に期待して最高級の物を無償で提供しているということだが、
「でもこれとかきれいで可愛いでしょう?」
二条は唯一買ったオーロというペンギンと孔雀を足して二で割ったような鳥が書かれたタペストリーを取り出した。
正直微妙な姿をした鳥だ。二条とは美的センスが違うなと思った矢先、二条が突然叫びだした。
「あぁー!?」
そう二条が叫んだ方には、クラスメイトの黒川華凛がいた。向こうもこちらに気付いたようで、近寄って来る。
「あれ、白雪ちゃんデート?ってよく見れば高木君じゃん。何、いつ目が覚めたの?」
「そうか、ずっと街で商売していた華凛ちゃんは知らなかったのか。高木君はつい十日前に起きたの。で、まだ街を見てないから一緒に買い物していたの」
知らなかった、二条が黒川とこんなに親しい間柄とは。というか二人とも日本にいた時は物静かのイメージだったがこんなにも元気よく喋るだな。
「そうか、そうかそれは良かったね。あ、立ち話もなんだし、私のお店来る?」
元々内気な性格だった黒川は二か月前、俺をいじめていた奴らの中に入っていなかった。というか俺に対する関心がないようだった。きっと異世界でも商売で頭が一杯だったのだろう。二条とも仲が良好のようなので二人して黒川のお店にお邪魔した。
案内された黒川の店に着くなり、いきなり彼女はある物を差し出した。
「これって、ハンバーガーか?」
「そう、この世界にはパンはあるけどハンバーガーはなかったから作って売ってみたの」
「そして、それが」
「そう馬鹿売れ」
正午ということもあり、黒川のハンバーガー店の前には長蛇の列ができていた。
「さっき、このお店を見たけどハンバーガーは日本にもあったから気にも留めなかったな」
「あはははは、まあ日本人じゃ驚かないよね。でも異世界人から見たら革命的な料理のようだよ」
「でも華凛が料理上手いのは知ってたけど、商才があったのは知らなかった」
二条が驚くのも無理はない。黒川はハンバーガー屋で稼いだ資金を投資し、このグレース通りにいくつもの店を経営しているのだ。僅か三か月弱で、グラース通りを仕切る重鎮の一人に数えられるほどの人物になったというのは尋常ではない。
「いやいや、私が勇者だったから王国から仕入れや土地や資金等でかなり支援をもらえたのと、たまたま可愛い従業員が多かったからここまで繁盛できたんだよ」
自身の才覚には謙遜する黒川だが、従業員の方は自慢の部下らしい。
「紹介するね。こちらのおっぱいの大きなお姉さんが売り子のアスさん、で、こっちの熊の人形を持った小学生くらいの可愛い子がロトちゃんです」
紹介されたのは大人の色香をムンムンに漂わせている妙齢の女性と鉄仮面のように表情が硬い、熊の人形を持った幼女だった。
「店長、今仕事中です。くだらない事は後にしてください」
「うん、今忙しい」
「ああ、うん、ごめんね。持ち場に戻って」
店長でありながら店員にお叱りを受ける黒川を見て、こいつは異世界という環境に負けず上手くやっているんだなしみじみと思った。
「三日後には、王宮で新たなAランク冒険者の授与式が行われるから王国中から人が来るでしょう。そこが勝負ね」
「ああ、確かセレンとかいう街の冒険者で名前は…」
「魔剣使いのメイルと氷使いのリサよ。一気に二人も美人のAランク女性冒険者が誕生するということで王都中が賑わっているわ。その分私達勇者の風当たりが冷たくなっているけど」
別れ際に話していた黒川の懸念は最もだ。すで魔王を倒した朝倉や津田は大丈夫だろうが、俺も含め戦いもせず王宮にいる勇者の評判は悪いだろう。実際、道中で勇者には当たりと外れがいるとか、王宮の勇者は税金泥棒とまで言う者もいた。
「でも、これから挽回できるでしょう?」
「それはあいつら次第だろう」
俺達は今後の心配をしながら帰路についた。魔王を倒す以前に城の勇者達は精神力も戦闘力も足りていない。せめてやる気さえ出してくれればいいなと思いながら城門をくぐる。どうやって、やる気を出させるかと思った矢先、俺の目に飛び込んできたのは、一列になって並ぶ勇者達だった。
「なんだ。お前達、宮殿内にいないとは珍しいな」
身構えた俺に対して、皆を代表してか山城が一歩前に出た。
「高木、本当に」
山城がそこまで言った後、残りの全員が頭を下げ大声で叫んだ。
「「「「「すみませんでした!!」」」」」
「えっ?」
突然のことに俺の理解が及ぶ前に、彼らは次々と叫ぶ。
「雑魚とか言っていじめてごめん」
「無能とか言ってごめんなさい」
「力になれずにすまん」
「俺なんか友達だったのに裏切って、本当にごめん」
全員が別々で言っては何が伝えたのか分からないだろうと察した橘が代表して言う。
「ここ何日かみんなで考えていたんだ。どう謝ればいいのかを、それでもう決めたんだ、みんなで一緒に謝ろうと。本当に俺達はお前に対して酷いことをしてしまった。許してくれとは言わない。けど俺達みんな反省しているんだ。それだけは知って欲しい」
最後の方は力が抜けた感じだったので声が小さかったが、目に涙を浮かべながら謝罪する姿を見て、彼らが心の底から反省しているのはよく分かった。
「そうか、では一つ条件がある。それを飲むなら許してやる」
俺が無理難題を言うのではないかと心配して橘達の顔が強張った。
「俺もいじめを経験していじめの辛さを知った。だからこそ、俺は今謝りたい奴がいる」
ここまで言って俺の言いたいことを察したのかみんな顔を伏せた。そうだ、俺を含め俺達には謝らなければならない奴がいる。
「俺も謝るから、みんなで津田に謝罪しよう。謝ったところで元の関係には戻らないかもしれない。でもけじめはつけよう」
皆、顔を伏せていたが、しばらくすると決心したのか顔を上げた。
「そうだな。みんなで津田に謝ろう」
橘の発言にみんな賛成のようだ。よかった、よかったと隣では二条が泣いていた。
条件が受け入れられた俺は今まで感じたことのない幸福感をぶつけるために、空を見上げて今日一日を振り返った。今日はここ数年で最も楽しい一日だった。いつまでもこんな日が続き、魔王との戦いなど来なければいいのにと呟き、未だに涙を流す級友達の元へ行った。
だが、この時の俺はまだ知らなかった。破滅の日がすぐそこまで迫っていたことに。




