25.インターミッション~マタムロ~
海流に乗って真っ直ぐ南に下る。
今年生まれの子鯨がいるから速度は控えめに。
若い衆はブツブツ言っているが、この回遊は外せない。
次の世代が世間知らずになってしまっては困る。
鯨は世界中の海を知ってなんぼじゃ。
経験値を上げんとな。
近海をウロウロしておるだけでは歌に深みが出てこない。
最近の若い衆はろくに経験も積まないうちから歌いたがるが、それでは歌十傑なんぞ永遠に夢に過ぎんぞ。
「親分。
今いいか?」
若頭のタワサレが寄ってきて言った。
「なんじゃ?」
「さっき定期便のトリが伝えてきたんだが、ちょっと東に群れがいるらしい。
どうも、そいつらは鯨連合会議にまだ登録してないようだと」
何と。
さては噂を聞き込んで来おったか。
わしらマコトの叔父貴と契約した鯨は全員、鯨連合会議に所属することになっておる。
群れは皆対等で、その席でヤジマ商会の配下団体としてお互いに利害調整したり、鯨劇場の出演順を決めたりするわけじゃ。
建設中の劇場もあるとはいえ、鯨劇場の数は限られとる。
どこかで調整しないと出演順番争いですぐに抗争が始まりかねん。
それでとりあえず上手くいっておるのじゃが。
問題はまだ鯨登録していない群れじゃ。
マコトの叔父貴の事を聞きつけた鯨の群れが噂を頼りにいきなりやってくることがありよる。
当然、そやつらはヤジマ商会の規則を知らん。
騒ぎを起こす前に仁義を切らせるのも登録組の役目じゃ。
「よかろう。
そやつらの所に案内せい」
「合点だ。
親分」
若頭は潮を吹くと離れて行った。
見ていると上空を旋回していた鳥がタワサレの頭に舞い降りて何か話しておる。
ヤジマ航空所属の海鳥が空中偵察してくれよるおかげで、わしらは余計な面倒をおこさんでよくなった。
何でも鯨連合会議が提携しちょるヤジマ海上警備のサービスで、ヤジマ航空と契約して長距離飛行が可能な大型の海鳥が定期的にわしらに連絡をつけてくれとるわけじゃ。
まあ、外洋に出てしまえばあまり頻繁に接触してくれなくなるのじゃが、それでも連絡がつけば怪我や病気を負った場合は医療船の派遣を要請出来ると言われておる。
わしらの群れはまだ救急船を呼んだことはないが、噂ではヤジマ医療の医者が来てくれるとか。
最初は金がかかるのではないかと危惧しておったが、その費用は鯨連合会議が群れから徴収しとる積立金から払われるということで驚いた。
何でもこれはマコトの叔父貴が導入した「健康保険」という制度で全員で治療費を負担するのだとか。
さすがはマコトの叔父貴じゃな。
常に鯨のことを考えてくれちょる。
そんなことを考えているとタワサレと話していた鳥が飛び立つのが見えた。
東の方に飛んでいく。
「親分。
こっちだ」
「判った」
わしらはタワサレの先導で向きを変えた。
ふと思いついて先頭のタワサレに並ぶ。
「で、どういった奴等だと?」
「規模的にはうちの群れと大差ないらしい。
ただ、子鯨はあまりおらんようだと。
鳥の話では南の方で鯨連合会議の噂を聞いて、それではということでやってきたそうだ」
それから、とタワサレは声を潜めた。
「上から見たら、その、連中の背中はかなりヤバかったらしい。
やっと泳いでいるような鯨もいるとかで」
そうか。
苦労しとるようじゃな。
わしは隣を泳ぐタワサレの背中を見た。
綺麗なもんじゃ。
やはり定期的に「鯨類背中清掃サービス」のお世話にならんと長生き出来ん。
「鯨類背中清掃サービス」はヤジマ商会と契約しちょる海洋生物が受けることが出来るサービスで、鯨連合会議の登録者なら誰でも妥当なお値段でかかることが出来よる。
鯨は長く泳いでいると背中や腹に色々生えたり傷が広がってそこに寄生されたりしよるからの。
普通は海鳥などが掃除してくれよるのじゃが、あやつらは気まぐれで来て欲しい時に限って姿を見せんという問題がある。
そこでマコトの叔父貴が導入したのが「鯨類背中清掃サービス」じゃ。
これにかかると人間の専門家が鯨の背中や腹を丁寧に手入れしてくれる。
終わったら生まれ変わったように身体が軽くなりよる。
一度かかるともうそれなしでは生きられん。
もちろん無料ではないので稼がにゃならんのじゃが、最近は鯨向けの仕事も色々出来ちょる。
例えばヤジマ商会の配下企業のヤジマ海洋警備やヤジマ芸能の海洋部門などじゃな。
群れとしてそこと契約すれば仕事を斡旋して貰えるわけじゃ。
ヤジマ海上警備の仕事は人間の船に同伴して海路をあっち行ったりこっち来たりするだけの簡単な内容じゃ。
しかも船に乗った人間がわしらの歌を聴いてくれよる。
歌は誰かに聴かせてなんぼじゃ。
そういう意味では楽しみでもあり、経験値を上げる練習にもなる美味しい仕事なのじゃが。
群れの中にはそれですっかり味を占めてしもうて、警備の仕事ばかりやっておるものもあると聞く。
じゃが、それでは歌から深みが失われるし、いつも同じ主題でしか歌えなくなる。
じゃからマタムロ組は遠征に出とるわけで。
「親分!
こっちだ!」
タワサレが呼ぶので行って見ると、見慣れん鯨がいた。
わしとほぼ同等の身体じゃが、何となくみすぼらしく見えるのはなんでじゃろう?
ああ、そうか。
背中に色々生えちょる。
外から見るとよう判るな。
「こっちが俺らの群れの長のマタムロでやす。
キリソロ殿。
親分。
こちらがキリソロ組の」
タワサレが紹介してくれたのでわしは潮を吹いた。
「マタムロという。
ここら辺は初めてか?」
キリソロも礼儀として潮を吹いた。
仁義はしっかりしちょるようじゃな。
「キリソロだ。
マタムロ親分。
初めてお目にかかる。
そうだ。
ここまで北上してきたのは今回が初めてだ」
キリソロはわしより若いらしかった。
新参者としてわしを立ててくれる態度には好感が持てる。
これは思ったより楽に行きそうじゃな。
「そうか。
何しに来たのか聞いてもよいか」
「もちろん。
というか判っているのだろう?」
そう、判っとる。
さっきから相手の群れの鯨たちが熱っぽい目でこっちを見よるのが判る。
いや求愛ではないぞ。
「噂を聞いてきた」
キリソロが言った。
「北の海で奇跡が起きていると。
そこに住む鯨は皆、思う存分歌を歌い、身体が若返り、永遠に生きると」
「いや、最後のはデマじゃが」
思わず応えてしまったが、キリソロは頷いた。
「それは判っている。
だが南で遭った群れのもんは全員が綺麗な身体だった。
あんたらも同じだ。
なあ、噂は本当なのか?」
必死じゃな。
鯨の縄張りなどあってないようなもんじゃが、それでも見知らぬ群れが割り込んでくることは歓迎されない。
普通は。
じゃがマコトの叔父貴は懐が広い。
新参者でも歓迎しろという命令が出ちょる。
運が良かったの。
「どういう噂なのか知らんが本当じゃよ。
ヤジマ商会の杯を受けるのは難しくない。
もちろん規則に従えばじゃが」
「それはありがたい。
俺たちはそろそろ限界で」
さもありなん。
まあ、わしの見たところあと数日くらいは大丈夫じゃろう。
「まっすぐ北に向かえ。
ヤジマ航空に伝えておくから、鳥が案内してくれるはずじゃ」
「助かる」
キリソロが潮を吹いた。
「みんな聞いたか!
助かったぞ!」
すると群れの鯨も次々に潮を吹く。
「本当でっか!
長!」
「あっしはもう駄目かと」
かなり参っておるようじゃな。
大丈夫じゃ。
マコトの叔父貴は受けてくれよるよ。
「マタムロの紹介じゃと言ってくれ」
「本当にありがたい!
出来れば杯を交わしたいが」
キリソロが言ってくるが、わしらには用があるのでな。
「戻ったら、の。
それまでお預けじゃ」
「恩に着る!
マタムロの兄貴!」
それはまだ早いじゃろうが。
さて。
これで新規勧誘のお役目も果たしたし、後は若い衆に南の海で新しい経験を積ませるだけじゃ。
これが仕事になるんじゃから楽なもんじゃな。
実は新しい群れを勧誘するとヤジマ商会から報奨金が出るのじゃが。
それを目当てにあちこちの海で勧誘しまくっとる群れもおるそうじゃ。
ゆくゆくはすべての鯨がマコトの叔父貴と杯を交わすことになるじゃろうて。
ヤジマ商会の下に海洋生物が統一されれば平和になって、思う存分歌を歌えるというもんじゃな!




