第一話「何、ただの与太話の類だよ」
「流星、キミは『小説神』という存在を知っているかね?」
一本一本が煌びやかな黒髪を風にたなびかせ、微笑みながら玄武院はそう質問してきた。自分の机と椅子が目の前にあるにもかかわらず、窓枠に腰掛ける彼女の名は玄武院 乙姫。
玄武院乙姫 被虐趣味の名伯楽
執筆作品 「電気椅子探偵の猟奇事件目録」
総文字数;673、502文字 話数;87話
ブクマ数;4、478
出会った頃はふざけた名前だと、僕は自分のことを棚に上げつつ思っていた。けど、名伯楽を自称し体現する乙姫を見ていると、むしろこの名に名前負けを起こさないのは彼女ぐらいだろうと考えを改めている。
にしても『小説神』? もしかして小説投稿サイト『小説神になろう』のことか? それならば知らないはずがない。なにせ僕たちはそこで小説を執筆しているのだから。
「愚問だな、因果律の書庫を全て記憶している俺様に知らぬものなどない」
包帯をした片手を挙げ、両目を閉じながら意味のないことを思わせぶりに語るのは僕。
田中 流星。もう一度言う田中メテオだ。
田中 流星 ヘタレ厨二の中流作家
執筆作品 「放課後の悪魔神憑き」
総文字数;581、898文字 話数;103話
ブクマ数;998
ここまで育ててくれた両親に不満はないが、ただ名前を付けるときにもう少し慎重になって欲しかった。流れ星の降る夜に生まれたから流星。わかる。だが、それならりゅうせいでよかったのでは? と厨二病をこじらせてしまった僕としてはそう思わずにはいられないのだ。
彼女は俺の瞳を何かを推し量るかのように見つめている。彼女のような端正な顔立ちで眺められると、美しい反面、全てを見透かされるようでどこか恐ろしくもあった。
「……失礼、私としたことがいささか言葉が足りなかったようだ。『小説神になろう』というサイトではなく、『小説神』という単語そのものについて聞いているのだが?」
そういうことか、聡明な彼女が妙な質問をするものだと疑問だった。
小説神? 聞き覚えがない単語だ。だが
「フッ俺様に同じ言葉を二度言う趣味はない」
知らないものがないと言った手前、こう言わざるをえない。
「嘘、だな。私が相手なのだ、浅学を恥じることはない」
「成程、流石『深窓の名探偵』、ということか。
俺様の『不可侵領域』を破り、思考を読むことができたのは貴様で三人目だ。並みの能力者なら、自動反撃で発狂しているところだぞ」
物騒なことを言っているが、知らないことを認めている時点で設定に矛盾が生じている。
「お褒めに預かり光栄、とでも言っておこうか。フム、知らないのならば気にすることはない。何、ただの与太話の類だよ」
玄武院はよく思わせぶりなことを言う。それは僕もそうだが、僕と彼女との決定的な違いは彼女のいうことには全て意味があるということだ。
実際彼女がこう言って、本当に与太話だったためしがない。
「知っていることを話せ、名探偵。その事実がこの世界の命運を決定づけると、俺様の『矛盾する既知感』が訴えかけている」
「世界の命運……か。あながち外れてもいないということが、キミらしくもある」
珍しく乙姫が僕の会話に乗ってくれた。彼女が俺と話すときに差別こそしないものの厨二病的部分に触れることは少ない。そんな彼女の態度に違和感を覚えた、厨二とかではなく。
「これから先の話は聞き流してもらって構わない」
「前置きはいい、本題から話せ」
わざわざ椅子を限界まで引いて机に脚を投げ出す。厨二なのかアメリカンなのか自分でもよくわからない。
「小説神という存在が世界秩序の転覆を狙っている、らしい」
「……は?」
世界秩序? 転覆?
「ハハハッ! 生粋の現実主義者である貴様がそんな冗談を言うとはな! 確かにいよいよこの世界も危ういかもしれん」
「……冗談だと思うならそれでいい、言ったろう? 聞き流してもらっても構わないと」
どこか怜悧に玄武院が言った。言えといったにもかかわらず、反射的かつ傲慢に笑いとばしたのは流石に悪かっただろうか。
「ただ、その因果律の書庫とやらの片隅にでもしまっておきたまえ。残念なことにキミには素質がある。名伯楽からのご注進だ」
「玄武院?」
「さぁ、朝の語らいも終わりだ。姿勢を正したまえ、じきに朝会が始まる」
「あっ、あぁ……」
そういって僕は脚を引込め、彼女は姿勢を正した。もちろん窓枠に座ったまま。
常識の範囲が分からない。
――バンっ!
突如勢いよく、教室後方のドアが開いた。静かになりかけていた教室にはその音が響き渡る。それを開けたのはぼさぼさ頭をした青年。先月から不登校になっていた佐藤夜夫その人だった。
佐藤 夜夫 ミスターナード・ルサンチマン
執筆作品 「クラス転生~スキル模造品で聖剣1000本~」
総文字数;114、005文字 話数;33話
ブクマ数;11、987