8.夜の学校にやって来た
あれから五日ほど寝込んでしもうたが身体の調子はもう万全となった。
であるが、身体が重い……ずっと寝込んでおったしすっかり鈍ってしまっておるな。
臥せっておる間の身の回りの世話はにびと弘嗣がやってくれ、にびはあのなりで飯なぞ参考にしたいぐらい美味いと思う物であった。
『七姉様の世話をしておれば嫌でも身につくのじゃ……』と嘆いておったが、
なるほど確かに当の七殿はフラフラとやって来ては何もせずゴロゴロするばかり、全く支配階級とは碌なのがおらぬな。
「だが蜂の子は美味ぞ」
「朝一で獲ってきたものじゃ、心して食うがよいぞ」
陽が傾き始めた頃、七殿が蜂の巣丸ごと持って来たのには驚いたが、
その中にある幼虫――蜂の子を取り出しこうして振舞ってくれておった。
七殿は巣を丸かぶりし、中の蜂の子ごと食っておるのを見たにびは、
まるで苦虫を噛み潰した如き苦い顔をして手をつけようとともせぬ。
見た目に囚われておるのであろうか、蜂の子は滋養があって美味だとであるに何と勿体なし……
まぁ私の食う分が増えるから構わぬのだが――。
「昔は食えたのじゃ、じゃが七姉様の食い方をして中に残っておった蜂に刺されてから出来なくなったのじゃ……」
「おぉ、あれは傑作じゃったのう。にびの顔がパンパンに腫れておったわ、ほっほ」
時折、巣の中に残っておる蜂が飛び出して来るが、七殿はその七つの尾で器用に捕らえ食しておった。
流石に私も蜂その物を生で食わぬが……そう言えば弘嗣が帰って来るなり何やら文句を言うておったな、
確か持たされた昼飯に虫が入っておった……とかであった気がする。虫ぐらい構わぬであろうに……。
であるが昼飯を持たせる、か――確か"弁当"なる箱に飯なぞをつめたものであったな。
私も一度してみようか――い、いやっ病に臥せっておった時の礼であるからなっ。
「鈴音よ、飯に虫が入っておったと言うより、飯が虫そのものじゃぞ……?」
「そ、そのもの!?」
「折角妾の気持ちが乗って作ってやったと言うのに、何ゆえ食わぬのじゃ。
サソリなぞ特に美味いと言うのに」
「あれは作ったのではなく入れただけだと思うのですじゃ……それに蠱毒になるのでせめて火を通して――」
「そう言う問題ではないだろう……」
この七殿の舌はおかしい――
にび曰く『昔から贅を尽くした生活をしておって舌が馬鹿になったみたいのじゃ……』と言うておったが。
蛇や蛙などは分かるが、虫や何やらをわけの分からぬ料理にして食うと言うのだから度し難い。
なので寝食共にする時は必ずにびが台所を受け持つのだと言う。
おおそうだ、良い機会であるので調理書の分からぬ所を聞いておこう。
食材が足りておれば良いのだが。
「ふむ、パスタか……拘りがあるのなら別じゃが、普通に食う分には強いて『これでなくてはならぬ』と言うものでもないぞ。
食う者の好みで決めて良いのじゃ、平たいのは少し濃厚なとろみのある物に向いておる、ぐらいじゃな。
これなら普通の真っ直ぐしたので良いが――そなた病み上がりでろくに食うておらぬし、今は刺激が強いのは控えるべきじゃ。
ちと難しいが、ぺペロンチーノよりもこちらのカルボナーラの方が良いぞ」
「にびよ、鈴音は己が食いたいから選んだわけではないのじゃ」
「あっ……あーなるほど……」
「だだだっだからかのようなのではない!!」
弘嗣にはめっ迷惑かけっぱなしであったし、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたのだその礼をせねばならぬと思うてだな……。
それに美味そうであると思うておったし……あ奴の好物でもあるらしいのでちょっと作ってみようとしただけぞっ?
な、何じゃ二匹してその生暖かい目は!?
も、もうよいっ鈍った身体を動かすのに丁度良いから、足りぬ物を買出しに行ってくる!!
ええと麺、にんにく、"べえこん"だな……よし見た目は覚えた。
・
・
・
狐共の冷やかしから逃れ、幾日ぶりか外に出る事が出来た。もう二度と病なぞ患いたくないものであるな――。
大病を患わばその者は終わり、子に家督を譲る事も多いと聞くが納得である。
目が弱り、身体は気だるく足が重い……目の奥から薄い膜が張られておるようで頭もあまり回らぬ。
それに死を身近に感じて初めて分かる空しさ――我が一生は何であったのだろうかと自問自答し続けてしまう。
であるが、『病は気から』と申すは確かであるな、気が弱れば悪い方ばかりに考えが行き己の身体まで弱ってしまう気がする。
弘嗣、にび、七殿に……六殿――
病に臥せっておるのにちと静かに出来ぬのかとも思うたが、思えばこの者らが側におったおかげで気が深く沈む事がなかった。
口には出せぬが心より感謝しておる……特に弘嗣には……。
――しかし、先ほどから辺りが騒々しいな。一体何があったのだ?
/
「して……その幼子はまだ見つからぬのか?」
「うん、前の学校の中に入ったのを見た人がいるらしいけど……」
残った仕事の処理――手当ての出ない休日出勤を終えて帰ってくると
近所の方々から、まだよちよち歩きの子供が行方不明になったと情報提供を求められていた。
鈴音も『買出しに出かけている最中も何やら物々しい様子であったが……』と言っていたし、
その頃からすると結構な時間が経っている。
うーん、無事でいればいいのだけど心配だな……。
「――の中じゃ」
「え?」
「学校の中じゃ、その目の前のな」
「七殿っ、何ゆえ知っておるなら言わぬのだ!!」
「人間の事にやたら滅多に妾ら狐が首を突っ込むものでないからの、お主らが特別であるから関わっておるだけじゃ。
それに情報通の奴から連絡があってな――ほれ」
七姉さんの英雄スマホの画面を覗くと『学校の中の(これ以降は狐石が必要です。購入はこちら)』と書かれていた
狐石……? てか金取るの?
「あ奴はがめついからの、酷いときは一文字単位で金を要求するぞ。大抵答えるのが面倒な時じゃが――。
ちなみに狐石は一個千円・百個でクジ一回できるのじゃ、景品は確率0.02%でギャルのパンティじゃ。
その上で、最終的な当たり外れ決めるのはあ奴次第じゃ」
「規制されるべきだろそれ!!」
どんだけ絞るんだよ!!
その前は七枚の絵札を揃えた上だったらしく、六枚以降は謎の力でダブりまくっていたらしい……と言うかやる奴いたのか。
けど、まがいなりにもにび達と同属――やり口はともあれ内容は信頼できるのかもしれない。
よし、学校の中なら親御さんと近隣の人にも言って皆で――
「『伝えたらその分だけ弘嗣様に料金請求致します。』じゃと。頑張ってくるのじゃ」
「何で俺なんだよっ!!」
「それに、どうして居場所を知っておるのかと逆に疑われるやもしれぬぞ?」
七姉さんの言う通りでもあった。
子供の無事には代えられない……けどこのご時勢、どこから疑われるのか分からない。
何でやらなきゃ分からないけど、俺達でやるしかないのか……。
「童は行けぬ」
「妾は興味なし」
「わ、私は飯を作らねばならぬっ……」
使えない狐どもはさておき、鈴音の目が泳ぎまくっているのはおかしい。
このような事には率先して動きそうなのに、何故か鈴音は気配を消して指名されないようにしている奴になっている。
こんな薄情な奴ではないと思うんだけど……。
「う、うぅ……昼間なら良いのだが……」
「んん?」
そう言えばここの所――病気になって二日目ぐらいから何やら様子がおかしい。
時間を問わずやたら電気をつけるようになっていたし、あの日は確かにびがテレビとDVDを見ていて、
確か奇妙なのと学校内で起こる怪談話のようなのが……。
「もしかして、お化けが怖い――?」
「はぅっ――そ、そのような事あるものか!! ここっ怖いものなぞ一切あらぬわっ!!
その、暗いと転ぶやもしれぬだろ? そ、それでだなっ……」
「……カーテン開けると時々前の学校から妙な光が見える時あるけど、今見えるかなー?」
「う、うわああっ――や、やめよっ!?
あぁもうっあい分かったっ!! そこまで申すのなら参ろうっ参ってやろうぞっ!!」
別に無理して来なくて良かったのだけど、頑なに認めようともしないので連れて行こう。
……実を言うと俺もちょっと怖いし。
・
・
・
「は、はははっな、何ともないぞっうむっ!!」
及び腰で俺にしがみ付きながら言われても説得力がない。
にびから"映ってはいけないモノが映るかもしれない懐中電灯"を渡され、
施錠されていない重いガラス扉を開いて中に入ったのだが、その扉を見つけた時の鈴音の絶望した顔と言ったらもう……。
腕に何やら柔らかい感触がするものの震えてそれ所でない、真っ暗な中でも分かるほど青ざめた顔の鈴音。
怖いもの知らずだと思っていたけど、なるほどこんな弱点があったのか……。
しんとした真っ暗な廊下、夜の学校はやはり怖いな――
学生時代、文化祭などで夜遅くまで残った時も電灯の光が届かない真っ暗な闇が結構怖かったな。
だが電灯は全体を照らすからまだいい、懐中電灯は暗闇の一箇所しか照らさないのだ。
もし居ないだろうと思っている所に人が立っていたら相当ビビる。
そうそう、こんな感じで人がいたら――
「う、うわあっ!?」
「うワぁッ!?」
「ひいいっ……!!」
互いに酷い悲鳴をあげてしまったが、懐中電灯の光に映し出されたのは金髪の――外国人の女の人?
あと酷いといえばそこに隠れている侍娘、俺を犠牲にして逃げるつもりだったろ。
「あァ――びっクりシまシた、同じ子供を捜してたンですネ」
「うん、ワケあって来る事になって……そこの陰にいる尻だけ出てるのは一緒に来た奴」
「お、オゥ……」
今更引っ込めても遅い!!
「い、異人は初めてなのだっ――だから怖くなって逃げたわけではないぞ!!」
「ゲイシャガール?」
「どちらかと言うとサムライガールです」
「オー!サムライガール!! アの子、わたシのフレンドの子ネ、ハヤくサがシまショう!!」
輝くようなブロンドヘアーに綺麗な青い目、訪日外国人は増えたけどこうやって間近で見て話するのは初めてだ。
鈴音なんか失礼だろってぐらいまじまじと見つめている、
『作り物ではないのか?』なんて本人目の前にしながら言うんじゃありませんっ!!
だがイントネーションがおかしいけど日本語が喋られるようで助かった……話せない事はないが単語並べるぐらいしかできないし。
しかし、この人はこの真っ暗闇の中、懐中電灯も持たずに探していたのだろうか?
時折月明かりに反射しキラキラと輝く髪を見ると、それも必要ないんじゃないかとさえ思えてしまう。
「うぅむ、私なぞ真っ暗な中に溶け込んでしもうておる……」
「そうか? 艶々した髪に光が反射して綺麗だと思うけど」
「そ、そうか――?」
「フフフ、仲がいイのデスネ。おフたりは恋人デすか?」
「い、いえ違いますっ」
「こここっここ、恋人ななどではないっ!!」
「アらアら……フフフ、では私にモ可能性がアるのですネ。でワ……」
「なな、なななっ」
オゥアメリカァン!なのが腕にむぎゅっと……いや、アメリカンなのか知らないけど外国人は積極的だと言うけど凄い。
薄着なのもあってぐいぐい来る……そして背中に殺気がびりびり来る――待って何で天国と地獄の狭間に立たされてんの!?
「オゥ、怖いデェス……」
「ちょ、ちょっと――」
「お主も何を鼻の下伸ばしておるのだっ……うぬぬっ」
「ん……鈴音?――って、ちょっ何を!?」
鈴音も何を思ったのか、反対側の腕にガシっと掴んで思いっきり押し当ててきた――。
クールジャパンもいいなぁ……この程よい弾力、以外だけど鈴音も可愛い所があるものだ。
何かこのピンクな空気……足が空き教室に……あれ、俺ここに何しに来たんだっけ……。
・
・
・
「はっ――」
「目ガ覚めまシタか?」
ここは……教室、か?
な、何かおかしな夢を見ていた――あの後、鈴音とこの人との日米同盟が締結され、蛇と蛇が絡み合うような生々しい事が……。
「だ、大丈夫だなっ……」
「おゲンきソウですネ――」
ノウッ!? ジュニアがグッドモーニングしてる!?
けど夢であっただけ良かった……でも、何でこんな所で俺は寝てたんだ?
と言うかいつから?
「1時間ほドでス、ロビーで倒れテまシた」
「ろ、ロビーって玄関で!? そ、そう言えば、鈴音は――?」
「スズネ? あなタだけでシタ」
な、何だって……!?
いや確かに一緒に来たはずだ、はぐれたなんてあり得ない。
子供を捜しにいったのか――いやあのビビり方からしてそれはないだろう。
では、倒れた時ににびらを呼びに戻ったのか――可能性はあるが一時間も経っていたら流石に見つけている。
おかしい、もしかしたら元から居なかった……ん? 居なかった?
「私はフォティルといイまス、一緒にきタ人がイるなら捜シまショう」
「ちょ、ちょっとまって――」
こちらの紹介もする前にすたすたと歩き始め、それにつられる様にして後を追い始めた。
フォティルさんと言ったっけ――柔らかい二つのボールとこの弾力のあるヒップに圧迫されたあの感触が……。
じゃじゃじゃないっ、初対面の人に何を考えているんだ!!
あれ、でも初対面ならどうしてこの人が夢に――?
「ドコも同じニ見えマス」
「え、あぁ……確かにどこも同じだね、教室の殆どは同じ構造だし」
「でスが、中は違イまス。見た目は同じデも中ハ違う世界でス――扉は選択でス」
「何を――」
「人は常に選択してイまス。小さな事、大きな事――アナタは一度開く扉ヲ間違えてイまス。
故に選ぶのヲ恐れ、固く鍵をかけ開かないようニしてイまス。目を背けてイる部屋に正しイ扉がありまス。
後悔は悪い事ではありまセン、未来ニ通じてイまス。流レに任せてハ再び誤った扉を開きまス――選択を間違エてハ駄目でス」
扉は選択……謝った扉を開く……謝った、選択……?
あ、あれ何で懐中電灯の光が消えて――
・
・
・
あれ、今度は何か鼻のあたりがムズムズする……。
と言うか身体中がくすぐられているような、チクチクするような――。
まるでにびと寝てる時みたいな……。
「ふふっ、起きたようじゃな」
「あ、あれ……七姉さん――?」
「なんじゃ狐につままれたような顔をして」
そう言って頬をむぎゅっと摘んできた。痛くなく優しい力加減――
何で二人して裸でベッドの上に――。
「え、えぇっ――!?」
「なんじゃ、本当に狐につままれて驚いたかの。ほっほ、おかしな奴じゃ」
「な、何で服を――って、えぇっ何で俺も!?」
「何を言うておるのじゃ、いや昨夜は良かったぞ――妾も久々に燃えたのじゃ」
白い七本の尾が布団を持ち上げ、そこから見え、触れあっている白く弾力のある肌が心地よい……。
俺が七姉さんを……? い、言われてみれば、何だかそんな記憶が――。
確か……会社から帰ってきたら七姉さんしかいなくて『酒でも飲まぬか?』と一緒に飲んでたんだっけ。
それで、飲んでる内に酔った七姉さんが誘惑してきて――駄目だと思ったけど我慢できなくて。
でもどうして俺は七姉さんと?
「おやおや、あれだけシておいてまだ元気なようじゃのう? よほど妾を孕ませたいようじゃ」
「え、い、いやこれはっ……!?」
「ほっほ、構わぬ。人の子を産むのも良いかもしれな――ほれ、今度は馬のようにまたがってやろうか?」
狐が乗っても馬なのだろうか……。
馬――?
「そ、そうだっ、鈴音は――」
「何を言うておるのじゃ、あ奴はにびと共に帰ったではないか」
「え――?」
「何じゃ、それで寂しくなって妾を抱いたのかと思うたが、まだ"過去の女"に未練があるようじゃな。
まぁよい、なら完全に忘れさせてやろうぞ――極上の女を味わうがよい」
「う、わぉぉぉ……で、でも何で?」
「女を抱こうかと言うときに他の女の話は野暮じゃぞ? まぁよい、お主が決めたのではないか。
またあ奴がまた別の病を患い、薬が効かぬ最期は己の生家で迎えたいと言うのを汲み取ってな。
それで、帰って来た時ににびが看取ったと言うたではないか」
あ――そうだっけ……。
そうだったな、確かそれで酒飲んでる内に大きな物をまた失った気がして泣いて……
七姉さんに抱きしめてもらって……その優しい女性の温もりで鈴音の事を忘れようと……。
インフルエンザが治りかけた時に肺炎か何かかかったんだっけ……それで体力がなくて……。
あれ、治りかけ……確か治ったはずじゃ?
「何しんみりしておるのじゃ、こちらは正直であるがの――このまま手だけで良いのか?
再び妾の雌の温もりを求めておるようじゃ、次も妾が主になって欲しいのか?」
「あ、いや――何かおかしいんじゃないかって……」
「今ごろあ奴を諦め、妾をに乗り換えた事を後悔しておるのか?
ほっほ手遅れじゃ――例えお主が選ぶ扉を誤ってもそれはそれで正解でもあるのじゃ。
もうよいじゃろ、鈴音の事を忘れ、妾の事だけ考えておればよい――
人の一生は短い、渡りに船じゃし終わりまで面倒みてやるぞ……」
選ぶ扉を――誤る? 何か記憶が入り乱れてる……
『流レに任せてハ再び誤った扉を開きまス――』って誰かが学校で――
・
・
・
「はっ――」
さっきの場所――さっき目が覚めた教室じゃないか!?
何だ、さっきから何が起こってるんだ……七姉さんサイコーだった――じゃない、何か同じ事がぐるぐる回ってる。
さっきは異国の女性――フォティルさんだっけ、その人に介抱されて追いかけていたら……。
そう言えば、今度はフォティルさんがいない。
「一体何が起こってるんだろう――」
時間だけが過ぎているようだが……。
すぐに出発したかったが、夢の中での七姉さんがもう凄くて、ジュニアが沈静化するまで少し待たなければならなかった。
一体どれが本当でどれが夢なのか分からないが、あれが現実なら……いや極上快楽の中にどうして空しさがあったのだろう。
もしこれも夢であるなら全裸で花園に入っていけない事をしたりできるが……
小学校でしても意味が無いし、万が一夢じゃなくて現実だったら取り返しがつかない。
学校内にも監視カメラが付いてたりする時代だ、
逮捕されて『夢の世界だと思っていた――。』なんて供述すれば黄色い救急車に乗せられ、顔写真付で実名報道されてしまう。
そして卒アルから何から掘り起こされネットに晒されてしまう――そんな事になったらもう絶望しかない。
と言うか監視カメラで思い出したけど、この学校は大丈夫だよな……?
「このドアを開けたら奈落が広がっていた、なんて――」
廊下に出てすぐにあったドアをそっと閉めた、奈落ではなかったが理科室だった。
小学校の理科室って何であんな不気味なんだろう……人体模型と目があった気がしたが気のせいだ。
背中に何か視線を感じるのも気のせいだ、ふと横を見た窓に反射した人体模型が見えたのも気のせいだ。
そう、気のせいだ……。
……
「うおおおおおおおっっ!?」
もしこれでタイムを計ったら生涯最高タイムを出せたのかもしれない。
いやあ廊下をダッシュするのってなんでこんな楽しいんだろうな!!
「はぁ、はぁっ……できれば、これは夢であって欲しい」
そうでなければ引越しを検討しなきゃいけない。
あんなのが学校の中を徘徊してて、捕まったらボロ布口に突っ込まれて……とか想像したら夜も歩けない。
で、この目の前にある音楽室からピアノの音が聞こえたりなぞしない、通り抜けよう。
~♪~♪
~♪~#~♪
弾くなら正しく弾けよっ!!
「――で、今度は女のうめき声か」
懐中電灯の光が消えたらまた場面が切り替わって、お楽しみな展開になるんだろ? そうなんだろ?
次は誰だ、にびは――見た目的にアウトだし次は鈴音か? う、うぅむ……想像はできないけど夢の中ならアリなのか?
きっと死にそうになったら目が覚めるし、やれるとこまで――夢なら早く覚めろ。
もう気持ちの整理がつかなくなって来たので、もうどうにでもなれとガラッっと勢いよく開くと――
「ひ、ひいいいいっ――聞こえぬっ何も聞こえぬぞっ!!」
なるほど、着物を着た女が隅の方でうずくまってる。
怯えているが振り向いたらのっぺらぼうか何かだろ?
「く、来るなぁっ――き、来たら斬るぞっ!?」
うん、今の言葉口に出さなくてよかったと心から思う。
さてこれ以上近づいたら本当に叩き斬られそうだし、声かけておくか。
「おい、鈴音――」
「き、聞こえぬぞっ私を呼ぶ声なぞ聞こえぬぞっ――」
「俺だって、ほら」
「そ、そう言った詐欺があると聞くぞっ、私は物の怪なぞに惑わされぬっ――」
お化けまで俺俺詐欺してくるご時勢なのか?
何と世知辛い世の中だ――。
「ほら、よく見ろ」
「ま、真に弘嗣であるのか――?」
振り向いた鈴音の顔はなんと言うか、泣きまくったようで目が真っ赤になっていた。
勢いよく飛びついてきたけど……なるほど、こう言う展開かそうかそうか。
よしよしと鈴音をなだめ、落ち着いてきた頃にゆっくり身体を撫でて……
「なっ、何をする――や、やめよっ、やはりお主は物の怪かっ!?」
「違うっ、だが夢ならヤり回すんだっ――全部事後から始まってたから次こそ一から始めるんだっ!!」
「ななっ何をわけの分からぬ事をっや、やめ尻を揉むなっ――私も危いのだっ……め、目を覚ませ!!
ええいっ、かくなる上は――!!」
「ぐおっ――」
眉間がっ眉間がぁぁぁっ――痛てぇっ超痛てぇぇぇっ!?
このまま夢から覚めるなら覚めろぉっ
早く覚めろぉぉっ
「はぁ、はぁ目を覚まさぬなら次は刺して――」
「ゆ、夢じゃないのか――げ、現実なのか!?」
「当たり前だ馬鹿者っ!!」
異人と会って俺にしがみついた直後から気づけばここに居て、出るに出られない状態だったらしい。
殴られ損じゃねぇか畜生っ……よし、眉間から出ちゃいけない物は出てないな。
あぁ、なんと言うかこの後大変な目に逢いそうだけど……当の鈴音は身を縮めて震えてる――いかん暴走しすぎたか!?
強がっていても女の子なんだ、あんな強引にしたら……
「す、すまない鈴音っ――ついっ」
「ち、違うっ触るなぁっ――!!」
何やら鈴音の様子が変だ、何やらそわそわしてるし震えてるような
確かさっき危いとか言ってたな――何やら股の方を抑えているし……。
そーいえば、女の子って尿管短いから長く我慢できないんだってね。
……
……
「そう言うことか!? そこにトイレあるだろう!?」
「こ、怖くて行けぬのだっ、おかしな音が聞こえるしっ……つ、ついて来てくれっ!!」
「男が女子トイレに入れるか!! ほら外で待っとくからっ」
「な、中まで来いっ今は許すっ!!」
「お前が許しても世間が許さないからっ!?」
目と鼻の先の距離にあるトイレまで、足腰の弱ったお婆ちゃんを介護してる気分だった。
もしこれで尻を叩いたらと悪い考えも浮かんだが、やったら腕一本じゃ済まない事になる。
鈴音は堤防が決壊しないようにゆっくりと右・左と歩き、何とかトイレに辿りつきすぐ近くの個室に入る事ができた。
はぁこれで一安心……
『ひあぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!??』
『みあ゛ぁぁぁぁぁぁぁっ!!??』
「ななっ何だ――!?」
個室の上から覗き込む何かと漏れる青い光、下から流れでる液体――
ホラー映画なら血だけど、肝を冷やしたがこれは血ではないようだ。
だが、これがもし考えているものであるなら個室の中は色んな意味で大惨事になっている。
「な、なんちゅう声出すのじゃっ――」
「に、にび……?」
個室の上によじ登っていたのは周囲に狐火を出したにびだった。
帰るのが遅いから迎えに来たついでにそこのトイレに入っていたのであろう。
「せっかく暗いから明るくしてやろうと思ったのに――ほれ、早く用を足すのじゃ……あれ、出るのか?」
「弘嗣――すまぬが家に着くまで後ろを振り向かぬで欲しい、振り向かば同じ目にあうぞ」
「お、おう……」
「な、何故じゃっ――ちょ、まっやめっ……いいいいいっっ!?」
学校中に乾いた大きな音が数発響き渡った。
小さな親切大きなお世話な狐も考えてみれば物の怪の類になるのか――?
いや、人と人ではない物に区分分けすればそうなるが明確には違うか……まぁ何にせよ、目の前(後ろ)に狐の女の子がいるんだ。
学校にもそう言った物の怪が居てもおかしくない。きっと運動会は墓場でするのだろう。
・
・
・
「あーははははっいや傑作じゃこれはっ、しゃっ写真撮っておいてやろうっあはははっ!!」
「ど、どーひて、わらはがこんひゃひぇにひゃうのひぇふひゃ……」
顔がパンパンに腫れた妹を見て大爆笑する姉――そして風呂場で鳴り続けるシャワーの音。
行方不明の子供は早くから保護されていた、つまり我々が向かった時にはもう誰も居なかった事になる。
この狐ども(特に姉)にまんまと一杯食わされた……じゃあ、あのフォティルさんは一体誰だ?
鈴音も異人と言ってたから確かに存在しているはずだし……。
「相変わらず間が悪い奴じゃ、座っておる時ならセーフじゃったのに座る直前で行くのじゃからな。
いやしかし今日は楽しいのう――いや気分よく出かける事ができるわ、ほっほ」
「あれ、こんな時間に出かけるの?」
「うむ、ちと古き友に会いにな……あぁ、それと弘嗣よ」
『妾の身体は最高じゃったじゃろ?』
……え?
/
「あラ、狐さン――」
「ほっほ、妾には通じぬぞフォティル――いや天よ。久しいのう。ほれ、酒じゃ」
「ふふっ、中々楽しんでもらえたようで」
「なんじゃその手は?」
「アトラクション料です」
尾が四本の狐――天狐
旧知の仲でこうして合うのは何十年ぶりかと言うのに、さっそく金とは相変わらずガメつい奴じゃ……。
まぁ楽しませてもろうたし、妾からも一万ぐらいは渡しても良いかの。
「……」
「早く手を引っ込めよ」
「……」
「えぇい分かったっ、ほれっ」
「……あと一枚、さっきこっそり抜いたの分かってます」
あんなので五万も取られるなら参加側に回った方が良かったわ全く!!
全く、子供の行方不明の騒動自体全てでっちあげ――趣味の悪い幻術見せおって。
「あら、参加していたじゃありませんか。意外とノリノリで」
「ふん。もっと妾に溺れるようにしておけばよかったわ。で、あれはあ奴が選ぶ道であろう?」
「……」
「ち、ほれっ」
「そうです」
この一言だけで二千円も取りおる……。
こ奴は千里眼を持っており、それを応用して先の未来も見通す。弘嗣が見たのはこの先に起こるあ奴が選んだ道――
途中で妾が勝手に変えたが、あ奴が鈴音を帰す道を選び『これで良かったのだ』と己に酔うヘタレの道。
妾が参加したのも可能性の一つであるが、まぁ妾の身体に溺れるのも悪くないであろう。若いまま寿命が来るまで求め続けるのじゃ。
「ふふん、妾の術も上手いものじゃろ?」
「そのせいでそちらを選択しかねませんね――」
「ま、久々に人間の男を味わうのも悪くないじゃろ」
「舌がバカになっただけでなく、下もバカになっているのですか?」
「う、うっさいっ!!」
「……味覚や力はまだ完全に戻っておらぬのですね」
「ふん、わが身で撒いた種じゃ。後悔はしておらぬし、虫も虫で美味いぞ?」
いやこれは本当じゃ、こ奴の好きなロブスターとバッタも変わらぬし。
「せめて同じ海産物で比べてください……で、お酒のつまみは?」
「そこらへん探せばおるじゃろ?」
「黒い這い回る虫の事ならこの瓶でドツキ回しますよ?」
「いや、コオロギ――いだっ何で殴るのじゃっ!!」
「もうこのままでいいです、あぁそう言えば……」
「……」
「……」
こいつがこれを言って止まれば金を払わねば言わぬ。
千……二千……三千……ええい一万じゃっ、それで手を引っ込めよ!!
ぐぬぬ、こやつとの駆け引きは本当に面倒くさい、ええい五千追加じゃっ!!
「良からぬ者が五尾に近づいて餌付けしてます、それと八尾が――…………」
「そこで切るなと言うに!! ほれっこれで看板じゃからの!!」
「――ほっつき歩いています」
「金返せっ!! 脳みそお花畑の八尾の放浪癖は昔からじゃろうが!!」
「……」
「金返すのに金払えって阿呆かお主はっ!?」
しかし、五尾に餌付けとは……肥えすぎで穴倉から出られず痩せるまで閉じ込めておったと言うのに。
八は知らぬ、歩くドーパミンじゃから生活に苦労せぬし。
「――で、それ誰の財布ですか?」
「弘嗣のじゃ」
期待してももう空っぽじゃぞ。
~今回登場キャラ~
天(フォティル・四尾・天狐)
四本の尾を持つお金大好き高位の狐。
未来を見通す力は七姉さん以上で、顛末を知る傍観者。
意味深なワードを述べては途中で切る。その先が知りたければ要課金。
フォティル=フォー・テイル=Four Tail
体毛:金色 性格:お金にならない事はしない