1.集合?
トルヌ皇国。
その実態は国のふりをしている街だ。
それなりの規模はある都市なんだけど、トルヌにはそれしかないと言っていいらしい。
「国土は小さいですし、その大部分は砂漠でございます。
人もほとんど定住しておりません」
地球におけるジプシーのような人たちがいるそうだけど、その人たちはトルヌ国民には含まれていない。
俺の感覚だと古代ギリシャの都市国家みたいな感じなんだよな。
よくそれで独立を保っていられますね?
「国民はほとんどがスウォーク教徒というか、むしろトルヌ教の信徒でございます。
そのような国を征服も併合も出来るものではございません」
ユマさんによると、そもそもこの辺りの土地は大昔からの禁忌というか何というか、近寄りたくない場所なのだそうだ。
かつてその地で大きな罪が犯されたというような言い伝えもあるらしい。
そこに集まって来たスウォークを崇拝する人たちが建国した国だとか。
「もちろん諸説ございまして、トルヌ皇国という国家が樹立されたのは比較的後になってからですが、実のところは歴史に残らないほどの過去からここに都市があった事は確実とされております。
我が主もご存じのホス教授などは、ここが古代ミルトバ帝国の首都であったとする説の支持者でございますね」
ユマさんは「学校」でホスさんに習ったことがあるんだよね。
ホスさんは歴史学者だけど、専門は「迷い人」が歴史に与えた影響とかそういう方面だったはずだ。
つまり斯界の権威と言っていい。
そんな人が支持している説なら正しいんじゃないだろうか。
実際、トルヌ皇国の皇宮って異常なくらいでかいんだよ。
そして古い。
古すぎて崩れかかっているくらいで。
「皇宮は使わないことになったんだっけ?」
「はい。
付属の施設はまだ大丈夫ということで、そちらに」
さいですか。
そこら辺はユマさんが指揮するヤジマ財団の人たちが万事ぬかりなくやっているだろうから安心だ。
さて、これからどうしよう。
俺は珍しく単独? で行動していた。
もちろんユマさんは一緒だし、ラウネ嬢とハマオルさんもついていてくれるけど。
具体的に言うと目立たない小型の馬車でトルヌの首都? を視察して回っているんだよ。
この首都の名前もトルヌで、結局トルヌ皇国ってやっぱり都市国家なわけだ。
中心に皇宮があって、それ以外はチマチマした建物が並んでいるだけなんだが、その中でも比較的大きな建築物が並んでいる場所がある。
「ここが?」
「はい。
以前は別宮として使われていたようでございますが、破棄されたというか閉鎖されておりましたものを整備致しました。
建造は古いですが作りはしっかりしておりまして」
なるほど。
低層の建物が続いている。
無駄に階層構造にしなかったために長持ちしたということだね。
見た目はヨーロッパによくありそうな洋風長屋なんだけど、綺麗でよく整備されているように見える。
「突貫工事で補修・清掃致しましたもので。
内装には手が回りませんでしたが、北方諸国の方々にはむしろそれが良いと評価されているそうです」
ユマさんが苦笑していた。
そうか。
ここは宿舎ということね。
トルヌでミルトバ連盟の総会を開くから代表を派遣して欲しいという親書を俺と教団の連名で北方諸国に送ったところ、何をとち狂ったのか各国とも国王もしくはその代理レベルの代表を参加させると言ってきたんだよ。
そんな人を大量に泊める場所なんかトルヌにはないからな。
トルヌ側は慌てていたらしいけど、ユマさんは平然としていた。
既に手を打っていたらしい。
その結果がこれか。
「もうほとんどの国の代表が来ていると聞いたけど」
「そのようでございます。
到着時にはトルヌの儀仗隊が歓迎して皇王陛下がご挨拶されておられますので」
良かった。
実は今回のミルトバ連盟総会はヤジマ財団が仕切っている。
参加者の送迎や滞在中のお世話を全面的に請け負っているんだよ。
もちろん費用は持ち出しだ。
そこまでする思惑はもちろんあるんだけど、トルヌ側はそこに便乗した形だ。
表面的にはトルヌ皇国が主催することになっているんだよね。
ヤジマ財団は表には出ない。
みんな知っているけど。
そもそも親書を送ったのがトルヌだったら誰も出て来なかっただろうし。
「俺は挨拶しないでいいかな」
「避けた方がよろしいでしょう。
最初に誰を謁見したかとか、順番がどうとかで揉めかねません。
今回、我が主は裏方に回って頂きます」
それは個人的には歓迎なんだけど。
でも「謁見」って相手は国王とかなんだが、何で俺の方がする側になっているんだよ?
「うふふ」
はいはい判りました(泣)。
改めて長屋(違)を眺めてみる。
俺の感覚ではとても一国の国王なんかが泊まる場所には見えなかったが、それは俺が大国の貴族だからだそうだ。
北方諸国は建前上は封建制の独立王国なんだけど、実はソラージュの貴族領程度の国力しかない。
一応お城とかもあるんだが、それは数百年前から騙しだまし使っている骨董品で、居住性は最悪に近いとか。
実際、ソラージュ王家なんか立派な城があるのに敷地内に建てた屋敷で暮らしているらしいからね。
それすら出来ない程度の国力しかないので、北方諸国の王家の方々は劣悪な住居に慣れている。
むしろでかいばかりで暑すぎたり寒すぎたりするより、長屋でも快適な居住環境の方がよっぽどマシらしい。
「皆様、いつでも使用できる風呂を殊の外喜ばれているという報告が上がっております。
その他の事はどうでも良いほどということで」
「シャワーなんかつけたんだ」
俺が感心して言うと、ユマさんは肩を竦めた。
「実はセレイナ皇王陛下のたっての願いでございます。
皇宮の居住環境が劣悪だということで、この際皇王陛下のお屋敷も整備させて頂いたのですが」
ユマさんが言うには皇王陛下から殺気すら感じられるほど熱烈な要望だったそうだ。
何でもヤジマ商会トルヌ支店の従業員宿舎に設置されているお湯が出るシャワーを使って感銘を受けたそうで、やはりそれ以外はどうでもいいとまでおっしゃったらしい。
お湯のシャワーは確かに必須だよな。
北方諸国の冬は厳しいし、秋にもなればもうコートなしではいられないほどだ。
今も俺はぬくぬくのオーバーを着込んでいる。
変装の意味もあるんだけどね。
ちなみにこっちの世界では「毛皮のコート」などというものは存在しない。
野生動物の人たちに喧嘩売るようなものだからな。
もちろん合成樹脂製品もないので、厚手の布を織り交ぜたコートになる。
十分暖かいからいいけど。
俺は空を見上げた。
どんよりしている。
もう初冬か。
完全に冬になる前に引き上げたい、ていうかソラージュに戻るぞ!
前にララエ公国で冬を過ごしたことがあるけど、あそこですら酷く寒かったからなあ。
トルヌがあそこよりマシだという確証はないから、本当ならすぐにでも引き上げたいくらいなんだけど。
北方諸国の代表が来てしまっているから、ミルトバ連盟の総会だか何だか知らないけどそれを開いて、オウルさんが挨拶するまでは動けない。
その後も何かするみたいだけどね。
俺には関係ない。
とは言えそうにもない雰囲気なんだが、もうしょうがない。
サラリーマンは仕事から逃げちゃ駄目なのだ(泣)。
「戻るか」
「そうですね」
というわけで俺たちは引き上げた。
ヤジマ財団はトルヌ皇国の了解を得て、皇宮の近くにある巨大な倉庫を本拠として使用している。
アレスト市とか王都セルリユの郊外にもあった奴に似ていて、というよりはむしろこっちが原形なんだそうだ。
物資貯蔵用ということだけど、トルヌでは使わなくなってずいぶんたっているとかで空だったらしい。
見ている間にも馬車が到着して巨大な入り口に吸い込まれていく。
莫大な物資が搬入されているようだ。
凄いよね。
これが全部ヤジマ財団の持ち出しかと思うと(泣)。
「そうですね。
我が主。
結果は出さなくてはなりません」
ユマさんの決意を秘めた顔。
綺麗だけど怖いよ!




