6.ソラージュ代表?
広い会議場? には緊張感がみなぎっていた。
これまでの有象無象の演説とは訳が違う。
ミルトバ連盟に所属していない大国の代表者の登場だ。
言ってみれば参列者というか傍聴人みたいなもんだから何の権限もないんだけど、何せ大国だからな。
その主要な領地ひとつが自分たちの国に匹敵する国力があるんだよ。
北方諸国って広いけど人口が少ないからね。
こっちはまだ江戸時代だから、人口がすなわち生産力であり国力だ。
ララエみたいな貿易立国でもそれなりの生産力を持っている。
なぜなら効率的な輸送手段がないから、自分の所で使うモノは基本自分たちで生産するしかないんだよ。
簡単に言えば食料自給率。
日本は国民が食う物の多くを輸入に頼っているけど、それは一億二千万人の人を養うだけの輸入手段と能力があるからだ。
経済力を含めて。
特に日本は島国だからね。
数万トンクラスの貨物船や数十万トンのタンカーが大量に動いてモノを運んでいるからこそ、俺たちは自動車や電車に乗れるしオーストラリア産牛肉とかアメリカ産トウモロコシなんかを食えるわけで。
こっちの世界にはそんなもんはまだないので、少なくとも自分で食う分は自分が住んでいる近くで作るしかない。
大学の政治学だったか経済学だったかの講義で習ったけど、江戸時代の日本の人口のピークは三千万人だったそうだ。
その前の戦国時代はもっと酷くて千二百万人程度だったとか。
動力機械がないと、そのくらいしか養えないんだよ。
食い物を人力とか動物力で生産するのは効率が悪いし、それを運ぶのも大変だ。
飢饉でもあったら餓死者が出る。
文明開化して明治時代になってから人口は増えたんだけど、それでも第二次大戦終了時で七千万人程度だった。
国力がその程度だったんだろうね。
話が逸れた。
北方諸国は、そういうわけで人口が酷く少ない。
北に行くほどそれは顕著で、そもそも都市や街があるのは王都周辺だけという国すらあるらしい。
あとは集落が点々と存在しているだけだそうだ。
だから国の広さと国力がまったく比例していない。
それは地球でも同じで、例えば世界でも指折りの国土面積を持つロシアってGDPで言ったら二桁台だったりするからね。
シベリアなんか日本がいくつも入るくらい広いけど、まったく使われてなかったりする。
北欧諸国も面積は広いが生産力という点では微々たるものだ。
誰も欲しがらない土地だから国が成立しているだけらしい。
今の地球は科学が発達して鉱物資源とか色々あるからそうでもないけど、こっちの世界では土地だけあっても面倒なだけだ。
しかも野生動物がいる。
正直言って北方諸国では人間より野生動物たちの勢力の方が遙かに強い。
だからミルトバ連盟にも野生動物を入れたらどうかという話があって。
まあいい。
ミルトバ連盟の皆さんたちが固唾を呑んで見守る中、最初の代表者が舞台(違)に上がった。
まだうら若き女性。
美少女というよりは美女。
簡素なドレスを纏ってはいるけど、凜とした態度が大国の代表らしい雰囲気を醸し出している。
司会者の人が叫んだ。
「ソラージュ王国第一王女殿下、レネ・ソラージュ殿!」
トップバッターはソラージュ代表だった。
レネ王女殿下は俺の結婚式辺りで初めて会ったっけ。
ミラス殿下よりかなり年下で、当時はまだ美少女だった。
今は背も伸びたけどまだ面影があるな。
ていうかレネ王女、何か女装したミラス殿下にそっくりなんですが(笑)。
むしろレネ王女の方が凜々しいぞ。
ぼーっと見ていたらレネ王女が話し始めた。
「ミルトバ連盟の皆様。
ソラージュ王国第一王女レネでございます」
高く透き通ってよく通る声だ。
それでいて声量もある。
さすが。
レネ王女は大国の王女らしく、堂々たる態度で挨拶を述べた。
内容は特になかった。
ソラージュは北方諸国と国境を接しているわけじゃないし、あまり接触がないからね。
交易にしても海路は大回りで陸路はエラやララエを通るしかない。
歴史的にもあまり関係がないそうだ。
ソラージュはもともとエラ王国での政争に敗れたかどうかした豪族なんかが南に逃れて作った国とかで、エラとは戦りあってもその北方とはほとんど交流がなかったと聞いている。
どうでもいいとまでは言わないけど、あまり積極的に関与したい国じゃないんだろう。
なのになぜ第一王女を代表として送ってきたのかというと、他の列強諸国がそれぞれ国を代表するような人を出したかららしい。
帝国皇太子もいるからな。
世界最強国家のナンバー2だ。
ソラージュだけ適当だったり欠席というわけにはいかなかったんだろうな。
「もっと大きな理由がございます」
助言役として俺の後ろの席にいるユマさんが教えてくれた。
「そうなの?」
「そもそもこの地には既にソラージュ王国大公の我が主がおられます。
国の代表というのならば大公位を持つ我が主で十分なのでございますが」
「代表としては弱いと?」
「逆です。
我が主はあまりにも力を持ちすぎておられます。
北方諸国は事実上、我が主の領地のようなものです。
そのような状況でソラージュ代表を我が主が務めると」
なるほど。
それはまずいよね。
ソラージュが北方を征服したような印象を与えてしまう。
だからソラージュの代表は俺じゃなくて王家の人間を持ってきた訳か。
「それにしては大物過ぎない?
第一王女の王位継承順位ってミラス殿下の次くらいなんじゃ」
「ソラージュは男系継承優位でございますので。
現在の継承順位は第3位ですね。
ミラスの子が生まれれば第4位に下がります」
なるほど。
まだ王弟殿下がいるからな。
王弟殿下の子供たちも娘さんばっかだったから女性の中では筆頭だけど、ミラス殿下の子供が生まれたら男女に関係なくその次になるのか。
それでも継承順位が高すぎる気はする。
何かあったら十分ソラージュ王位を狙える立場じゃないのか。
「一番大きな理由はご本人ではないのかもしれません」
舞台(違)では挨拶を終えたレネ王女殿下が一礼して下がる所だった。
満場の拍手を背に従者のエスコートを受けてこっちに向かってくる。
って、あの従者ってグレンさんじゃないか!
それはそうか。
近衛騎士だから身分的に変というわけでもない。
そもそも貴顕の護衛だからな。
なるほど。
つまり、この舞台はグレンさんの箔付けでもあるわけだ。
ソラージュ代表であるレネ王女殿下をエスコートする貴族。
身分はまだ低いけど次期ソラージュ国王の側近だ。
ある意味、レネ王女殿下とはまた別のソラージュ代表と言える訳ね。
そうやって実績を積み重ねていくわけだ。
ミラス殿下もなかなかやる。
いや、ルディン陛下の策か?
「むしろユマです」
グレンさんが俺の前を通り過ぎながら囁いた。
「私も略術の戦将に動かされているコマというわけです」
「失礼な。
決めたのはルディン陛下です」
「そう持っていったのはユマだろうが」
俺の後ろの席で喧嘩になってしまった。
そういえばグレンさんとユマさんは「学校」の同級生だからな。
お互いに二つ名がつくくらい出来る人たちだったらしいし。
レネ王女殿下は俺の隣に腰を降ろして苦笑していた。
さっきまではいなかったのにいつの間に?
「こちらはソラージュの席でございますので。
よろしかったでしょうか」
「失礼しました。
もちろんです」
俺にとっては主君のお嬢様だからな。
主筋に当たる。
「ヤジマ大公殿下こそ、わたくしよりご身分が上でございます。
失礼をご容赦願いたく」
そんなことはありませんので。
俺が慌てて弁解すると、レネ王女殿下はやっと緊張を解いてくれた。
それにしても、つくづくミラス殿下に似ている。
長い髪の毛を結っているせいで、ズラを被った美少女そのままだったりして。
まあ、ミラスさんが被っていたのは茶髪のズラだったから印象で言えば違うんだけどね。
それにしても似すぎだよ。
いやミラスさんの方が変なんだけど。
ドレスが寒そうだと思っていたらすぐにクッションとマントが届いた。
俺が手配すべきだった(泣)。
「お構いなく。
そろそろ次が始まるようでございます」
言われて舞台(違)を見ると北方種の若い美女が登場した所だった。
次はエラかよ!




