其の肆 『戦闘』
亀更新は全く治らず、違う本を書こうと思っています……。どうぞ、四話目です。
〜英治Side〜
「っとと」
妖怪の山を流れる川、正確にはその川の水を操り、強い水圧で飛んできた。火柱ならぬ水柱の上に立つようにして船を目指したが――、バランスを崩して何回か落ちかけた。しかし、結果的に甲板に出れたのでよしとしよう。そのまま中に入れる扉から死角になる位置に隠れた。
さて。
「どこから攻略しますかね……」
一応、魔理沙から(無断で)借りてきた八卦炉があるのである程度の雑魚は無双できるだろう。最悪、魔砲で船ごと木っ端微塵にする気もあるが、それは本当にやばくなった時だ。お守りとして、八卦炉はマフラーの隙間に入れておいた。
今の僕の目的は、あくまで財宝目当て、だ。
「構造も分からないから、慎重に進まないとな」
「よし行こうぜ」
背筋が凍った。というか心臓が飛び出るかと思った。一瞬、敵兵だと思ったが、違う。この行き当たりばったりの台詞を堂々と吐く奴。それは僕の知り合いには一人しかいない。
「……君も船を攻略する気か? ――ロッヅェ君」
「――まぁ、攻略と言えば攻略だ、な」
そうは言うが、今の彼の表情を見れば何となく察しがつく。今回は多分、『気に入らんもん全部ぶっ壊す』みたいな表情だ。相変わらずの野蛮さはそのままだ。
「先に言っておくが、俺は今、ここで戦う気はないが、どうする」
ロッヅェ君は両手をひらひらと振り、抵抗の意思がないことを示した。
「……」
正直に言えば、ロッヅェ君と共闘してくれると言うのならかなり楽だ。どんな敵が来ても軽く捻りそうだし、いざとなったら囮(捨て駒ともいう)にすれば一回限りだが、戦闘は避けられるからだ。しかし、しかし、だ。今、ここで僕にとって、最も最善な手は――。
「……よし、それなら二人で行こうか。宝は山分け、ってことで」
「お前らしいな。それと宝はいらん」
ニッ、とロッヅェ君は笑った。口の端から見える犬歯が何故か怖い。吸血鬼の牙と言ったら更に怖い。ってロッヅェ君、いや吸血鬼全般に失礼か。
「誰かいるかもしれんからな。武器は用意しとけよ」
「言われなくても」
ロッヅェ君は僕が試験管(中に水が入っている)を持ったのを確認して、中に入っていった。僕も数歩遅れて中に入る――、前に一つ、呟いた。
背中を見せた吸血鬼に。
油断を見せた吸血鬼に。
「『ウォーターカッター』」
瞬間、ロッヅェ君が振り向いた。右手には武器のヴァイオリン、左手に特注の弓。歪んだ口角、黒髪に隠れた瞳、その瞳孔が鋭くなり――。
「おぁっ!」
僕の水の刃は、船の底を貫いた。亀裂が走り、足場は重力に任せて下へ。船を形作る木とともにロッヅェ君は落下していく。
「吸血鬼なんだから、落ちても大丈夫でしょ」
どこか白状な気もするが、変なことをされたら困るのは僕なので、仕方ないと言えば仕方ないことだった。
『ッの野郎! 二秒でリベンジだ――』というロッヅェ君の声が、ドップラー効果の法則で低くなりながら聞こえた。
「さて、攻略開始――」
落下した友人を見届けてから意気込みとして言ってみたが――、水剣を構えた。くそう、こんな初っ端から敵に会うとか、ロッヅェ君を落とすのは早かったか。
「ドジ二段も踏んじったな……」
今日は厄日だろうか。この攻略が終わったら妖怪の山の厄神の所に行ってこよう。
ふぅ。
「歯車、使おうか」
右手を翳し、歯車を出現させる。ギギ、と軋む音と共に、鈍色の鋼の塊は出現する。敵対する者は大して驚く様子もなく、ただ手に持つ杓子を僕の方に向けただけだった。
白い水兵服――、見ようによってはセーラー服に見間違えてしまう服に、船の船長が被りそうな帽子。右手には杓子、左手には錨。青緑色の瞳は鋭く僕を見据えていた。
「村紗水蜜。冥土の土産にどうぞ」
「それ言うと負けちゃうセリフだよ。魂喰いです、よッ!」
一瞬で間合いを詰める。歯車で俊敏力を底上げしている分、コントロールが少し効かないが、うまく懐に潜り込めた。左手の水剣を振るう、が、それはあっけなく四散した――四散ッ!?
「『道連れアンカー』」
いきなり、左手の錨を思い切り投げつけて来た。水剣があれば真っ二つにしてやれるが、生憎その愛刀はただの水になってしまっている。仕方も無いので僕は跳躍でその錨をかわす。しかし、それは誤算に終わった。
「『沈没アンカー』」
大きな錨は一つだけだと思っていたが、全然そんなことはなかった。さながら暗器使いのように、どこからともなく錨を取り出した!
「待て待て待て! どっから出したのそれ!」
と言ってみたが、考えてみたら僕とかロッヅェ君とかもスペルカードを何もない所から平然と出しているのを思いだした。なんだ、じゃあ普通じゃん。
「うわあぶなッ!」
空中で重力に従って落ちる僕めがけて投げられたもう一つの錨は、体を捻じらせることでギリギリ回避。しかし、錨の返しから青の弾幕が。それらは一直線に僕を狙って来る。
「『ギアチェンジ壱』!」
右手の歯車が回り出す。火花を散らし、軋みを上げ、動力源として――、廻り出す。この後しばらく筋肉痛だ、と思う。いや、思う間もなく――。
「『ウォーターカッター』」
先ほどロッヅェ君の足元に放った技を再度放つ。ついさっき四散した水剣は、このスペルのお蔭で強制修復、そのまま上段に構え――、振り下ろす!
「……ふぅ」
そのまま歯車を消滅させ、水剣を担ぎ奥へ進もうとする。身体の倦怠感は取れないが、これくらいいつものことだ。それに、また歯車を使えば一時的だが解消されるからいいだろう。さてさて、次の敵兵はどんな奴かな、っと。
「……魂喰い。斬れよ」
妖夢みたいな奴だ、と思いながら僕は振り返る。そこには傷痕など一つも無い船長の姿。――まあ、お察しの通り斬っていないだけだ。水剣の切れ味がどうのとかじゃなくて、ね。
「また戦おうぜ」
それだけ言い残して僕は奥に進もうとする。ロッヅェ君のような台詞を一回言ってみたい、と願っていたことを、今ここで叶えられた。しかし――進むことは叶わなかった。
「水難事故の船幽霊……。村紗水蜜です。」
……あれー。
僕の水という能力、既に河童と被ってるのにまた更に被ったよ。何だよ僕の特徴『魂喰い』と『歯車』しかなくなったじゃんか。と思っている間にスペルカードを唱えられた。
「『忍び寄る柄杓』」
「それ柄杓だったんだね……」
僕の突っ込みに少し吹き出して――、発生するのは水の弾幕。自らを中心として波紋のように広がる弾幕。――フランの『495年の波紋』みたいなイメージだ。これはよく避けているので回避については慣れている。
しかし、そろそろ先にも進みたいので――、僕はもう一度歯車を出し、回す――、廻す。
「『時の能力』」
咲夜さんとも被る歯車の能力ってどうなんだろう、と思いながら、僕は止まっている弾幕の間を通り、船長さんの前に立つ。ふむ、正面に立つと中々小さいな、って僕が大きいだけか……。190cmもあるんだもん、仕方ないよね。
僕は船長さんの頭に乗っている船長帽をひょいと持って――、そのまま弾幕の外にでる。ここで時間を動かそうと思う。『ザ・ワールド!』とか叫んでみたいけど恥ずかしいからやめておこう。
「――え? あれ?」
「シルクなんだな、この帽子」
その帽子を自分の頭に乗せて――、ニヒルに笑ってやった。
「僕の勝ち」
突如、弾幕が消えた。戦闘意志の喪失。ロッヅェ君だったらとにかく攻撃しまくるだろうが、僕はちょっと体力的問題であまり戦いたくないのだ。そういう意味ではこうやって終わるのは嬉しかった。
「帽子は返すよ、要らないしね」
帽子をフリスビーのように投げて船長さんに渡す。流石に錨を投げてくることはなかった。
『また今度、ゆっくり話そうぜ』と、ロッヅェ君みたいにもう一度言って、僕は通路の奥へと走った。
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