九階層の秘密兵器
九階層の地形は神殿に設定している。イメージとしては以前、地下神殿みたいだとテレビで話題になった、洪水を防ぐために作られた埼玉県にある首都圏外郭放水路に近い。天井を支える柱が無数に存在しているだけの寂しい空間であるが、あちらがすべてコンクリートでできていたのに対し、この空間は大理石のような白い石材を使用しているため部屋のすべてが真っ白だ。
この階層の住人は三階層のビッグ・タートルと同様に彼女一人だけだ。巨大な正方形のこの階層の隅にこの空間には似つかわしくない日本風の木造の平屋(1500ポイント)が一軒あり、そこに住んでいる。
足取りは重い、正直に言って余り気が進まないからだ。よっぽどの事がない限りできれば彼女と会話したくない。彼女の言葉は引きこもりにはつらい。一応入口をノックして扉を開ける。他の建造物とは違いこの扉だけは何故か引き戸だ。
「なんだ~まだ生きてたのか、早く死んでくれないかなぁ」
部屋の主は掛布団の上でゴロゴロしながら、こちらを見て、開口一番に呟いた。確かにいじめられている時によく言われた単語だ。だが、それでも誰かに死ねと言われる心に来るものがある。
「そんなに、僕に死んで欲しいのか?」
「当たり前だろう、お前も日本人なら分かるだろう?天界と違いここにはゲームも漫画もお菓子もないんだぜ!」
ガチャから出てきたモンスターは会話のための最低限の知識しか持っていない。だが、クリスタル卵から出てきたこいつだけは何故か日本の知識を持っていた。ちなみにポイントの交換では彼女の好きそうな漫画もゲームは手に入らない。
「何度も言っているだろう。あのガチャから出てくるモンスターは〈塔〉の能力によって生み出された防衛用モンスター。だが、アタシは違う。アタシは女神様に使える最高位天使の一人ガブリエル様だ。ガチャの力で生み出されたのではなく、天界から強制召喚されたんだよ!」
布団に寝ながら言われても説得力はないが、彼女の外観が彼女自身が天使であることを物語っていた。青い髪に四枚の白い羽、見た目の年齢は僕よりも少し若いくらいだろうか、恐らく普通にしていれば絶世の美少女だろうが、こうして寝転んでいては、何もかも台無しだ。
「だから、僕の命令が聞けないのか?」
「そう、一応〈塔〉の能力によって縛られてはいるが、アタシは他のモンスターとは違って無条件にお前に従う事はしないのだよ」
他のモンスターは嫌がるそぶりもなく無条件に僕の命令に従うが、ガブリエルだけは違う。階層ボスに設定したから、戦闘中は移動できない等のルールには従っているが、ルールには関係のない事であれば、一切言うことを聞かない。とはいえ、魔王が来れば階層ボスとして戦うしかないだろう。
「今、魔王アドラメレクっていうのが攻めてきてるんだけど、知り合いか?」
「アドラメレク?ああ、あの意識高い系の子分の一人か、何?、攻めに来てるのここに?」
ガブリエルが大きく反応をみせ、立ち上がり喜んだ。やはり、天使、魔王は憎き敵なのだろう。僕はこの怠慢天使に初めて期待を持ったが、彼女の喜びは僕の想像とは大きく異なっていた。
「よし、これで天界に帰れるぞ!」
「え?なぜ?」
「お前ではあの魔王にはまだ勝てないはずだ。アタシがわざと負けてこの階層を通してやれば、最上階であいつがお前を殺してくれるだろう?流石に一応マスターだからな、アタシじゃお前を殺せないんだよ」
「え、確かに〈塔〉の力で殺されても復活はするが、僕が殺されたら、お前も他のモンスターと一緒に消滅するぞ!」
ダンジョンルールでは、モンスター単体で死んでもダンジョン内であれば無制限に復活するが、能力者つまり僕が死んだ場合はダンジョンもモンスターも共に消滅することになっている。しかし彼女は例外のようだ。
「そう、そしてアタシだけは消滅せずに天界に召される。完璧な作戦ではないか!アタシは何もしないけど」
ヤバい頼みの綱の切り札が消えた。今まで死ね死ね言ってたのは、天界から強制召喚された怒りをぶつけているのかと思ったが、自分が天界に帰るために本気で言っていたらしい。
「要は済んだな。ほら、帰った!帰った!」
もう用済みなのか、ガブリエルは僕を部屋から追い出すそうとする。仕方ないスカルドラゴンの時にこの平屋を建ててやったみたいに物で釣るか?
「ガブリエルさん、何か欲しい物はないですか?」
一応ダンジョンマスターのはずなのに僕は低姿勢でお伺いした。僕の問いに彼女は笑顔で答えた。
「お前の命!」
もうだめだ。話しにならない。ここにいても時間の無駄だろう。だが、直に見て改めて分かったことがある。彼女の魔力は魔王アドラメレクと互角かそれ以上だ。それだけに彼女が戦ってくれないのは痛手だ。しかし命令を聞かない以上どうすることもできない。非常に悔しいが僕はガブリエルを戦力にするのを諦めて最上階のログハウスに戻るしかなかった。