14.しあわせ?
ついでに聞いてみたらモレルさんは既に結婚していた。
身内だけでこっそり式を挙げたそうだ。
小規模と言っても王太子殿下やその婚約者が出席するような、ある意味メチャクチャ豪華な式だったらしいけど。
つまりサリさんに子供が生まれて男の子だったため、どっかから横やりが入る前に正室にしてしまったと。
「ご実家からは何も言ってこなかったんですか?」
「私は既に廃嫡された身ですので。
公的には何の関係もございません」
とはいえレベーリ侯爵閣下にとっては初孫ということで裏では色々世話になっているという。
その子の将来は明るそうだな。
モレルさんは今は近衛騎士だけど、グレンさんと一緒で将来の出世は約束されている。
そうなったらサリさんも世襲貴族家の正室になるわけで、よって今はヤジマ学園を休職してレベーリ家の伝手で貴族としての礼儀を勉強中だとか。
ちょっと心配なのはモレルさんが出世することで他の貴族令嬢が割り込んでこないかということだ。
身分上、サリさんは平民上がりということで不利だからな。
そう思って聞いてみたら大丈夫ということだった。
王太子殿下が後見人というか仲人? だからね。
嫁を割り込ませようと思ったらまずミラスさんを説得する必要があるけど、絶対に無理だ。
あの聡明なミラス殿下が自分の側近の機嫌を損ねるような真似をするはずがない。
というわけでサリさんは世襲貴族の正室に確定だそうである。
ちなみに平民出身のサリさんが正室なので側室も存在出来ないらしい。
貴族の令嬢を嫁にしたら正室になってしまうし、世襲貴族が殊更に平民の嫁を側室にする必要もないからだ。
モレルさんの性格なら愛人とかも考えにくいしね。
出世しているねえ。
確かサリさんってソラルさんの友達か何かで、そのコネでセルリユ興業舎に就職したんだったっけ。
それで思い出したんだけど、ソラルさんも今や子爵閣下の正室だ。
でも聞いてみたらまだ届け出をしていないということだった。
ジェイルくんは無事子爵に昇爵したんだけど、結婚式も挙げてないという。
どうしても俺たち夫婦に仲人して頂きたい、という嘆願を貰っている。
いや別にそこまで頼まれなくったってやりますけど。
ヤジマ学園から戻るとちょうどジェイルくんたちが来ていた。
出会うなり片膝突かなくていいんですが。
「久しぶり。
それから子爵昇爵おめでとう」
「ありがとうございます。
お久しぶりでございます。
ご尊顔を拝観させて頂き感涙に耐えがたく」
止めて(泣)。
「ここはプライベートで」
そう念を押すと、ジェイルくんはやっと構えを解いてくれた。
「手紙は読んだから大体判っているけど、結婚式はどうするの?」
「私としては地味にやりたかったのですが、ヤジマ商会の大番頭がそれでは示しがつかないとよってたかって説得されまして」
なるほど。
それはそうかもなあ。
ヤジマ商会の会長代理はラナエ嬢、いやラナエ近衛騎士、むしろラナエ大公名代だけど、ジェイルくんも今や子爵だ。
それに何と言ってもヤジマ商会という化物じみた巨大企業の大番頭。
動かせる資本は北方諸国の一国を軽々越えている。
しかもヤジマ大公の信頼が厚く、実質的な会長だと思われているんだよね。
ていうかそれは事実だし。
ラナエ嬢は会長代理ということで、今はむしろ経営から離れて政治的な仕事に専念しているそうだ。
だからこのジェイルくんが王都一、というよりはソラージュで最強の経済力を持っているということになる。
「私などマコトさんあっての存在です」
そうは言ってもジェイルくんも世襲貴族だからね。
自分自身の貴族家がある。
そういえばソラルさんは大丈夫なの?
「と言われますと」
「よその貴族から嫁を押しつけられたりしてない?」
それなら俺がちょっと言っておくけど。
「ご心配には及びません。
クルト子爵家はマコトさん以外のいかなる貴族家にも頼る必要がありませんので」
ジェイルくんは凄味のある笑みを浮かべた。
そうか。
そうでした。
ジェイルくんってセルリユの「影の支配者」なんだよ。
身分は下級貴族でも、下手したら侯爵や公爵でも相手にならないくらいの影響力を既に持っているんだよね。
ヤジマ商会はある意味、ジェイルくんの会舎だから。
そんなジェイルくんに何かを強制出来る奴なんか数えるほどだろう。
俺なんかの出る幕はない。
「そんなことはございません。
私は妻共々ヤジマ大公家の臣でございます。
なので、お忙しいとは思いますが」
「判った。
やるよ」
仲人? というか後見人ね。
ジェイルくんが引き上げてからユマさんに投げると頷かれた。
「ジェイル様は抵抗されたようでございますが、ミラスなどが煽ったそうです」
「結婚式を派手にしろと?」
「そうですね。
ミラス、というよりはソラージュ王家にとっても我が主の片腕たるジェイル殿は最重要人物でございます故。
強力な経済的後ろ盾でございます。
そのお立場を出来るだけ強化しておきたいということでしょう」
なるほど。
俺は既にヤジマ商会の経営から離れてしまったけど、依然として所有者であることには変わりはない。
実際、俺に入ってくる金はヤジマ商会が稼いでいるんだし。
つまりヤジマ商会の経営が上手くいってくれないと国も困るわけだ。
納税する金額は莫大なんてもんじゃないそうだし。
ヤジマ商会の納税額だけでソラージュのGDPが目立って増えたらしいのだ。
そんな巨大資本を実質的に支配下に置いている男だもんなあ。
本人はヤジマ大公の臣下だと広言していて、それは間違いないんだけど、ソラージュ王家としてもある程度は繋がりを維持しておきたいんだろう。
そういえばジェイルくんを近衛騎士に叙任したのはミラス殿下だったっけ。
それは凄い後ろ盾だ(笑)。
普通の近衛騎士はソラージュ王政府が推薦して国王陛下が叙任するんだけど、それって別にルディン陛下個人の臣下になったという事じゃない。
そもそもすべての貴族は最初から国王の臣下だから。
ルディン陛下が自分で選んだわけじゃないから、別に後ろ盾という事ではないんだよ。
でもジェイルくんの場合はミラス王太子殿下が直接叙任した。
王政府は関わってないんだよね。
ということはジェイルくんはミラス殿下の直参と見做すことができる。
実際、ジェイルくんの近衛騎士の俸給はミラス殿下の個人財産から出ているはずだし。
そんなもんはジェイルくんの年収にくらべたら誤差みたいなものだが。
それとは別に、ジェイルくんはヤジマ大公家とミラス王太子殿下の両方の後援を受けている事になる。
これって凄いことだよ。
軽小説の主人公でもあんまりいないほどの実力者だね。
「判りました。
話を進めて下さい」
「お心のままに」
ユマさんに任せておけば大丈夫だろう。
近いうちにジェイルくんの結婚式が開かれる事になる。
また嫁と一緒に参列することになるんだろうなあ。
そういえばミラス殿下の予定はどうなったんだろう。
結婚式をするの?
「まだ決まっていないようでございますね。
いずれにしてもフレア様のご出産後、御子様がある程度成長されてからのことになります。
来年の夏か秋というところでしょうか」
ならばまだ余裕があるな。
俺はしばらく遊べるわけか。
いや駄目でしょう。
「かまいませんよ?
既に大きな山は越えてございます。
これからは我が主の御手を煩わせることなく処理出来ます故」
遊んでいてもいいと。
ラッキー。
というわけで、俺は冬眠に入った。
ジェイルくんとソラルさんの結婚式まではこれといった予定はないらしい。
貴族としての仕事はあるけど、俺が積極的に動くわけじゃないし。
面倒な事は全部ユマさん率いるヤジマ財団に丸投げだ。
俺はせいぜい儀式とかで突っ立っていればいい。
イベントといえば、結婚式の打ち合わせを兼ねてクルト子爵夫妻が子供を連れてヤジマ屋敷を訪問してくれたくらいか。
クルト子爵家の跡継ぎはジェイルくんとソラルさんの良い所だけを合わせたような乳児だった。
名前は忘れた(泣)。
将来的に息子の側近になってくれそうなので祝福しておいた。
ジェイルくんたちは感激していたけど、当たり前だよね?
もう冬なのでヤジマ屋敷に閉じこもって嫁や子供たちとまったりする日が続く。
娘は寒さをものともせずに中庭を駆け回っていたし、息子も既に立ち上がれるようになっていた。
子供の成長って早いよね。
それに何と言っても助かったのは、夜寝るときに俺たち夫婦が子供たちと一緒にいる必要がなくなったということで。
ドアで繋がってはいるけど別室で眠ってくれるようになったんだよ。
夜、ヤりながら声を上げるのを我慢しなくても良くなったのは実に嬉しかった。
まあ、終わった後はシャワーを浴びてから子供達の様子を見ることにしていたんだけどね。
娘は乳児の頃、嫁にべったりで夜中にベッドに潜り込んでくるくらいだったらしいが、息子は淡泊だった。
自分のベッドから出ないで大人しく眠っているそうだ。
起きている時も幼児らしからぬ落ち着きを見せていて、ひょっとしたら転生者なのかもしれない(違)。
幸いにして起きている時の居場所としては俺より嫁の膝の上を好むため、娘との争奪戦は発生していない。
俺の膝は娘の独占所有物らしいから。
俺たち夫婦は、雪が降る午後なんかはヤジマ屋敷の居間でそれぞれ子供を膝の上に載せてのんびり過ごしている。
この幸せが続けばいいんだが。
「貴方」
「何?」
「あの……また赤ちゃん、出来たみたいです」
おめでとう?




