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其の陸 『毘沙門天様』

何か文がおかしい気がする……。気のせいでしょうか。

**********

〜英治Side〜


 左腕がだらんと垂れ下がる。指の間にかろうじて挟まっている状態の八卦炉からは、黒煙が立ち上っていた。

「……痛ってぇ」

 右腕で、左腕――、左肘を触る。不快な感触と共に、強い痛みが脳まで走った。

 ――もう使えなさそうだなぁ。

 馬鹿なことをやってしまった、と反省する。幸い、先ほどの鼠さんは船の壁にもたれながらダウンしている。向かってくる気配もなく、一度落ち着くには都合がよかった。

 右手を伸ばし、八卦炉を抜いてポケットに入れる。焦げ臭い匂いが服についてしまうな、と思いながら。――次に、首に巻いていたマフラーを取って、マスパの衝撃で散り散りに吹き飛んだ木を当て木代わりに、左腕にマフラーで巻きつけた。

 前後左右に軽く揺らして、マフラーの巻き加減を調節する。

「なるべく右腕だけで行けますように」

 僕自身は無宗教だが、こんな時くらいは祈らせてもらおう。何せ、幻想郷には神もいるのだから。


**********

〜ロッヅェSide〜


「で、どうするよ」

 俺らは、先ほど爆発させた唐傘を放って、森の木々の上に立ち、空を見上げていた。その先にあるのは、勿論『箱舟』だ。

「The Flying Ark...」

 涼川が不意に言った。流暢な英語に発音だったので、現在の人格が竜なのか否かの判断がつかない。少なくとも、俺が戦っている時は竜の方だった。

「涼川は飛べるか?」

「今は私じゃよ」

 おっと、竜の方でした。

 俺は咳払いをして、もう一度尋ねる。

「竜さん、あの舟まで飛べますか?」

 俺でやっと五百年以上、しかし竜の精神はもっと古くから存在していたらしい。肉体はないとは言え、彼の方が断然年上である。

 故に敬語を使う。

「なめないでほしいのう」

 和やかな声だった。見た目は俺と同じくらい(二十歳くらいに見られているのが理想)なのに、顔面だけ七十か八十歳になったような雰囲気だった。

 今のうちに零士に頼んで写真に撮ってやろうか、と思った。大真面目に。

「腰を痛めないで下さいよ」

「なに、涼川のものだから心配ない」

 涼川も大変だな、と少しばかり同情した。


**********

〜英治Side〜


 操縦室を進む。折れた左腕を庇いながら、慎重に。鼠さんは相変わらず、壁に埋もれたままなのでそのまま放っておくことにした。見る限り、目立った怪我はないので多分大丈夫だろう。

 操縦室の入ってきた扉と、逆側にある扉の間にある真ん中の扉を開ける。逆側に行けば、ここに来た時と逆の廊下を挟んで、また甲板に出ると思ったからだ。

 案の定、真ん中の扉には長い長い廊下が続いていた。真っ直ぐ行くルートと、下に向かう階段の二方向だ。

「……下はいいでしょ」

 ロッヅェ君たちは多分、舟の下から攻めてくるはずだから――と、勝手に決めつけて僕は真っ直ぐに廊下を進んだ。


 暗かった。こんな時に灰場君がいればなぁ、と思うが、生憎、彼は人里だ。とてもじゃないが、異変の解決をしようとして動くことはないだろう。慧音さんと寺子屋で授業をしているはずだ。

「しかし、だ」

 こうも暗いと、いつ不意打ちされても反撃ができない。

 そう考え、僕は左手を開き――ゴキゴキ、と骨が軋んだ――歯車を出現させ、右手に水剣を握りしめた。

 あとはなるようになれ、と残りの思考は放棄した。面倒臭くなっただけだ。

 そして、僕はゲームのダンジョン攻略さながら、剣とアイテムを持って、暗い洞窟(実際は廊下だが)の地面に一歩、また一歩と、踏み出していった。

 ――突然。

「正義の威光」

 床から、声が聞こえた。

「……ッ」

 ――元来、人間は視覚で見える限りの突然的なことには、結果がどうであれ反射が働くが、こんな場合――、例えば、見えないところからの突然的な攻撃などには、反射も何もない。脚が一瞬、動かなくなってしまうのだ。

 床が一瞬、白く輝き、強く揺れる。

 身体を大きく揺する轟音。ロッヅェ君の音よりも強い振動。

「ッぁあ!」

 ここでやっと身体が動いた。左手を握りつぶすように閉じ、歯車を廻す。火花が飛び、辺りを仄かに赤くした。

「ッ『ギアチェンジ』――」宙に跳びながら叫ぶ。

 直後、自分が先ほどまで立っていた場所が『くり抜かれ』た。

 マスタースパークのようなレーザーが六本、遅れて黄色の弾幕が飛び交う。咄嗟に跳んで回避したのは間違いだった。僕を囲うように六本のレーザー、レーザーの牢そのものを壊すかのように弾幕の嵐――。

「斬骸剣ッ!」

 右に握る水剣を、自分を中心に360度回転させてレーザーを叩っ斬る。しかし、六本の線は途切れない。小さく舌打ちして、自分の足元を見やる。

 黄色に染まった、眩しいくらいの弾幕。

「ああもういい!」

 叫んで、一枚のカードを呼ぶ。

「人鬼!」

 目を閉じ、脳裏にあの居合を思い出す。楼観剣を振るう冥界の人物を、剣の振るう速さを、――あの忠誠心を。

 水剣を左側の腰につけるようにして、大きく息を吸って――、吐いて――。


未来永劫斬(・・・・・)


 一閃。

 床に着地した瞬間に水剣をただの水に戻し、試験管に入れる。そして半回転、相手と対峙する。次の瞬間、六本のレーザーを含んだ全ての弾幕が半分に割け、霧散した。魂喰いの特性、模倣――今回は居合の模倣――だ。

「初めまして、でしょうか」

「初めまして、ですね」

 全然初めましてじゃないよ、と内心で言う。表情こそ冷静だが、中身ではかなり嫌な表情をしている。武器をあの時点で出していなかったら、と思うとぞっとする。

 試験管を右指の四つの間に挟み、相手に向かう。

「毘沙門天ですね」

 僕は言った。金と黒の髪、左手に彼女の身長以上の槍、右手に宝塔、虎柄の腰巻き――。実在の毘沙門天のような格好だ、と思った。ロッヅェ君の図書館で見た文献によるものだが。

しょうです」

「英治です」

 毘沙門天ということを否定しない辺り――、毘沙門天様本人としていいだろう。しかし、そうなるとかなり厄介だ。

 毘沙門天様は――武神だ。

 それも、持国天じこくてん増長天ぞうちょうてん広目天こうもくてんに次ぐ、四天王だ。

 どんな無理ゲーをさせる気だ。殺す気満々じゃないか。勝てる気もしないよ。

 冷汗が頬を伝った。勝手な妄想ではあるが、これが真実ならばほとんど勝てる見込みがないだろう。いくら強くても所詮は魂喰い、武神様に勝てるはずがない。――冷汗が皮膚を離れ、地面に落ちた。

 そして、毘沙門天の足は、手は動く。

 自然に、ごく自然に。

「水……、水災画ッ」

 試験管を投げつけ、宙を舞う水を操り鋭い槍にする。『勝てる気がしない』。その分、手加減などしないつもりだ。

 縦横無尽に伸びる槍。多少の動きを制限させるであろう水の檻。完全に串刺しには出来なくとも、動きを封じることくらいならできるだろう――!

「――え」

 囲まれていたのは――。

「甘いです、よ」

 ――僕の方だった。

『焦土曼荼羅』と微笑む。毘沙門天を中心に5×5マスの25の囲い。その一角に僕はいた。――跳んで回避しようにも、その先にはまた囲いが。逃げられない。

 時間を止めようにも、逃げ場はない。運命を変えようにも、僕にとって都合のいい現実にはできない。スペルカードをかまそうにも、体勢的に無理だ。――そして、悪夢は始まる。

 毘沙門天を中心に、赤、青、黄の三色の弾幕。しかも、先ほどの不意打ちの時の比ではない量だ。単純にあの弾幕を三倍にしたような弾幕だ。

 僕は水剣を咄嗟に創り、急所にあたりそうな弾幕のみをを一つ一つ潰していった。両腕、両脚、身体の端に掠る感覚があるが、今気にしている余裕はない。ただ、『切り伏せろ』としか考えていなかった。

「上、疎かですよ」

 刹那、右側からの激しい衝撃。何が起きたのか分からない。左目で視認する――、毘沙門天が先ほどまで立っていた場所から跳躍し、僕の頭を蹴り飛ばしたことが分かった。左側に吹っ飛び、レーザーに突き刺さる。右側に持っていたはずの剣が、地面で僕を嘲笑っていた。

「有刺鉄線かよ……」

 骨折した方の腕から血を流しながら、よろよろと立ち上がる。正直言って、ここで倒れてしまいたかった。そうすれば、見逃して貰えるかな――、なんて思いながら、肩で息をする。

 視界が霞む。両腕が上がらない。脚が震える。

 魔理沙には悪いけど、もうここでゲームオーバーかな。

「至宝の独鈷杵とっこしょ

 緑に光る、先ほどのレーザーとは比較にならないレーザーが、僕を船底まで落とした。

 ヤバいかも、と実感するが、遅い。

 第二撃のレーザー。船底を突き破り、重力に任せて落下する。

 船の底と、青い空、白い雲が見えた。

 毘沙門天が、僕を見下ろしていた。

「……ゲームオーバーか」

「んにゃ」

 真後ろ――、地上から声がした。僕がよく知る声、よく知る口調、よく知る人物。

「現代のゲームには『引き継ぎ』ってのがあるんだぜ」

 ロッヅェ・スカーレットと古木涼川。半人半吸血鬼と竜人であり。

 幻想郷トップレベルの戦闘狂だ。


**********

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