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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第五部 第六章 俺が後見人?
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25.インターミッション~ホトウ・ツレハ~

「ここがアレスト興業舎本舎なんですね!」

 男が歓声を上げた。

 ホトウは「ええ、そうです」と苦笑を抑えながら応える。

 初めてアレスト市に赴任してきた人を案内すると、その反応は2つに分かれる。

 ひとつのタイプは今のこの男のように感激して叫んだり興奮して喋りが止まらなくなる。

 この場合、アレスト興業舎の建物や周囲の環境より「ここに来た」という事が重要と考えるようだ。

 何がそんなに嬉しいのか前に聞いてみたことがある。

 「聖地」だから、という話だった。

 アレスト興業舎(ここ)からすべてが始まったのですよ、凄い事ではありませんかと押してくるし、その通りですと答えないと説教が始まったりするので逆らわないことにしている。

 もうひとつは無関心を装いつつ、何かよく判らない怨念だか野心だか何だかを(たぎ)らせるタイプだ。

 こっちは水を向けない限り突っかかってこないのでむしろ楽なのだが、後が大変だ。

 ホトウに対して高圧的になったり逆に異様に親しくなろうとあの手この手を使ってくることがあるからだ。

 まあ、どっちにしても面倒くさい相手には違いないのだが、そういう奴の面倒を見ることも仕事になってしまっている以上、我慢するしかない。

 (ホトウ)は体の良い不良債権処理係になってないか、と時々自嘲したりする。

 冒険者だったはずなのに。

 いつの間にか顧客相手の渉外になってしまった。

 いや相手は顧客じゃないんだが。

 何を見ても感激して声を張り上げる相手を適当に案内しながらアレスト興業舎に入り、入り口で見学証(パス)貸出の手続きをしてやってから、ホトウはその場を離れた。

 後はアレスト興業舎の案内係が何とかしてくれるはずだ。

 自分の正体がバレる前に逃げないと。

 構内を歩くとすれ違う人たちが頭を下げてくる。

 騎士団からの出向者の集団には一斉に気をつけ・敬礼をされた。

 止めてくれ。

 昔はこの鷹の目(目つき)のせいで敬遠されたものだが、今や特徴(トレードマーク)として知れ渡ってしまっている。

 大抵の人が敬語で話しかけてくるし、大半は憧れの視線をぶつけてくる。

 俺はそんなんじゃない。

 いい迷惑だ。

 ブツブツ言いながら執務室に入ると席についていたモスに笑われた。

「どうした」

「いえ。

 みんなの視線がですね」

「それは仕方がなかろう。

 お前は鷹の目(ホトウ)なんだぞ」

 それはそうなんですが、という言葉を飲み込む。

 冒険者チーム「栄冠の空」代表モス・ハラムは平気なのだろうか。

 この親父(モス)こそ特徴(ネコミミ)でモロバレなのに。

「気にするなと言いたいところだが、しょうがない。

 わしはもう諦めた」

「それにしてもですよ。

 シルレラ様、いえラナエ様も酷すぎる。

 身内をネタにして何が面白いのかと」

「そりゃ儲かるからだろう」

 経営者であるモスは割切っているようだった。

 もっとも流されている所もあるだろう。

 もはや「栄冠の空」は独立したチームとは言い難い。

 アレスト興業舎お抱えの業者、というよりはむしろ事業の一部門みたいなものだ。

 だから俺が変な仕事に駆り出されるわけで。

 するとモスが言った。

「今日、お前が案内したのは王都中央騎士団のお偉方だ。

 それも新設の野生動物混成騎士団の立ち上げメンバーだそうだ。

 つまりロッド殿の部下だよ」

「ああ、それで。

 アレスト興業舎(ここ)を見ただけで感激してました」

「そうだろう。

 野生動物部隊の発祥の地だからな。

 そして未だに最大の訓練基地でもある」

 それでか。

 ロッドさん、懐かしいな。

 マコトさんやシルレラ様と一緒にアレスト興業舎を立ち上げた仲間の一人だ。

 (ホトウ)は出向の冒険者(業者)だったけど、野生動物を相手にして一緒に色々やったっけ。

 そのせいで今の事態に巻き込まれているんだが。

「そうですか。

 アレスト市(ここ)に新しい騎士団を」

「それも普通の騎士団ではなく、むしろ本部と言うべきものになるらしい。

 鳥類混成部隊(空中騎士団)も併設されると聞いている」

 マジか。

 すると益々面倒くさくなりそうだな。

「そうだ。

 『栄冠の空(我々)』もこれまでと同じというわけにはいかなくなる。

 正直、ほっとしているくらいだよ」

「すみません」

「お前達が謝ることじゃない。

 これも流れだ」

 そうなんだろうな。

 「栄冠の空」だけではなく、アレスト市や近郊の冒険者チームはもはや独立業者とは言い難くなってしまっている。

 本来冒険者が担当していたはずのゴタゴタはもちろん、野生動物関係の仕事がすべてギルドの直接対応になってしまったのだ。

 もちろんそういった仕事がなくなったわけではなく、むしろ増えてはいる。

 だが今や丸ごとお抱えになったチームに業務として流れてくるだけだ。

 冒険者がチームとして活動する必要などなくなってしまった。

 というか、どこかのお抱えにならないと仕事が回ってこない。

 その点、いち早くアレスト興業舎に取り入った「栄冠の空」は順調過ぎるほどに売り上げと利益を伸ばしている。

 今やメンバーも百人を越えているし、ホスも直接指揮を執る暇がなくなって経営に専念しているくらいだ。

 そのために元の拠点を引き払ってアレスト興業舎本舎内に事務所を構えていたりして。

「すると」

「そうだ。

 『栄冠の空』は解散する。

 組織はそのままアレスト興業舎に組み込まれる。

 わしもこれで部長だ」

 ついに来たか。

「ということは、俺はお払い箱ですね」

「そうだな。

 お前の(パーティ)には悪いが」

「いえ、連中も前からもっと安定した職場に行きたがっていましたから」

 むしろ(ホトウ)の我が儘に付き合わせてしまったようなものだ。

 冒険者でありたいと思う俺の。

 でも、もう潮時なんだろうな。

「いいんだな?」

「はい。

 よろしくお願いします」

「判った。

 手続きは進めておく」

 これで決まった。

 前からギルドの上級職員にスカウトされているのだ。

 野生動物担当主任として。

 それも臨時雇いではなく常勤だ。

 給料も跳ね上がる上、自由にやって良いと言われている。

 心引かれるものはある。

 いや、むしろやってみたい。

 でも冒険者でありたいという自分がまだ残っていたんだが。

 だがもう未練は消えた。

 「栄冠の空」がなくなるのなら、思い残すことはない。

 ホトウは改めてホスに頭を下げると執務室を後にした。

 「栄冠の空」解散か。

 いや解散というよりは吸収というべきだ。

 組織はそのままに、これからはアレスト興業舎の一部門として活動することになる。

 そしてそこには俺の居場所はない。

 居続けることも出来なくはないが、さすがに今の状態では仕事にならないだろう。

 何せあれだけ晒し者になってしまっているのだ。

 シルレラ様も酷すぎる。

 ロッドさんが逃げたのも判るぞ。

「あーっ!

 ホトウさん!」

 突然呼びかけられてホトウは頭を抱えた。

 バレたか。

 駆け寄ってきたのはさっき案内係に引き渡したはずのあの男だった。

 騎士団のお偉方とか言ったっけ。

 私服なので気づかなかったし、いい年して言動が軽すぎるのでは。

「酷いですよ!

 自己紹介の時にツレハなどとおっしゃって!」

「いえツレハは私の家名でして」

 騎士団の男は聞いてなかった。

「その『鷹の目』を見た時からひょっとしたらと思っていたんです!

 やはりあなたがホトウさんでしたか!

 絵本で読みましたよ!

 ヤジマ大公殿下が最初に仕えた冒険者パーティのリーダー!」

 両手を握りしめられて激しく振られた。

 後ろで案内係が頭を下げている。

 もう手遅れだが。

「仕えたと言っても私は単に」

「ヤジマ大公殿下と野生動物(フクロオオカミ)最初の接触(ファーストコンタクト)にも立ち会われたんですよね!

 そこからすべてが始まった!」

 駄目だ。

 人の話なんか聞こえてない。

「それだけじゃない!

 ロッド騎士隊長、いえ既に新設の騎士団トップに内定しているロッド騎士団長とご一緒に伝説のアレスト興業舎サーカス団を立ち上げた!

 まさに歴史ですよ!」

 そうですか。

 俺は何もしてないんですけどね。

 サーカスの時も下働きの悪ガキ共を訓練していただけで。

 劇に出すから兵士の演技をつけろとシルレラ様が無茶振りしてきたっけ。

 諦観の念であらぬ方を見ると、大柄な男がコソコソと逃げようとしているのが見えた。

 そういえば奴は。

「その時の団員があそこにいますよ」

 ホトウはさりげなく手を振りほどいて指さした。

「おいノル!

 ちょっと来い!」

 直接の命令系統からは外れているが、かつての師匠の命令だ。

 無視できまい。

 案の定、でかい図体の割には気が弱いノルはしぶしぶ近寄って来た。

「この方は?」

「シイル近衛騎士閣下の昔の仲間です。

 あの『傾国姫物語』にも出演していました」

 下っ端兵士役だけどね。

「おおっ!

 するとシイル様と同じ舞台に立たれたと!」

 騎士団の男の関心が逸れた。

 ノルがしどろもどろで弁解を始めるのを尻目にこっそり抜け出す。

 シルレラ様なのかラナエ様なのか判らないがアレスト興業舎の仲間(おれたち)を売った卑劣漢に災いあれだ。

 絵本に描いてある事が全部本当のはずないだろうが!

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