第二話「無論そうだが。それがどうしたっ!」
反射的に声をかけそうになる。不登校になる前、夜夫と僕とは仲がいいというほどではなかったが、それでも玄武院を介して話すことが多かった。
だが僕はその時、不登校になった原因を思い出す。彼が玄武院へ告白し、盛大に振られたということを。
もともとクラス内で孤立気味だった彼に、当然のごとく孤立している玄武院が声をかけたことが始まりだった。いや、僕らみたいなボッチが彼女のような美少女に声をかけられて惚れるなというのも無理があるけどさ。放課後、教室のど真ん中で告白するのはやりすぎだと思うんだよ。なんかOKもらえる前提みたいな告白の仕方だったし。
その時の玄武院の表情は今でも覚えてる。玄武院にも人間らしさがあったんだと感銘をうけたものだ。
僕が話しかけることを躊躇した直後に。
「あっれー? さとー君、ひっさしぶりー」
茶髪にピアス。ダサいだろってぐらいはだけたシャツ。絵にかいたようなDQNの小早川 春昭が声をかけた。
「お……おは、よう」
「学校、これたんだー。よかったじゃん」
その取り巻きが春昭に続いてしゃべりかける。
「にしても、よく来れたねー。勇気あるよー実際」
こいつら、デリカシーというものがないのか? 夜夫にもそうだが、玄武院にも失礼じゃないか。と思い玄武院の方を見ると。
驚愕、そして焦り。
それが彼女の表情からは伝わってきた。
「馬鹿な、何をする気だ。あいつ」
「玄武院?」
その顔色に少し驚きを覚えていると、彼女の瞳が淡く光った。ような気がした。
「……モブが」
「あっ? 聞こえねぇよ、はっきり喋れ」
「だ、黙れよ、モブが。ハハ、ハハハ……」
ぐにゃりと歪に、夜夫が歪んだ。そして――
「何言って――ゲハァッ!」
――――ドオォォッン!
春昭が窓側に壁まで吹き飛んだ。
「ゴフッ、ゴハァ」
ビャチャビャチャと、ほとんどが血液で占められた胃の内容物を吐き出す。窓のフレームは大きく歪んでいて、その衝撃の大きさを物語っている。
「ぐふっ、はぁはぁ」
なんだ、これは……。
恐る恐る夜夫の方を見る。腕を、払ったのか? それだけで? あんな?
「ハハハッハハ、あっれーー。死んでないのかぁ。“こっち”だとこんなものなのか」
「ひっひぃぃっ!」
「な、なら今度は、本気で」
今度は拳を大きく振りかぶり、取り巻きへと叩き込――
―――バァチィィン!
もうとしたが、その腕に風切り音を立てて筆箱が激突した。僕の。
目の前では玄武院が投擲の残心をとっている。おそらく僕の筆箱を彼女が投げたといことだと思う。当たった瞬間にそれが砕け散るほどの物凄いスピードで。
「全員、逃げろ……」
「……え?」
「全員っ! 逃げろぉっ!」
瞬間、玄武院が消えた。
と見間違うほどのスピードで飛び出し、地を跳ね、天井を蹴る。一回転からのかかと落としが夜夫の頭部に炸裂した。
その八尺玉が爆発したかのような衝撃と音は10m以上離れているにもかかわらず、肌で感じられる。
だが
「や、やっぱり、乙姫ちゃんも小説神に、え、選ばれたんだね。お揃いだぁ。へ、へへ嬉しいなぁ」
その一撃は彼の交差した腕で受け止められていた。
「……キミと話すと、私にも嫌悪感というものが存在したのだと認識できるよ」
反動をつけて宙返り、夜夫の正面に向き直る玄武院。その隙にクラスメイトが次々と教室から出て行くが、僕のような玄武院の後ろ側にいる人達はなかなか動き出せずにいた。
「つれないなぁ。そんなところも、かわ……可愛い、よ?」
「なんでキミのような人が……いや、キミのような人だからこそか。難儀なものだ」
そういって玄武院はベストの胸ポケットから、ゆっくりとスマートフォンを取り出した。シックなメモ帳タイプのスマホカバーはこれ以上ないくらい彼女に似合っている。
でも、なぜこの状況でスマホをだすんだ?
「え、えー。乙姫ちゃん、まさか僕と戦うつもり? そ、そのブクマ数じゃあ、僕には勝てないよ?」
夜夫は肩にかけたバックに手を突っ込んだ。まさか、あのバックには包丁でもはいっているのか?
忠告したいが玄武院にはそんなものいらないだろうし、両者の張りつめた雰囲気がそれを許さない。
「確かにそうだが、勝てないということは私にとって戦わない理由にはならないのだよ。それに勝機はなくとも勝算はある」
「ぶ、“文芸部”のこと? あんな奴ら、ぼ、僕の敵じゃない」
「見解の相違だな。彼女達には可能性がある、キミと違ってね。
残念なことに君とはつくづく馬が合わないらしい」
「残念っていった? 嬉しいなぁ。」
「キミとの会話は非常に疲れる。どうせ“あっち”に逃げるつもりなのだろう? 私としても時間を稼ぐ意味がない、さっさと始めよう」
「逃げる? 違うよ? あ、あの世界で潰すんだ、僕を馬鹿にしたモブどもをねぇっ!」
「私は汚い言葉好きじゃないのだが、あえて言おう。反吐が出る」
玄武院は意外と怒りやすい。道義に反する行為に対してしっかり、きっちり怒る。廊下で上級生相手に説教をしているのはまだかわいい方で、駅のホームでサラリーマンを正座させている高校生がいた。という話を聞くと玄武院はまず間違いなく遅れてくる。
だが、今回の怒りはそれ以上だ。怒情が言葉の節々から、立ち姿から、ピリピリと伝わってくる。
「一つだけ聞こう、なぜ今日なのかね?」
「お、お許しが出たんだ。計画をだ、第三フェーズへと、進ませる」
「許し? 誰からだ?」
「偉大なるあ、あのお方達からさ。破壊をもたらせ、ブクマを捧げろってね。
僕は、そ、その配下に選ばれたんだ。僕が、僕達小説神がこの世界の全てになる。
その為にこ、壊して、殺して、刑して暴れて見せつけてぇっ! この世界中の人々すべてに小説神の存在を、恐怖を、偉大さを、“認識”させるんだぁ! ハハ、ハハハっ!」
「全世界転生計画。噂は真実だった、ということか……」
そう歯がみしながら玄武院はつぶやいた。その表情には何かを悔やんでいるような痛苦が見て取れる。
「フフ、知ってるんだぁ。な、なら話は早いやぁ。乙姫ちゃんさぁ、僕と一緒に戦おうよ、二人でこの学校にいる、ほ、他の小説神を一人残らず殺そう。そして新しい世界で、僕たちの真実の世界で、永遠に暮らすんだぁ!」
「丁重にお断りするよ。
生憎、私はこの退屈で残酷な世界が気に入っていてね。それに理想との壁に挑まず現実から逃避する。自分の生き方も貫けない軟弱者は私の趣味ではない」
「そ、そんなこと言っても、小説神に選ばれた時点で、僕と乙姫ちゃんは同類なんだよぉ?」
「流石の私も、キミと一緒にされるのは非常に不愉快だっ!」
玄武院は風切り音をたてて鋭く腕を払い、凛と、夜夫を睨みつける。その払った手の先にあるのはもちろんスマートフォン。
「乙姫ちゃんとは、闘いたくはないんだけど……。で、でもまぁ、僕の強いところを見れば、す、好きになってくれるよね?」
「お目出度いな、童貞だろうキミ」
「乙姫ちゃんだって、しょ、処女だよねぇ?」
「無論そうだが。それがどうしたっ!」
「い、行こうよ、乙姫ちゃん! 僕たちの世界にっ!」
「来たまえっ! ミスター・ナードっ!」
「「≪相互共通認識接続≫!」」