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9.刺客もやって来た

※「/」で視点の切り替わりを行っています

 我が娘、鈴音が行き先知れずになりひと月――。

 忍の調べによれば娘は四百年先へ"たいむすりっぷ"しておると言う……。

 信長殿の所によく来ておると言うアレか……?


「殿――」

「戻ったか、首尾は――」

「これに……」

「かのような紙に鮮明に絵が描かれておるとは……。こっこれが鈴音か――」


 眉唾ものであるが奴の持つ"写真"に描かれた女子はまさしく鈴音であった。

 どこの馬の骨とも知れぬ男の腕に掴まる鈴音……ぬぬぬッ


「忍よお前に再度命じる!! この不埒な男の首を持って参られよッ!!」

「御意――」


 娘をたぶらかした事を後悔させてくれるわっ!!


 /


「失礼いたします――」


 足音も立てずに来るような女中がおるのか、そもそも屋敷に若い女中なぞそうおりませぬのに。


「我が娘はどうでありましたか」

「まずこれを……」


 女中に化けておる女狐が時折見せるこの"しゃしん"と申す絵は素晴らしき物である。

 山や海なぞ真に目前に広がっておるような――この絵に描かれたかつての面影なき"おなご"の姿。

 なんともまぁ幸せそうな顔をしておること。


「……見た限り、鈴音様は問題はないと見受けられます――がしかし、男の方はあまり頼れるものではないかと」

「鈴音のこの様子からすれば、頼れずとも大事にしてくれておるようですね」

「仰る通りです。男は真面目すぎるがゆえ、鈴音様が過去の世の者である事で鈴音様とは付かず離れずの距離を保っておりまする。

 その上過去が尾を引いてか更に一歩引いており……言うなれば女子おなごに手を出せぬヘタレです。

 鈴音様は己の家や己が武士である事――互いに心に掛かるものがあり一歩を踏み出せておりません」

「どちらかが多く踏み出す必要があると言う事ですね――あい分かりました。今日の所はこれでお下がりなさい」

「はっ……もう一つお耳に入れておきたい事が――」


 ――なるほど、あの人も忍を使って探りを入れておりましたか。

 大事な娘を疵物きずものにされるのを懸念して、でしょうがそれは娘を思うてか嫁ぎ先を思うてか――。

 しかし、忍を放ったとなれば厄介でございますな……この者は戻ったばかりでありますし。


「私は平気でございます、それと行くなと申されても相手は我が兄――行かぬわけにはまいりませぬ」

「……あい分かりました、なればそなたに我が娘とその男を警護を申しつけます」

「御意――」


 /



 うーん……これも違う、これも違うな……。

 鈴音は朝四時ぐらいに起きて朝食の仕度を始め、俺は六時ぐらいに目が覚める。いつもの朝が戻ってきた。

 病気が寝込んでいる時は、これまでのように一人で済ませようとしたけど、何だかんだで手間取ってしまっていたし、

 やはり鈴音に頼り切ってたのだろうか……無機質な機械音に起こされるのと、人の声で起こされるのとは朝の目覚めが全く違う。

 今日も出勤までまだ余裕のある時間の内にある調べ物を済ませておこうとしたんだけど……。


「さっきからあ奴は一体何をうんうん唸っておるのじゃ?」

「さぁ、何やら前から一生懸命に調べ物をしておるようですが……」

「うーん、にびか七姉さんに聞きたいんだけど――財布の中身を抜く妖怪っている?」

駄目ひも男」

「がめつい女……かの」


 やっぱりアテにならない。

 七姉さんは知ってると思ったけど、あまり知らないような感じだし……。

 うーん、何で財布の中の金が全部消えてるんだろう。鈴音とかにびや七姉さんとか盗むわけなんてないし。

 代わりに先日、学校で会ったフォティルさんの電話番号が書かれた白いカードが入ってた。後で電話しなきゃ。


「の、のう弘嗣よ……」

「七姉さん何か思い当たるあった? 何か対処と言うか取り返す方法とか知りたいんだけど」

「物には対価と言うものがあるしの――ま、気を落とすな。

 もし納得いかぬなら妾が一発ヌいてやるから。な、それで良しとせよ」

「い、いきなり何言うの!?」


 何かここの所――あの夢の日以来、七姉さんの様子がおかしい……。

 妙に優しいと言うか、変に『一回ぐらいならしてやる』みたいな事を言ってくる。

 実際に七姉さんがあんな事してくれるのなら財布の中にあった八万消えてもいいぐらいだと思う。

 いや出来るならその倍ぐらいは出さないといけないかも。


『七姉様、まさかとは思いますが――溜まっておるのですか?』

『違うわ馬鹿たれ!!』


「なぁ……"ぬく"って何を抜くのだ?」

「女の子がそんな事言っちゃいけません!!」


 七姉さんがその後丁寧に説明してくれたせいであらぬ誤解を受けそうになった……だけど、本当にあの人に何があったのだろう?

 それよりも今この状況をどうにかしなければならない、ほぼ一ヶ月後の給料日まで残り六千円で過ごさなければならず、

 そのお金も鈴音に渡していた食料代などの残りだ――貯金はいくらかあるし、ここから切り崩していくしかないか。

 二万と魔法のカードがあれば十分乗り切れるだろう。


「食糧はまだ足りておるし、この金子は元々お主の物――飯はある物で何とかするので全て持って行くがよい」

「いや、そうしたら鈴音も不便になるし――」

「構わぬ、無駄を省けば良いだけぞ。この狐どもも各々で何とかするであろう」

「に゛ゃんじゃとっ!?」


 にびにとっては寝耳に水だったようだ。思えばこいつらがエンゲル係数爆上げしてる要因じゃないか。

 今まで一週間持ってた食材が三日も持たないんだぞ……。鈴音は料理好きだから嫌な顔せずこいつらの分まで作ってくれるのが救いだが。

 にびに関しては『育ち盛りじゃから』とバクバク食うし、七姉さんも来ては食って帰るし。

 賑やかで良いけど消費者サイドも何か対価を支払うべきだ。


「じゃから妾が一発ヌいて――」

「それなら――ではなく駄目です」

「なに一度承諾しようとしたのだ!! かのような不埒な事は――むッ、曲者ッ!!」


 突然鈴音が飛びあがり小太刀を抜いていた――本当に一瞬と言う言葉通り、いつの間に動いたのか分からない。

 一体何が起こったのか――目の前にいる黒髪をなびかせる女性に目が惹きつけられ、

 自分が襲撃されかけた事に気づいたのはそれから少ししてからだった。


「貴様、忍か!!」

「白川弘嗣、覚悟――」

「させぬっ!!」


 "しのび"って忍者の事だよな――そうか俺が覚悟しないといけないのか……え、何で俺なの!?

 闇の取引現場を見たとか命を狙われるようなことした覚えないぞ、ましてや忍者なんかに……。


 そもそも、忍者ってこう忍装束に鎖帷子で刀を背に差してるんじゃないのか?

 目の前に居るのは、黒と言うか濃紺の頭巾と覆面――そして褌一丁。

 何で褌一丁なんだ……?


「ぬぅっ、聞きしに勝る腕前――面白い」


 ギィンッと刃と刃がぶつかる音が響いた。

 それだけ聞けば鈴音と謎の忍者とは互角っぽい勝負をしているようだが、実際は簡単に鈴音にいなされている。

 あ、この忍者弱い――こう言った決闘みたいなのはしたことないけど何となく分かる。いや鈴音の方が強すぎるのか……?

 でも小太刀相手に、忍者刀と言うのだろうか短めの刃渡りの刀を使って負けてるし、刀落としてるし。

 だが、相手が素手だからと侮ってはいけない、きっとこれからが本番で体術が強いとか凄い忍術を使うに違いない。


「だがこれまでだ、我が忍法を味わうがいい」


 おおっ火とか出すのか? ガマもありそうだな、狐娘が火を出したりするんだからきっと忍者でも凄いのができるはずだ。

 鈴音を応援するべきなのに、忍者の術に期待していると、そいつはゆっくりと上半身を屈め褌を外した。

 鈴音もきっと俺と同じ事を考えている――上半身を起こせば大惨事が起こると。


「忍法――履いて射ますよ――」


 忍者は鈴音に向かって飛びあがった――安心した、肌色のブリーフ的なのを履いているようだ。

 だが、鈴音は汚い物を見てしまうと思い一瞬たじろいでしまった、そのせいで反応は遅れ命取りに――


「あばばっばばばばっ――」


 ――ならなかった。

 鈴音には簡単に避けられ、その先で青白い電流が忍者を襲っていた。

 忍者の身体中に電流が駆け巡り、陸に打ち上げられた魚のように跳ね回っている。

 そうそう、理化の教科書で『バラした蛙の足に電流を流す』ってのがあったな、そうかこんな動きをするのか……。


 後ろではどす黒いオーラを出している人物――いや狐か、恐らく七姉さんであろう。

 なるほど、にびは火・七姉さんは電気……いや雷を扱うんだな。

 時々にびが『雷を落とされる』と言っていたが、まさか物理的に落とされてるのか……?


「朝っぱらから醜いものを見せおって、もうちと手に汗握る戦いを見せぬか。

 弘嗣よ警察に突き出してしまえ」


 早起きは三文の徳と言うが、お巡りさんに突き出して事情聴取を終えてもなお出勤時間まで余裕があった。

 けれど会社に連絡し家を出るのが遅くなると伝えておいた――

 皆、コーヒーの一杯でも飲まないとやってられない気持ちになってたのだから……。


 /


「う、うぅむ……何ゆえ忍が弘嗣を狙うのだ。それにあのまま勤めに出して良かったのであろうか……」

「そのセリフ何度目なのじゃ――。

 理由は分からぬが刺客は警察に突き出しておるし、向こうからこちらの世にやって来られる方法は限られておるのじゃ。

 それに姉上様たちでもできて二人を送るのが良いとこ、力も大きく使うのにあんな奴の為にそこまでせぬわ」

「そうなのだが……もしあの忍が逃走したら、次はあ奴を誰も守ることができぬではないか」

「じゃからと言って、弘嗣の会社で『命の危険にさらされているので警護に来ました』なんて言うてみよ、

 あ奴の立場が最悪になるわ。それでも行くと言うのなら止めぬ。

 それと、行くと言っても弘嗣の勤め先も知らぬであろう」

「うぅむ……」

「ま、七姉様も動いてくれておるしここは任せて――」

「おお、なんとここにあるは今日必要な書状ではないかー、これは一大事ぞ、もっていかねばならぬなー」

「お主……いつの間に抜き取って――」


 いやあ、これが無いと大変な事になるので私らが行かねばならぬな、うむ。

 ちゃんと勤めを果たしておるか、そのついでに様子を見るだけであるから大丈夫であろう、少しだけであるしな。

 そう言えば弁当と言うのを欲しがっておったしな、いや行かねばならぬ理由が沢山あるではないか。


「もしや、最初から行こうと画策しておったな……?」


 かのような大切な物を忘れて行くなんて、あ奴もうっかりしておるなぁ――。


 ・

 ・

 ・


「どうだ、私も慣れたものであろう」

「手が震えておらねばの」


 にびに従いながら"電車"に乗り、目指しておった駅に着いた――。

 薄い板をかざすだけで関戸が開くのは不思議でならぬ。これで通行料なども払うておるのだからさらに不思議だ。

 あ奴が時々言う"まほうのかあど"もそうであるのだろうか、この世の金子は一体どうなっておるのだ……。


 次はこの"ばす"と言う大きな荷車に乗るようが、おおこれは……この世の牛や馬を使わぬ車と申す乗り物には驚かされたが、

 これは特に人が沢山乗れるではないか――戦時には重宝するぞ。うむ、この椅子も悪くない。


 ふむ……あ奴は毎朝こうして勤めに向かっておるのか――。


 /


「白川さん、またお電話ですが……」


 一時間ほど前から十分単位で俺宛に無言電話がかかってきている。

 しかも、取引先の社名だったりワケの分からない社名と織り交ぜて来るから性質が悪い、たまに本物が混じってたりするし。

 今回は聞いた事もない社名だったので、繋ぐだけ繋いで放置してみよう。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………ばーか」


 くそっ小学生レベルの捨てセリフ吐いて切りやがった!!

 こう言うのが地味に腹立つ……けど、今朝の忍者の一件と言いなんでこんな嫌がらせが続くんだ?

 そんな奴らに狙われる覚えなんてないし、忍者に狙われるなんて時代が……って、そう言えば時代的に狙うなら鈴音だよな?

 鈴音の事を知ってるぽかったし、もしかしたら鈴音は誰かに狙われてて、それを匿ってる俺から先に消そうとしたとかだろうか。

 もしくは、七姉さんのストーカーで――うん、これなら納得が行く。


「あの白川さん……」

「あ、あぁ、また電話あったの?」


 先週転勤してきたばかりの久野乃市さん(二十四歳)が申し訳なさそうに近づいてきた。

 入社したばかりなのに都合でこちらに移る事になった新入社員さんだ、キツそうな目がまた可愛い。

 まだ電話応対も慣れてないだろうに、こんなおかしな事に巻き込んでしまって申し訳ないな……。


「いえ、その……おく――お客様が……」

「客――?」


 来客予定なんてない、つまりは……ついに実力行使に出たか。

 鈴音には及ばないけど、あの忍者程度なら俺でも勝てそうだ。

 迎え討ってやると来客用の扉を見るとそこには――。


『お互いに若いのにあんな子供がいるなんて……。』

『結婚したとも聞いてないし、もしかして籍も入れないまま産ませたんじゃ――。』


 ……え、何であの二人がここにいんの?

 事務のオバ――レディ達は玄関に突然現れた鈴音とにびに興味津々だった。

 好物の噂話はこれだけで三日は話題が尽きないであろう。


「ちょ、ちょっと――なんでここに!?」

「こ、これ忘れておったであろう……」

「おとーさんっ――ふぎゃっ!?」


 様々な注目を浴びて緊張しているのか、茶封筒に顔の下半分を隠しながら、

 申し訳なさそうにおずおずとそう伝えてきた……鈴音ってこんな可愛いキャラだっけ?

 けどそうか、持って来てくれて助かった……あの無言電話のせいで書類を作り直す時間なくてどうしようかと思ってたところだ。

 それと誰かの足を踏んづけてる気がするが気のせいだろう。


「これは助かった、ありがとう……」

「い、いや、お主が必要だと言っておったしな。当然の事をしたまで……ぞ」

「するのは当然――みぎゃっ!?」


 俺と鈴音は誰かの足を踏んづけているけど気のせいだろう。

 きっとこの前と同じように『お父さんに会いに来たの♪』みたいなノリで来たに違いない。


「そ、それとだな――こ、これをだな……」

「これって……もしかして弁当か?」

「う、うむ――時間無くて握り飯ぐらいしか作れなったのだが、その……」

「おぉ……ありがとう、飯代も抑えなきゃって思ってたところだったんだ。これは嬉しい」

「う、うむっ喜んでもらえて私も嬉しいぞ……で、では何事もないようなのでこれで」

「やーだーっお父さんともっといるぅー、それと家に帰ったら怖い人また来るかもしれないからぁー」


 こ、この狐……駄々っ子のフリして目は『思い知るのじゃ』と言っている。

 オフィスレディ達やめて!!『応接空いてるからそこで"お父さん"を待ってる?』なんて言わないで!!

 こいつを中に入れたら不幸になる(特に俺が)

 それに『わあい♪』じゃねえよこの狐ぇっ、完全に隠し子認定喰らってるじゃねえか!!

 鈴音も止めずに便乗するのやめてっ本当に俺が誤解されちゃうっ



「ほ、ほう……立派な所ではないか」

「な? 童に任せて正解じゃったろ?」


 応接室に入った途端に素に戻ったこ二人――

 何か企んでる――けど、まずはこのレディ達の誤解を解かねばならないが、解いたら解いたであの二人は何やねとなる。

 だが、『同棲してて孕ませ産ませたにも関わらず籍を入れない男』と言うレッテルだけは剥がさないといけない、

 とりあえずにびは俺の子じゃない事だけは……。


 ひとまず『あの子供はうちで預かる事になった他所の子』と言う事で落ち着いたが……。

 先輩からは『男としてはあれが正しい』と言われてしまったが、やはり結婚は墓場へGOなのだろうか――?


 ・

 ・

 ・


「あぁ、それでここに来たのか……」

「う、うむ……この狐に言いくるめられ黙っておったら、かのような大事になってしまってすまぬ……」

「元はと言えばお主が原因じゃろうが。はぁ……これで満足したら飯食うて帰るのじゃ」


 今朝の忍者の一件で、警察の拘束から逃れ再び襲ってくるのではないかと危惧してこちらに来たらしい。

 まぁ確かに――『忍者に襲われたので警護に来ましたー』なんて言われたら、

 来週ぐらいに辞表を出さないといけないぐらい居心地が悪くなりそうだ。

 だがその危惧は正しかった、奴は逃亡し俺に報復を仕掛けてきた――イタ電と言う方法で。


「失礼します」

「あ、久野さんありがとう」

「弘嗣、まてその女子は――」


 久野さんがお茶を運んで来てくれたかと思ったら突然姿が消えた――。

 次に見えたのは、小太刀を抜こうとした鈴音の首に刃物を当てている姿だった……。

 お茶はちゃんと机の上にセッティングされている。


「ぐっ、くのいちか――」

「申し訳ありませぬがお静かに願います――それに私はあなた方の敵ではありませぬ」

「かのような真似をしておいて敵ではないとは笑わせる……」

「こうでもせねば先に鈴音様が動いておりましたので、貴女の奥方からの命でございます」

「なっ、母上が……!?」

「今朝来たポンコツは我が兄――鈴音様や弘嗣殿をお守りせよとのことです」


 く、久野さんがくのいちだって――

 あれ……久野乃市……くの のいち……くのいち


「あぁ……」

「何納得しておられるのですっ、これは時間がなく良いのが思いつかぬからであって――

 おほん、まぁそう言う事でございますので弘嗣殿の事はお任せ下さい」


 では私は仕事に戻りますと言って一瞬で元の久野さんに戻った。

 今思えばその新人さんが来るの来週じゃん……何で皆一週間早く来た事におかしいと思わず普通に受け入れてんの!?

 忍法――モグリでも仕事できりゃ構わない――とかあるのだろうか?

 それはさて置き、鈴音のお母さんの指示で守ってくれると言うんだ、今回はそれに甘んじておこう。

 だが鈴音のお母さんか……どんな人なんだろう。


「しかしこのお握り……重いな」

「あ、すまぬ……やはり出すぎた真似であったな……」

「いや、そっちの重いじゃなくてその……物理的に」


 ずしっと言う表現が合いそうなぐらいの重量、そしてデカい――。

 他人の握ったお握りって抵抗がある、と言う人は多く居るがこの場合はどう言うのだろうか……覚悟が要る。


「鈴音よ、もうちと加減して握るのじゃ……お主の馬鹿握力でギッチギチに握られて米の塊になっておるではないか」

「そ、そうなのか? ちと大きくなったが、いつもこれぐらいであるぞ……?」

「すげぇボリュームだけど――うん、美味い」

「そうかっ、うむ炊いた米全て使って作った甲斐があった」

「……え?」


 確かうちの炊飯器って三合炊きだったよな? と思いながら、

 二日ぐらいは飯を食わずに済みそうなぐらい食い応えのあるお握りを腹に入れ、

 鈴音やにびが帰る(どこかで時間を潰す)段取りをしていると、久野さんが今朝の件で警察の方が来たと呼びに来た。


 きっと拘束していたのに逃亡された事を知らせに来たのだろう、遅かったのはきっと事実を隠蔽しようとしていたに違いない。

 ねぇ、私服刑事の格好をした七姉さん――


「あなたが今朝襲われた白川さんですね?」


 ――あなたも何してはりますのん?

 この人の目が何かを語りかけて来てる、えーとなになに……。

『何やら楽しいことをやっておるのう、妾がお主の過去の女役をやってやろう』だって?

 絶対に収拾つかなくなるのでおやめ下さい、そしてそこの子狐も『子役いけますっ!!』じゃねぇよっ。

 くのいちも『便乗するべきですか?』じゃないよ!!

『じゃあ、八万の件はチャラにせよ。』…………って、犯人はお前かっ!!

『ここでもう一騒動起こすか、諦めるか選べ』って何で加害者側に選択肢迫られるんだよっ。


「あ、そこにいる子供は――」


 分かったっ分かった!! チャラにするよ畜生っ!!


「今朝の容疑者は逃亡を謀りましたが再逮捕しましたのでご安心ください――。

 ですが協力者がいる恐れが出てきましたので、しばらくは自宅から出ぬようにして下さい」


『騒動を乗り越えれば良い事が待っておったのにのう』じゃないよ、

 そんな小指立てて上下に動かしてもゆゆっ誘惑になんか乗らないんだからねっ!!

 ちょっと選択を早まったなんて一切思ってないからっ、

 それににびに聞いたぞ『七姉の幻術に飲まれたら廃人になるのじゃ』って――。


 けど七姉さんのおかげで早退・有給を使う事ができた。いやぁ欠けても会社が問題なく動く歯車ってこう言うとき良いよねっ。

 代わりにメンテナンス時に真っ先にそぎ落とされる諸刃の剣だけど……再就職者の風当たり改善されないなかなぁ……。


 ・

 ・

 ・


 家に到着すると、部屋が拷問部屋になっていた――

 中央には時代劇でよく見る三角の棒の上に座る(石抱と言うらしい)拷問器具、

 そこに縛られ絶望感にうちひしがれている今朝の変態忍者が座らされていた。

 捕まったってひょっとしてそこにいる七姉さんに捕まったのか……?


「ちょっとJKの格好をして流し目を送ったら簡単に罠にかかったのじゃ」


 忍者がハニートラップにかかってんじゃねぇよ!! それに七姉さんのJKの格好って何っ!?


「汚い真似をしてくれたが、おお俺はこんなのに屈しねねぇぞっ!!」


 今にも屈しそうに見えるのは気のせいか? これからその横にある石盤乗せていくんだろ……考えただけでも恐ろしいぞ。

 三角の枕木の上に正座してるだけでも膝から脛が厳しいのにその上から重しなんて可哀そ――早くやってほしい。


「さて役者も揃うたようじゃし、何ゆえ弘嗣を襲ったのか洗いざらい吐いてもらおうかの」

「へっ誰が喋るかっ!! 喋って欲しければその着物はだけておっぱい見せうぐおおおおおおっ――!?

 ――す、鈴音の親父からその男を始末せよと言われましたぁぁぁぁっ!!」


 一個で全部吐くなよっ、それとあっさり吐く内容じゃねぇだろ!!

 鈴音の親父さんから始末しろって何でだよ、やっぱあれか年頃の娘を(かどわ)かしたとして刺客を送り込んだのか?

 そんな刺客を送り込まれるぐらい後ろめたい行為とか何一つ……うん。

 無い事は無いが、節度は守ってるから命を狙われるまでではないだろっ。


「ち、父上がそのような事を申したのかっ!!」

「うごおおおおっゆっ揺らすなああああぁぁっ、言ったっ確かに始末しろと言いましたああぁぁっ」

「ぬううっ父上め何ゆえ弘嗣を――」

「イチャラブしてる写真を見せましたああああああっ」


 聞いても無いのに喋るとかもう忍者としてどーなのよ?

 けどイチャラブってうぅん……そんなのあったかな……暗示にかけられたり死を覚悟した上でのモミモミとかはあるけど……。

 あぁ、うん……俺が親父なら同じ事を命じてるな……。


「では、いかにしてここに来た? 妾らぐらいでなければ貴様らは来られぬはず」

「ふっ、それだけは言えねぇなぁ――」

「石抱きだけじゃつまらぬし、人質にイケない事してやるかの」


 人質って――もしかして妹の久野さん(仮)か!?

 イケないことなんてしちゃいけない、彼女は俺たちの味方だって――て、七姉さんが出したのって何だ? スマホ?

 最新機種の林檎フォンだ、いいなぁあれ欲しいんだよ。


「これは貴様のじゃな?」

「……」

「まぁ言わぬなら良い、この林檎フォン――」


 な、何をするのだろう……。


「――の液晶を割る」

「クズかこの畜生おおおおおおおおおおおおっっ!?」


 鬼じゃ……ここに鬼がおる……人間ですら躊躇われる行為を平然とやってくる……。

 ただでさえあれは落としただけでヒビが入るぐらい脆いというのに、

 最新機種に変えたばかりであろうそれを即行で割られたらテンションダダ下がりだ。

 そんな事されたら俺だって泣いてしまうかもしれない――。


「おっと」

「うおあああっやめろおおお!?」

「窓から捨ててやろうかの、どれくらい飛び散るか見て見たい」

「五尾ですっ!! あなた方の妹の五尾に飯を貢ぎに貢いで回数券貰ったんですうううっ!!」


 "ごび"って五つの尾の五尾のことだよな、砂漠の方じゃなくて。

 どんな狐か知らないけど、飯でこんな奴を送り込んでくるなんて……。


「あの豚め――餌付けされておると聞いておったが、かのようなのに渡すとは……」


 え、姉妹って狐だけじゃないの?

 もしかして狐以外でもこっちに送り込めるのが居たりするのだろうか。


「にびッ、これ使って今すぐあ奴の様子を見て来るのじゃっ!! あの豚が痩せておらねば後二百年は出られぬと伝えよ!!」

「い、イエッサーッ!!」


 にびはチケットのようなのを一枚受取り、

 まるで切符を切るように八重歯で穴を開けると一瞬でにびの姿が消えた――その内、銀河鉄道の切符も出て来そうだな。


 何枚綴りなのか分からないがいくつか使った形跡があることから、

 最新の林檎フォン持ってるしこちらには幾度と無く足を運んでいた事になる、目的はやはり鈴音の監視だろうか。

 いやその為に来るのなら何度も往復せずに済む方法を取るはずだ、

 豚か狐か分からないけどにび達の関係者に貢いでまでやるのならそんな効率の悪い事はしないだろう。


 だとしたら他に何か目的があるに違いない。そして七姉さんが怖い何でか分からないけどすっごい怒ってる。


「――それに関しては私がご説明します」


 ここに普通の人はいないのだろうかと思う時がある。

 少し前までは普通だと思っていた久野さんまでどこからか現れ、忍者に乗せられている石の上に降り立った。

 悶絶して声すら出ない忍者を尻目に、いかにもくのいち!な格好をした久野さん、あれがくのいちか――うーん、セクシーだ。


 モノキニ調と言うのだろうか、開けた胸元からチラチラ覗く下乳からくびれがなんともいえない……

 色香に騙されてグサッてされるのも分かるな、うん。

 滅多に見られないものだから興味津々なだけであって、観察してるだけなんだからね?

 だからそんな汚い物を見るような視線やめてください。鈴音さんも『弘嗣よ後で話がある』なんて目止めてください。


「弘嗣さんは後で殴られてください。

 で、このポンコツは忍の中でも鼻つまみ者で、基礎訓練を少ししただけで『俺は天才だから極意全て習得できた』と逃亡し、

 我々忍から"抜け忍"扱いとなり、見つけ次第連れ戻せとお尋ね者になっていたのです。

 それで捕まりそうになったらこちらに逃げ、ほとぼりが冷めたら帰る――の繰り返しをしておりました」

「忍者でも任務でもなく、ただの逃亡生活かよっ」


 どうせ本当に極意を得たのなら見せてみろと言われたら

『今日は体調が悪い』『見せたらお前ら全員死んじゃうから』とか言い訳して逃げてたんだろう。

 だが絶対に見つけられないし追いかけて来られない最高の隠れ場所だ、妹に追いかけられたけど……

 ――って久野さんも五尾さんに貢いで回数券を貰っているのだろうか?


「いえ、私はこれです」

「その数珠は――まさかお主っ六と関わり合いが!?」

「ええ、ちょっとワケあってお借りしております。忍も薬は重宝しますので。あと情報収集も――」


 なるほど、六姉さんは薬の研究をしていると言ってたしそれ繋がりで来られる術を得たのか……。

 材料提供と医薬品の調合――どんな材料なのか聞いたら消されそうだけど、

 こちらの世の法はあちらには通用しないからセーフなのだろう、きっと。

 それで得たお香や胃薬などを売って里の収入源にしているらしい、忍者って商才ある。


「うむ……いや、あれがそれだけで協力するとは思えぬが……よい、お主なら悪用はせぬであろうしな」

「では私はこいつを連れ帰ります、弘嗣さん命じられたとは言えご迷惑をおかけしました。

 それを書類のミス七箇所修正しておきました。感謝してください」

「あ、あぁありがとう……」


 問題解決したんだからバックればいいのに、あのまま真面目に仕事してたのか?

 それと脱いだオフィスレデーの制服どうしたらいいのこれ。

 久野さんのですって持って行ったら、内縁の妻・元彼女の子がいるのに新入社員にまで手を出す節操なしに思われてしまうぞ。

 置いといても使い道……ありそうと言えばありそうだけど。


「何じゃ着て欲しいのか? 妾のコスプレサービスは高いぞ?」

「そ、そのまま置いておけば良いではないか――い、いや決して着たいわけではないぞ?

 ここの女中の服がどのようなのか調べたいだけでだな……」


 置いておこうか……取りに来るかもしれないし。


 ・

 ・

 ・


 事件も一件落着し、さあ寝ようかと思っているとにびが帰って来た。

 どことなく顔が上機嫌だけど、身内が加害者サイドに立ってるかもしれないのに良いのか?


「姉様っ、ごっちゃんは全然スリムになっておりました」

「ほう――」

「じゃ、じゃから、じゃから問題ないのですじゃっ」

「それなら良い。もしやあ奴に袖の下を受け取っておるかと思うてしもうたわ」

「う、うぐっ……」

「いや、焼き芋が食いたいのう、にびよ?」

「ま、まだ時期ではございませぬが食いとうございますじゃ……っ」


 にびの顔が冷や汗だらけ、目が泳ぎまくっている。こいつ嘘が本当に下手なんだな……七姉さんの威圧感が半端ないのもあるが。

 たじろぎまくってもう何か隠してるのがバレバレである。


「正直に話せば妾は怒らぬぞ? 狐、嘘つかない」

「う、嘘じゃっ!! その言葉を信じて正直に話したらチビるくらい怒られるのじゃっ!!」


 にびが正しい。

 先生の嘘を信じて涙したピュアな子供がどれだけいると思ってるんだ。

 しかも嘘ついた事までプラスされて怒られるから性質が悪い。こうして大人の汚さを知った子供は純粋さを失ってくんだぞっ!!

 あの時、奈々ちゃんのパンツ覗いたのは俺だけじゃないんだぞ!! 何で俺だけが悪い事になってるんだよっ!!

 いや主犯は俺だけどさ――。


「このッ馬鹿者がァァァァァッッッ――!!」

「ひ、ひいいいいっ申し訳ありませぬっ申し訳ありませぬぅっ――」


 正直に話したにびに文字通りバチバチと雷が落ちていた。

 鈴音もつられて布団に潜り込んで隠れてしまってるし、俺も隠れたい。

 他所の家の子が本気で叱られているそばにいると、立ち去りたくても立ち去れない動いてはならない空気が嫌だ。

 しかもこの様子じゃ元から機嫌が悪いが加わってだから更に空気が重い……。


「じゃ、じゃって、童とてごっちゃんから黙ってよと言われたら、ひぐっ、従うしかっ、うぅっありませぬぅ……」

「今はあの豚の言うことなぞ聞かぬでよいわっ――その様子じゃと変わってないようじゃな!!」

「うぅっ、前より――肥えておりましてでごじゃりますぅぅっひぐっ」

「他に餌付けしてるのがおるのか!!」

「い、いえっ……洞窟の中でっ……農作してっましたっ……」

「ぬうううううっ!!」

「うえぇぇぇぇぇんッッ――」

「五月蝿いわっビィビィ泣くなっ!!」


 それは泣くだろ、俺だったらきっとチビってる。

 真っ赤になった目、怒りで毛が逆立ち重苦しいオーラを纏った七姉さんのお叱りを真正面から受けたらなんて考えたくもない。

 袖の下を受取り、嘘ついたにびが悪い。それと怒らないからと言う嘘に騙されたのも悪い。

 あと何が悪いって、板ばさみになった中間管理職の逃げ道が一切ない構造が悪い。



 その翌日、鈴音の世でとんでもない落雷が山に落ち、人はそれに慄き恐怖したらしい――。

~今回登場キャラ~


ポンコツ(自称・忍者)

鈴音の父親に雇われた刺客。忍者修行はLv1の段階でドロップアウトしている。

装備を身に着けない方が強いと思っているが、実は転職すらしていないため意味がない(AC10)

見せかけマッスル体型だがそのせいで素早さが低下している。見せかけなので防御力も皆無。


体毛:―― 性格:自分だけ助かればOK


久野乃市(くのいち・本物)

ポンコツの妹。こっちは本物の忍、くのいち。

仮名でもあるが案外分かりやすいので久野で通している。忍装束はモノキニ調。

チート性能・毒や薬が得意。主に夏と冬に現代のある場所に出没している。


体毛:手入れ済み 性格:生真面目

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