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20.平和な日々が戻って来た(日常)

 婚儀ぶち壊し騒動から翌日――

 眠れたのか眠れなかったのかよく分からないまま起こされる。

 いくら遅く寝ていようが決まった時間、陽が昇る頃にたたき起こされる朝――

 もう戻って来ないかもしれないとも考えた日常が戻って来た。


「ふふっ、良く眠れぬと言った顔であるな」

「背中が痛い……」

「私もだ……"べっど"が如何に至高の寝床であるかが良く分かるであろう?」


 昨晩は屋敷の空き部屋に寝かされたのだが、布団なんてない床に布敷いて終わりな寝床だった。

 最初は親父さんの嫌がらせかとも思ったが、『こちらの時代では床や畳の上で直に寝る』と……。

 鈴音の時代の寝床の事情を聞かされていたのを思い出し、もう覚悟を決めて寝た。

 サンタクロースさんが前倒しでやってきて、お布団がくれないかと切に願った――。


 鈴音も同じだったのだろう、まだ眠いと言う顔をしている。

 俺の居る時代に来るまではずっとこんな感じだったとは言え、ベッドの味を覚えたら到底戻れないなこれは――。


 正直、俺もまだ頭がぼうっとしていた。

 田舎の古民家――のような部屋だが、この時代ではこれが普通なのだ。

 木と埃とカビが入り混じったような匂いが懐かしくもある。

 これだけ見れば、まだ現代と思えない事はないけれど……戦国の時代なんだよなここは……。

 信じられない事だが、先にそれを経験した鈴音もこんな感じだったのだろうか?

 ふと鈴音を見ると、何やら俺の布団(布きれ)の中に入って来て――


「ちょ、起こしに来たんじゃないのか?」

「七殿が申しておってな、おはようのその……何やらと申すのがあるとな。

 昨晩はその酔うて……おったのもあって夢ではないかと思うてその……」

「俺も夢だと思ったよ……正直、結婚の儀式が始まってると聞いた時は悪い夢であって欲しいと思った」

「おいとま請いか……術に浮かされておったとは言え、婚儀に浮かれておった私を許して欲し――んっ!?」


 思い出したら何かモヤモヤっとして来たので強引に唇を奪ってやった。

 確かに鈴音はここに居て、誰かの嫁に行く鈴音じゃないと確認したかったのかもしれない。

 昨晩のようなのではなく、いつものような啄み合いのキス――これだけでも昨日頑張って良かったと思う。

 昨日の努力があって今の幸せがあるのだ――。


「ずるいぞ……」

「俺の知る鈴音は確かにここにいるな……」

「当然ぞ。また術にかけられねばであるが……その時はまた……その、駆けつけてくれるか?」

「当たり前だろ――」


 あぁ、もう一度……


「おほん――朝から構いませぬが鈴音、そなたは飯の用意の途中でございますよ。

 弘嗣殿、あなたももう少し節度を保ってくださいまし」

「はっ母上っいいっ今から参りますっ」

「もももっ申し訳ありません……」


 鈴音は母親に小言を言われながら部屋を出て行ったが、父親には強く出られるが母親には敵わないのか。

 実は寝る前にあの人に寝室に呼ばれてたんだけど……うん、あれは社長面接って言っても過言じゃないな。

 威圧感ありまくりで縮こまりまくりだし。どこがとは言わないけどさ。

 それにあの部屋の中に居た人も――


「し、失礼します――」

「弘嗣殿よく参られました。こうして会うのは初めてではありませぬが、今一度挨拶をしたく賜りお呼びしました。

 鈴音の母の玉と申します……此度の事、真に感謝しております。よくぞ娘を取り戻してくれました……」

「いえ、こちらこそ――遅くなってしまい申し訳ありません」

「殿の前では口は出せぬので、この場を借りて伺いとうございます――真に鈴音と共に生きてゆく覚悟はおありですか」

「あ、ありますっ!! まだ半人前でありますが――」


「ほっほ。わざわざ聞かずともあの無鉄砲な行動を見れば分かる事ではございませんか。

 いや何とも愉快であったぞ――」


 心臓が飛び出るかと思うぐらい驚いた。まさか後ろに人が居たなんて思ってもなかったから……。

 誰か、鈴音の親戚や叔母さんかと思ったが、ろうそくの灯火によって壁に映った影を見てゾっとした。

 いや見慣れていたはずなんだけど、にびや七姉さんのような獣の耳がついていただけなのに、その影に飲み込まれそうな恐怖を感じる。


「我が娘共が世話になったのう。久々にあれが感情のまま動いたのも見れたし、中々良い余興であったぞ」

「む、娘って――え、えぇぇぇっ!?」

「天狐に振り回されるとは九尾もまだまだよのう……ま、オサキに力を渡しておるし全て見えぬは致し方ないがの。

 あの強情っぱりめ……娘の写真でスマホのフォルダが一杯になるぐらいであれば、とっとと打ち明ければ良いものを……」


 一部屋に母親ダブルだった。片や恋人の母親、片や狐共の母親……何これ双方から絞り上げられんの?

 ワインでも飲めと飲まされたが一向に酔えない。

 酔って前後も分からない状態になれと願ったけど全く酔えないまま、鈴音の母親の面接を受け続けていたんだ……。

 ようやく解放された時にはもうどっと疲れてたし、鈴音と会って話聞いてもらおうと思ったら、

 今度は甲冑を装備したあの親父が槍持って屋敷内徘徊してんだもん……。


 まぁいいか……長い一日だったけどそれが終わったんだから。

 今日もまた昨日と同じ日が来ると言われたらもうリセットボタン探すかもしれない。

 けど同じ日は来ない、あんな焦燥感は昨日だけで十分だ。

 あんなの何日もあったらハゲてしまう。



「おおっ懐かしい味だ――美味いっ」

「やはり食材の差が大きいな……私の知識で作れそうなのが思い浮かばなかった」

「いや、これだけでも十分だ。やっぱ鈴音の煮しめは美味いな」

「そ、そうかっうむっ作った甲斐があった」


 親父の『人の家だぞこの野郎っ!!』って目はもう気づかなかった事にする。

 確かに相手の両親の前でやる事じゃないんだけどさ……鈴音さんがね。

 昨晩の宴会をしていたここが普段飯を食う所であり、人が集まる間なのだろう。

 そこに入ると上座に家長の席、その傍が奥さんの席――離れて俺と鈴音の席があった。

 空間が一杯残ってるのにくっつくようにして……。


 恐らく鈴音がセッティングしたのだろう、

 親父さんのは妙に雑で俺のはきちんと整えられてるし……あんなことしたとしても一応はこの家の長なんだぞ?

 その親父さんは親父さんで、二人の間を未だに認めていないオーラを放っている。

 そりゃまぁ家の結婚と言われる時代だし、いいとこと親戚になれるとウキウキだったのをぶち壊されたらね……。

 ああ、半分はペルシャ絨毯、半分は針のむしろで飯食ってる居る気分だ――。



 その朝食後、鈴音の家の家臣の皆様と楽しい百姓仕事をしていた。

 スーツ姿でやるわけにもいかないし、着物を貸してもらっているがこっちの着物は何か気になる。

 いやあー現代でも畑仕事をやったけど、農作業ってやっぱりいいもんですな。


「何やりきった体でおるのだ、まだ向こうまで残っておるぞ」

「そう言うやる気を削ぐそうな事言わないでください……」


 まだ三分の一も終わって無かった――。

 やはり恰好は真似ても雰囲気などは全く別物なのだろう。

 昨晩も物珍しい目で見られてたが、陽の光で明るくなると更に人の目が俺に向いている。

 主に『あの鈴音様の恋人だってよ』的な目だけど……まぁ悪くはないんだけど、あのってのが凄く気になる。


 それと、一休みの度に鈴音が様子を見にやってくるので、

 周りの生暖かい視線が……おそらく珍しいのは俺だけではなく鈴音の恰好もあるのだろう。


 印象的にはそうだな――

『普段ジーンズ姿のボーイッシュなボクっ娘が、突然スカートはいて『私ね……』と言ってきた。』ぐらいだろう。

 俺からすれば見慣れている姿ではあるが、こちらの人からすればそれぐらい袴をはいていない鈴音の姿は珍しいようだ。

 老人などは『女子になりましたな』と嬉しそうに言ってくるあたり、これまでどんな事をしてきたのかとすごく気になる……。


「ふぁぁ……コーヒーが欲しくなるな。流石に昨日が昨日だけあって眠い」

「墨入れた水でよければ持って来てやろう」


 鈴音が俺の時代で唯一二度と口にしなかったのがコーヒーだった。

『かのような物は人の飲み物ではない』と言って飲もうとせず、以降、口に出すのも嫌なようで『墨を溶かした水』と称してくる。

 それほどかと思うが、俺の子供時代もコーヒーとか人間の飲み物じゃないと思ってたな……。

 今は砂糖ドバドバの缶コーヒーは人の飲むもんじゃないと思うが。

 紅茶もないし、やはり茶か……うん、カルキ臭い水じゃない自然の水で煎れているからか茶も美味い。


 そう言えば紅茶も緑茶も茶葉は同じなんだってね。発酵度合で違うんだとか。

 もし俺が異世界に転生していれば生前に知識がなくとも作れているのかもしれないが、残念ながら出てこない。

 出来ると言えばこうしてのんびり畑仕事をしながら空を眺めるくらいか。


「どうしたのだ、じっと空なぞ見上げて」

「いや、鈴音の時代も俺の時代も空は変わってないんだなって思ってさ」

「ふふっ、私が来た日と同じ事を申しておったな。確かに、先の世は何もかもが違い絶望すら覚えた」

「初めて来た日は玄関でへたり込んでたもんな。切腹もしようとしてたし」

「あ、あれはそうなって当然であろうっ――だが、こうしてお主と会えた……。

 こうなると分かっておれば腹なぞ斬ろうと思わなかったであろう。

 だが少し怖くもある……ここから四百年後の弘嗣も私に会えるのであろうか、と」

「会えるに決まってる――」


「……言っておくが、ここは弘嗣の世の常識は通用せぬのじゃぞ? イチャラブちゅっちゅは誰もおらぬ所でやれと言うに……」


 じと目をしたにびが真横に立っていた。気が付けば周りの方々も更に暖かい目でこちらを見守っているし……。

 若い奥様や女性たちはきゃっきゃっ言って展開を期待してるし……どこの世でも色恋沙汰は大好物なのだろうか。


「んで弘嗣よ、ちゃんと鈴音の父母に『御嬢さんをください』って言わねばならぬぞ?」

「……あれノーカン? 俺ちゃんと申し伝えた」

「三姉様みたいな喋りをするでない。ノーカンじゃし、あのジジイは全くOKしてないじゃろ。

 良家には『はいどうぞ』と差し出すくせに、お主みたいなのには渋りまくってるのじゃから全く――」

「いざとなれば私が力づくで――」


 本当にこの人は力づくで何とかしそうで困る。

 だが本当に親父さんの件はどうにかしないとなぁ……第一印象からして最悪だし。

 稼ぎも地位も名声もないのに、一人前に結婚させてくださいってんだから当然だけどさ。

 接待するのもきちんとした外交手段ではあるけど、ごま擦りして認めてもらうのもなぁ……。

 ちゃんと真正面から俺を認めてもらってから結婚しないと腑に落ちない。


「ほんとワケの分からぬ所で頭固いのうお主は……まぁあの親父も似たもんじゃが。

 あぁそうそう、天様が今回の褒美と詫びにと贈り物を頂けるそうじゃ」

「何だその手は?」

「三万、化け猫の宅急便で着払いで来た。童が代わりに払ってやったのじゃぞ」

「贈り物と詫びで何で金取るんだよっ!?」

「あの人はそう言う人じゃ……我々は宅配便テロと呼んでおる。

 なお拒否したら倍になってやって来るのじゃ。ワンクリック詐欺より性質悪い……」

「三万ってカードの件で全額使ったから、帰ってからでいいか?」

「いや実は、お主の財布があったから魔法のカード切ったのじゃ」


 犯罪だろうがそれ!! てか、お前払ってねーじゃん!!

 何ワンクッション置いた感じで話してんだよっ。

 俺ダイレクト支払いだろうがっ!!


「ま、中身は値段以上であるぞ。あの人はタダで手に入れた物を送りつけるが物は折り紙つきじゃ」

「せめて買えよっ!! てかそれただのお歳暮処分じゃねぇか!!」


 会ったことはないが唯一まともだと思っていたのに、やはりこの姉妹は変人揃いだ……。

 中身は食材と聞いた鈴音は居てもたってもいられなくなったのか、すぐに見に行こうと畑仕事を一度切り上げる事になった。


 ・

 ・

 ・


「凄いなこれは……山の幸海の幸に酒類までどっさりある」

「お、おぉ……はっこれは新たな料理本!?

 しかもこっちは鮭ぞっ……おおっそうだそうだこんな姿形であった!!

 蜂蜜もあるぞっ見事見事っ、いやあ馳走だらけではないかっ」

「鮭と蜂蜜の送り主がプーって……」

「ん、どうした?」

「いや何でもない……」


 四尾って人は本当に何者なのだろう……。まぁ確かににびの言った通り外れなしの食材ばかりだった。

 ロブスター(の殻?)やらキャビア、ウニやイクラなどの高級食材もあるし、これで三万は確かにすごい……。

 もしかして金持ちはべらして贅沢三昧してるとかなのか?


「そんなのは七姉様以外せんのじゃ」

「え、七姉さんはしてたの……?」

「昔はの。童もあまり詳しくは知らぬが」


 ああ、贅沢三昧してる七姉さんの絵がすっごい鮮明に浮かぶよ……。

 若い男はべらせて、デカい扇を片手にワイン飲んでぐうたらしているだろうな……と考えていたら

 ドタドタと慌ただしい足音を立てながら鈴音の親父さんがやって来た。

 恐らく豪華絢爛な食材が届いたと聞いて居てもたってもいられなくなったのだろう。この親あってあの娘ありか。


「な、何とこれは見事――」

「父上、ここに鮭もありますぞっ!!」

「おおおっ!!」

「これら全部、そこの弘嗣が買ったのじゃ」

「そうか……なっ何だとおっ――!?」


 まぁ買った事には違いない。そこに俺の意思は存在していないが。

商人あきんどと言っておったが、うぅむこれほどの財が……』って何、これ俺が一から全部買ったと勘違いされてる?

 もしかして『俺ってこんな財力あるんだぜ』アピールさせるために送り付けてきたのだろうか。

 少しずっこい気もするけど買った事実には変わらないしいいか。


 そう言えばこの時代も金が物言う時代だったみたいだし、

 やはり財力があるように見せつけるのは最も効果的なアピールなのかもしれないな。


「ま、まあこれぐらいは当然であろうな――」


 お義父上、負け惜しみに聞こえまする。

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