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第四話「目がいいってレベルじゃあないね」



 振り払う両手の聖剣と共に、10を優に超える魔法陣が夜夫の後方に現れる。そこから半身を覗かせるのは、彼が持っているものと同様の聖剣。


「行くよ、乙姫ちゃん」


 射出、射出、射出。


 尽きることのない聖剣の嵐。それを玄武院は素手で流し、弾き、たたき落とす。次々と襲い来る数十の剣を正確無比にさばき続ける。

 鋭い聖剣の刀身をはたいて落としているにもかかわらず、その手が傷つくことは一切ない。


「凄い凄い! ならこれはどうかなぁっ!」


 夜夫は逃げ遅れていたクラスメイトの一人へと模造品の聖剣を射出する。あいつっ!


「三流役者がっ!」


 そういって玄武院は飛来する聖剣の一本を空中でつかみ取り、そのまま投擲する。激突する二つの聖剣は射出された方のみが砕け散った。


「ダンスの相手はこの私だ。その最中に目移りするとはレディの扱いがなってないな。

 これだから童貞は」


「……目がいいってレベルじゃあないね。それが乙姫ちゃんの神器?」


「キミの奇跡『模造品作成』は触れた対象を50パーセントの性能で複製するものだ。だが、元の聖剣の“情報量”は模造品の比じゃないのだろう? いくら君のブクマが万を超えているといっても“干渉力(イマジネイト)”には限りがある。

 それならば、オリジナルの複製品じゃなく、複製品の複製品。さらにはその複製品を作らざるをえないはずだ。

 その真贋ぐらいはこの眼で見抜けなければね」


 そういってピンと自らにかけた単眼鏡をはたく玄武院。朗々と語りながらも真相は語らないのはいかにも彼女らしい。


「さてと」


 玄武院は無数に落ちている聖剣を眺め


「うむ、これを借り受けるとしよう」


 そのうちの一本を足のつま先で弾き、空中でつかみ取る。


「トレンチコートに長剣というのも、なかなか趣深いとは思わんかね?」


 肩をすくませて、ぎこちなく剣を構える玄武院。聖剣を天にかざすように突きつけるが、生憎この世界にまともな光源はなかった。


「いいねぇ。やっぱり、乙姫ちゃんは最っ高だぁっ!」


 打ち出される剣と共に、聖剣の二刀流で突撃してくる夜夫。大振りの連撃も、全てが超高速の即死級。だが、その全ては玄武院に躱され、流され、しのがれる。

 夜夫の右手の袈裟切りをくぐり、左手の薙ぎ払いを受け流す。そして、隙のできた左わき腹に一閃。夜夫は強引に手首を捻り、受け太刀する。

 

その時、彼女の瞳が淡く光った。


「壊れるぞ」


――バアリィィン


 玄武院の言葉と共に砕け散る夜夫の聖剣。彼女の一閃を防ぐものはもう何一つない。しかし


 パチン、と


 夜夫の指なりが、モノクロの教室中に響いた。その音の広がりと共に、全ての聖剣が青い粒子となって消失していく。彼の右手に握られているものを除いては。


「僕の、勝ちだぁっ!」


 勝負を決定づける一閃。それに対してトレンチコートをはためかせ、反射的に少し後ろにのけぞる玄武院。その程度では夜夫の剣閃は躱しようがない。


 だが、男のサガだろうか。その時僕はトレンチコートの隙間から垣間見えた、彼女の太ももに目がいってしまう。いや実際、この明らかな非常事態でなんてところにフォーカスしているんだ、と自分でも思う。けど

 

 そこには、何か黒い物体を握った玄武院の左手があったんだ。



――諦観、そして俯瞰。それは刑の執行を待つ“死刑囚”の視座。司るは――――


「“忍耐”の奇跡『0秒間の臨死体験(デッドリーリミットベクトルゼロ)』」


 白黒の世界だからこそ映える一瞬の稲光。





「受け身をとり給え、とれるものならね」


 訳が分からない。


 稲光が消えた次の瞬間には夜夫の一閃が空を切り、そして腰の入ったフルスイングを夜夫に叩きこまんとする玄武院の姿があった。

 大砲のような、いや大砲を超えた威力が込められている玄武院渾身の右フック。


「墳っ!」


「ガアァッッ、ぐっぐふぅっ!」


 その一撃をまともに受けた夜夫は教室のドアをぶち破り、


――ガシャアアァン!


 反対側の教室すら粉砕したような音がした。


「ふう、まるで一瞬のような一秒間だったよ」


 そういって額の汗をぬぐう彼女の左手には、丁度僕の筆箱と同じぐらいの黒色の塊。おそらくスタンガンと呼ばれるものが握られていた。


「さてと皆の衆、今のうちに逃げたまえ」


 その落ち着き払った玄武院の声に、我に返って逃げ出すクラスメイト。聖剣まみれの教室から、それらを蹴り飛ばしながら出て行く。


「……なぜだ? 夜夫はもう倒したんじゃ?」


「この世界が終わっていない、というのはそういうことだよ。いやはや、決定打に欠けるとは思っていたが……。ブクマの差とは、本当に如何ともしがたい。

 しかも……うっ、くうぅっ!」


 苦悶に顔を歪ませうずくまる玄武院。僕はすぐに駆け寄って助け起こした。その体は今まで死闘を繰り広げていたとは思えないほど華奢で柔らかい。


「だっ大丈夫か、玄武院」


「あぁ、全身が軋む、という痛みはなかなかにたまらないね」


 思ったよりは平気そうだ。


 その時、遠くからガシャリと、瓦礫を振り落とすような音がする。続いて、埃をはたく衣擦れ、革靴の足跡が聞こえてきた。そして


「いったいなぁー。時間停止なんて、流石に拡大解釈がすぎるんじゃない?」


 朝登校してくるような気軽さで教室へと入って来た。あの教室をぶち抜く一撃を受けて、ほとんど無傷なのか……。


「いやいや、亜光速移動はこの身体でも耐えれないさ。私のはせいぜい十倍速。しかも、その一回でこのざまだ」


 玄武院の言葉に反応せず、僕達二人を睨み付けている夜夫。一体何を考えているのか、思考が全く読めない。そして


「…………僕の乙姫ちゃんに触れるなよ。流星(メテオ)


へばりつくような低い声。それが合図となって僕と玄武院を覆う半球状に魔法陣が展開された。


「逃げろ流星(メテオ)っ!」


 ドンと、俺の胸を突き、俺をその外側へとはじき出す玄武院。それならば次に起こることはもう、分かりやすすぎるくらいに必然で。


「玄武院っーーーー!」


――ドドドドドドドっ!


 雨のように降り注ぐ聖剣、その数は数百、数千にも届く。はじき出されていく剣が、刀傷だらけの教室に埋まっていく。それが数秒間だったか、数分だったかはわからないが、絶望的な時間がただただ流れていった。

 

 そして雨が、止んだ。



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