20.英雄?
初代帝国皇帝陛下って誰かに呼ばれたのか。
まさかスウォークが?
「違います。
我等にそんな技術や能力はありませんよ。
出来るのならもっと前にやっています」
ごもっとも。
「純然たる偶然です。
……今まではそういうことになっていたのですが」
何?
新説でも出たんですか?
「マコトが現れましたからね。
実際、マコトはヴァシールと同様にたった一人で現時点での各国の憂いをすべて払ってしまいました。
あまりにも都合が良すぎる事が逆に問題です。
一度なら偶然と言えますが、二度目になると誰かの意図が働いていたのではないか、という疑いが濃くなるので」
ラヤ様の口調からはその説に賛成なのか反対なのかよく判らなかったけど、ないない。
これは軽小説じゃないんだし。
そもそもこっちの世界には召喚魔法とかないからね。
ファンタジーじゃないんだよ。
魔素はあるけど(泣)。
「でも、その説が正しいとすると初代帝国皇帝陛下と我が主の両者を百年以上の時間を隔てて召喚したことになります。
少なくとも人類や僧正様が個人で出来ることではございません」
ユマさんは論理的に推理を進めている。
良かった。
この人は盲信なんかしないからな。
「だとすれば何らかの意図を持った集団が存在するということになりませんか。
それも継続性を持った強固な組織が」
陰謀論に走らないで!(泣)
「そうですね。
ただ、それだけの能力と意思を持つ集団の噂も聞かないということはあまり考えられません」
「つまり未知の知的生命と」
今度はオカルトになっているよ!
「判っていますよマコト。
今はその件については置いておきましょう。
ヴァシールもマコトもこの地に降臨した。
それがすべてです」
「そうでございますね。
失礼致しました」
「降臨」かよ。
いやもういいです。
何とでも言って下さい。
しかし俺は誰かに召喚されたかもしれないのか。
何で俺なんかを。
もっと有能な奴とかいくらでもいるだろうに。
「我が主以上の方はおられません」
ユマさんに断定されてしまった。
そうなのかもなあ。
いや俺が有能とかの理由じゃなくて。
俺は触媒なんだよ。
危機に陥りかけていた世界を救うのに、自分で剣を振るう勇者は無用だったのかもしれない。
だってもし世界が救われるとしたら、それを行うのはその世界に生きる人(と野生動物)だからね。
今も実際に動いているのは俺なんかじゃない。
嫁であり略術の戦将であり、その他の有能な人たちだから。
俺がやったことって既に装填されていた拳銃の引き金を弾いたことくらいか。
「そうかもしれませんね。
でもそれはマコト以外には出来なかったことです。
百年前の南方の騒乱を終わらせる事が出来たのが初代皇帝しかいなかったように」
それはそうだろうね。
初代帝国皇帝陛下は帝制ロシアのコサック騎兵だ。
しかも、どうやら貴族階級だったらしい。
馬術にも長けていたし、もともと軍人だから自前の戦闘力と度胸がある。
俺なんかよりずっと容易に精神衝撃を使えたはずだ。
戦乱の最中なんだから本人に戦闘力がなかったらあっという間に殺されて終わりだっただろうからね。
例えば俺みたいなのが当時の南方に転移したら1日ももたなかったに違いない。
初代帝国皇帝陛下は平和主義だったみたいだけど、それが受け入れられたのは実力を示したからだ。
力がない者がいかに理想を説こうが無視されるだけだ。
特に戦乱の最中には。
あー良かった。
今が平和で。
「マコトはまた別の方法で世界を統一しましたからね。
むしろヴァシールの手順が悪かったとも言えます。
帝国を建国して何とかまとめるだけで終わってしまいましたから。
そういう意味ではマコトの方が上です」
「とんでもないです。
俺が世界統一したとかいう話も間違いですし、それ以上に俺は何もしてませんので。
何かを成し遂げたとしたら、それはみんなの力ですよ」
思わず反論するとラヤ様とユマさんは顔を見合わせた。
何?
俺は真実しか言わないよ?
「そういうことにしておきましょう。
とにかくヴァシールも騒乱状態にあった現在の帝国領土に存在していた領地貴族たち、当時は王国でしたが、その統治者たちを従えていきました。
いちいち会って説得するという非効率な方法ですが、確かにそうすれば遺恨も残らず統一は順調で反乱等も起こりません。
時間がかかるのが欠点といえますが、大した問題ではありません。
ホルム帝国の中核となる領地がまとまってしまえば、後は順番に平定していくだけですから。
あの時代には最適な方法と言えます。
当時の我等の記録では、それを成し遂げたヴァシールのような人間をどうすれば作れるか研究しようとした動きもあったようです」
それは無理なのでは。
人間は遺伝と環境と運みたいなものが混ざり合って出来上がるからね。
意図して初代帝国皇帝陛下やオウルさんみたいな異能を作れるはずもない。
そういう言い方をするなら俺を作るのだって無理だぞ。
でも似たようなのは大量生産できるかもなあ。
サラリーマンだから(笑)。
「我が主ほどの方を量産、いえ複製すら可能だとはとても思えませんが。
いずれにしても我が主がいらっしゃる以上、その他の方など無用でございます」
ユマさんの性格というか思考ってだんだん過激化しているような気がする。
俺の対抗馬でも現れたら殲滅しそうだな。
俺としては、いつでも役を譲りたいところなんだが。
まあいい。
とにかく初代帝国皇帝陛下が帝国を建国し、その過程でソラージュの方に進出しかけていた連中も配下に治めて結果的に侵攻を阻止したんだろうな。
出来たばかりの帝国としては、まだ国内が落ち着いてもいないのに北方の国と諍いを起こすのはまずいからね。
幸いにしてソラージュを始めとした北方諸国には南方に逆侵攻するほどの国力がなく、むしろ砦を築いて防備を固める構えだったと。
初代帝国皇帝陛下もほっとしただろうね。
「そのようです。
以後、帝国はしばらくの間は国内の地固めに専念することになります。
当時の我等はホルム王国を通じてかなり早い時期からヴァシールに接触し、全面的な協力を申し出たようです。
我等にとっては救世主のような存在だったでしょうからね」
なるほどなあ。
教団が帝国に根付いたのはそういう理由か。
初代帝国皇帝陛下の方も教団の協力が得られれば大助かりだっただろうし。
そういえば北方はどうなったんですか?
「落ち着きました。
それもヴァシールの功績と言えなくもありません。
少なくとも間接的にはそうでしょう」
ラヤ様がよく判らない事を言った。
「というと?」
「帝国の建国前に領地連合軍が山脈を越えてソラージュに侵攻したことで、当事国のソラージュはもちろんエラやララエ、更には北方諸国までが警戒態勢に入ったのですよ。
当時のソラージュは王国の体裁はとっていてもエラから逃れた者共が建国した弱小国家だと思われていましたから。
それは当たらずとも遠からずでしたし、ソラージュが破れれば次はエラやララエ、そして北方諸国も危険に曝されます。
あり得ない事ではありませんでした。
その証拠にソラージュの軍は何とか山脈の南まで侵攻軍を追い返したものの、それだけで息切れしていたそうです。
追撃どころか再度侵攻があれば粉砕されていたかもしれなかったと記録にあります」
そうか。
そんなことになっているんだったら、確かにお互いに争っている場合じゃないよね。
しかもその後、南方は帝国としてまとまった。
強大な統一国家が出来てしまったんだよ。
ソラージュに侵攻してきた軍隊は現在の帝国領の北方にあった小王国の連合軍だったらしい。
指揮系統も統一されていなかっただろう。
むしろ烏合の衆だったかもしれない。
そんなバラバラの状態でもアレスト市辺りまで一時期は占領されたと。
「ソラージュ救援のための義勇軍が各国で結成されて、当地に送られたそうです。
帝国国境の砦はその者共の協力で築いたと聞いております」
ユマさんが詳しいところを見せた。
この辺りは略術の戦将の専門分野だからな。
ララエの公都サレステにある元巨大要塞を要する補給基地、つまり現ヤジマ男爵領で訓練されたララエ兵もあそこから出征していったんだろうね。
そしてソラージュと帝国の国境の要塞で任務についたと。
そうか。
初代帝国皇帝陛下は帝国を建国することで、結果的に山脈の北側諸国の潜在的脅威になったんだな。
北側にとっては凄い圧力だろう。
帝国以外の国は、あまりにも強大過ぎる国家が南方に誕生したことでお互いに争うどころじゃなくなったわけだ。
それどころか一種の軍事同盟を組んだ形になってしまった。
初代帝国皇帝陛下凄い。
たった一人で帝国のみならず既知世界すべての争いを治めてしまったと。
さすが英雄。
十数人も正室を娶っただけのことはある(違)。
「ヴァシール本人が意図していたかどうかは不明です」
感動に浸っているとラヤ様が雰囲気をぶち壊した。
「記録によればヴァシールは生涯にわたって『こんなの僕の仕事じゃない』とか『そんなつもりじゃなかった』などと言い続けていたそうですから」
やっぱそうか。
初代帝国皇帝陛下って何となく俺と同類の臭いがするもんね。
面倒くさいから嫌なんだけど、しようがなくやっているというような。
「その通りです。
マコトの行動は記録に残るヴァシールとそっくりですよ」
「我が主は帝国初代皇帝の再来、いえかの方を遙かに超える御方でございますから」
違うわ!




