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 そして、千佳子さんの言葉通り、私は数日後の放課後、容易く鈴蘭の君との再会を果たしたのでした。それは寄宿舎へ帰る為の道すがらのことでした。保健委員会の集まりがない千佳子さんと共に石畳の帰り道をお喋りしながら歩いていると、後方でわっとざわめきが聞こえました。


「何かしら」


 私が千佳子さんに尋ねると、千佳子さんは口元の端を釣り上げて言いました。


「いらしたわよ。きっと、お帰りになるのだわ」


「もしかして……鈴蘭の君のこと?」


「ええ。そうに違いないわ」


 千佳子さんは確信をもって頷かれると、「ここにいれば、お姿を見られるわ」と私の手を取り、道の端っこへと誘いました。心臓がどくんどくんと破裂しそうなくらい、激しい鼓動を打ち鳴らし、私を緊張の崖っぷちへと追い立てました。ようやくあのお方にお会いすることが叶うのです。この胸の高鳴りがはたして“ラヴ”であるのか、“ライク”であるのかということはもはやどうでも良いことでした。やがて、静かな緊張感がその場を包み、私と千佳子さんが固唾をのんで見守っている中、その群れというべき集団が現れたのです。私はあっと声を上げそうになりました。


「……真ん中にいらっしゃるのが鈴蘭の君よ」


 千佳子さんがそっと耳打ちします。群れの真ん中には一人のすらりとした体躯の美しい女性がおりました。長い前髪を横に長し、少年のように短い髪を風に吹かせ、陶器のように白く滑らかな肌を持ったその方の瞳はどこか憂いを帯びていらして、千佳子さんの言うように何だか近寄り難い雰囲気を周囲に放っておられます。そんな彼女を守るように、追いかけるように、何人もの生徒が彼女の周りを不自然なまでにまとわりついていました。


「いつ見てもすごい光景ね」


 千佳子さんが苦笑交じりに呟きました。


「あの方が……鈴蘭の君」


 私がそう呟いたとき、何の悪戯か、鈴蘭の君と呼ばれるその方が不意に私達の方へと視線を向けられました。まるで吸い込まれてしまいそうな、見る者を魅了するその深き眼差しに私は息もできずに呆然としていました。何か言わなくては、あのときのお礼を言わなくては、と焦るばかりの心はちっとも役に立たず、唇を震わせていることしかできずにいる私に、その方は何の反応も見せることなく、すっと視線を外すと、足早に歩いていってしまわれました。


「凜子さん……」


 千佳子さんが私へ慰めるような色を含んだ呟きを零しました。

 私は何も言うことができませんでした。分かっていたはずなのに。あの方が顔も名前も知らぬ私ごときを覚えているはずがないと分かっていたのに、どこかで期待していた自分が惨めでした。あの方は周囲を取り巻く女生徒達を見るのと同じ眼差しで気まぐれに私を見たのでした。なんと愚かで思い上がっていた私。あの方が現れたとき、私は自分だけはあの方に特別に見つめられる資格があるのだと、周囲を飛び交う蝶のような彼女達よりもずっと優れているのだと、思い込んでいたのでした。


 隣で優しく慰めてくれる千佳子さんに励まされながら、私はあの方が去っていってしまった後の石畳の道を酷く空しい気持ちで歩いて帰らなければなりませんでした。


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