11.人気?
慌てて娘を降ろす。
娘はかしこまった顔付きになると礼をとってから帝国皇太子殿下の息子さんたちに優しく声をかけた。
「ごくろうさまでした。
ごぶじでなによりです」
「「お心のままに」」
王国の大公息女の前に傅く帝国皇太子子息たち。
この寸劇に周りから拍手が起こる。
いや、そんなんじゃないと思うけど。
でも娘たちは誇らしげだった。
お芝居だったらしい。
それはそうか(泣)。
本気にしかけたじゃないか。
すると不思議なくらいよく通る声がした。
「ぱぱ」
息子か!
思わず近寄るとリズィレさんが頭を下げながら腕に抱いた小さな身体を差し出してきた。
抱き取って既に整っている顔を見る。
紫色の瞳が真っ直ぐに見返してきた。
凄え。
生後1年に満たない幼児の顔じゃないよ。
俺が唖然として見つめている間に息子は手を伸ばして俺の顔に触れた。
マジか。
本物の純北方種なのかよ俺の息子って。
「貴方」
嫁の声に我に返って振り向く。
なぜかオウルさんの息子さんたちが俺の前に並んでいた。
食い入るように見つめてくる。
いや、俺じゃなくて息子をだけど。
「主上。
愚息共がご子息殿にご挨拶したいと」
オウルさんが言うので息子を抱え直して前を向かせる。
息子はオウルさんの息子さんたちを見下ろしてから一言言った。
「よしなに」
それって何?
だがオウルさんの息子さんたちは息を飲むと、その場で片膝を突いた。
「マルクでございます!
ジークフリート様」
「メトにございます」
どうしちゃったの?
メトくんはともかくマルクくんは帝国皇子なのに。
息子は今のところ何の爵位もないんだけど。
「あいわかった」
大公子息のお言葉がかけられる。
「「お心のままに!」」
帝国皇太子の息子さんたちは一層深く頭を下げてから引き下がった。
「父上!」
「ジークフリード様にお声がけ頂きました!」
息子さんたちが興奮してオウルさんに話しかけている。
「そうか。
良かったな」
「はい!」
「感激です!」
何かヤバいことになりかけているような気がするけど、俺は知らん。
息子をリズィレさんに渡すと嫁をエスコートして特別室に向かった。
身分から言って俺たちと同席出来るのは家族だけだろう。
ちなみにお互いの子供達は別室で食べることになっているらしい。
礼儀的に大変だからね。
というのは、ここはヤジマ屋敷じゃないからだ。
ヤジマ屋敷なら無礼講が許されるけど、ここはセルリユ興業舎の施設だ。
ある意味公的な場所なんだよ。
ヤジマ商会系列企業の舎員たちに見られる可能性がある。
それでなくても給仕やメイドの人たちとは接触せざるを得ないからね。
まあ、信頼出来る人たちばかりなんだろうけど、それでも帝国の貴顕と一緒になって礼儀を無視するわけにもいかない。
特に息子はまだ幼児だから、俺たちが食べさせるのは不自然だ。
だからここはヤジマ家とホルム家の大人だけの朝食会ということで誤魔化したと。
そのせいかフレスカさんの姿もなかった。
「子供達は?」
「リズィレに任せました」
さいですか。
オウルさんたちも異論はないようだった。
ユマさんはいない。
何かやっているらしい。
そしてアレサ公女も姿が見えない。
逃げたな。
貴顕専用の豪華なテーブルに着き、食事が始まった。
と言っても俺の方針でバイキング方式だ。
食い放題じゃないんだけど、食材が載ったワゴンが来るので各自が好きなだけ食材を皿に盛って食う。
ヤジマ屋敷でやっている方法をここでも用意して貰ったんだよ。
これは特にオウルさんの息子さんたちには好評だった。
食い放題が可能だし、好きなものばかり食えるからな。
オウルさんもニンジンを残すなとか細かいことは言わない。
自主性に任せているそうだ。
色々と型破りな帝国皇太子ご一家なんだよ。
皇太子妃が平民上がりでしかも軍人というのは軽小説でもなかなかないぞ。
各自が好きなだけ食材を取るとワゴンを押すメイドさんと給仕さんが下がった。
最後にハマオルさんや帝国騎士さんたちが「ごゆっくり」と言ってドアを閉める。
やれやれ。
「息子さんたちと一緒ではなくてすみません」
思わず謝ってしまった。
「当然でございます。
息子達はまだ未熟でございます故。
対外的にはヤジマ大公家とホルム皇太子家の食事会でございますからな」
オウルさんが悠々とした態度で朝飯を食いながら言う。
そうなのか。
俺はただの飯だと思っていたけど。
「主上と私との間には交渉や打ち合わせなど必要はございません。
主上が命じて私が従う。
これだけでございます」
さいですか。
特に命じる事もないのでのんびりしましょう。
俺とオウルさんが向かい合って不毛なやり取りをやっている間にも、嫁とメルシラさんは楽しそうに会話していた。
嫁が北方諸国の話題を振ってメルシラさんが答える。
そういえば嫁は北方諸国に行かなかったっけ。
ララエで妊娠が判って、俺が北方をドサ回りしている間はララエで養生していたんだった。
メルシラさんにしてもトルヌに行っただけなんだけど、そこで一応すべての国の代表と挨拶くらいは交わしたからね。
話すことはいっぱいあるようだ。
ハスィーはララエ止まりだったから北方諸国に興味があるんだろう。
ふと思いついてオウルさんに聞いてみた。
「これからどうするんですか?」
「国王陛下にご挨拶するだけでございますね。
ユマ殿よりヤジマ屋敷の近くに宿舎を用意したとの連絡を受けております」
それはそうか。
オウルさんがまだ帝国に帰るつもりがない以上、勅命を受けている俺はオウルさんの便宜を図る必要がある。
住む場所もそうだ。
だから最初にセルリユに来た時に使って貰った屋敷をまた準備したと。
やっぱオウルさん、俺にくっついているつもり満々だな。
しかしいいのかねえ。
帝国皇太子なのに。
「何とでも理屈はつきます。
すべての国と組織の連合のついても詰めなければなりませんので」
そういう錦の御旗があったか。
確かに成り行きとはいえ、ミルトバ連盟を解散させてしまったりしたからな。
しかも代わりの「国連」もでっち上げてしまった。
俺の場合、この件については国王陛下に何でもやっていいと言われているけどね。
やっは国家戦略を完全に変えてしまうような事態を引き起こした責任……はとれないからせめて言い訳くらいはしないと。
そしてそのためにはオウルさんが側にいるといないとでは結果が全然違いそうだ。
黒幕は俺と思われてはいても、あの騒動は帝国皇太子のミルトバ連盟参加から始まったわけだからね。
責任の一端はある。
そんなことを考えているとオウルさんが声を落として言った。
「ユマ殿に聞いたのですが。
すべての国と組織の連合の会議場はセルリユに作るそうでございます」
「そうなんですか?」
ヤバくない?
いや案外妙手かも。
すべての国と組織の連合、つまり国連の本部がある国は世界の中心とも言えるわけだからな。
地球の国連本部がアメリカのニューヨークにあるようなものだ。
世界最強の国家がその栄誉を担うわけか。
別に首都である必要はないけど、人口が多い都会が近くにある事が望ましい。
てことはどうしてもセルリユになるわけね。
ソラージュの首都だし。
「他の国は承知しているんでしょうか」
「根回しは行いましたが、出来レースのようなものでございました。
ソラージュは主上の母国でございますし、位置的にも納得出来る場所にございます。
帝国は南方すぎて北方諸国の方々から見れば力を振るってごり押ししたように思われるかもしれません。
北方諸国は論外。
ララエやエラは別の意味で相応しくないとしたら、やはりソラージュしかございませんので」
消去法か。
まあ、それが一番いいんだろうね。
セルリユだとちょっと南過ぎる気がしないでもないけど、だからといってエラやララエというわけにもいかない。
「国連本部の場所も決定済みとのことでございます。
セルリユ港に面した土地を選定したと聞いております」
仕事早っ!




