其の漆 『戦闘狂』
一日で書いたので少しブレてます。すみません。
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〜涼川Side〜
「『引き継ぎ』ってのがあるんだぜ」
ロッヅェは、いつもの笑みを浮かべながら言い放った。それは決して、英治に対する労いの言葉や、敗北したことに対する叱責でもなく、ただの独り言のように感じられた。だが、落下してきた英治を受け止めた所を見ると、一応は心配しているようだった――。
「騒音『マンドラゴラ』」
え、と思った頃には遅かった。鼓膜をつんざくような声を、地割れが起きるほど大きな声を、英治を抱えたままロッヅェは放った。びりびりと周りの大気が大きく震え、木々の葉が風が起きたように揺れた。
「 ――ッ!」
何と発音しているのかは分からなかったが、叫んでいることは視認できた。聴覚は役に立たなくなっていた。最も近距離で聞いている英治は、泡を吹いて気絶していた。――それを見て満足したのか、ロッヅェは声帯からの砲撃をやめた。
「な、な――」
何をしているんだ。そう言いたかったのは、俺も竜も、敵も同じだったはずだ。
重症の戦傷者に何をやっているんだ、と。
「んー、俺ほら、コイツに船から落とされたし」
何もなかったかのようにロッヅェは言った。
「やり返しかよ……?」
「そうだよ?」
そして、泡を吹いた親友を、ゴミか何かの様に手放した。英治は木の間をすり抜け、地面に激突した。――大きな、鈍い音が聞こえた。
――おいおい、頭蓋骨割れたんじゃ……。
「――左腕をアイツ、折ってやがった」
先ほどまでの楽しそうな表情を消し、真顔で、顎を引いて眼前を見据えて言った。今日は感情の起伏が激しいな、と思った。いや、ロッヅェはいつも、こんな状態なのだ。
情緒不安定気狂い戦闘狂。
ブラド・ツェペシュの失敗作、ロッヅェ・スカーレット。
逆に、この状態自体が彼らしいとも思えた。
「棘か何か刺さった痕もあった」
両腕を刃渡り約100cmの刀に変えながら続けた。先ほどの攻撃(?)中――『マンドラゴラ』中――に分析したのだろう。横目で地面に落ち、伸びている英治を見ると、左腕からの流血が止まっているように見えた。
「まさか、おま……」
「スペルカードッ!」
俺の台詞を遮るように、大仰な格好をしながら彼は詠唱を唱えた。俺は確信し、安心する。――何だ、コイツやっぱり心配してんじゃんかよ。
「呪音『屍の大合唱』!」
ロッヅェの周りに黒い音符の弾幕が現れる。四分音符、八分音符、十六分音符――、休符も含め、その数四十。敵が眉を動かし、対抗する様に唱えた。
「浄化の魔」
ロッヅェと俺が横一文字に立っている、その前後に黄色のレーザーが通り抜ける。しかし、それをロッヅェは右手の刀で、真横にすっぱりと切った。文字通りの一刀両断だ。二つに分かれたレーザーが、飛んできた反対方向にある山の二箇所を貫いた。
ロッヅェが切ったのは、通り過ぎた直後、一秒足らずの間、だ。このレベルの反応速度を見せたのはこれが初めてだ。
「宝塔に頼るなよ毘沙門天――。まさか、半人半吸血鬼が怖いのか?」
とても分かりやすい挑発。普段なら言わないことを言っているあたり、かなりロッヅェ自身も迷っているのだろう。訳が分からなくなっているのだろう。
しかし、大丈夫だ。何故か、そう断言出来た。
確証は一切ないが。
「……一人で二人を相手にするのには骨が折れますね」
「毘沙門天が?」
「ええ、毘沙門天が、です」自嘲気味に笑った。戦いを楽しんではいるが、ロッヅェや俺とは違う意味で楽しんでいる、といった顔だった。
戦闘狂ではなく、正義の為に――。というような、そんな感じだった。
「だから――」
彼女が右手を上げた。塔のようなものの真ん中にはめ込まれた球体が、太陽の光を青色に反射させた。また何か、レーザーか何かを撃つのか、と思ったが――。違った。
「代わりに一輪さん、頑張って下さい」
刹那、身体に大きな衝撃。数秒して殴られた、と気付く。船の中ならともかく、空中では何も障害物がないので、俺は右の方向に吹っ飛ばされた。止まろうにも止まれない。
強い風圧を感じながら、俺は殴ってきた相手を視認した。
尼のような格好をした僧侶。両手に金色の輪を持って、どこからか煙を出していた。――その煙は、目、口、鼻――顔があるように見えた。しかし、煙が拳の形をしている辺り、あれで俺を殴ったのだろう。
「貴方の相手は私ですよ」
――吹っ飛ばされながら、俺はカードを数枚取り出した。俺の相手はこの尼か、とぼやきばがら。
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〜ロッヅェSide〜
涼川が吹っ飛ばされていくのを追いかけるかどうか、一瞬迷ったが、最終的に眼前の敵に集中することにした。二対一で戦えばその分楽かもしれないが、今は時間短縮重視だ。涼川があの尼、俺がこの毘沙門天を相手にすることになる。
さて――。
どうする。
「レイディアントトレジャーガン」
迷っている暇はなさそうだ。毘沙門天を中心に十二方向に放たれたレーザーを、俺は一発でぶった切る。次に飛んできた青弾と黄色の細いレーザーを、あらかじめ出しておいた音符弾幕でやり過ごす。しかし、これで音符は消えてしまった。
「――おい毘沙門天、お前、それに頼らないと勝てないのか?」
安い挑発だ、自分でも思った。馬鹿な奴じゃないと乗ってくれないだろう。だが、眼の前の奴は毘沙門天、しかも英治を倒した奴だ。俺も勝てそうにない。
「武神四天王の一人が随分と弱気だなぁ、弱い弱い」
最後の方が震えた声になってしまった。虚勢がバレるのは時間の問題だろう。早い内に倒さないと――。
「うぉッ、あッ」
眼の前数cmを、刃が走った。何だコイツ、鎌をかけるために宝塔がどうのって言ったけど、本当に槍扱えんのかよ!
「ッの野郎」
右足を刀にして、槍の刃部分とぶつける。そのまま右腕を振り下ろし、槍を二本にする。
へし折った槍を、素早く毘沙門天は手放した。宝塔を掲げる。突如振り注ぐレーザーの雨。
これが夜だったら、さぞ綺麗だろうな、と感じた。
「零士の弾幕雨もか……」
ズルリ、と無の空間からカードを呼び出す。『音符「全方位拡散型音符」』の文字と魔法陣。
レーザー弾幕を全て消し、息を吐くように見せかけて深呼吸をする。一度落ち着け、大丈夫、勝てる。頭の中で考えろ、考えろ、考えろ。
思考して、勝てる計算をしろ。人間の最大の武器は考えることだろう。
武器。音。錬金術。レーザー。槍。毘沙門天。全てのピースを当てはめて考えろ。
スペルカード。
「黄金の震眩」
黄色の真空刃のような弾幕が飛び交う。クソが、と両腕の刀を振るう。弾幕をさばけないことはないが、一回一回の弾幕量が多すぎる。体力の消耗が激しい。
左足を深く踏み込み、宙を蹴る。レーザー弾幕の弱点は接近戦だ。俺は両腕の刀を鎌に変え、毘沙門天の立つ位置でしゃりん、と引いた。
しかし。
「甘いですよ」
鎌の刃――、俺の腕の一部が消えていた。否、貫かれ、腕だったものは地面に落ちていた。小さなレーザーが貫いたのだと、後で知る。
咄嗟に退くべきだった。しかし、右足の武器があるという余念があり、もう一歩踏み込んでしまった。
「吸血鬼ごときが」
と。
俺はその場に倒れむ。立てない。力が入らない。呼吸するも、肺に空気が入らない。血がなくなっている。失血量が致死量だ。
――身体のど真ん中に、一つ、大きな孔を開けられた。
レーザーで断面を焼かれているため、瞬間的な再生ができない。やばい。
「粋がらないで下さい」
俺も勝てないのか――。
傲慢なことを思いながら、静かに目を閉じた。
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