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第三話「悦楽の探究に恥じるところなどない!」


 共鳴し重なった叫びと共に、教室に白黒の世界が広がっていく。認識していた世界が侵されるように崩壊するその様は、言いようのない不安を僕たちの脳に刻み込む。

 机が、窓が、廊下が、校庭が、青空が。その色彩を奪われていく。身に着けている制服や身体のみ、まだ色が残っていることが更にこの世界を強調していた。


「こ、これは何なんだ。玄武院!」


 それにたまらず声を上げる。普段から非日常の物語をつづっているのに、いざ直面すると、わめくことしかできない。


「“空想空間(イマジナリースペース)”。とだけ言っておこう。済まないが説明している時間はない。せめて、私の後ろにいたまえ」


「どうゆう――っ!?」


神器顕現(オリジナル)--”被虐趣味(マゾヒスト)単眼鏡(モノクル)”--」


 二人を中心から侵食してくるモノクロの世界は、逆に乙姫の体をキャラメルカラーに染め上げていった。

 黄土色の煤けたトレンチコートに、揃いの色の帽子。煽情的なレースの入ったニーソックスと、最高の相性を持つダークブラウンのブーツが彼女の制服とすげ変わる。


 そして彼女の手に握られていたのはとげとげしい装飾の付いた単眼鏡。それを見て気づく。実物を見たことなどもちろんない、だが見間違いようがない。

 あのつけるだけで激痛が走るという“設定”の単眼鏡は、玄武院乙姫の執筆する「電気椅子探偵の猟奇事件目録」の主人公「メアリー・アルタモント」のものだ。ということはあの姿は――


 玄武院乙姫verメアリー・アルタモント

 執筆作品 「電気椅子探偵の猟奇事件目録」

 神器; 被虐趣味の単眼鏡

 奇跡; 0秒間の臨死体験(デッドリーリミットベクトルゼロ)


 彼女のイメージする物語の主人公そのものなのだろう。


「あっ、あぁっ!」


 玄武院は単眼鏡をぐりぐりと眼孔に押し込み、嬌声をあげる。そりゃあ、あんな有刺鉄線みたいな縁取りの単眼鏡を付ければ、痛いんだろうけどさ。ちょっとは性癖を隠してほしいんだよ、高校男児としては。

 彼女の作品「電気椅子探偵の猟奇事件目録」の主人公は死刑囚の名探偵である。彼女はなぜか中央に電気椅子の存在する独房から一切動かずに、新米刑務官の話す他の死刑囚達の猟奇事件を解決してく。という内容なんだが。

 この主人公は体を痛めつけられるとその分だけ頭が冴えるという得意体質を持っている。そして各話の最後はギリギリ、多分、死なない電圧に設定された電気椅子に座り、思考を研ぎ澄ますことで一気に真相までたどり着く。という作者の性癖全開なシーンを挟んでいるのだ。


「フフフ、相変わらず絶妙な刺激だよ。これでこそ目が冴えるというものだ」


「少しは自重しろ!」


「なにを、悦楽の探究に恥じるところなどない!」


「そういうとこだよ!」


 これにはパニック状態になっていた僕も突っ込まざるをえなかった。


「それにしても」


 そういって玄武院は教室のなかを見渡した。その中には僕も含めた逃げあぐねている生徒が数人残っていた。

 妙だな、さっき見たときは控えめに数えても10人以上残っていたのに。


「想定以上にこちらに来てしまっているな……。それに関しては自業自得、といったところだが。如何ともしがたい」


「どういう意味だ?」


「まぁ、キミは仕方ないがね」


 容量を得ない返答ばかりだ。彼女らしくもない。


「ハハ、似合ってるよぉー。乙姫ちゃん」


「……黙り給え。

 死体役が喋ってはせっかくの推理も台無しだ」


 悦に浸っていた彼女も、夜夫に相対することで落ち着きを取り戻したようだ。


「死体役? この僕が? ハハっ! 違うよ、ぼ、僕こそが。いや、僕だけがこの世界の勇者なんだ。僕だけが、僕だけが、僕っだけがぁっ!」


 狂乱を露にする夜夫。


「お、神器顕現(オリジナル)--”模造されし伝説の聖剣(イミテーションカリバーン)”--」


 肩にかけた学校指定のハンドバッグから、ぬるりと、刃渡り1m以上の長剣が引き抜かれる。非現実的な事象は、あらためて見てもおどろおどろしい。

 そして、夜夫の制服もその聖剣の濁った輝きと共に塗り替わっていく。やたら装飾のついた漆黒のローブを肩に羽織り、ベストにワイシャツ。時代考証をガン無視したブラウンのジーンズ。

 彼がバットのように握っている剣は美しくも神々しい。だが、僕の目にはそれがなぜか安っぽく見えた。


 佐藤 夜夫verナイト・ダークシュガー

 執筆作品 「クラス転生~スキル模造品で聖剣1000本~」

 神器; 模造されし伝説の聖剣(イミテーションカリバーン)

 奇跡; 模造品作成(イミテーション)


 その剣は選ばれし勇者にしか引き抜くことのできない伝説の聖剣。魔王の軍勢に平和を脅かされていた国王はその適合者を探すため、バス事故にあった40人の高校生を転生させる。それが「クラス転生~スキル模造品で聖剣1000本~」の導入だ。

 持たされたスキルが触れたものを劣化複製する「模造品作成」だった主人公はその字面から虐げられ、聖剣にも選ばれなかったため王都を追放される。だが、選定の際、聖剣に触れた主人公はそのスキルで聖剣を劣化複製できることに気付く。というストーリーだ。

 メインヒロインが明らかに乙姫だったり、主人公は魔王を全く倒す気がなく、クラスメイトへの復讐をばかりを考える。確かそんな作品だった。


「ハハ、ハハハッ! そんな神器で、僕の聖剣と戦うのぉ? 乙姫ちゃん?」


「生憎、電気椅子とはいかないようでね。だが、見てくれに囚われていては真実にはたどり着けないものだよ。似非勇者」


「……死なない程度に刻んであげるよ。す、すきなんだよね、そういうの?」


「刀は嫌いだ。苦痛を与える形をしていない。

それと、下手な剣技にわざと当たってあげるほど、私は優しくないつもりだが?」


「へ、へぇ。だったらさぁ、躱して、みろよぉっ!」


 大上段から叩き付ける聖剣の一閃。衝撃でコンクリート製の床がたやすく砕け散り、下の教室まで見える大穴が開いた。

 

「玄武院っ!」


「案ずるな」


 ふわりと僕の隣に降り立つ玄武院。恐ろしいことに夜夫の斬撃も、玄武院の回避も僕にはまるで見えていなかった。


「な、なんだよっこれ!」


「私達は疑似神格を得ているんだ。このくらいはやるさ」


「……大丈夫なのか?」


「キミらしくもない、いつもの尊大な態度はどうした?」


 そう質問する彼女の方にこそ、らしくない自信のなさを感じた。どこか危うい不安げな口調。さっきの会話、玄武院が普通じゃないとしても、やはり今の夜夫との戦いは厳しいんだろう。だとすれば、僕が彼女を心配させてどうする?

 だったら僕は


「……フッ、貴様は相も変わらず無理を言う」


 無理やりにでも、精一杯強がるしかない。


「それだよ、どんな境遇でも自分のあり方を貫く。それでこそキミだ」


 外側だけの虚勢を張った僕の言葉に、安堵した声を漏らす玄武院。この程度のことしかできない自分の無力さが口惜しい。


「見た? 見た? 乙姫ちゃん、これが僕の真の力だよ? 怪我する前にあ、謝った方がいいともうけどなぁ?」


「世迷言を」


 脇を閉め、腰を落とした覇気のこもった構え。素人の僕でもそこには明らかな練度が見て取れた。


「フフ、これでも私は東洋の柔術というものを習得していてね。いやー、実際これがなければ大変だった。数学教授と心中するとこだった」


 一体、彼女は何の話をしているんだ?


「さてと、今度はこっちから、行かせてもらおうっ!」


 床を抉り飛ばして、玄武院が踏み込む。彼女の姿勢を低くした屋のような突進を聖剣で迎え打つ夜夫。その時、単眼鏡の装飾が鈍い光を放つ。


「拙い」


 たった数mm、聖剣を首筋にほとんど掠らせながら躱す玄武院。躱した聖剣をくぐり、もう一歩強く、脚を叩き付けるような踏み込み。教室の床には蜘蛛の巣状のひびが広がった。そして、その全ての力を集約させた掌底が夜夫に迫る。

 だが、次の瞬間――


――玄武院の眼前からもう一本聖剣が出現した。


「くっ!」


 彼女はたまらず急転回で、ギリギリのところを回避する。その頬に一筋の紅い線、そして雫が垂れた。

カラン、と聖剣の落ちる音が教室に響く。


「フム、裂傷といのも悪くない」


 ぺろりと、自らの頬を伝う血を舐めて一言。


「い、今のを躱すなんて、流石だね。乙姫ちゃん」


「そうでもないさ。キミの奇跡ぐらい予想がついてる」


「フフ、知ってくれてるんだぁ。嬉しいなぁ」


 夜夫は聖剣を片手で握り直し、空いた左手を中空で開く。その手に魔法陣が発生した後、聖剣がもう一本出現した。もちろんさっきの剣は床に転がったままだ。


――水面に揺蕩う“月”の如き、不気味に浮かぶ虚ろな瞳。司るは――――


「“欺瞞”の奇跡『 模造品作成(イミテーション)』!」


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