10.近衛騎士の権利?
準備は整っているのですぐに儀式に入る。
何か邪魔が入らないうちにということだろうけど、多分大丈夫だ。
エラ王国と略術の戦将がやっているんだよ?
むしろ叙任しないと俺がヤバい。
ルリシア王女は浮き浮きしていた。
満面に微笑みを浮かべて俺の前で片膝を突く。
まだ何も言ってないんですが(泣)。
慌ててノールさんに合図すると、ちょっと疲れたような表情だった進行役は落ち着いて述べ始めた。
「ソラージュ王国近衛騎士の叙任式を略式にて執り行います」
後はロロニア嬢の時と一緒だ。
立ち会い騎士はハマオルさんと執行役兼任のノールさん。
見届け役はオウル帝国皇太子殿下。
そして叙任者は俺。
「確認しました。
授爵者は前へ」
いや、授爵者は最初からやる気満々で片膝ついていたりして(泣)。
もう面倒くさくなった。
投げやりだ。
ルリシア王女の両肩を適当に剣で叩いてから言う。
「ルリシア・エラ。
汝をソラージュ王国ヤジマ大公家近衛騎士に任じる」
これでいいんだよね?
ユマさんを見ると頷いてくれたので俺は言った。
「お立ち下さい。
ルリシア・エラ近衛騎士」
「はい!」
いや返事はいいから。
ルリシア王女が立ち上がると、なぜか周りから拍手が沸き起こった。
何というかルリシア殿下ってそういう所があるのだ。
無意識に周りを味方につけてしまうというか。
本人が無邪気で無力に見えるから、判官贔屓で助けてやりたくなってしまうのかも。
これは得がたい資質だと思うぞ。
でも俺は知っている。
ルリシア王女が無力だなんてとんでもない。
性格だか強運だか何だか知らないけど、いつも気がついたら上手くやっている。
誰かが言っていたけど、どんな事態になっても最後まで立っている一人だろう。
ルリシア王女はまず俺に深く礼を取ってからロロニア嬢に飛びついた。
小柄なロロニア嬢が隠れてしまうくらい抱きしめる。
それでまた拍手が起こったりして。
でもルリシア王女、はしゃぎ過ぎなのでは。
そういえばユマさんの囁きで態度が豹変したな。
何を言ったんです?
ユマさんがすっと近寄ってくると俺の耳に口唇を寄せてきた。
「近衛騎士には俸給が出ますよ、と」
さいですか(泣)。
そういえばルリシア王女って貧乏(違)だったっけ。
母親はエラの法衣男爵家令嬢で、ルミト陛下の恋人というか愛人だったと聞いている。
ルリシアさんを妊娠したために手切れ金貰って実家に戻ったと。
その後本人はどっかの伯爵家に嫁いだためにルリシア王女とは縁が切れた。
だからルリシアさんって本当は男爵家の員数外の娘というだけなんだよね。
母親がルミト陛下に掛け合ってルリシアさんを認知して貰ったから王女として扱われているけど王位継承権はない。
王女という身分は正当なものだが、いずれは政治の道具としてどっかに嫁にやられる立場だ。
だから宮廷でも貴族社会でも後援者がいなかった。
いずれいなくなる王女を後援しても旨味がないもんね。
ルリシアさんは王女として王宮で生活する権利は持っているんだけど、飲み食いと住居費が無料なだけで給料が出るわけじゃない。
衣服とかも王室衣料費などの雑費から最低限支給されるだけ。
つまり無職で無収入。
普通の王子や王女だったら母親の実家から何がしかの援助があるからまだ楽なんだが、ルリシア王女の実家は法衣男爵家で期待出来ない。
母親が時々こっそり援助してくれていたらしいが、ご自分は嫁いだ身だしあまり自由になるお金もないから大した金額にはならなくて、ルリシア王女は年中ピイピイしていたらしい。
宮廷住み込みではバイトも出来ないしな。
ていうか王女がバイトって無理だし(笑)。
というわけでルリシア王女は金に汚い……じゃなくてお金に対して貪欲になったらしいのだ。
ヤジマ学園で講師をやっていたのも給料が出るからだと聞いている。
だから近衛騎士に俸給が出ると聞いて飛びついたわけか。
なんて悲しい王女なんだ(泣)。
これが軽小説だったら香水作って売り出すとか何か新しい食べ物を開発するとかしてのし上がって行くわけだが、現実は甘くない。
増してルリシア王女は転生者でも何でもないからね。
ただの無力? な王女だ。
「もうそうではございません」
ユマさんが言った。
「そうなの?」
「当然でございます。
エラ王室に連なるご身分であり、巨大な後ろ盾を持つ御方なのですから」
そうなのか。
ルリシア王女に後援者が。
うん。
何か嫌な予感がするんだけど、その後ろ盾ってどういう人なの?
「多くの国で最高位身分に叙せられたばかりか強大な多国籍企業および莫大な財産を所有し、各国から絶大な支持を受けておられる。
さらに野生動物の王と称せられるほどの御方でございます」
さいですか(泣)。
何となく判ってはいたけどね。
俺はルリシア王女をヤジマ大公家近衛騎士に叙任したわけだが、そのことによってルリシア近衛騎士はヤジマ大公家の臣下になったと見なせるわけだ。
もちろん近衛騎士は自由だからルリシアさんはヤジマ大公家に従う義務はないんだけど、近衛騎士には叙任家から俸給が出る。
俸給つまり給料を貰うってことは、即ち配下だ。
さらにヤジマ大公家としては、叙任した近衛騎士が忠義であろうがなかろうが保護する責任が生じる。
ルリシアさんが何かやったらそれがそのままヤジマ大公家に跳ね返ってくるんだよ。
後援者、つまり後ろ盾になるしかない。
「それが目的ですか」
思わず独り言を呟いてしまったが、ユマさんは質問だと感じたようだった。
「もちろん、ルリシア殿下はエラ王国王女としてどなたかの臣下に収まるようなことは出来ません。
本人がそうしたいと言っても王女身分のままでは不可能でございます。
ですが公然とではなく後ろ盾を持つ事は可能ですし、王族や貴族が後援者を持つのは自然な事でございます」
それは国王と言えども例外ではございません、とユマさん。
それはそうか。
配下とか言うからややこしくなるんだけど、実際には王族や貴族なら当たり前にやっている事だ。
一番最近だとオウルさんか。
ヤジマ帝国皇子が後援したことで帝国皇太子に登極した。
もちろんオウルさん単独でも最終的には皇太子になっただろうけど、そこに至るまでにはかなり面倒だったはずだ。
ヤジマ商会の経済力が状況を随分加速したと思う。
オウルさんの場合は俺の配下である、と自ら公言しているけどね。
普通は後ろ盾という扱いなんだよ。
これはオウルさんが帝国皇太子位にあることとは矛盾しない。
軽小説にもよく出てくる、王子が外戚の公爵とかの後援を受けているのと同じだからな。
別に公言しなくても有効だ。
卑近な例を挙げると、例えばジェイルくんやラナエ嬢はヤジマ大公の後ろ盾を持って立っているわけだ。
正式にどっかに表明したわけじゃないけどそれで通っている。
というよりはそう世間に認識されている。
ジェイルくんが何かやると、それはヤジマ大公の意を受けて動いたと思われたりして。
でも、だからといって俺が自ら公言したり発表したりしたわけじゃないからね。
暗黙の了解という奴か。
「いつもながらお見事でございますね。
我が主」
ユマさんが頷いた。
「ルリシア様の場合、我が主がソラージュの近衛騎士に叙任したことで、すなわち後ろ盾に立ったと世間に認識されます。
我が主はエラでのご身分はございませんが、ソラージュを初めとする複数の大国において揺るぎないお立場とご身分を所持しておられます。
外国の勢力だからといって、その価値が些かも揺らぐものではないかと」
軽小説の悪役令嬢ものとかにも出てくる「留学している外国の王子」とかそういうものだね。
外国から貴顕が来ていて敬意を持って扱われているということは、その国にとって無視できない「力」があるわけだ。
でなければ易々と受け入れたりしないから。
そして軽小説の場合でも、ヒロインを外国の貴顕が後援することは十分あり得る。
この場合、王女と大公は別に何か契約とか約束したわけじゃないんだけどね。
俺の場合は近衛騎士位という「身分」を贈ったわけで、無関係とはとても言えない。
そういう奴ってしばしば自国より強大な大国の王子だったりするから、十分後ろ盾として通用するんだよ。
まあ、俺は「外国の王子」って柄じゃないけど。
既婚者だし(笑)。
これで軽小説をやったら不倫ものになってしまいそうだ(泣)。
どっかの大公が王女の後ろ盾になって囲うとか。
「……その手がございましたか」
ユマさん、冗談だよね?
「もちろんでございます。
我が主。
そんなことをなさらなくとも王女殿下は既に我が主の手の内かと」
意味が違う!
俺が慌てていると、ロロニア嬢を抱き潰した後にフレスカさんやラウネ嬢といったその場にいる女性たちと抱き合していたルリシア王女、いやルリシア近衛騎士が戻って来て俺の前に立った。
両手で俺の手を取る。
「マコトさん!
本当にありがとうございます!
ところで俸給ですが、今月から頂けるのでしょうか?」
そっちかよ!




