24.再びやって来た
あれからどれだけの歳月が流れたのじゃろうか――。
「ふぁっ……あぁー眠いのう……」
もう一眠りしたい所であるが、今日だけはそんな事は言ってられぬ大事な日じゃ。
弘嗣、鈴音よ……今日は何の日かお主らは知っておるか?
童の初仕事の日からちょうど四百年――のちに最高の二人となった夫婦が初めて出会った日じゃぞ。
どうしようもない問題児であった鈴音が、もうこれほどかと言うぐらい女女しておったな。
これ以上の二人は未だかつて見た事ないのじゃ……。
お主らは喧嘩と言う言葉を知らぬのかと思うほどベタベタベタベタ――
おしどりも退散するほどの夫婦じゃった。嗚呼それはもう鬱陶しいぐらい。
そもそも老いてなお現役って何じゃ……六姉様の薬のおかげもあったが七十歳超えてもなお求め合うでないわ。
爺と婆の絡み合いなぞ想像したくもない……。
老い――か。
結ばれてから六十年ほどか、お主らは二人して入院したのう。
弘嗣は『にび……鈴音は……?』と最期まで鈴音を心配し、鈴音もまた弘嗣を心配し……
いよいよの時は普段の様に二人並んで寝かされ、最後は互いに手を握り弘嗣が先に逝った……。
その十五分後に『これまでありがとう……にび』と言い遺し鈴音が逝った――。
一人失うだけでも悲しいと言うのに、二人同時に失った悲しみの深さはお主らは分かっておるのか?
だが、二人を童が看取れて良かったと思う……ただもう少し、もう少しだけ一緒に居たかったのじゃ……。
お主らの最期の言葉に大泣きしたのに、今思い出すだけでも涙が出そうぞ……。
骨は想い人同士となったかつてキャンプに行った所にも埋めておるぞ。
そこであれば犬神様も見守ってくれるからの……。
それと、お主らの棺は七姉様が手配したのじゃが……知っておるか?
寝ずの番の夜中――棺の中で眠るお主らの顔を見た七姉様が一人して大粒の涙をこぼしておったのじゃぞ。
いや七姉様だけでないな、関わった全ての姉様達が涙を流しておった……
お主らはあの人が本物の九尾の狐と言うのは知らなかったっけ……。
二人がこの世を去った後、突然カミングアウトされたのじゃ。
ふふん、九尾の狐の子であり尾を二本与えられておるのだから、童が凄いのも当然じゃな。
ただ七姉様を母様と呼ぶと頭ぶん殴られるのじゃ……それならば言わぬで欲しかったと思う。
唯一心残りなのは、お主らに大人の姿の童を見せられなんだ事じゃ――
七姉様に似て誰もが振り返るほど、帝に見初められるほどの美人じゃぞ。
いやまぁあの方に瓜二つと言うか、若い頃にそっくりと言うか――はっ!? 七姉様はおらぬよな!?
ああそう言えば、結ばれてから一年ほどであったか……鈴音の妊娠が分かった時も大騒動であったな。
まー産まれてくるまで弘嗣は鈴音の腹にベッタリ――鈴音もそれにベッタリ――腹の子も引くぐらいじゃ。
産まれてきたら、今度は二人の子煩悩爆発するのは目に見えて分かっておったが……。
鈴音の親父も親父じゃ、今際の際でやや子が出来た報告を受けて復活って……。
人間とは気力があれば何でも乗り越えられると分かったぞ、子が元服するまで生きると言って本当に生きたし。
「二人の子はいい男じゃったのう……」
曲がったことが嫌いな正義感に溢れる男じゃった。
誰かに似て喧嘩っ早く先に手が出る、大柄で荒々しいが朴訥な……童にどストライクなのじゃ。
……ちょっとぐらい手だしても良いじゃろ? な、先っちょだけでも。
じゃが向こうが本気になれば致し方ないから面倒見るがのう。
その……お主らを見て一度ぐらいなら結婚も良いかの――と思うてな……。
お主らの子孫の面倒見たのはそやつがこの世を去るまで、それ以降は見ておらぬ……。
弘嗣のようにごくごく平凡であるし見ておっても面白くもない。
それに、これから起こるであろう事を知ってしもうては面白くないからのう。
「鈴音は道場やっておったけな」
弘嗣と結ばれた後、この世に戻ってくればいきなり大惨事が待っておったのう。
新刊落とした久野がお主がおらぬ内、お主に成りすまして勝手に辞表を出しておってな……。
仕方ないと実家に帰った際、剣道している子供に剣術をアドバイスしたのがきっかけで道場を開いたのだっけ。
鈴音は己の武士であった事を生かして教えておるのじゃ、一気に強豪へと名乗りを上げたのも当然じゃろう。
そもそも鈴音は男に敵わぬと言っても『居下の中で』の話であるからの――
小さい家のくせに家臣から皆おかしな強さしておるし……。
ふむ、剣道と言えば――
「そろそろ新たな住人がやって来る時間じゃの――」
「おい、早く致せっ!!」
「こ、こんな朝早く来ても部屋に入れな……と、と言うか外でその侍口調やめろってっ」
「何を言うかっ、侍ではなく武士ぞっ」
うむ、時間通りであるな――こんな朝早くからご苦労な事じゃ。
かつての侍娘――ではないが、剣道着姿の女子といきなり尻に敷かれておる男……。
まぁこんな妙ちくりんな女に惚れるのも珍しい。こ奴ぐらいしかおらぬじゃろ。
幼き頃より一緒であるが、この娘の親父もまぁ一筋縄でいかぬオッサンじゃな。
逃げてくるのも当然か。
「あら、今日入居される方ですか。お早いことで」
「あ、管理人さんですか? これからお世話になる――」
「白川 弘嗣さんと、あなたは居下 鈴音さんですね? 一人だけと聞いておりましたが……
まっ、そこの娘が交際が親に認められず駆け落ち同然で転がり来た事ですし、目を瞑りましょう。
二人とも諦めずがんばりなさいな、時が来ればいつか認められますよ――そう言う運命ですので。
いざとなればかつての様にお手伝い致しますよ……にひひっ」
「ひっ弘嗣、お前このこと人に話したのかっ!?」
「いっいや、親にも言ってないのに何で知って……え、尻尾――?」
「みっ耳もあるぞ――?」
「ふふんっ、童は何でも知っておるぞ。理由は――」
――内緒じゃ♪
この回で終了となります。
読みづらい箇所等あったと思いますが、最後まで読んで頂き本当にありがとうございました。
※鈴音の「侍ではなく武士」は
鈴音の家は主君と言う主君が居ない為、自分を"武士"と呼んでいた。
弘嗣はどちらも同じだと思っているので鈴音を"侍"と呼んでいた。
どちらでも同じなので400年後の鈴音は訂正しなかった。




