再会、交渉、降臨
「!?おまえメイルか!何故ここに?」
かつて、バズはまだ駆け出し冒険者であったメイルの指導をしていた時期があり、メイルの才能はバズの教え子の中でも飛びぬけていた。彼女を一目見て将来は確実にAランク冒険者になるだろうとバズは確信したのである。なのでバズが教えられることは多くはなかったが、その代わりに冒険者の心得やあり方など彼女に叩きこむ。
その結果、メイルは強さよりも心のありようを大事にする冒険者に育った。だからこそ、バズがセレンを出た時には失望し、山賊になってからは落胆する。気持ちで負ける弱い冒険者は冒険者ではない、かつての師が自分に語ったようにメイルはその後バズのことを冒険者とは見なさなかった。
それが、何故、この場にいて、しかも自分を助けたのか、バズは涙を拭きとりながら、かつての教え子に尋ねる。
「セレンの街の防衛委員会からこの塔の調査を頼まれてきました。それで、入口にいたあなたの部下に、あなた達が我々よりも先に塔に侵入して戻ってこないと聞き、慌てて突入しました」
「俺は山賊だぞ、助ける義理はないだろう?」
「確かに、あなたがした事は簡単に許されるものではありません。それでも私はずっと待っていました。先生が罪を償ってまた冒険者に戻る時を、自分勝手かもしれませんが私はまた冒険者として活躍する先生の姿が見たいんです。入口の二人から聞きました。戻られるのでしょう?冒険者に」
笑って答えるメイルの顔を見て、バズは再び、目に涙を浮かべる。自分の事を見捨てたと思っていたが、それは違っていたのだ、彼女は自分が冒険者に戻るのを、ずっと待っていたのだ。
「だが、この部屋に来た以上あの怪物を倒さないとここから出らない、残念ながら、いくらお前でもあれには勝てるとは思えない!」
あの怪物にはBランク冒険者三十人がかりでも碌にダメージは与えられなかった。今のメイルの力がどの程度かは分からないが、それでも勝つのは厳しいだろうと推測するバズ。だが、メイルはそんなバズの不安をかき消すように笑って答える。
「未確認のユニークモンスターですね。確かに私一人では厳しいかもしれません。ですが、私にはそれなり腕の立つ仲間がいます」
メイルの指さす方を見ると、十一人の冒険者がおり、生き残った部下達を連れこちらに向かって歩いて来た。あの怪物が攻撃することを危惧したバズだが、何故か怪物はこちらを観察するように、動きを止めている。
「お頭」
「!?……エドガー、ガリ、ベルン、よく無事だったな!」
「お頭こそ、よくぞ御無事で」
「先に死んでいった者達もお頭が無事なことに喜んでいるでしょう」
生き残った部下達と喜びの抱擁を交わす山賊達、だが、ここはまだ安全圏ではない。
「では、そろそろ行きますか、皆さんやりますよ!」
メイルの一言で冒険者達は怪物の方を向き戦闘態勢に入った。
「おい、メイルお前達は、スカルドラゴンの戦いで疲れているだろう。いきなり飛ばせるのか」
メイル達を心配したバズの問いを冒険者達は笑って返した。
「スカルドラゴンなら、リサさんのバインドで動きを封じられ、メイル嬢ちゃんの一撃で沈んだぜ!」
陽気な声で答えるガゾン、バズは今の発言が信じられない。
(あのスカルドラゴンを一撃だと、そういえば、こいつら誰一人負傷した痕がない)
バズはすぐに自分達とメイル達の力量差を知ることになる。
「リサさん!!」
「エターナル・アイス!!」
リサの放った魔法は一瞬にして池の表面の大部分を凍らせた。今までは深い池に阻まれて近接系はお荷物であったが、これで活躍の場が生まれる。
「すごい、あの広さの池を一瞬で凍らせた!」
リサの圧倒的な魔法に驚きガリは声を溢したが、他の山賊達も同じ感想を抱いている。
「行くよ!魔剣レーヴァテイン!!!」
メイルが叫ぶと彼女の持つロングソードの刀身が紅い炎を纏った。そして彼女はそのまま、怪物に向かった突撃する。
「あれは愚策だぞ、いくら剣が届くとはいえ、なんも策なしに突っ込むなど」
同じ剣士であるエドガーがメイルの無謀な突撃に警鐘を鳴らす。その時、ついに怪物から一発の水ブレスがメイルに向かって放たれた。危ないと叫ぶ山賊達だが、メイルはそれを難なく右にずれ躱す。だが、そうなると今度はバズ達の方に向かって外れた水ブレスが飛んできた。
「イージス!」
だが、落ち着いた様子でリサが魔法を唱えると山賊達と冒険者の周りにドーム状のシールドが張られた。「魔法じゃ防げない、あれは回避するしかない」と今まで水ブレスの恐怖を味わってきた山賊達が警告するが、冒険者達は笑顔のまま、「大丈夫」と言い、山賊達の警告に耳を貸さない。
そして、水ブレスがシールドに当たる。魔法でできたドームは一崩れたが、放たれた水ブレスも衝突で形をなくし、地面に飛散する。
「イージスは光系統の最上級魔法の一つで、あらゆる物理的衝撃を一度だけ無効化するんだぜ」
一人の冒険者がリサの魔法を得意げに解説する。お前は使えないだろうと別の冒険者にすぐに突っ込みが入り、戦闘中にも関わらず冒険者達は笑いに包まれる。それに対して山賊達は自分達と彼らの力量の差に驚きを隠せずにいた。
(これが、真のBランク冒険者、魔王と戦い続けた者達の力か、山賊として雑魚狩りしていた俺達は一体なんだったんだ)
同じBランク冒険者のはずなのに、自分達とは天と地ほどの差があることを改めて知りショックを受けるバズ、だが、その時には戦いはクライマックスに突入していた。
バズ達に当たらないように、池の右側に移動しながら、怪物に接近するメイル。水ブレスが何発も放たれるが、自分で発動した自己強化魔法で身体能力が向上しているメイルには一発も当たらない。そして、ついにメイルは怪物の眼前に迫まる。
怪物はチャンスと感じた。今まで素早く避ける敵が自分の目の前に来たからだ。怪物は仕留めようと水ブレスを吐こうとするが、メイルの方が一手早い。
「クリムゾン・ブレードォー!!!」
魔剣に纏っていた炎を一気に放出して放つ炎の斬撃を受け、怪物の頭部は一瞬で黒焦げとなり、その炎は怪物の甲羅内を焼く。普通に放っていては甲羅に阻まれるだろうと予測したメイルはあえて危険を冒し、怪物の正面から攻撃したのだ。結果は大成功、怪物は紅蓮の炎に包まれ大炎上する。
もはや、言葉が出ない。バズを含め山賊達はメイル達に心の中で称賛の拍手を送る。
怪物の体が光の粒となり消え、いつも通り扉が現れた。どうやら、この階層の敵はあの怪物だけだったようだ。
凍っている池の上に出現した扉に近づき、ここで山賊達と共に脱出するかを考えるメイル、バズ達もそうだが流石に自分の魔力も使い過ぎた、恐らく後一戦が限度だろう。だが、彼女に考える暇を与えないようにするためか、扉の前に突如、新たな人影が現れる。
「誰?」
メイルがモンスターに対し誰と聞いたのはその敵が人間の男だったからだ。その男の服装はそこらの農民と同じ服装だったが、その男から発せられる魔力はメイルに臨戦態勢を取らせるに十分であった。
生き残った山賊達も残り僅かで、死んだ山賊達の力を奪い、ポイントも増やした僕は非常に気分が良かったが、知らぬ間に新たな侵入者が現れて、思わず飲んでいた水を吹きこぼしてしまう。
「!?……山賊じゃないぞ、ってかいつの間に侵入したんだ?」
このモニターは残念ながら、同時には一か所しか映さない。ずっとモニターを三階層に設定していて、他所を映さなかったために、気付くのがが遅れたのだ。あるいは侵入者がいたのに寝ていた自分の怠慢だ原因か。
だが、何故かビッグ・タートルは警戒して動かなった。僕はとっと攻撃しろと叫んだが当然その声は届かない。同じ階層にいればモンスター達をテレパシーみたいな感じで命令を下せるが、最上階にいてはそれはできないからだ。しかし、これは幸運だっただろう。ビッグ・タートルが攻撃しなかったおかげで、彼らの会話から新たな侵入者がセレンからの調査隊であることを知ることができたからだ。戦いは始まっているが、今ならまだ間に合うと踏んで、慌てて調査隊に僕は敵対する意思はないことを伝えようと三階層に移動する。
階層を移動する時に距離が離れていると若干の時間のずれが生まれる。僕が三階層に着いた時には、焼け焦げたビッグ・タートル光の粒になっていた死体と、こちらに剣を向けていた少女がいた。
自分には戦う意思がないことを赤毛の少女に伝えると彼女は仲間達のいるほうに行き詳しく話せと言ってきたので、その通りにする。
「で、あなたは誰?」
赤毛の少女だけではない、他の冒険者も武器を構えて僕に敵意を向けている。
「ぼ、僕の名前は津田健也、このダンジョンの主だ」
「ダンジョンの主だと、ではお前があのモンスターを操っていたのか?」
モニターで見ていた時にバズと呼ばれていた山賊の頭が、僕に怒りをぶつけた。何故こいつは僕に恨みを持つんだ。勝手にダンジョンだと分かっていて入ったんだから、死人がでても文句はないはずなのに。
「そうだ、細かい指示はしていないが、侵入者を迎撃しろとは命じた」
「おまえがー」と叫び殴りかっててくるお頭。だが、皮肉なことに彼の部下から奪った技能で格闘能力が向上していた僕はたやすく躱し、地面に押さえつける。
「交渉する意思があったんなら、なんでもっと早く出てこなかったんだ。そうすれば、あいつらは死なずにすんだのに!」
組み伏せながら泣くお頭に一切同情せず、の僕は告げる。
「君達は山賊だろう。しかも最初からこのダンジョンをアジトにすると言っていたではないか、交渉の余地なしに殺しても文句はないだろう?」
どうやら、山賊という単語が彼に止めを刺したようだ。お頭はこれ以上抵抗せず、泣き弱んでいたため、僕は立ち上がり交渉相手達を見据えた。
「そう、確かにあなたの言うように、山賊には同情の余地はない。しかし」
赤毛の少女は涙を流すお頭をしばらく何やら訳アリの目で見つめると、真剣な眼差しで僕の方を見る。
「それで、私達と交渉したいとは何故?魔物の主いや、魔王の手先よ!」
僕に改めて剣を向ける赤毛の少女、他の者も再び激しい敵意を向ける。
「!?待ってくれ!!僕はセレンの街と敵対したくない。それに僕は勇者だ、君達の味方のはずだ!」
勇者だと?きっと赤毛の少女はそう言いたかったに違いない。しかし彼女の声は突然笑い出した男の声にかき消される。
「!?……何がおかしいの?こいつが本当に勇者という確証はないのよ、ガゾン!」
突然、笑い出した男はガゾンという、赤毛の少女の仲間のようであった。
「いや、これは失敬、てっきり他の魔王がボクを牽制するために作ったものだと思って警戒していたんだが、そうか勇者が作ったのか、アルカナ能力にまさか魔王が作るダンジョンみたいのがあるとは夢にも思わなかったよ」
「!?他の魔王だとお前は一体?」
僕の問いかけに応える形で、ガゾンという男の姿が一瞬で変身した。元のガゾンは筋肉隆々の男であったが、変身を遂げた男の外見は金髪ロングの長身のイケメンだった。
「「うそ!」」
見覚えがあるのか、先ほど池を凍らせた女魔法使いと赤毛の少女が揃って口を押え驚きの声を上げた。驚く二人を無視し、金髪のイケメンは僕の方を向き、頭を下げ挨拶をする。
「初めまして、今代の勇者よ、ボクの名前はアドラメレク、貪欲を司る第八魔王さ」