超絶的な幸運と絶望的な金運を持つ少年の一日
俺の名前は神矢天。
どこにでもいる普通の高校三年生……と言いたいところだが、俺は絶対普通じゃない。
生まれた時から物凄く運がよく、勝ちたいと思った勝負は全て勝ち、狙った獲物は逃がさない。
幼稚園、小学校の運動会で、俺が本気で走ればみんなが転び、テストの選択問題は外したことがない。
そんな俺は中学時代、人生を真面目に生きるのに飽きた。
当たり前だろう。何をやっても成功が勝手に転がり込んでくるのだ。
そして、何もせずに今では高三。
いや何もしてこなかったわけではないが。
今では弓道部に所属して、最後の大会に向けて全力で日々の練習に取り組んでいる……同級生を横目に漫画を読んでいる。
内の高校の弓道部は割とガチの奴らが集まっている。
朝練が筋トレや的の用意に終わらず弓を引くほどにはガチの連中だ。
そんなガチの部活に何故俺が所属しているかというと、俺が射った矢は必ず的のど真ん中に命中するからだ。
俺に付き合って弓道部に所属してくれている、幼稚園来の友人である山田義弘は「それ、楽しいか?」と何度も言うが、それに対する俺の答えは「楽しいことなんか最近一つもねえよ」だ。
いや、楽しいことは意外とある。
漫画を読んだりアニメを見たりすることは普通に楽しめる。
日々の筋トレで体力をつけるのも嫌じゃない。
実際、勝負事、運が関与しないことなら一般人みたいに楽しむことが出来るのだ。
そして、今日もまた普遍的であって欲しい一日が始まる。
俺は目覚めはいい方だ。
というより起きないという選択肢はない。
小学生だった時、俺がまだ眠っていたいなと思ったら、小規模の竜巻が発生して見事に学校だけを吹き飛ばしていった。
以降、俺は目覚めが非常にいい。
当然だろう、眠ったら学校が消えるなんて悪夢でしかない。
体質だって変えたくなる。
自分の部屋を出て、洗面所に向かう。
途中、台所で母が朝食と俺のお弁当を作ってくれているのが見える。
歯を磨いて髪を整えてから居間に行くと、父が新聞を読みながらテレビを見ている。
どっちかにしろよと思うが、うちの家族は俺を含めて『ながら』が好きだ。
「おはよー」
「ああ、おはよう」
「おはよう、天。天音起こしてきて」
天音というのは俺の妹だ。
今年俺と同じ高校に入ったばかりだ。
「妹に何故俺と同じ漢字を使った?」と疑問に思って親に訊いたことがあるが、その答えは斬新で「男の子なら天、女の子なら天音にしようって決めてたのよ」だった。
流石はめんどくさがりな俺の両親、名前を決めるのさえ適当だ。
その結果、俺と天音がそろうと、神矢兄弟ではなく、天兄弟と呼ばれている。
俺は天音の部屋に向かうとそのドアをノックする。
「天音、そろそろご飯だ、起きろ」
返事はない。
天音は俺と違って寝起きが悪い。
欲望のままにぐっすりと眠っていられるなんて羨ま……面倒な奴だ。
返事がないのは予想していたのでドアを開けて中に入る。
何故最初からそうしないかというと、以前そうしてたら珍しく起きていた時があって、まさに着替えの最中だったのだ。
ここまで十七年と少し、彼女を作ったことのない俺の中を邪念が走り掛けた。いや、その時は十五年と少しだったが。
なにぶん天音はスタイルがよく、ルックスもいい絶世の美女だ。
俺の小学校来の友人である長坂洸大の調べでは少なくとも町内一の美貌だと言われている。
因みにその時の天音の反応は「あ、……ふっふ~ん、遂にお兄ちゃんも欲望が抑えられずに私を襲いに来たんだね」
一瞬間の抜けた声を上げたものの、全快の笑みを浮かべて「さぁ」とばかりに両手を広げるころには俺は部屋を出て、扉を閉めていた。
その後ぶつぶつ何か言いながら着替えを終えて部屋を出てきたが、以降こうして入る前にノックをするようにしている。
予想通りベットで横になっている天音の姿があった。
相変わらず奇麗な顔をしている。
「ほら、天音、起きろ、遅刻するぞ」
「う~~~。むにゃむにゃ」
改めて言うが、天音は非常に寝起きが悪い。
そのまま十分ほど悪戦苦闘しながら、なんとか天音を起こすことに成功する。
「おはよう、お兄ちゃん」
「ああ、おはよう。急がないと遅刻するぞ」
そう言って、俺も部屋に戻って制服に着替える。
リビングに行くと、既に朝食と弁当を作り終え食卓に並んでいた。
既に両親は食事を始めており、急かしてくる。
「早く食べちゃいなさい」
急かしてくるのは母のパートの時間が早いからであり、決して学校に遅れるからではない。
天音には遅刻するぞと言ったが、そもそも俺が急がなければいけない状況にはそうそうならない。
ならないように努力している。
朝食を食べていると、着替えた天音も食卓に着いて食事を始める。
なんだかんだ言っても、この家で一番最初に家を出るのは俺だ。
理由は朝練があるからだ。
食事を摂り終え、荷物を取りに部屋に戻ると、チャイムが鳴る。
「天~」
「わかってるよ」
母が声をかけるが分かっている。
いつもの様に義弘が来たのだ。
同じ弓道部で家も近く、仲もいいから一緒に登校している。
「「行ってきます」」
「「いってらっしゃい」」
荷物を持って家を出ると、やっぱり義弘がそこにいた。
因みに父と一緒に家を出た。
いつもは俺の方が早いのだが、父は会社が離れた場所にある為、ほとんど同じ時間に出ている。
「おはよう、天」
「おはよう、義弘」
友人と挨拶を交わして自転車に跨る。
高校までは自転車で二十分ほどだ。
俺の通う高校はそんなにレベルの高い学校というわけではない。
何故か弓道部とテニス部が強いが、なんてことのない普通の進学校である。
俺の学力的には適した学校だが、義弘や天音にとってはレベルの低い学校のはずだ。
それなのに、義弘は俺に合わせてこの学校を選んだそうだ。
俺がこの幸運を使えば義弘のレベルに合わせた高校に二人で行くことも叶ったかもしれないが、めんどくさかったからしなかった。
天音もおそらく同じ理由だろう。
どこの高校に行ってもたいして変わらないんだから一番近いところにしようと思ってしまうのがうちの家族だ。
高校に着くと早速部室に向かう。
部室に荷物を置いて練習着に着替える。
三学年揃って人数も多いため全員が同時に射れるわけではない。
グループを二つに分けて、弓を引くのと、ランニングに別れる。
弓道で体力は必要ないはずだが、うちは人数が多すぎるために時間潰しでランニングが入っている。
だが、俺は意外とこのランニングを楽しんでいる。
運で筋肉はつかないからだ。
当然ランニングは二つに別れる。真面目に走る組と走らない組だ。
別に走らなくても怒られない。
三十分ほどで前半組が射終わるから、それまでに戻る。
練習着のまま弓と矢を手に持ち、的に向かう。
足をかまえ、体を落ち着けると、弓を引き、射る。
俺が放った物は真っ直ぐに目標へ飛ぶ。
的のど真ん中に突き刺さる矢。しかし、それは俺からしたら当然の結果であり、いつも見てきた部員達からしてもいつも通りの結果だった。
新しく入って来たばかりの一年生は目を輝かせているが、もう一ヶ月もすれば当たり前と捉えるだろう。
交代しながら計八回矢を射ると朝練を終える。
「昼休みに的の付け替えと安土の整備、しっかりやれよ」
部長が一、二年生に声をかける。
俺達三年生は雑用の時間を勉強に回すのがこの学校の風習だ。
どの部活でも三年が昼休みみたいに細かい時間を使ってすることはない。
基本的には一年が動き、二年が監督と指導をしている。
これをやらずに放課後の練習の前にやってると、顧問の逆鱗に触れるわけだ。
三年生は全く怒らない。むしろ半分以上が雑用くらい自分たちでやってもいいと思っている。
部室に行って制服に着替えると、教室に向かう。
「天、飲み物買ってくるよ」
「おお」
義弘が部室から下駄箱に向かう途中にある自動販売機に向かう。
俺は絶対に自分で自動販売機を使いはしない。
異常なほどに幸運を持っている俺だが、何故か金運だけは絶望的なのだ。
財布を持てばいつの間にかなくなり、現金を受け取れば一番高価なコインを落とし、キャッシュカードは紛失する。
加えて言うと、宝くじはほとんど当たらず、稀に当たったらその金額以上の出費が起こる。
一番ひどかったのは初めて宝くじを買った時に一等を当選してお金を貰った次の日に父の会社が倒産したことだろう。
幸い父はすぐに再就職先を見つけ、生活に問題はなかったが、間の資金として当選した一等の資金は消えていった。それで会社が遠くなった。
そして、俺が自動販売機にお金を入れたが最後、商品は出てこず、お金も返ってこない。
俺にとって自動販売機は販売機ではなく自動金喰い機だ。
俺がこの異常な運に内心溜息を吐いていると、義弘が戻ってくる。
「はい、天の分」
「ああ、ありがとう」
自分で買わず、物で受け取る分には問題ないのだ。
もう十七年もこの体質と共にしているが、本当に溜息が吐きたくなる。
義弘と教室に移動する。
「おっ、朝練お疲れ」
「おはよう、洸大」
「おはよう」
声をかけてきたのは洸大だ。
今はバスケ部に所属している。
中学の時は三人でバスケ部に所属していたのだが、俺がチート過ぎてやる気をなくしてしまったのだ。
洸大は続けているが、流石にもうバスケをやろうとは思わなかった。
と、言いつつも一時間目から体育でバスケなのだが。
その前に担任の先生から朝の連絡がある。
一先ず席に座り先生が来るのを待つ。
「おはよう、神矢君」
「ああ、おはよう浅羽さん」
挨拶をしてきたのは隣の席に座る浅羽愛華さんだ。
洸大いわく、天音ほどじゃないが、校内でも人気の高い女の子らしい。
実際、高校生の付き合ってもいない男女が一対一で会話をするのは少しハードルが高いはずなのに、浅羽さんはよく俺に声をかけてくれる。
というか、今どきの高校生男女が会話しているのはほとんど見ない気がする。
ほとんどカップルか授業の一環だろう。
因みに俺と浅羽さんは教室の左側二列の前から二番目だ。
進級してから未だに席を変えていないからだ。
洸大は長坂だから教室の真ん中の列の後ろから二番目にいて、義弘は山田だから廊下側の最前列にいる。
そこで先生が教室に入ってくる。
手に持つ配布資料を配っていく。どうせ大した物ではないから読まないことが多い。
先生が資料を配っていると、俺の左前方の席、出席番号一番の相川翔が駆け込んでくる。
「セーフ」
まだ本鈴がなっていないからセーフなのは間違いない。
いつもの事なので先生も何も言わない。
「廊下を走るのはやめなさい」
「へいへーい」
いや、言った。基本は無視だが、たまに今みたいなことを言う。
対する翔の返事は先生に向けてのものとは思えないほど軽いが、いつもの事であり治る気配がない。
先生も「返事はきちんとしなさい」と言うものの、半ば諦めている。
自分の席、つまり俺の左前に座った翔は荷物を下ろすと、こちらに声をかけてくる。
「あぶねーあぶねー。危うく遅刻するところだったぜ」
「お前、いっつもそうじゃないか。もっと早く家を出たらどうだ?」
返事をしたのは俺じゃない。
こちらというのは俺と、俺の前の席に座る大場竜太を指している。
高校生の社交性レベルは同性なら普通の会話が出来るレベルだ。
それが、近くの席で一ヶ月ほど経つならばそこそこ仲良くなるものだ。
「それが難しいんだって」
「でもお前、家近いんだろ?」
この三年になって翔と話すようになってから何度目の質問だろうか。
翔の家はこの学校から徒歩五分ほどらしい。
それなのに毎朝遅刻ギリギリというのは、俺からしたら考えられないが、家が近くにあるという余裕が支度を遅らせるそうだ。
答えの知ってるこの質問は最早ふりみたいなものだ。
翔がいつも通りの答えを返すのを聞いて、口元に笑みを浮かべる。
そこで本鈴がなり先生が注目を集める。
先生から連絡事項を聞き、他の生徒からの連絡も特になく、朝の連絡を終える。
さすれば当然一時間目の準備に入る。
今日は一時間目から体育であるため、着替える必要がある。
クラスの中では「一時間目から体育だと体が動かなくて面白くないんだけどな」とか「最早着替えるのがめんどくさい」などと言った声が聞こえる。
俺は朝から部活動をして体は全然動く、着替えの方は同感だ。
制服、練習着、制服、体操服と何度も着替えさせられて面倒に感じるが、仕方ないことだ。
体育は男女別、ニクラス合同で行われている。
俺は三組で、一緒にやるのは四組だ。共に国公立大学志望の文系だ。
女子は素早く更衣室に移動し、男子は教室で着替える。
女子はソフトボールだから、外に集合だが、男子はバスケットボールだから体育館に集合することになっている。
手早く着替えを済ませた俺は、バスケ部故にゴールを下ろしたり、ボールを出したりと雑用をすることになった洸大の手伝いをするために、同じく手早く着替えを済ませた義弘、洸大と共に一足先に体育館に向かう。
一時間目の本鈴がなる前に三組四組の男子が全員集まり、準備運動を始める。
体操を終えたら出席を取って後はひたすら試合をするだけだ。
何気にうちの高校は体育館がバスケコート三面分もあり、ほぼ全員が同時に試合に入れる。
その中でさぼりたい奴が得点版の周りに座り込む。
同時にさぼれるのは試合に出ない十人程度なのでさぼり枠の取り合いが起こったりする。
因みに俺はさぼりたい派だ。バスケは中学三年間やってもう飽きた。
だが、一試合目はさぼり枠を入手できず試合に出ることになってしまった。
さぼりたくはあるが、どうせやるなら少しは本気を出す。俺のポリシー。
ボールが高々と上げられ、最初は俺のチームの攻撃だ。俺の運はここでも働く。
意気揚々と味方が攻めていき、パスを繋げて俺の下にボールが回ってくる。
「撃たせるな」
相手チームの誰かが声を上げるが、もう遅い。
俺は素早くシュートのモーションを構えて、撃つ。
日々鍛えている筋力でボールはゴールまで飛んでいく。
無論外れるわけがない。
いきなりのスリーポイントシュート。
味方は歓喜の声を上げ、相手は悲哀の声を上げる。
だが、すぐに切り替えて試合を継続する。俺は既にゴール下まで戻っている。
相手チームも素早くボールを廻して攻め、シュートを打つ。
その間俺は何もしていない。
相手チームが放ったシュートは見事に決まり、二点が相手チームに入る。
俺は落ちてきたボールを取るとすぐさま試合を再開する。
パスを廻して攻め、シュートを決める。
その後、俺はシュートを撃つことなくパスだけに専念し、攻防入れ替わりながら試合は進み、結局最初のスリーポイントの一点差で俺たちの勝ちに終わった。
なんだかんだ皆楽しめたようで満足そうな笑みを浮かべている。
俺の本気? 当然出してない。何せ俺が本気を出したら、自分たちのゴール下から全力で投げるだけで点が決まり、俺の前に立った奴は間違いなくボールを滑らせる。
つまり試合じゃなくなる。
俺は試合を試合として成立させることに全力だった。それはそれで楽しかった。
更にその後、何回か試合をすると授業が終わる時間になり、片付けと着替えがある為、終わりの鐘が鳴る前に授業を終える。
片付けをして、教室に戻り、着替えを済ませた頃には女子が戻ってくる。
二時間目は古典だ。
体育の後の古典は非常に眠くなる。
「体育の後の古典は眠くなるからやめてほしいよな」
まさに今思っていたことを翔が口にする。
「そればかりは仕方ないだろう。だから俺は秘策を思いついた。体育で体力を使わず疲れてない状態で古典に臨む」
竜太は教科書を取り出しながらそう決めると眼鏡を軽く持ち上げる。
「おおっ俺も秘策を思いついたぜ」
竜太の秘策を聞いて何か思いついたらしい翔だが、なんとなく考えが読めた。
「体育で眠くなるのは仕方ないから、古典は寝る」
予想通り。
「それはダメだろ」
予想通り過ぎて突っ込みも弱々しくなってしまったじゃないか。
見ろ、浅羽さんが苦笑してるじゃないか。
だが、そんな会話をしている内に古典の先生が教室に来て、授業は始まる。
因みに俺はあまり授業中に眠らない。そう努力している。
何故なら、授業中に俺が寝ても誰も起こしてくれないからだ。
幸か不幸か誰も俺が寝てることに気付かない。
いや、義弘だけは気付く時もあるようなのだが、席が離れている今、授業を遮ってまで起こしてはくれない。
古典の授業は教科書を読むことが主だ。
古文を読んで、現代語訳して、物語の内容を解説して一時間が終わる。
眠くなるはずだ。
授業が分かりやすいと評判のこの女の先生の声も体育の後では子守歌に聞こえてしまう。
何とか古典の授業を乗り越え、次は数学の授業だ。
この科目は俺にとって難敵だ。
何故なら選択問題がほとんどない。
二択、三択、四択、……何択だろうと選択肢さえあれば即決なのに、この科目は考えなきゃいけないことが多すぎる。
そうこうしている内に休み時間は終わり、先生が教室に来て、授業を始める。
数学の授業はほぼほぼ終わりを見せていて、一学期の内には演習に入ると言っていた。
「ここの面積を求めるのに……ここで極限が……これで積分……で、ここの面積はこの値になるわけだ」
もう何言ってるか分からない。
必死にノートをとっているが、果たして意味があるのだろうか?
俺みたいな幸運を持つ奴は積分なんか知らなくても生きていける気がする。
なんだかんだ数学の授業も終わり、昼休みになる。浅羽さんとその後ろの席の女子、飯塚さんがそれぞれ自分の友達の席の方へ移動し、空いた二つの席に義弘と洸大が座りに来る。
「そういや、さっきの数学何言ってるか分かった?」
「いや、全然。最早呪文だろ」
「俺は諦めた」
「俺も微妙だな」
「僕はなんとなくわかったかな」
「「「「おお、流石義弘」」」」
最初の話題に俺がさっきの数学の授業について聞いてみると、洸大、翔、竜太の順に答えが返ってくる。
当然最後は義弘だ。
「これはまた義弘と勉強会かな」
昨年三学期の学年末テストに向けても義弘に手伝ってもらって数学の勉強をしたのだ。
同時に天音の受験勉強も見て貰って、まあ天音は独力でもほぼ余裕だったが、本当に義弘には至れり尽くせりだ。
「な、俺も行くぞ、絶対行くからな」
洸大が参加を強く強調する。
去年の勉強会では、洸大は部活の大会と重なってしまい、来れなかったのだ。
実はそれでも洸大は点を取っていたりしたのだが。
洸大は普段のチャラい印象とは裏腹に何でも器用にこなす要領を得ているため、本当はここよりもっといい高校に行けたのである。
それを女子の制服が可愛いからという理由でこの高校にしたというのだ。
しかもそれを受験の面接時に教師に堂々と言ったらしい。
それでも入れるだけの学力があるというわけだ。
「それは楽しみだね」
「俺ももう少し家が近ければな」
義弘が笑みを浮かべる一方、竜太は残念そうな顔をする。
竜太は隣の県の一番遠い所から自転車と電車とバスを乗り継いで毎日通っている。
それ故に来れなくはないのだが、ためらわれるのだろう。
それに、竜太は同じ中学出身の友人もいる。
今でこそ俺達と一緒に食事をしているが、たまに「友人と食べるから」と言って、いないときもある。
「翔はどうだ?」
念のため翔にも聞いておく。
翔の家は学校から徒歩五分だ。自転車を使えば俺の家まで三十分とかからない。
まあなんとなく答えは分かっているが。
「いや、今更勉強してもな」
うん。わかってた。
「それに、追試にならないくらいは取れてるから大丈夫だろ」
続く翔の言葉は非常に不安を感じさせる。
「まあ無理にとは言わないけどさ」
数学の話から流れ流れて会話は弾んでいく。
食事をしながら、会話をしながら、朝買ってもらった飲み物は既に空だ。
「僕ちょっと飲み物買ってくるね」
義弘がそう言って立ち上がる。
「義弘、俺コーヒー」
「洸大、いいよ、勝負だ」
洸大が義弘にコーヒーを頼む。
しかし、いくら義弘でもそこまで甘くない。
お金に物凄く嫌われている俺でもない限り基本的には自分で行かせる。
勝負というのはじゃんけんだ。
負けた方がパシリになる。
「面白そうだな。俺もやろう」
「じゃあ、俺も」
翔と竜太もそこに参加する。
今年度に入ってこの五人で食べるようになってから二十数回目の勝負だ。
「天は?」
「結果は分かってるんだけどな」
「まあいいじゃない、たまには」
俺は渋ったが、義弘に促され俺も参加する。
「「「「「じゃんけん、ぽん」」」」」
「「「「「相子で、しょ」」」」」
瞬殺。
一回目はグー二人、チョキ二人、パー一人で割れた。
二回目はパー四人、チョキ一人だった。
言うまでもないな。
勿論買ったのは俺だ。
「ありゃりゃ、やっぱりか」
「またか~」
義弘は俺には勝てないから相子を狙っていたようだけど、二回で終わってしまった。因みに五人での最高記録は七回だ。
洸大も翔も竜太も悔しそうにしている。
幸運全開の俺に複数人のじゃんけんで勝つのは不可能に等しい。
最初の勝ちが決まる時に俺が勝ち組にいなかったことはない。生まれてこの方一度もない。
因みにトランプはもっと酷い。
ポーカーをやれば負けなしで、ブラックジャックも出しまくり。
ババ抜きをやればババを引かず、大富豪をやれば革命返しはお手の物。
リバーシ、将棋、チェスをやれば何気ない一手が強烈な攻撃となり、やけくその一手が大逆転の一打となる。
その後、四人でじゃんけんを続け、結局買いに行くのは洸大になった。
洸大は悔しそうな顔をして購買に向かう。
そのまま会話をしながら洸大が戻るのを待っていると、行く時とは打って変わって笑みを浮かべて戻って来た。
「なんかいいことでもあったのか?」
「ああ、可愛い後輩の女子と楽しく会話をな、連絡先もゲットしたぜ」
俺も義弘も溜息を隠せない。
「お前、ほどほどにしとけよ。彼女いるんだろ?」
俺が洸大にくぎを刺す。
その言葉に翔と竜太は驚いていた。
「洸大、お前彼女いたのか……」
まあこんなおんな漁りばかりしてそうな奴に彼女がいるなんて聞いたら驚くよな。
でもなんだかんだで洸大は部活も勉強も器用にこなすし、容姿もどちらかと言えば美形だ。
バスケで鍛えられた肉体とそこそこの高身長。モテないわけがない。
「まあまあ、気にしなーい、気にしなーい」
洸大ははぐらかしながら買ってきた飲み物を渡してくる。
その後も食事を終えて話し続けていると四時間目の予鈴がなる。
「次は英語だったか?」
「そうだよ」
洸大が次の授業を訊ねると義弘が答える。
俺は時間割りは全て頭の中に入れてある。
義弘と洸大が自分の席に戻って行くのを見ながら、席を動いていない俺と翔と竜太は会話をする。
「それにしても、洸大に彼女がいたとはな」
竜太が何気なく言った言葉だが会話はそういうところから広がる。
「ほんと、それな。あれの彼女ってどんな奴なんだろうな。天は何か知らないのか?」
「俺も会ったことないんだよな。この学校の子らしいけど。なんでも入学式の日に告られて、即OKしたらしい」
翔の質問にボロボロと持っている情報をこぼしていく。
個人情報? そんなの気にして会話はしない。
「あー、俺も彼女欲しいな」
翔がそんなことを口にする。
「「いや、お前彼女いんじゃん」」
そんな翔に俺と竜太は口を揃えて異議を唱える。
実際は翔には彼女はいない。しかし、翔を追いかけて、レベルを落としてまでこの高校に入り、サッカー部のマネージャーをやっている幼馴染みがいる。
これを彼女と呼ばずに何とする。
「だから雪羽は彼女じゃねえって」
「はいはい、雪羽さん以外の彼女が作りたければ、ちゃんと勉強しないとな」
翔は否定するが、既に勉強さえ諦めている翔に他の彼女が出来るとは思えない。
因みに、流石の雪羽さんも朝起こしに行くなんてことはしていないそうだ。
幼馴染みでも今どきの高校生はそんなもんだろう。
漫画や小説みたいに一から十まで面倒を見てくれる人はいない。
そんな話をしていると他の生徒も席に座りだし、先生が教室に来て授業が始まる。
この英語の授業は古典の授業とよく似ている。
教科書を読んで和訳する。
そこで先生が文法の説明をする。
自分が読んでいる時はいいが、他の人がやってる間はとても眠くなる。
昼食後のこの時間はどの授業でも眠くなるのだが、そこで英語をやる辺り、時間割りに悪意を感じずにはいられない。
「はい、じゃあ山田君、ここに当てはまる単語はsince/fromどっち?」
「sinceです」
「はい正解」
流石は義弘だ。突然の問題も難なく解いてみせる。
「次は、戸塚さん、ここはwhat/whichどっち?」
「え〜と、which」
「正解」
勘だろう。
戸塚さんはクラス中に英語が苦手だと知れ渡っている女子だ。
「それじゃあ、神矢君、ここに入る単語は何?」
「何で俺の時だけ選択肢が無いんですか!」
思わず叫んでしまった。
まあ理由はわかっているんだが。
先生達も俺の超幸運のことは知っている。
そりゃあ三年間全ての選択問題を全問正解していれば気付くだろう。
「あなたに選択問題出しても意味無いもの」
先生の分かり切った答えにクラス中が頷く。
文脈からおそらく前置詞が入ることは間違いない。
俺は一番最初に頭に浮かんだ前置詞を答えにする。
「じゃあ、inで」
「はい、正解です」
選択問題以外の問題の俺の正答率はだいたい半分だ。
理由は自分で作った選択肢に正答があるかないかで決まるからだ。
その後も何度か指名されて問題を解くことになるが、今日は見事に全問正解だった。
明らかに俺が指名される回数が多いが、今更だ。
英語の授業を終え、最後の授業は世界史だ。
社会科科目は基本的に選択問題しかないから正直楽だ。
正答率は驚異の九十九パーセント。
残りの一パーセント? 俺の幸運も万能ではないという証拠だ。
因みに授業内容は先生自作のプリントに教科書を見て空欄を埋めていき、先生の解説を聞いて内容を覚えるといったものだ。
俺は半ば授業を免除されている。
まあ、そんな授業はさっさと終わる。
退屈だから非常に長く感じるが、それでも授業は時間通りに終わるのだ。
これで授業が全部終わり、放課後……になる前に清掃がある。
使っている以上清掃は大切だよな。
掃除しないで使い続けていたら、足を踏み入れたくなくなる教室になってしまう。
掃除は授業終了後から目安十分後に始まり、十五分間時間が取られているが、授業終了直後に始める場所もあるし、掃除が終われば時間に関係なく終わる。
俺達もさっさと掃除を終わらせて放課後にする。
出席番号順に班に分かれている為、義弘とは掃除場所が異なる。
先に終わったら教室で待ち合わせて部室に向かうのを常としている。
今日は俺の方が先に終わった為、義弘が掃除場所から戻ってくるのを待つ。
長くても十分も待てば戻ってくる。
「お待たせ」
「おう、それじゃ、部室行くか」
荷物を纏めて、部室に向かう。
朝練の件でも言ったが、この学校の弓道部は何故か強い。
いや、施設だけで言えばどこの設備も並み以上に揃っている。
その中で結果を出しているのが弓道部とテニス部というだけだ。
とにかく、うちの弓道部は強い。
実績を出している弓道部は人数も多く、部室も広いものが与えられている。
その広い部室に行き、練習着に着替え、朝練と同様に二グループに別れ、弓を引く方とランニングに別れる。
先に言っておくが当然部室は男女別だぞ。練習は合同だが。
だいたい三十分で交代し、自分が弓を引ける時間はだいたい五分しかない。
ランニングは十五分ほど走り、残りは休んでいる。というか走らない奴ばかりだ。
部活の時間はだいたい三時間だから、平均的に一日一人十二本矢を撃つ感じになる。
人数が多いと練習できる量が少なくなるのは仕方ない。
「義弘、そっちは任せたぞ」
「うん、大丈夫」
二つに別れた内、先にランニングに行く方、ランニングに行く奴のみだが、校外に出るため、ふざける奴がいないように見ておく必要がある。それをするのは副部長でもある義弘の仕事だ。
部長は先に撃つ方で、かなり厳しい。無論部長もランニングに行ってるが、こちらはやはり時間潰しだと思っている為、やらなくても何も言わないのだが、中で射る時は部員に厳しくなる。
まあ部長が厳しいのは強豪であり続けている所以であろう。
十五分ほどのランニングコースを走り終え、部室に戻る。
後は交代の時間まで体を休める。
俺は部室にある漫画を読んで時間を潰す。
何故部室に漫画があるかというと、俺が用意した。
うちの学校だけだろうが、弓道は意外と隙間時間が多かった。
それで暇を持て余した俺は一年の分際で先生にとある課題をクリアしたらという条件の下、漫画の持ち込みを許可させたのだ。
その課題というのは新人戦優勝だった。中学ではバスケ部だった俺がよもや優勝できるとは思うまい。
入学したてで俺の幸運についてはあまり知られていなかった頃だ。
俺の射る矢は的のど真ん中に刺さる。
優勝なんてものは楽勝だった。
先生は約束通り漫画の持ち込みを許可してくれて、他の奴らもこっそりと漫画を持ってきて交換読みしている。
時間になったら俺たちは弓道場に向かう。
部長たちの引き上げと同時に練習を開始しないと時間が無くなる。
部員たちは自分用の弓を手に取り、次々と練習を始める。
それを尻目に俺は持ってきた漫画を読む。
練習しなくてもほぼほぼ当たるのだから、他の人の練習時間を増やしてあげるべきだよな。というのが俺の持論だ。
まあ自分の練習は朝練の時に撃ってるからそれで十分だと感じている。
それなら部室にいればいいんじゃないかって? いやいや、一応やることはあるんだよ。
始めたばかりで基礎すらできていない一年の指導だ。
あまりに目に付くような間違いをしているようなら、俺が動いて訂正してやる。
本来は二年生の仕事ではあるが、ここは強豪校だ。練習量は多くやらないとすぐに周りに置いて行かれる。
俺ってば優しいな。
三十分経つと部長たちもう一つのグループが弓道場に入ってくる。
同時に俺たちは引き上げる。
道場の中では誰もがきびきびと動く為、移動はスムーズに行われる。
ほんでまたランニング。
行く奴は行くし、行かない奴は行かない。
だって時間潰しだもの。
俺は漫画を部室に置いてランニングに向かう。
その繰り返しを何回かやると部活も終わる。
三年生の大半はこの後受験勉強だ。俺はそんなのやらないけどな。
部室で制服に着替え、自転車を止めてある駐輪場に向かう。
まだ夏には程遠いこの季節だと、既に薄暗くなり始めている時間帯だ。
自転車の籠に鞄を入れようとして、籠の中に何かあるのに気付く。
手に取ってみると、それは光る宝石のネックレスだった。
かなり高そうなそのネックレスが何故俺のチャリに? 甚だ疑問である。
「天、どうかした?」
「ああ、ちょっと、これ」
隣で同じく鞄を籠に入れて帰れるようにした義弘が声をかけてきたので、手に持っていた宝石を見せる。
「うっわ、何これ。すっごく高そうな宝石だけど」
「いや、俺のチャリに入ってたんだよ」
「うーん、誰かの落とし物とか、かな?」
あり得ないことではない。
誰かがこの宝石をここで落として帰ってしまい、見つけた誰かがとりあえず一番近くの自転車の籠に入れた、とかだ。
「どうしたらいいと思う?」
どう見ても持ち主らしき人はいない。
うちの弓道部の練習は意外と長いため、後学校にいるのは灯りを付けてる野球部と部活後に部室でだべってたりする連中だけだ。もしかしたら他にもいるかもしれないが。
まさか地面に置いていくなんてことが出来そうなものでもない。
「ここで落ちてたならうちのクラスか、四組だから今日は持ち帰って、明日訊いてみるか、落とし物で職員室に預ければいいと思うよ」
「そうか、まあそうだよな。じゃ、帰ろうぜ」
俺はその宝石を制服のポケットに入れるとチャリを出す。
制服のポケットなら明日忘れることもないだろう。それに義弘が言ってくれるはずだ。
「あ、ちょっと待ってよ」
ささっと出た俺を義弘が追いかける。
家までは二十分も自転車を漕げば着く。
そして、十分ほど自転車を漕いだ時、
「天! 何か光ってるよ!?」
先程の宝石をしまった制服のポケットから強い光が漏れていた。
いや、宝石だけじゃないうっすらと俺自身の体も光っている。
俺は慌てて宝石を取り出そうとする。明らかにこの宝石が何らかの影響を及ぼしているのは、状況が示している。
だが、俺が宝石を取り出そうとしている間にも、光はどんどん強くなっていき、
キキキイイイイイイイイ!!!!!!
大型のトラックが急ブレーキを踏んだのか、車体を滑らせて突っ込んできた。
義弘の横をすれすれで通り抜けた車体は真っ直ぐ俺に突っ込んでくる。
車体が俺の体に当たる直前、宝石と俺の体から放たれる光が世界を白く染め上げる。
大型のトラックが俺の自転車を潰しながらその動きを止めた時、俺は既にそこにはいなかった。
お読み頂きありがとうございます。誤字脱字、言葉の誤用等ありましたら教えてください。
好評なようでしたら彼の超運纏う人生を連載で書いていきたいと思います。
数多くの登場人物との超運物語をお楽しみに。