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 その後、私は自分の愚かさを反省し、鈴蘭の君をどこかで見かけることがあっても、決して近付こうとはしませんでした。千佳子さんもまた私に鈴蘭の君の話題を出すことはしなくなりました。


 逃げるように鈴蘭の君が現れる場所を避けていた私ですが、たった一つ、校舎の裏のあの場所だけは私の心に残された大切な思い出として、何か落ち込むことがあるたびにそこへ行って、いるはずのないその方の幻影へと思いを馳せながら、沈んだ気持ちを慰めていました。


 そんな日のことです。些細なことから千佳子さんと初めての喧嘩をしてしまい、悲しみに膨れた心を抱えて、私はあの場所へとやってきました。この心を、あの方ならどんな風に慰めて下さるだろうか。そんなことを考えながら、私がその場所を訪れると、思いもよらぬ先客がおりました。


「……何か」


 驚き立ち尽くす私に、その方はぶっきらぼうな声で言われました。私を酷く迷惑そうな顔で見上げるその方は、思わず見惚れる美貌を惜しげもなく振りまくその方は、鈴蘭の君と呼ばれるその人でした。

私はぐさりと胸に刺さる言葉によろけそうになりながら、その方を見つめました。


「こんなところまで追いかけてこないで」


 鈴蘭の君は私を睨みつけるようにはっきりと拒絶の言葉を放ちました。私はうろたえました。こんな風に刺さるようなきつい言葉を人から言われたのは初めてのことで、涙が滲むのが分かりました。


「……はっきり言うと、迷惑なんだ。これ以上一秒たりとも長く、君と向かい合っていたくない」


 その言葉についにぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちました。私はそのとき、目の前におられる鈴蘭の君が私を優しく慰めてくれたその方とは違うのだと思いました。それどころか私の思い出の場所をこんな形で踏みにじろうとする鈴蘭の君に、生まれて初めて、怒りと呼ぶに等しい感情を覚えました。その強烈な感情が普段弱気な私を突き動かしたのです。


「……めて下さい……」


「まだいたの。早くどこかへ――」


「やめて下さいっ。ここは……ここは、名前も顔も知らないあの方が傷ついた私を優しく慰めてくれた、大切な思い出の場所なんです!それ以上、清らかな私達の思い出を汚さないで!」


 私の叫びに鈴蘭の君は驚いたように目を見開きました。私は自分の口から飛び出た言葉の激しさにはっと我に返ると、口元を抑えて後ずさりました。


「君は……」


 鈴蘭の君はそれまでと様子を一変させて、瞳の奥に明らかな動揺を浮かべながら、立ち上がりかけました。私はその場にいることに耐え切れず、スカートの裾をはしたなく翻して、逃げるようにその場から走り去りました。後ろで鈴蘭の君が何か叫ぶ声が聞こえましたが、私は決して振り返ることはせず、息を切らして、学院内へと駆け込みました。


 教室へと戻ってきた私の頬が濡れていたことに、千佳子さんは目ざとく気が付きました。そして、喧嘩していたことなど忘れたように私の元へ駆け寄ると、優しく私の両手を取りました。


「凜子さん……。泣いていたのね。かわいそうに。私、言い過ぎたわ。あれから凜子さんが鈴蘭の君を避けていることが気になって、つい口出ししてしまったの。見ているだけじゃ何も変わらないなんて、けしかけるようなことを言って……凜子さんが怒るのも当然だわ」


「もういいの。いいのよ、千佳子さん。私こそ、いつまでもあの方のことを引きずって……でもね、違ったの。私が出会ったあの方は、鈴蘭の君じゃないのよ」


「……凜子さん」


 千佳子さんは私の言葉に何か言いたげな様子で、けれどもすぐに口をつぐんで私を抱き締めました。私は千佳子さんの温かな腕に抱かれながら、去り際に見た鈴蘭の君のあの表情を思い出して、首を振りました。


「いいの。もういいの」


 気を抜くと溢れだしそうな想いを必死で堪える私の背を、千佳子さんは何も言わずにただ優しく撫で続けてくれました。


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