(旧3話 改稿した為飛ばしてください)
※第3話の改稿前です
上書きする所を誤って差し込みにしてしまった為、
第8部(http://ncode.syosetu.com/n7040db/8/)まで飛ばしてください
「おぉ、なんとも不思議な感触であるが草履に似ておるな。」
鈴音と一緒に出かけようかとしたが、鈴音の履物がここに来た時にはいていた藁草履しかなく、
こちらの世界でそれはちょっと悪目立ちしそうなので、似た物として俺のサンダルを履かせてみたんだけど……
これでちょうどいい大きさなようだ。男物の27センチだぞこれ――。
「さて、外の世界は初めてであるな……勝手が分らぬが故、お前に全て委ねるぞ。」
「あぁ分った。じゃあ行こう。」
俺の沽券と名誉にかけて。
しかし、全体的にデカいと思っていたが、こう並んでみると身長もあるな――。
「ふむ、初めて見た時は絶望も覚えたが、改めて見ても奇妙な造りをしておるな……。
これは石造りであろうか、一面かのようになっておるのは初めてぞ。」
「あぁ、鉄筋コンクリート――鉄と石の建造物だな。」
「何と、鉄まで使われておるのか――漆喰のみかと思うたがなんともはや……。
しかも声まで響く。それに、真っ直ぐ整いすぎて逆に冷たくも不気味さもあるな……。
いや、攻め入られた時はこれぐらいの方が滑って守りやすく――。」
恐らく神社とかの階段を想像しているのだろう、確かにあれらと比べると生物感はないな。
この時代はとにかく横一直線が好まれ、ボコボコとしたいびつな線のがなく真っ直ぐ平面なのばかりだし
鈴音の言う通り確かに綺麗に整いすぎている感がある。
そのままマンションの階段を降り、エントランスを出ると見慣れた外の世界が広がっていた。
俺にとってはこれがごく当たり前の景色だが、鈴音にとっては初めて見る現代の世界――彼女の目にここはどう映るのだろう。
「な、なんと道までも全て石畳なのか!?
これでは馬の脚を痛めてしまうぞ……見渡す限り石造りであるが、土や草は何処に……。
むっ、これが我々がいた屋敷か……想像しておったのより大きいな。
うぅむ、お主以外にもあのような造りの小屋に住んでおるのか?」
「うん、それと小屋じゃなくて部屋な。これでも結構小さい方だけどね……。
少し前まで大学生達が多く住んでたけど、今はここより良いのが出来たせいかここの住人も減って来てるかな。」
それとこの時代、日常的に馬が道路歩くことなんてないからね?
代わりに馬車馬のように働かされる人は多くいるけれど……。
「これで小さいとな――では、この前のにも誰か住んでおるのか?」
「小学校だよ、小さい子が学問を修める所って言ったらいいのかな? 今日は休みだから誰もいないけど。」
「子供の学問所か……やはり名のある貴族の子ばかりなのか?」
「いや、身分とか関係なく、子供には教育を受ける義務があって全員通う事になる。」
「な、何だと!? 分け隔てなく全ての子が学べる所があると申すか!!
うぅむ、にわかに信じられぬが、そのような世が来ようとは……。」
誰もが識字、計算ができると言うのは向こうでは考えられない事らしく
『必要あるのか? いや先を見通せば確かに……』と一人で自問自答していた。
確かに学校で習ったのでは、江戸時代だかの寺子屋がどうとか言ってたしな……
鈴音はそれより前になるだから驚くのも無理はないか。
傍から見たら袴を履いた時代錯誤な着物姿の女性と歩く男が歩いているだけに映るだろう。
目的の商店街までは十五~二十分ぐらいの道のりだけど、道中の信号や横断歩道の説明をしていたり、
車を初めてみた女性は『鉄の荷車が滑り落ちているぞっ、誰も止めぬのか!?』と一人パニックになり、
それを説明する男の姿は更に奇妙だっただろう。
誰もが"当然"だと思っている事が、彼女にとっては全てが未知なる物なのだ。
普通ならパニックを起こしているだろうが、彼女はさすが侍と言うべきか肝が据わり"一度全てを受け入れる"姿勢でいる。
こんな状況ではそれが一番ベストな選択なのかもしれない。
無機質なコンクリート造りの建造物を抜け、見慣れた畑や田んぼを見つけると少し安堵した様子も見せていた。
周囲は違えど、見慣れた光景が存在していることは彼女にとって救いなのだろう。
平和な時代しか知らない男、群雄割拠の乱世の時代しか知らない女――。
現実で考えたら巡り合うなんて絶対にない縁なのに、そう思ったら不思議なもんだな……。
「どうかしたのか? 空なぞ見上げて。」
「いや――この空だけは戦国時代から変わってないんだなって思って。」
「ふむ……お主の申す通りであるな。何とも不思議なものだ……。」
歴史は歴史であるけれど、先人はこの空の下でどんな暮らしをしていたのだろうと思う時がある。
過去があって今がある、今があるから過去がある……先人がいて現代人がいる
いつか鈴音がこちらに来たように、俺もまたあちらに行く機会があるのだろうか。
その時はこうして空を見上げ、先の世を想っているのかもしれない。
「ほう、これはこれは……まるで市のようであるな」
やはり女性は潜在的に買い物が好きなのだろう、駅近くの商店街に到着するやいなや鈴音の目が爛々と輝いていた。
ここは距離的にはそんなに長くはなくないけれど、スーパーもあるため時間帯によっては比較的賑わう通りだ。
「ここは花を売っておるのか、見たことないのが多いが香りが良いな。ふむ……。」
「どうかした? 何かしかめっ面してるけど。」
「いや、母上との華の修行を思い出してな――あれは辛かった」
「何か意外だな、何でもこなせると思ってたけど。」
「じっと座っておるのが合わぬのだ……それに、完成したらあれがどうだこれがどうだと評価し合うのもな。
己が見て綺麗だと感じればそれで良いだろうと思うのだが――茶器もそうであるが、とにかくかのような連中はあまり好かぬ。」
「確かに……。」
絵ならまだ分からなくもないが、確かにそれ相応の歴史的価値があるのだろうけど、
そう言った壺などに何百万も出したりする骨董の世界は素人には理解できない。
「こちらは――うむ、用はないな行こう。」
文房具屋の前に来ると鈴音は足早にそこを去ろうとした。
何かあったのだろうかと鈴音が見た所に目をやったが、そこには何もなくあったのは書道の道具が並んでいるだけ。
恐らく小学校の授業で使うのだろうが、鈴音はどうして――ははーん……。
「もしかして字書けないのか?」
「なっ――!?」
読みはできるようだけど書くのがダメなのだろうか?
ドラマとかだと結構お侍さんはスラスラ書いているイメージがあるけど。
「け、決して書けぬわけではないぞ……ただその――そう、少し独自の味がある字と言われておるだけぞ!!」
「あぁ――。」
独自の味――と言うのは、下手糞と相手に言えないから前向きにした表現だ。
俺も字が上手いわけではないけど、なるほどそう言う事だったか……。
「筆じゃ、使っていた筆が悪かったのだ。もっと良いのを使えば必ず上手く書ける……恐らくは。」
「でも字なんてその人の個性もあるし、上手いに越した事は無いけど特別上手く書く必要もないんじゃない?」
「うむ……そうなのだが、母上にな……。」
「お母さんに?」
「私の字を見て『決して人前で字を書かぬように』とキツく申されてな……。」
「……。」
戦国の世まで見ているかのような遠い遠い目をしていた。
一体どんな字を書いたのか気になったが、聞いたら酷いことになりそうなので止めておこう。
今日はついでに食料品と同時に日用品も買い揃えたかったので、通常なら十分もかからないであろう道であるが、
道中にある本屋や薬局などをを説明しながら歩いた為、気がついたら三十分以上かけて歩いてしまっていた。
一軒一軒ハシゴして必要なのを購入して行く事になるからスーパーを選んだのだけど、
これならハシゴしても良かったのかもしれない……。
鈴音は平気な顔をしているが、俺はこれだけで歩き疲れ始めてきている。
これってもしや……運動不足?
「ほぉぉ……かのような広い屋敷に所狭しと物が並んでおるわ――これら全てが商い物か?」
「そうだよ、このカゴに入れて最後に清算するんだ。」
「ふむ――見慣れぬものばかりでも無さそうだな、こちらは大根・かぶ・ネギ、生姜に芋か。
食い物は大きく変わってないようだが、見た事もないのも多いな……。」
「知ってる野菜あるならそれから買っていこうか。」
「うむ、そうしよう。」
あれとこれと……と鈴音が選んでいると、不意に鈴音の手が止まった。
――え、何で俺を見るの?
「……金子の方は大丈夫なのか? 厳しいようであるなら私は別に構わぬのだぞ。」
「買えるから!? これぐらい問題なく買えるんだからねっ!!」
だからそんな心配そうな目で見ないでっ
大丈夫だ、ちゃんと節約していけば今月は給料日まで何とか持つ計算になってるはずだ。
だから近くの人たちも甲斐性なしの男みたいな目で見ないでっ!!
居心地があまり良くないので、そそくさとその場所を離れ鮮魚から肉を見ようとすると、
鈴音は腕を組み、片方の手で顎を触りながら何やら難しい顔をして考え事をしている。
どうしたのだろう、何か料理の献立でも考えて――
「一つ聞くのだが、ここの野菜と隣の店の野菜は何か違うのか?」
「え、うーん……品数と産地の差ぐらいだと思うけど?」
「……それであの隣の店はやっていけるのか?」
そうなのだ――このスーパーがあるのに隣の八百屋が何ともないのが謎なのだ。
ここに並んでいるのと同じ野菜、種類はこちらの方が多いし安い……。
大型店舗に客を取られ、商店街がシャッター通りになっていると言われているご時勢に、
あの八百屋は平然と営業し続けているのだ……。
実際にそんなに客が来ている様子もなく、大半の客はこちらに来るはずなのに。
「ここに住みだして八年ぐらいだけど、ずっと謎なんだよなぁ……。」
「深く踏み入ってはならぬ領域なのやもしれぬな……ん、これは――。」
鈴音が手に取ったのは鮭の切り身か――鈴音の口が半開きで涎が垂れそうになりながらそれをじっと見つめている。
心なしかそれを持つ手も若干震えているような……。
「こ、これは買えるのか!? 買えるのであろう!? なぁ、なぁっ!!」
「す、鈴音さん落ち着いて――。」
目がもう『これ買って』と言っていた。もし仮に尻尾がついていたら振り切れるぐらい振っているだろう。
まぁ日本の朝食の定番だし、そんなに高いものじゃないから大丈夫なんだけど……。
「そうかっ、よし! では他に買うものが無ければ帰ろうぞ、今すぐ帰ろうぞ!」
「ま、まだ買うものあるから……。」
鈴音曰く、あちらではこれ以上とないご馳走らしく、これまで誕生日と初陣での二度しか口にできなかった最高級品であるようだ。
まるで晩御飯に好物が出ると分かった子供のような喜び方で、そこには侍ではない普通の女性がそこにいた。
いや、もしかすればこれが本当の鈴音の姿なのかもしれない。
購入できる分かった時の満面の笑みは本当の彼女の笑顔だろう――こちらも嬉しくなるような惹きつけられるような笑顔だった。
「これほどの量の塩と砂糖が――しかも弘嗣が買えるぐらいであろう、ここの物を国に持ち帰れば結構な金子に……。」
意外と計算高い面も見れた――。
買い物が終わったのはいいものの、お茶や水を買おうとした際、"水に金を払うのはおかしい"と押し問答し埒が明かないので
実際に飲ませて分からせようと、お茶と合わせて六本も買ってしまった為、帰り道は手に食い込むビニールが痛くてしょうがなかった。
飲めない事もないけど、カルキ臭いからね……特に水が不味いと言われてるし――。
おかげで部屋についた頃には腕と脚がパンパンになっており、座布団の上にへたり込むように座り込むと
鈴音に『何と軟弱な』と嘲られてしまった……何と悔しき。
彼女はそのまま台所にて慣れた手つきで米をとぎ始め、実家の母を思い出すようなリズミカルな音を立ている。
この部屋でこのような音が聞こえるのは何ヶ月ぶりだろうか――俺自身も料理は出来てもここ最近は全くできていなかったし
前に付き合っていた彼女もたまに料理を作ったけど、ここまで手馴れた音はしていなかった。
「やっぱりその人によってテンポ――音の調子? が違うんだな。」
「ん?――あぁ、母上も良く申しておったな『台所は伎楽の如し』と。
自信はあるのだが、母からすれば私はまだ遠く及ばぬ"宴席"であるようだが……。」
「ずいぶんと厳しいんだな、俺からすると実家の母親を思い出すぐらい小気味好い音だと思うのに。」
「え、あっあぁ、そ、そうか――うむ、世辞でもそう言って貰えると嬉しく思うぞ。」
何か慌てているようだったけど何だったのだろう?
米とぎは無事に終えたものの、炊飯器の捜査はやはり手間取っており
『こ、ここでいいのか!? では押すぞ、本当に大丈夫なのだな!?』と何度も確認し、ビビりながら操作していた。
正直、俺にできる事と言えば機械の操作説明ぐらいなもので、他の事は邪魔したら悪いと出来上がるまでじっと待っているしかない。
それぐらい鈴音の手際が良かった。
「よし、出来たぞ!火の加減が良く分からずやや焼き足りぬやも知れぬが……。」
他は『包丁の切れ味が悪い。私の護身刀の方がよく斬れるわ』とボヤきながらも手際よく作業をこなし、
配膳も慣れた様子で、大根の味噌汁に焼きあがったばかりの美味そうな鮭が机に並べられ始めた。
並べ方だけでもこうも美味そうに見えるのか……。ただ鮭は――大きい方を自分のにしたな?
『たまたまですが何か――?』みたいな目をするんじゃない!!
「ではいただきます――。」
飾り気のないシンプルな料理ではあったけどこれだけでも美味そうだった。
まずは米から……うん、丁度いい炊き上がりで美味い――まぁ炊飯器で炊いたのだから大体同じだけど。
次は味噌汁…やや濃い目だが美味い、少し厚めのいちょう切りにされた大根も柔らかいし、火の通り具合もバッチリだ。
最後に焼き鮭……焼きたての身の層を一つ一つが剥がしながら食うのが好きなんだが……
うん、薄いピンクの鮭の身が柔らかく、口の中で香りが広がって――。
「うんっ、どれも美味いぞ!これは飯が進む。」
「そ、そうか? では私も、いただきます――ん、んん~~ッ」
念願の鮭を一口頬張ると嘆声をもらし、可愛らしい仕草で好物の味を堪能していた。
綺麗な姿勢ながらも飯を食うペース……と言うか一口が多く、俺の倍ぐらいの量が口に運ばれている。
豪快な食べっぷりだなと思っていると、何やら鈴音の茶碗に違和感が――口に運ぶ量にしてはあまり減ってなくないか?
飯、鮭、飯、飯、汁、飯、お代わり――
「――えぇっ!?」
「な、何だ!? 駄目なのか……?」
「い、いや駄目ではないけど、大丈夫なの……?」
「何の事ぞ? これぐらいは普通であるが……。」
「多分それ三杯目だよね――。」
「四杯目であるが? いやぁやはり白米は美味いのぉ、はっはっは。」
……え、いつ二杯目入れてたの?
ただ、いくら好物でも飯の食いすぎはよくない気がする。
俺も明太子が好きで、子供の頃に茶碗三杯半食べ母に咎められた事があるが……。
「う――居候の身であるのに失礼した、つい羽目を外しすぎてしまったようだな……。」
「い、いやいいんだよ、いいんだけど……そんなに食べても大丈夫なのかと思って。」
「食う時はこれぐらいが当然であるぞ? この倍、もう少し大きいぐらいの茶碗で二杯ぐらいか、ただやたら滅多には出来ぬが。」
「え、えぇぇ……。」
お前は運動部の学生か!! それぐらいの大きさの茶碗だとほぼどんぶり鉢じゃないか……。
確かに『腹が減っては戦が出来ぬ』と言うぐらいだし、常に戦場を走り回るから飯を良く食うんだろうけど。
「あれ、そう言えば侍って戦が無い時って何してるの?」
「私らの場合は主に百姓仕事であるな。
それが終われば刀や槍、馬の稽古などもしておる。父上は軍議があらば登城もしておるが。」
「あぁ、そりゃ腹も減る……。」
トラクターと言った機械などがもちろんない時代だ、クワやスキを使って全て手作業で田畑を耕し作物を育てていたのだろう。
もちろん空腹で行き倒れになっている旅人にクワなどを渡してはいけない――と言うのは置いといて……。
農作業だけでもキツそうなのに、それが終われば武芸の稽古とくれば……。
侍って農民を働かせて楽してるイメージがあったが、失礼な思い込みだったんだな。
鈴音の家は元々村をとりまとめていただけの小さな大名であり、
左団扇で生活できるほど大きくもないので家来も総出で百姓仕事をしているらしい。
「そうすると、腕っぷしとか強そうだな。」
「ふふっ、触ってみるか? 他の者に比べればまだまだであるが、私も負けてはおらぬぞ。」
そう言うと着物の袖をまくり、差し出すようにして来たので鈴音の白く女性らしい二の腕を掴んでみると、
表面は滑らかで柔らかいが、その下にはしっかりとした筋肉がしっかりと詰まって……
これは凄いな……しなやかな筋肉と言うのか、親指でぐっと押すと筋肉がそれを押し返してくる。
「ん、ふふっ――これっ、くすぐったいわっ!」
「あ、すまない――でも凄いな、俺よりあるぞ。」
「どれ――」
鈴音が腕を掴むのでこちらもぐっと力を入れてみたが――。
「ぶっ、はははははっ、まるでわらべのようではないかっ!!」
「わ、悪かったなッ」
男としての立場がないが、鈴音の場合はは時代が時代、仕事が仕事だからしょうがないんだ。
俺の場合は内勤だからなおさらだ、鍛える間がないだけで、もしその気になったらガチムチにもなれるんだ。
きっとそうだ、考えてみれば現代人は身体を動かさなさすぎる。
学生時代は歩きや自転車、体育の授業や部活などで運動はできるが、
大人、社会人になれば移動は乗り物ばかりだし、意識して運動するならカルチャースクールやジムに通うしかない。
ランニングもあるが、退社時間が遅いのもあるからそんな時間なんてない。
嗚呼、ソルジャーとは何と素晴らしき事かな。
ダメだ、考えれば考えるほど気分が沈んでしまう……。
明日は日曜日だ――うん、腹もいっぱいになったし、この事は風呂に入って流してゆっくり眠ろう。
食事を終え『ご馳走様』と言うと、鈴音は『お粗末様でした』と丁寧に返してきた。
昔ながらの礼儀作法――昔の人だから当然なんだろうけど、ちゃんとこう言う作法を身に付けているのは素晴らしい事だと思う。
「あ、そう言えばお風呂なんだけど――」
「入るぞ!」
入る気満々なようだ。
まぁ入らない女性なんてそうそういないだろう、部屋の説明してた時も風呂に一番興味持ってたし。
バスタオルもあるし、湯と水の出し方とシャワーの使い方とか説明しておこうか。
「こっちが水で、こっちがお湯ね。お湯は熱湯だから気をつけて。
それとこれを捻るとシャワー――身体とか髪を流す時に使うといいよ。
これは身体を洗うときに使う物で、この液体を一押しつけて――髪を洗うときはこっちね。」
「う、うぅむ……小難しいが何とかなるであろう。」
「じゃあ、これがバスタオルね。お湯が溜まったら言うね。」
「お主は入らぬのか――?」
「え、俺は後でいいよ。」
「う、うぅむ……いや、それが道理か。有難いのだが……私は居候の身であるし、客人扱いはせんでも良いのだぞ?」
既にベッドの所有権を奪っている者が言うセリフじゃない気もするが――。
言われてみれば無意識の内にお客様扱いしてたけど、線引きしてたらお客様から切り替えるタイミングが難しくなってしまうな。
こう言ったことは最初の早い段階からやっておいた方が後々楽だろうし。
「分かった。でも今日は先に入ってていいよ。俺が使う布団とか出しておきたいし、俺が先に入るのは明日からにしよう。」
「うむ……そう言うことなればあい分かった。では先に頂かせて貰おう。」
その家の家長が先――と言う文化はいつしか薄れているけど、やはりそう言った事には厳しいらしい。
部屋のドアを閉め、そのドアの飾りガラス越しから見える脱衣は『肌色の何かが動いてる』ぐらいにしか見えなかった。
ああ、どうして普通のガラスではないのだろう……。