5.悪ガキ?
言い争っているのは子供達らしかった。
シイルが「失礼します」と言って飛んでいったが、それを黙ってみているわけにもいかない。
俺はシイルの言わば身元引受人なわけで、シイルがトラブルに巻き込まれたのなら対処するしかない。
立ち上がって駆け寄ると、どうやら数人の男たちがここに入り込もうとしているのをシイルの仲間達が阻止しているようだった。
男たちといってもよく見たらシイルたちとそんなに違わない、まだ大人になるかならないかの年頃の連中である。
それでも発育がいいのか全員がシイルより頭ひとつ大きく、つまり俺と同じくらいあって力任せに押し込もうとしているようだ。
「だから、俺たちも入れろよ!」
「腹減ってるんだからよ!」
「駄目だよ!
お前達は、青空教室に入ってないじゃないか!」
「絵本なんか見てられっかよ!」
「ここはギルドの施設だよ!
勝手に入るとギルドに捕まるよ」
「じゃあなんでお前らはいいんだよ」
「邪魔するんじゃねえ!
どけよ」
なるほどな。
前に絵本を盗んで売ろうとしていた連中か。
もう身体はでかくなっているんだが素行が悪くてどこにも雇って貰えず、かといって半端仕事をやる気にもなれず、トラブルメーカーと化していると前にシイルが言っていたな。
大方、ここで子供達が無料の食堂を始めたとか聞いて自分たちもありつこうとやってきたんだろう。
正当性はないから追い返すのが筋だな。
でも、そうしたら後で子供達が難癖つけられるかもしれない。
ここは俺がギルドの権威でもってちょっと脅して追い出すのがいいかも。
俺自身はともかくギルドの制服が物を言ってくれるはずだ。
そう思って口を出そうとした途端、ホトウさんが俺のそばを擦り抜けた。
そのまま俺を庇うように前に出る。
素早い。
さすが一流の冒険者。
「何か用かな?」
俺からはホトウさんの背中しか見えないけど声を掛けられた連中が一斉に押し黙ったところをみると、例の「鷹の目」が発動したんだろう。
別名「ゴ○ゴの目」。
大抵の人はいきなりホトウさんを見たら、猫の前に放り出された雀になってしまうからな。
凍り付いたように動かなくなった悪ガキを一渡り見てホトウさんはため息をついた。
そして親指か何かでプチッと……。
「ちょっと待ってください」
え?
今言ったの、俺?
「君たち仕事を探しているのか?」
俺が言っているらしい。
ホトウさんがすっと俺の前からどいてくれたので、俺はスタスタと進み出た。
何やってるの俺?
わざわざトラブルを引き込むなっての。
「ここで昼食を食べたいということはそういうことかな?」
シイルの胸元を掴んでいる男をのぞき込むようにして言う。
ああ、判ったよ俺。
もう自由にやってくれ。
何、危なくなったらホトウさんがいるから大抵のことは大丈夫だ。
その男は、というよりはまだ少年は慌ててシイルを放して後ずさった。
何怯えているんだろう。
「お、俺たちは何も」
「でもここで食事が出来ると聞いてきたんだろう?
食べていないのか?」
「あ、ああ。
昨日から何も」
「そうか。
では今日だけは私が許可するから食べていい。
もう暴力をふるわないと約束できるか?」
あーやだ。
俺、分別ある大人みたいじゃないか!
下っ端サラリーマンが何偉そうに。
でもこいつらにとって俺は大人の社会人だからな。
ぺーぺーの平社員でも中学生に対してなら優位に立てる。
その中学生が身体だけはこっちと同じくらいでかかったとしても。
それに俺の後ろにはホトウさんがいるし。
その事実が俺に力を与えてくれる。
シイルは乱れた胸元を直しながら少年達を睨みつけていたが、しぶしぶ道を開けた。
少年達がゾロゾロと入ってくる。
7、8人というところか。
揃いも揃って服装が乱れていた。
シイルたちが粗末ながらもきちんとした恰好をしていたのに対して、こいつらは洗濯もしない古着を着続けているようなみすぼらしい姿だ。
ちょっと臭うし。
で、これからどうするんだ俺。
だが心配することはなかった。
いつの間にかホトウさんたちがそいつらを誘導して一列に腰掛けさせていた。
全員、虚勢が消え失せておどおどしている。
ホトウさんを初めとして鍛え抜かれた冒険者とか警備隊や騎士団の制服、それに正規のギルド服を着た職員に囲まれているからな。
みんな騒ぎを聞きつけて出てきたらしい。
「何事ですの?」
ラナエ嬢が俺のそばに来て言った。
それをみた少年達が縮こまる。
まあ、ヒラヒラドレス姿のラナエ嬢はどうみても貴族、それもかなり高位の令嬢にしか見えないからな。
実際にもそうだし。
街のチンピラ風情では前に立つことも出来なかろう。
「何でもありません。
新しい友人たちを昼食に招待しただけです」
「そうですの。
それではわたくしもご一緒させていただきます」
乗るね、ラナエお嬢様。
後は任せた。
と言いたいところだがそれはまずいので、俺もラナエ嬢と並んで少年達の正面に座った。
俺の隣にはホトウさんが腰掛け、ラナエ嬢は騎士団のイケメン氏がエスコートする。
その隣には警備隊の何だったかのマッチョ氏がついた。
俺はギルドの上級職一般服を着ているから、少年達からみたら貴族の令嬢をギルド、騎士団、警備隊、冒険者がガードしているようにしか思えないだろう。
実際にはラナエ嬢は守って貰わなければならないほど弱くないんだけどね。
特にこういった社会的な慣習が支配する場では。
アレスト興業舎の階級的にも、貴族であることは拭きにしてもシルさんと俺以外の全員より高いし。
みんな無言だった。
異様なムードの中、アレスト興業舎の舎員食堂の飯が運ばれてくる。
ケイルさん監修とはいえ子供たちが作った飯だから、マルト商会の飯場と同様にパンとシチューしかない。
それだけ出来れば立派だと思うけど。
それぞれの前にシチューの器とパンが並んでも悪ガキたちは「待て」をかけられた犬のように動かない。
ラナエ嬢を見ると、ちらと笑みを浮かべて徐にスプーン/フォークを取り上げた所だった。
「いただきます」
この言葉というか儀式、なぜか日本と同じなんだよね。
欧米みたいに食事の前に神に祈りを捧げるようなことはしない。
ただし俺にそう聞こえているだけで、ひょっとしたら大地の恵みに感謝とかしているのかもしれないけど。
ラナエ嬢は大胆にパンを囓るとスープを飲んだ。
この人が学校で王妃候補から外された理由が判るな。
貴族にしては型破り過ぎる。
ラナエ嬢に比べたらハスィー様の方がよほど常識人だろう。
ラナエ嬢が食事を始めた途端、お許しが出たかのように悪ガキ達は一斉にシチューとパンにかぶりついた。
飢えてたんだな。
俺はシチューを一口飲んでみた。
結構イケる。
少なくともマルト商会の飯と互角だ。
向こうはプロが作っていることを考えれば、立派なものだ。
パンはどこからか仕入れているらしく、いつものパンだった。
これなら値段さえ勉強すれば食堂としてやっていけるんじゃないか?
思わずラナエ嬢を見ると彼女も俺を見返してちょっと頷いた。
俺と同じ事を考えたな。
アレスト興業舎もいずれは飲食業に進出するかもしれない。
この事業には、フクロオオカミは使えないだろうけど。
しかしラナエ嬢って一体何者なんだろう。
由緒正しい貴族のお嬢様であることは間違いないはずなのに、庶民に混じって平気でこんな庶民食を食べる。
しかもどうみても街のチンピラたちの真正面で。
それが平気な令嬢というのは軽小説くらいにしか出てこないはずなんだが。
謎が多いな。
そんなことを考えているうちにみんなの食事が終わったようだった。
飯を食い終わって逃げ出したそうにしている少年たちにラナエ嬢が声をかけた。
「それで、あなたたちは何者なのですか」
みんな下を向いているぞ。
それはそうだ。
気圧されて何も言えるわけがない。
「ここはアレスト興業舎です。
この食堂はアレスト興業舎の舎員の食事を提供する場です。
従って舎員でない者は食事できません」
シーン。
こいつら腹が満たされて現状がやっと判ってきたみたいだな。
ギルド直轄の施設で狼藉を働いてしまったわけだ。
お先真っ暗だ。
「ということであなたたちはアレスト興業舎に借りを作ったということになります。
借りは返して貰いますよ」
少年たちは見て判るほど震え上がった。
可哀相に。




