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4.商店街にやって来た

 侍娘がやって来た翌日――

 いつの時代でもやはり女性は買い物が好きなのだろう。昨日に続き、今日もやって来ていた。

 出かけた時間が遅いものの、駅近くの商店街に到着するやいなや鈴音の目が爛々と輝き活き活きとしている。

 ここは距離的にはそんなに長くはなくないけれど、スーパーもあるため時間帯によっては比較的賑わう通りとなっており、昨今のシャッター通り問題とは縁が遠いようにも思えるが、やはりシャッターを下ろす店もジワジワと増えている……。

 陽はもう傾き、空を茜色に染めつつあった。


「うむっ、やはり市は良いな。この活気この賑わいは何とも言えぬ――

 むっここは花を売っておるのか、見たことないのが多いが良い香りぞ。ふむ……」

「どうかした? 何かしかめっ面してるけど」

「いや、母上との華の稽古を思い出してな――あれは辛かった」

「何か意外だな、何でもこなせると思ってたけど」

「じっと座っておるのが合わぬのだ……それに、完成したらあれがどうだこれがどうだと評価し合うのもな。

 己が見て綺麗だと感じればそれで良いだろうと思うのだが――茶器もそうであるが、とにかくかのような連中はあまり好かぬ」

「確かに……」


 絵ならまだ分からなくもないが、確かにそれ相応の歴史的価値があるのだろうけど、

 そう言った壺などに何百万も出したりする骨董の世界は素人には理解できない。


「こちらは――うむ、用はないな行こう」


 文房具屋の前に来ると鈴音は足早にそこを去ろうとした。

 何かあったのだろうかと鈴音が見た所に目をやったが、そこにあったのは書道の道具が並んでいるだけ。恐らく小学校の授業で使うのだろうが、そんな事を知らないはずの鈴音はどうして――ははーん……。


「もしかして字書けないのか?」

「なっ――!?」


 読みはできるようだけど書くのがダメなのだろうか?

 ドラマとかだと結構お侍さんはスラスラ書いているイメージがあるけど、確かに読み書きできない人がお触書を読んでるシーンとかあるしな。


「け、決して書けぬわけではないぞ……ただその――そう、少し独自の味がある字と言われておるだけぞ!!」

「あぁ――」


 独自の味――と言うのは、下手糞と相手に言えないから前向きにした表現だ。

 俺も字が上手いわけではないけど、なるほどそう言う事だったか……。


「筆ぞっ、使っていた筆が悪かったのだ。もっと良いのを使えば必ず上手く書ける……恐らくは」

「弘法筆を選ばずとも言うぞ。でも字なんてその人の個性もあるし、

 上手いに越した事は無いけど特別上手く書く必要もないんじゃない?」

「うむ……そうなのであるが、母上にな……」

「お母さんに?」

「私の字を見て『決して人前で字を書かぬように』とキツく申されてな……」

「……」


 戦国の世まで見ているかのような遠い遠い目をしていた。

 一体どんな字を書いたのか気になったが、聞いたら酷いことになりそうなので止めておこう。


 今日はついでに食料品と同時に日用品も買い揃えたかったので、通常なら十分もかからないであろう道であるが、

 道中にある本屋や薬局などをを説明しながら歩いた為、気がついたら三十分以上かけて歩いてしまっていた。

 鈴音は平気な顔をしているが、俺はこれだけで歩き疲れ始めてきている。これってもしや……運動不足?


「あれ、そう言えば侍って戦が無い時って何してるの?」

「私らの場合は(もっぱ)ら百姓仕事であるな。それが終われば刀や槍、馬の稽古などもしておる」

「そ、そんなにハードなのか……確かに腹も減るわな……」


 昨日分かったのだが、鈴音の食う量は凄い――。

 女の子であんだけ食うのかと驚いたが、それだけ身体を動かしていたら当然腹も減るよな……。

 スーパーに行った際、様々な売りものに目を輝かせていたが、鮮魚のコーナーである魚の切り身を見るとこれでもかと言うぐらい目を輝かせていた。


『こ、これは鮭かっ――!?

 な、なぁっこれ買えるのか!? 買えるのであろう!? なぁ、なぁっ!!』


 と目がもう『何があっても絶対これ買って』と語りかけ、次第に『何があってもこれだけは買え』との目と共に詰め寄って来たのだ……。もし仮に尻尾がついていたら振り切れるぐらい振っていただろう。


 鈴音曰く、あちらで鮭はこれ以上とないご馳走らしく、

 これまで誕生日と初陣での二度しか口にできなかった最高級品であるようだ。

 それが購入できる分かった時の満面の笑みは彼女の本当の顔だろう――こちらも嬉しくなるような惹きつけられるような笑顔だった。

 まるで晩御飯に好物が出ると分かった子供のような喜び方をし、そこには侍ではない普通の女性がそこにいた。

 侍ではない彼女の一面――いや、もしかすればこれが本当の鈴音の姿なのかもしれない。


 そんな大好物が食卓に出たと言うのもあるかもしれない。念願の鮭を一口頬張ると嘆声をもらし、可愛らしい仕草で好物の味を堪能していたのだが、綺麗な姿勢ながらも飯を食うペース……と言うか一口が多く、俺の倍ぐらいの量が口に運ばれていた。


 初めは豪快な食べっぷりだなと思って気にしていなかったのだけど、口に運ぶ量にしてはあまり減ってなくないか、と違和感を覚え侍の生態観察をしてみると――。

 飯、鮭、飯、飯、汁、飯、お代わり――と言ったペースでいつの間にかご飯を追加していたのだ……。


 腹が減っては戦はできぬとは良く言ったもので、パワーを出すには食わなきゃいけないから当然か。まぁ最近では食いすぎたら逆にパフォーマンスの低下を招くと言われているけど……。


 百姓仕事と言っても、トラクターのような機械なんてもちろんない時代だし、クワやスキを使って全て手作業で田畑を耕し作物を育てていたのだろう。

 もちろん空腹で行き倒れになっている旅人にクワなどを渡してはいけない――と言うのは置いといて……。

 農作業だけでもキツそうなのに、それが終われば武芸の稽古とくればどれだけ一日の運動量が凄いのかが分かる――。

 侍って農民を働かせて楽してるイメージがあったが、失礼な思い込みだったんだな。


 そんな将も居るらしいが、鈴音の家は元々村をとりまとめていただけの小さな大名であり、左団扇で生活できるほど大きくもないので、家来も総出で百姓仕事をしているせいらしい。


「そうすると、腕っぷしとか強そうだな」

「ふふっ、触ってみるか? 他の者に比べればまだまだであるが、私も負けてはおらぬぞ」


 そう言うと着物の袖をまくり、差し出すようにして来たので鈴音の白く女性らしい二の腕を掴んでみると、

 表面は滑らかで柔らかいが、その下にはしっかりとした筋肉がしっかりと詰まって……

 これは凄いな……しなやかな筋肉と言うのか、親指でぐっと押すと筋肉がそれを押し返してくる。


「ん、ふふっ――これっ、くすぐったいわっ!」

「あ、すまない――でも凄いな、俺よりあるぞ」

「どれ――」


 鈴音が腕を掴むのでこちらもぐっと力を入れてみたが――。


「ぶっ、はははははっ、まるでわらべのようではないかっ!!」

「わ、悪かったなッ」


 傍から見れば、往来のど真ん中でイチャついてるバカップルに見られそうだ――。

 貧弱な男に見られてしまいそうで立場がないが、鈴音の場合は時代が時代、仕事が仕事だからしょうがないんだ。

 俺の場合は内勤だからなおさらだ、鍛える間がないだけで、もしその気になったらガチムチにもなれるんだ。


 きっとそうだ、考えてみれば現代人は身体を動かさなさすぎる。学生時代は歩きや自転車、体育の授業や部活などで運動はできるが、

 大人、社会人になれば移動は乗り物ばかりだし、意識して運動するならカルチャースクールやジムに通うしかない。

 一駅前で降りてそこからランニングもあるが、退社時間が遅いのもあるからそんな時間なんてない。それに早く帰りたい。

 嗚呼、現代のソルジャー(社畜)とは何と素晴らしき事かな。


 ダメだ、考えれば考えるほど気分が沈んでしまう……。

 気分転換どころか気持ちが更に滅入ってしまいそうなので、早い所切り上げようかと思っていると、

 鈴音はふと八百屋の前で足を止め、しげしげと野菜を眺めては『この野菜は……』と思案している。

 大根・かぶ・ネギ、生姜に芋……この時代でも鈴音が知っている野菜も多く、食べる物に困るような心配はなさそうなのが救いだった。


 見知らぬ土地で一番心配するのは食事だからな……それがクリアできているのは大きい。

 それに料理は鈴音が担当してくれる事になったので、自分の食べ慣れた食事が摂れ、好みの味に調整もできる。

 現代でも海外に行った時など『現地のご飯が美味しい!』と思えるのはせいぜい一週間、次第に自分の国の味が恋しくなってくるし

 いつ帰られるのかも分からない中で、その辺りの食事のストレスを感じる事はないだろう――。


 それに美味いので、俺にとってもストレスは無く逆にプラスだった。思えば女性の手作りってだけでもプラスだな。他人の作った料理、と言った抵抗は最初こそあったものの、一口食べただけでそれは払拭されてしまっていた。

 オーバーではあるが、こんなのが食べられる自分は何と幸せなのだろう――とすら感じるぐらい美味い。



 昨日は知っている野菜だけ買っていたので、今回は見知らぬ野菜を購入してみた。

 店のオバちゃんに”同棲始めたばかりのカップル”と勘違いされてしまったが――いや正しいのか?

 鈴音が誰もが知っている野菜を見て『この野菜は何ぞ?』と聞いてしまった為だ……。

 そのせいで”何も知らない現代っ子”の女の子、俺の手に持っている日用品から連想し、そう思われたのだろう。

 実際は”何も知らない戦国っ子”なのだが、訂正するとややこしくなるのでそういう事にしておいた。



 歩いて十五~二十分ぐらいまでの世界しか知らないものの、少しは慣れたようで

 全く見たこともない外界に戦々恐々とした様子は感じられない。

 ゆっくりと見渡す余裕もできたようで、田植えを終えた田んぼや、畑などを見て安堵した様子を見せていた。

 時間のある時は百姓仕事をしていたと言っていたしな……。

 周囲は違えど、見慣れた光景が存在していることは彼女にとって救いだろう。


 誰もが"当然"だと思っている事が、彼女にとっては全てが未知なる物なのだ

 普通ならパニックを起こしているだろうが、彼女はさすが侍と言うべきか肝が据わり"一度全てを受け入れる"姿勢でいる。

 こんな状況ではそれが一番ベストな選択なのかもしれない。


 現実で考えたら巡り合うなんて絶対にない縁なのに、そう思ったら不思議なもんだな……。

 歴史は歴史であるけれど、先人はこの空の下でどんな暮らしをしていたのだろうか。


「どうかしたのか? 空なぞ見上げて」

「いや――この空だけは戦国時代から変わってないんだなって思って」

「ふむ……お主の申す通りであるな。何とも不思議なものぞ……」


 彼女も過去でこの空を見上げていた。でも今は同じ時で空を見上げている。

 過去があって今がある、今があるから過去がある……先人がいて現代人がいるのだ。

 いつか鈴音がこちらに来たように、俺もまたあちらに行く機会があるのだろうか。

 その時はこうして同じように空を見上げ、先の世を想っているのかもしれない――。



 家に着く頃にはもうすっかり日が暮れ、辺りは真っ暗になっていた。

 鈴音は初めて見る街灯に感動していたが……そう言えば、現代でも町内に初めての街灯が設置された時、

 町中の人達が集まってその瞬間を見ようとしていた、って聞いたな……。

 産まれた時からあるからか、ありがたみが分からないだけかもしれない――。


 鈴音はそのまま台所にて慣れた手つきで米をとぎ始め、実家の母を思い出すようなリズミカルな音を立ている。

 この部屋でこのような音が聞こえるのは何ヶ月ぶりだろうか――俺自身も料理は出来てもここ最近は全くできていなかったし

 前に付き合っていた彼女もたまに料理を作ったけど、ここまで手馴れた音はしていなかった。


「やっぱりその人によってテンポ――音の調子? が違うんだな」

「ん?――あぁ、母上も良く申しておったな『台所は伎楽の如し』と。

 自信はあるのだが、母からすれば私はまだ遠く及ばぬ"宴席"であるようだが……」

「ずいぶんと厳しいんだな、俺からすると実家の母親を思い出すぐらい小気味好い音だと思うのに」

「え、あっあぁ、そ、そうか――うむ、世辞でもそう言って貰えると嬉しく思うぞ」


 何か慌てているようだったけど何だったのだろう?

 米とぎは無事に終えたものの、炊飯器の操作はやはり未だに手間取っており

『こ、ここでいいのか!? では押すぞ、本当に大丈夫なのだな!?』と何度も確認し、ビビりながら操作していた。


 実は昨日も同じやり取りをしていたのだけども――。

 まぁ、俺にできる事と言えば機械の操作説明ぐらいなもので、

 料理が出来上がるまで座して待つしかない。それぐらい鈴音の手際が良かった。


 ものすごく失礼な言い方なのだが、実を言うと最初は鈴音の料理には全く期待していなかった。

 "侍"と言う先入観のせいかもしれない……すぐに彼女の一面を知り、そんな先入観で彼女を見ていた自分を恥じた――。


 ・

 ・

 ・


 食事を終え『ご馳走様』と言うと、鈴音は『お粗末様でした』と丁寧に返してきた。

 昔ながらの礼儀作法――昔の人だから当然なんだろうけど、ちゃんとこう言う作法を身に付けているのは素晴らしい事だと思う。


「あ、そう言えばお風呂なんだけど――」

「入るぞ!」


 もう入る気満々なようだ――まぁ入らない女性なんてそうそういないだろうが。

 部屋の説明してた時も風呂に一番興味を持ち、いつ入るのかと聞いてくるのか

 ずっとそわそわしていたぐらいだから……。


 昨日はバタバタしていてちゃんとした使い方の説明できておらず、

 ただ湯船に浸かるだけだったみたいだったし、今のうちに湯と水の出し方やシャワーの使い方とか説明しておこうか。

 その……何と言うか、鈴音さんから少し獣っぽい匂いがするし……。


 とは言っても不快感はないが……と言うか逆に何か好きな匂いかも――動物好きだからだろうか?

 後で聞いた所によると、あちらの世では”たまに”水浴びや身体を拭くばかりなので、

 皆、結構強烈な臭いを放っているらしい――鈴音は臭いに敏感なのか、比較的短いスパンで

 身体を拭いたりはしているようだ。それでも二週間に一度とかみたいだけど……。


「こっちが水で、こっちがお湯ね。お湯は熱湯だから気をつけて。

 それとこれを捻るとシャワー――身体とか髪を流す時に使うといいよ。

 これは身体を洗うときに使う物で、この液体を一押しつけて――髪を洗うときはこっちね」

「う、うぅむ……小難しいが何とかなるであろう」

「じゃあ、お湯が溜まったら言うから待ってて」

「うん? 昨日(さくじつ)もそうであったが、先に入らぬのか――?」

「え、俺は後でいいよ」

「う、うぅむ……いや、それが道理か。有難いのだが……私は居候の身であるし、客人扱いはせんでも良いのだぞ?」


 既にベッドの所有権を奪っている者が言うセリフじゃない気もするが――。

 言われてみれば無意識の内にお客様扱いしてたけど、線引きしてたらお客様から切り替えるタイミングが難しくなってしまうな。

 こう言ったことは最初の早い段階からやっておいた方が後々楽だろうし。


「分かった。でも今日も先に入ってていいよ。俺が使う布団とか出しておきたいし、俺が先に入るのは明日からにしよう」

「うむ……そう言うことなればあい分かった。では先に頂かせて貰おう」


 その家の家長が先――と言う文化はいつしか薄れているけど、やはりそう言った事には厳しいらしい。

 部屋のドアを閉め、そのドアの飾りガラス越しから見える脱衣は『肌色の何かが動いてる』ぐらいにしか見えなかった。


 ああ、どうして普通のガラスではないのだろう……。


※異性の臭い

 本能的に相性の良い者の臭いは気にならず、むしろ好意的


※獣の臭い

 人によるが、カブトムシの臭いまではセーフ(らしい)

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