6.私兵候補?
ラナエ嬢は、言葉を切るとそのまま立ち上がった。
子供達に向けて「ごちそうさまでした。美味しかったわ」と声をかけていく。
言われた子供達は、男も女も一様に顔を紅潮させて最敬礼していた。
すげーカリスマだな。
ハスィー様の親友というだけのことはある。
アレスト興業舎の真のボスが誰か、みんな判っているんだろう。
もう、ホントに俺、いらないんじゃないの?
「それではマコト様、お先に失礼します」
ラナエ嬢は、最後に俺に礼をして去っていった。
少年達がぽかんと俺を見つめている。
ホントに凄いよラナエ嬢。
俺が、自分より上位だと印象づけやがった。
しかも、俺が何をする必要もない。
去りがけに、ホトウさんに目配せしていったからな。
「さあて君たち。ラナエ様のお言葉を聞いただろう? 食事の分を返して貰おうか」
ホトウさんの言葉に、少年たちはごくりと喉を鳴らして頷いた。
怖いよ!
猫に前足で押さえつけられた状態のネズミだよ!
そのままドナドナで連行される少年たちを見送っていると、シルさんが来た。
「さすがです……ね、マコト……さん」
何がですか。
それより、公的な口ぶりは似合わないから止めてください。
シルさんが頷いて、囁くように言った。
「もちろん、場の治め方だよ。最初から見ていたが、マコトが出て行かなければ連中、下手すると監獄行きだったからな」
そうなのか?
まあ、確かにギルドの直轄施設に押し込もうとしたわけだし。
「また許可なしに動いたって、叱られそうですけど」
「ん? 計画通りじゃないのか? ちょうど、アレスト興業舎の私兵が欲しいと思っていたところだ。連中、鍛えれば使えるかもしれん」
私兵って!
アレですか? Zガン○ムで出てきたティ○ーンズみたいなもの?
そんなこと考えていたんですか!
ていうか、俺が計画していたと?
もういいや。
俺は知らない。
でも気にはなるな。
「どうするんですか?」
「使えるかどうか試して、やれそうならホトウに鍛えさせます。
事業推進のための、下働きが欲しいと思っていたところですから、連中の仲間も雇用することになると思います」
シルさんが部下モードに戻った。
シイルや子供達が集まってきたからな。
俺も上司モードに移行するか。
「お願いします」
シルさんは、俺に礼をして去っていった。
ホントにどいつもこいつも、芝居ばかり上手くなりやがって。
俺も含めて。
「マコトさん、ノルたちはどうなるんでしょう」
シイルが心配そうに聞いてきた。
あの男の一人はノルというのか。
「知り合いか?」
「はい。昔は、仲間でした。身体が大きくなったので、もう仕事ができるからと仲間を離れたんですが……うまくいかなかったみたいで。
悪い奴らじゃないんです」
俺は、シイルの頭をポンポンと叩いて言った。
「大丈夫だ。使えるかどうか確かめて、大丈夫そうならここで雇うことになる」
「え? でもあいつら、青空教室にも参加しないんですよ?」
「そういう連中には、それなりの使い道があるんだよ」
シイルは、初めて安心したように笑った。
悪いけど、俺は別に神様でも善人でもないからね。
つまりそれは現場の下っ端ということだ。
消耗品とも言う。
お勉強しない奴には、それなりの仕事があるというだけで。
俺に感謝とかするなよ。
俺、なんであんなことをしたのか自分でも判らないんだし。
いやいやいや!
そもそも、下っ端サラリーマンの俺にそんな戦略とかあるはずないだろう!
シイル、その目つきはやめろ!
「マコトさん、ちょっといいですか?」
アレナさんが呼びかけてきたので、バックレることにする。
「それじゃあな。頑張れよ」
「はい!」
元気がいいなあ、シイルたち。
今頃になって、課長の苦労が判った気がする。
俺みたいなドジな新人押しつけられて、大変だっただろう。
口を開けば小言の嫌な奴だったけど、仕方がなかったんだろうな。
俺は、ああなりたくないなあ。
直属の部下なんか拒否しよう。
ていうか、部下も何もいらん。
「マコトさん、すみません。サインしていただきたい書類が溜まっているんですが」
サインね。
管理職の仕事ですか。
ああ、投げ出したい!
「判りました」
「こちらです」
ドナドナだよな。
それから俺は、事務部門の作業机でひたすらサインをした。
本当なら舎長執務室で決裁するはずが、まだ俺の部屋どころかデスクさえないのは前述の通りである。
別にいいんだけどね。
アニメとかでよく出てくる、主人公が机の上に山と積まれた書類をひたすら処理する事態には陥りたくないし。
ていうか、俺はまだ複雑な字が読めないので、正直書類に何が書いてあるのかさっぱり判らない。
ひょっとしたら、俺の解雇辞令かもしれない。
でもいいのだ。アレナさんの言うとおりにしていれば問題ない。
ないはずだ。
ところで、こっちの世界では欧米式に、書類の決裁はサインである。
といってもアメリカみたいに筆記体で名前を書くんじゃなくて、ちょうど判子みたいな様式化された印を手書きで記入するのだ。
俺は、もちろんそんなの知らないので、アレナさんに考えて貰った。
丸書いて斜めでチョン、程度のものだが、これでヤジマと読めるらしい。
地球のサインもそうだけど、別に意味が通じる必要はない。用は、その字体の所有者がチェックしたということが判ればいいので、それでいいようだ。
こっちでも決裁用の書類(さすがに紙だった)は階級が下の方から順番にサインしていって、最後にトップが決裁する方式なので、俺がサインすればその書類が効力を発揮するらしい。
権限者はハスィー様のはずだけど、俺に権限を移譲しているということだった。
ああ、嫌だ。
何が嫌だと言って、責任を負うのが嫌だ。
どうしてこんなことになったのかなあ。
下っ端冒険者として、装備担いで歩いている方が気楽だったのに。
でも、今更戻れないしな。
そもそも俺が冒険者になれるとは思えない。
どうしようもないか。
「マコトさん、済みましたか?」
「はい。疲れました」
「では次、これをお願いします」
鬼か!




