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 (旧4話 改稿した為飛ばしてください)

※第4話の改稿前です

上書きする所を誤って差し込みにしてしまった為、

第8部(http://ncode.syosetu.com/n7040db/8/)まで飛ばしてください

鈴音との生活が始まって初の月曜日――。


「それじゃあ行ってくるぞ?」

「うむ、留守は任せておけ。」


凄く不安だけど『戦国時代からやってきた女の子の面倒見なきゃいけないので会社休みます』なんて言ったら、

会社から有難い長い長い休暇を頂きかねなので、ここは大丈夫だと言う鈴音を信じるしかない……。

必要最低限の事は全部教えたはずだし、念のため炊飯器等の家電の使い方のメモも残してある。

いくら気丈に振舞っていても全く勝手が違う現代の生活、

いい大人相手にどうかとも思うが初めてのお留守番は大丈夫なのだろうか……?


「何度も言わせるな、ここに居るだけなら大丈夫だと言うておろうが。

 昼過ぎまで眠って、"てれび"でも見ておればすぐであろう?

 外を自由に出歩けぬのは窮屈ではあるが、贅沢は言えぬしそこは我慢しよう。」

「十分贅沢な生活ですねっ!?」


心配なさそうだった。畜生。


/


約三時間後――


「ん……。」


春眠暁を覚えず――どれくらい眠っていたのだろうか

まだ許されるのであれば眠っていたいところであるが、嗚呼この時期の眠りとは何とも心地よいものぞ……。

であるが、あまり遅くまで眠っておるとまた母上に小言を聞かされる羽目になってしまうな……。

ただでさえもう陽が高く――


「ここは……?」


何処ぞ――あぁ、そうであったな……。

目の前には白き天井、その真ん中には大きな珠の灯り――夜でも昼間のように眩く光る不思議なものだ。

私のおる屋敷の主、弘嗣が勤めておる問屋でかのような物を扱っておると申しておったな……。

その主は勤めに出かけ、暇を持て余した私はこの"べっど"で再び眠ろうと思い潜り込んだのであった。

私が悪いのではない、今の暖かき季節が悪いのだ。


うむ、やはりこの"べっど"とか言う寝床はなんとも心地よいものだ。

硬すぎぬ寝床、それを覆う厚手の布――これに包まれておると暖かさは言い表せぬ程の心地よさを与えてくれる。

私の知る世には存在し得ぬ物に、もしかすると私はどこかで討たれ、極楽浄土に招かれたのはないか――と錯覚さえしてしまう。

であるが私は武士の身、戦では致し方ないとは言え人を殺めておるし、極楽浄土とは縁遠いであろうが……。


武士……か、この世にはもうおらぬと申しておったな。

ならば、私は一体何者であるのだろう――。


「はぁ……誰にも小言を言われぬ、遠方で一人で過ごすのはかくも快適だとはな。」


いや正しくは一人ではあらぬが、好きな時に眠り、好きな時に好きな飯を食うても誰にも咎められぬは良い。

何にも縛られず、己の意思で過ごせる日々――私が最も望んでおった暮らしかもしれぬな……。

弘嗣に言ったら『お前は一人暮らしを始めたばかりの大学生か』と訳の分からぬ事を言われてしまったが、

"だいがくせい"とは何ぞ――?


「――して、この短い針が一周しここ"八"まで来たらあ奴は戻ってくると申しておったな。」


目覚めたのは確かこの"四"の所、あ奴が出かけたのはこの"七"の所、確かそのすぐ後に"べっど"に入り――今は"十"か。

残りはひぃふぅみぃ……八つか、短くもあり長くもある。

一人でも大丈夫だと啖呵を切ったが、いざ私一人になると――不安だ。

いや、見知らぬ土地で孤独であってもかのような事では動揺なぞせぬぞ、日ごろの鍛錬の賜物を見せてやるわ!!




「――ま、まだこれだけしか進んでおらぬのか!?」


さっき見た所から次までの半分しか進んでおらぬだとっ!?

確かこの長い針が一回転すれば短い針が次へと進むので……これは結構――

いっいや、じっとしておるのは苦手だがこれも修行だと思えば。

されど外は出歩けぬし、この狭い中で一日……。


「……よくこんな所で生きておられるな。」


狭いのは一向に構わぬ、とにかく汚さが目に余る。

乱雑に積み上げられた書物(如きもの)、太い線が床を這い、よく見ればあちこち埃だらけ。

着ておった衣類も放りっぱなし、と人が住むにはあまり良しとは思えぬ部屋であった。

あ奴はネズミか何かか?


「うーむ……。」


その家には家の掟や決まりがあるもの、いくら小さくとも汚くともこの家の主は弘嗣だ。

昨日今日やって来た余所者ごときが勝手に片しては曲がりなりにも男であるアイツを貶めてしまう。

うむ、帰ってきてからそれとなく諫言することに致そう、そして綺麗にさせよう。

故に我慢、我慢だ――。


「…………。」


気にしてはならぬ、気にしては――――。

忍耐力がないのが私の悪い所だと父上が申しておったではないか。

散らばった書や埃なども風流だと思わば……こう積もる埃が雪の如きと……


「なるかぁッ! もう我慢ならぬッ!!」


もう知らぬ、あ奴の名など落ちてしまえ!

忍耐力? 何だそれは?


確か燃える物と燃えぬ物を分け、この透けた袋に入れねばならぬのであったな。

書はこの入れられぬ故、一まとめにしておくとして……まずは着物の類から――

うぅむ男くさい――であるが……はっ、私は何をっ!?



「ふぅ、茶でも入れて一息つくか。えぇっと確か……」


ある程度片付けが済み、一息入れようかと思えば何ぞこれは――わざわざ手順を描かずともこれくらい分かっておるわ!!

"てふぁーる"と言ったか、水を入れればすぐに湯が出来上がる容器に張り紙がついておった。

かのようなもの、慣れておらぬだけで、一度聞いて理解できぬほど馬鹿ではないわ!!




「なになに……次はここを押せば良いのだな。」


私は馬鹿ではない、複雑な"かでん"と言う物に溢れているこの世が悪いのだ!!

それにしても、これらの道具から始まって机や台やらと多いな――人の居場所より物の場所の方が大きいのではあるまいか?

父上のガラクタを押し込めている蔵も大概であるが、あれらの方がまだ広い。

あ奴はこの中で一体どんな生活しておるのだ……。


「起きて飯食って勤めに出る、戻れば飯食って寝る――。」


――生きていて楽しいのであろうか?

全て私の想像で勝手に哀れんでしまっておるが、帰ってきたら労いの言葉でもかけてやるか……。


「しかし、茶も様変わりしたものぞ。」


茶の湯の静寂で厳かな場も悪くないが、あのじっと座して待つのが嫌いであった。

特にそこで見合いをした時なぞ今思い出すだけでも腹が立つ……親はやれこの茶器はどうだのとつまらぬ自慢話ばかり。

当人の子と顔を合わせれば『思惑が外れた』と顔をし、嫌味を述べてきおったが……乗り気では無かっただけに尚の事腹が立つ。

確か――半年後に親子とも戦で討死しておったな。人の死を喜ぶなぞ人の道に反するが清々する。


見合いか。女だてらに武士の真似事をし戦場を駆ける者はいらぬと申され、

器量がなしとも言われ、挙句『敵兵の頭を握り潰した』などと言う根も葉もない噂まで立っておった――

握りつぶしてなぞおらず、僅かに鈍い音が鳴っただけだと言うのに……。

噂とは尾ひれが付くものだとつくづく思い知らされる。


まぁ、女子は子を成す為だけの存在であるしな……謀や人質なぞ碌な扱いを受けぬ。

武士となって真に良かった――望まぬ婚儀をするぐらいならば独り身で死んだ方がマシぞ。


「であるが……んっ?」


"べっど"の下に何か葛籠のようなものがあった。まだ片しておらぬ所があったか。

何か怪しげで気にもなったが、踏み込まれたくない物かもしれぬ……このままにしておかねばな。

だが気になる――



「裸の女の絵ばかり――春画ではないか!!」


我ながら何と我慢のないことか情けなくも思ったが、これを見てそう思った己が情けないと思ってしまった。

確かあ奴が読んでいた書物についていたのにも――確か"しゃしん"と申すものだったか。

こちらは絵図であるが、うぅむ、かのようなのが――って違う!!


「恥ずかしげもなくこのような姿、これは子供ではないのか!?

 どれもこれもかのような書物ばかりではないか! む、こっちは"しゃしん"とやらか……葬儀中かこれは?」


私よりまだ年のいった女子だろうか……状況的に夫を亡くしておるような、その様な女子が葬儀の場で破廉恥な……。

別に何を見てどれだけ使い込んであろうが私には知ったことはないが、何故か非常に腹立たしいので処分する事にした、ふんッ!!

これは紙であるから燃える物であるな、この奥にもあるな――女子の人形か?


「燃える……ものであるのか?」


軽いが紙ではないし硬い、ふむ燃えぬ物であるな。

この世も一長一短であるな、捨てる物も燃えるか燃えぬか分けねばならぬとは……。

全く、この下も埃だらけではないか……もうかくなる上は徹底して掃除にしてやる。

何ゆえ私がかのような事をせねばならぬのだと恨み言も出たが、やり始めたら止まらぬ性分なので致し方ない。

"べっど"の下に潜り込み、何度も頭をぶつけながらも埃を全てを掃きだした頃にはもう"十二"の所まで来ておった。

腹も減ったし昼飯にしたいところであるが――。


「髪も着物も埃だらけだな……おぉ、そうだ!」


風呂に入ろう!

弘嗣は――うむ、まぁこれは汚れを落とす水浴びの様であるから大丈夫であろう。

そうと決まればいざ鎌倉、ならぬいざ洗い場――そうだな、湯に入っておる間に洗濯もしてしまおう。

脱いだ着物と粉をここに入れ、ここを押し……で、いいんだな?

一糸纏わぬ姿のまま顛末を見守るわけにもいかぬし、書き記された手はず通りにやっておるから大丈夫なはずであるが。

箱に入れておくだけで洗濯してくれるのはよいのだが、本当に合っておるのかと不安になるな……。



風呂場の中に入ると、すぐ真正面に掛けられておる鏡が目に入った。

何故かのような所に鏡が掲げられておるのかと疑問に思うが、それによりも鏡に映る何も纏わぬ己の裸を見て疑問に思うてしまう。


「う、うぅむ……悪くはないと思うのだがな……。」


痩せっぽち、貧相だと陰で言われておるこの身体――やはりもう少し肥えた方がいいのだろうか?

女子や姫君、男も肥えておる方が圧倒的に持て囃されておるが――尻は負けず劣らず自信あるのだが。

肥えた己の姿――多く歩くと息があがり、動くたびに震える肉、手は団子、馬にも乗れず、無理に乗れば同情の眼で見られる馬。

……うむ、やはり今の方がマシであるな――

それに先ほどの春画などからして、こちらの世では私のような痩せっぽちの女子の方が人気があるかもしれぬ。


「湯は――うむ、大丈夫だな。」


先の時代はこのように何もかも充実し裕福な生活を送れると言うのか――。

栓を開けば湯が出てくるのにも驚いたが、ここだけでなくこれがほぼ全ての家にあると言うのだから驚かされる……。

湯治に行った温泉に比べればちと狭く窮屈であるが、かのように湯に入れるだけでも十分である。

信じられぬが、夢うつつではなく、ここに私があり体験しているのが現実なのだな。

世の中何が起こるか分らぬものだ……。


「えぇと……こちらの"体"と書かれたのが身体で、もう片方は髪であるな。」


それにしても、この時代はとにかく薬液に溢れておる。

器を洗う薬液、厠の掃除の薬液、風呂を洗う薬液、洗面で弘嗣が使っておった口洗いの薬、身体や髪を洗うこの薬液――。

薬も飲みすぎれば毒になると言うが、これほどまで薬液にまみれておれば逆に身体に悪いのではないか?


特にこの髪を洗う"しゃんぷう"と申すのは何なのだ!!

初めて使うた時は、弘嗣が『さんぷん待ってやる』と訳の分からぬ事を申しておったし、

言われた湯をかけて薬液を流せば目に入って悶絶してしもうた。

まぁ確かに良い香りがし、髪も滑らかに柔らかくなって良い。それに――この泡が何とも楽しい。

泡がついたまま身体洗い用の液で身体を擦り、全身泡だらけにするのが何とも言えぬ面白さがある。

初めは全くかのような泡が立つなどなかったのに、何とも不思議なものぞ。



「し、しもうた――。」


着る物が――ない。

洗うて干すまでの事が完全に抜け落ちておった……それに一張羅、他に何もない。

風呂から出て気づくとは……この天気なら夜には乾いておるだろうが、この姿のままでは干しにも出られぬ。

干すのは中で吊っておけば良いが如何したものか。


今日は暖かいのもあり裸でおっても"べっど"に入っておれば大丈夫であろうが、

仮に男子の部屋それは絵面からもいささか問題があるしな……。

それに、欲情されて獣になられても困る――いや返り討ちにもできるし困りは……。


「――ち、違うっ、私は何を事を考えておるのだっ!

 私があ奴になぞ――おお、確かあ奴が着替えておった時、襦袢のようなの着ておったな!!」


あ奴の衣類の中にあったあれなら良いだろう、私のが乾くまで少し拝借させてもらおうぞ。

出かける時に来ていた白い中着――確か"わいしゃつ"と言っていたか、

生地がスベスベとしておるが少し硬く、袖が長いがまぁ悪くない。が……丈がちと際どいな。

前も後ろも丸見えであったので、先ほど身体を拭うのに使った"ばすたおる"を腰巻代わりにしてみるか。

うむ、見てくれはあまり良くないがこれで大丈夫であろう。


/


予定の時間よりかなり遅くなってしまったな……。

休んでいた分の仕事も溜まっていたからしょうがないが、鈴音は不貞腐れてやしないだろうか…。


「ただいま――。」


恐る恐るドアを開けると、すぐ近くのキッチンに立っていた女性がこちらを向いた。

――え、誰これ?


「うむ、ご苦労であった。だが遅いぞ。」

「ちょっと仕事が多くて――それはそうとその恰好一体どうしたの!?」


そこに立っていたのはワイシャツにバスタオルを巻いた、別の意味で奇妙ないでたちをした鈴音だった。

あと、上までボタン留めて!チラチラと山間部が見えてるから!

見続けているといけない気持ちになりそうなのであまり見ないようにしないとな……。

ここは、裸ワイシャツ!裸ワイシャツ!と喜びたい所だが、リアルで見るとこれはかなり目のやり所に困る。

微妙な透け具合といい、ポッチの自己主張具合といい……

彼女や奥さんであれば手放しで喜び、いきなり色々したいんだけども――。


「いや、掃除をしておったら汚れてしまってな。洗濯にかけたらその……。」

「あぁ、それで着物やサラシを吊ってあるんだな。」

「故に襦袢らしき物があったから借りておるぞ。」


間を大分飛ばしたが、おおかた着る物がないのに全部洗濯してしまったとかだろう。

別にワイシャツぐらいは問題ないし、いくら着てくれてもいいのだが。

そうか、着の身着のままこちらに来たから洗濯するとそうなるのか……。


「おぉ、部屋がすっきりしてる。」

「目に余る汚さだったのでな。身を弁えぬ事だと思ったが掃除させてもらった。」

「うっ…いや助かる。今度やろう今度やろうと後回しにし続けていたからな…。」


部屋の中に入ると電球を変えたのかと思うぐらい室内が明るくなっていた。

ちゃんと埃を掃い、散乱している物を片付けるだけでこんなに違うんだな……。

雑誌とか綺麗に片付いているし、秘蔵の(エロ)本もちゃんと束ねて――気分もさわやかに


「おいぃぃぃッッ!?」

「それか? いや掃除中に見つけてな、何ゆえか腹が立ったので捨てる事にした。」

「一番上に置くなよ!? お前は子供が隠し持ってたエロ本を机の上に置く親か!?

 と言うか、これを勝手に処分すると決定してるんじゃないよっ!」

「健全な男なら持っていて当然と父が言っていたが、母上は決して許してはならぬと、

 見つければただちに全て焼き払えと申しておったぞ?」


比叡山焼き討ち並みに酷い仕打ちだ……。何故だ――何故女と言う奴はこうエロ本に対して厳しいのだ。

せ、せめて一冊だけ! 一冊だけでも! 晴美さん、今助けるからね!


「若い女子の奴か?それとも未亡人の奴か?」

「止めてっ、中身言わないでっ!?」


――未亡人の方なんて言えない。

鈴音の目も笑っておらず取り出すに取り出せなくなり、泣く泣く救出作戦を断念せざるを得なくなった。

その横には――隠し持っていたフィギュアの方までも袋に軟禁されていた。この掃除屋は何と優秀なのだろう。


「これらは燃える燃えぬどちらになるのだ?」

「それは萌えるものです……。」

「ふむ、ではこちらだな。」

「て、違っ――!?」

「燃える物なのであろう?」


字が違うっ――と突っ込みたかったが、説明すると更に哀しくなるので正しい袋に移しておこう……。

まぁこれには言うほど思い入れもないんだけど、下から覗くお尻のアングルがこうね――。


「何やらお主の背中が悲しいぞ……。」

「はっ……!?」


いけないいけない――自分の手では捨てるに捨てられなかった物だし、この機会に手放すのもいいかもしれないな。

フィギュアをゴミ袋に移し、本の縛り上げ(介錯)を終えた所で鈴音が晩飯を持って来てくれた。

あれ――茶碗が二つ?


「もしかしてまだ食べてなかったの?」

「うむ、腹が減って仕方ないぞ。」

「う、すまない……けど先に食べててくれてよかったのに。」

「そんな訳にもいかぬ、家長より先に食うなぞ持っての他だ。」


どちらからと言うわけでもなく、食事は鈴音が全て用意し、俺が手をつけるまで待っていてくれる。

昔ながらの親父がいる家庭なんてと思っていたけど、まさか自分がこんな立場になるとは思いもしなかった……。


「――と言いたいところであるが。」

「え?」

「何だ……先に食おうかと思ったのだが、一人で食うのは寂しくて――な。やはり飯は誰かと共に食う方が美味い。」


気丈に振舞っているけど、実は寂しがり屋なのかもしれない――何とも可愛い奴じゃないか畜生。

照れなのか本音を言うのが恥ずかしいのか、顔を赤くして言われるとワイシャツ補正もあってこっちも照れてしまう。

いや、照れる要素は一つもないんだけどね……この空気がむず痒い。


「さっ、さぁ飯が冷めるし早く食おうぞ!」

「お、おうっ、今日の飯は――」


白御飯・ねぎの味噌汁・ゴボウの煮しめ二本――終わり。

……え?


「これだけ……?」

「そうであるが?」

「何か一気に量減ってる気が……。」


確かに一汁一菜ではあったものの、昨日までは食いきれるのかと思うぐらいの飯だったのに、

今日は半分、味噌汁も結構具沢山だったのに一種類。

まだ具材は多くあるはずだし、材料がないと言うわけでもないのに一体どうしてまた……?


「何を言うておるのだ、先日から少し食いすぎであったから節制しておるのだ。

 申し訳なく思うが、食いすぎる癖をつけると良くないのでな……。」


鈴音が言うにはこの量が普段の食事量らしい。

恐らくこれまで満足に食える機会がなかったのもあって、制御が効かなくなっていたのだろう。

腹八分目と言う言葉もあるし、確かに食いすぎるというのは良くない事だな――やはりそう言った面でも気を使うんだな。

頑固で言い出したら聞かない所があるけど、意外と細かい所にも気が配れるのかもしれない。


「いい奥さんになれそうだな――。」

「んっぐっ――!? なななな、いき、いきなりなな何を申すのだ……ば、馬鹿者っ!!」


顔を真っ赤にして、喜んでいいのか怒っていいのか分からない顔をして慌てふためいている。

侍でいるよりこうして素でいる方が鈴音らしいのではないか――?

まぁ、秘蔵コレクションが明日処刑されるんだ、しばらくはこれでからかっても罰は当たらないだろう。


「ん、おほんっ――ま、まぁそうであろうな。」

「取り繕っても遅い気がするけど――。」

「う、五月蝿いっ! 飯も食うたなら片付けるぞっ!」


手早く片付けてそそくさと立ち去ろうとするのがまた面白い。

鈴音が両手に食器を持ちすっと立ち上がった時、床に何かがパサリと落ちたようだ。

箸でも落としたか――これは……バスタオル? どこかに干していたのか?


バスタオル――バスタオル――確か誰か……思い当たる場所に視線をやるとそこには――。

どんぶらこーどんぶらこーとシンクの方へ流れて行く――大きく良い形の白桃があった。


「ちょっす、すす鈴音っ――!?」

「ん、如何した? 私になに……ん、どうしてそんな顔をし――」


俺の目線に、ワイシャツから下を隠していた物がなくなっている事に気づいたようだ。

何が起こったのか分からないのか、しばらく固まっている――俺もフリーズしてしまっている。

秘蔵コレクションの処刑の件はこれでチャラであろう、これ以上の事が起こると罰があたる。


「う、うわあああああッッ!?」

「ちょっこっち向くなっ」


慌てて顔を背けたが、ちらっとジャングルが見えた。

後ろでバタバタとした足音と、タオルを結んでいるような衣擦れの音が想像を掻き立ててくる……。

足音がヒタヒタと近づいてくるが、顔をそむけているので鈴音がどのような顔しているのか全く分からない。

すっと後ろに何かがピタリともたれ掛かって――ってこれはもしや、展開的にムフフなのが――?


「なぁ、弘嗣先ほどの事であるが……忘れて欲しいのだが。」

「あ、あのどうして手で俺の顔を覆うのでしょうか――?」

「忘れてくれると有難いのだが?」

「あ、ああ……わ、忘れるっ、うん忘れた――。」


記憶の隠しフォルダにしまおう、必要な時に引き出そう。


「左様か、なら良い――して食後に何か食いたい物はあるか?」

「白桃――はッ!? うがあああああああああっあ、頭がぁぁぁっ――!?」

「忘れておらぬではないかッ!!」


記憶のフォルダから破棄っ破棄だっ――!

あ、頭の形が……か、変わってしまう――こ、これが罰か……。


「わわわっ分かった、うん忘れる!忘れるからっ思い出さないからぁっ!!」

「い、いいか――決して思い出さぬようにな?」


力が凄いとは思っていたけど、ブレーンクロー喰らって分かった。

鈴音がやって来たあの晩――下手するととんでもない事になっていた。

今頃は手首にセラミックが入っているか、下手するとフックかサイコガンが付いていたかもしれない。


「ま、全く――。」

「責任の何割かは鈴音さんにもあると思うのですが……。」

「し、仕方がなかろうっ……他に着物が無いのだからな……。」


まぁ確かに服はこれだけと言うのも酷だしな、

洗濯のたびにこの様な事が起こってはたまったもんじゃなく、まず俺の頭蓋骨が持たない。

とは言っても、俺の服もそれほど多くもないし男物ばかりだからなぁ……。

働き出してからはスーツかスウェットばかりで、着物やスカートなんて物は当然なくパンツばかりだ。

そもそも男がスカートを持っていたらそれはそれでダメな気がするし。

だが買うにしても着物なんて高いものばかりだろう――浴衣とかなら安いのもあるだろうが、時期的にはまだ早い。


「ん、うーん……。」

「前から気になっておったのだが、その光る硯の様なのは何なのだ?」

「あぁ、スマホだよ。これで遠方にいる人と話や手紙のやり取りが出来たり、色んな情報を調べたりできるんだ。」

「すまぬ、お主が何を申しておるのか全く分からぬ……。」


うへー、やっぱ高いな……安くても何万もするのばかりだ。B反って何だこれ?……おお、これなら値段が一気に下がるな。

ふむ、染めむら糸切れなどちょっと問題があるぐらいか。


「なぁ、ちょっとした難点のある着物でも大丈夫か? こんなの何だけど……」

「難しい顔してんうん唸っておるのかと思えば。どれどれ――ほうどれも姫君が召すような雅な召し物ばかりではないか。

 見た所、特に問題無さそうであるがそれがどうしたと申すのだ?」

「あまり高いのは買えないけど、これぐらいのなら買えるからさ……。」

「なっ――か、かの様なのはいらぬっ、襦袢でもあればそれで良いのだっうむ。

 い、いやいらぬわけでもないが動きづらく、その――私にはあまり似合わぬからな……。」

「そ、そうか……。」


似合いそうだとは思うけど、まぁ本人の好みもあるだろうし。

確か"じゅばん"だっけ……へぇこう言うのが襦袢と言うのか、これなら値段も手ごろだし何着か買えるな。

えーっと近くで売ってるのは――百貨店でセール中か、この週末で終わりじゃん!!


「よし、週末に買いに行こう。それまで申し訳ないけど俺の服とかで間に合わせてもらえるか?」

「それは構わぬが――けど、いいのか? あまり無理はせずとも良いのだぞ。」

「大丈夫だって、これぐらいなら何とかなるよ。」

「そうか、ならお願いしたい。この"わいしゃつ"と言うのは少し擦れるのでな……。」


え、何が――?

茶も様変わり~

当時のお茶は高級だった為、庶民が嗜むようになったのは江戸時代あたりから


着物を贈る

⇒結納(昔は男が女性の家に縁起物と共に着物を贈っていた。それが着物を買うお金=結納金に変わった。)

なので鈴音はそれと思い、動揺して断った。

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