6.帰国?
俺が住んでいる屋敷の一角に、いつの間にかエラ王国におけるヤジマ財団の前線司令部とも言えるものが出来ていた。
有能そうな人たちが忙しく働いている。
指揮官はユマさん。
それはそうなんだけど、ユマさん自身は何か別の用事で飛び回っていてあまり席にいない。
俺も近寄らないようにしていた。
だって俺が行くとみんな片膝突いてしまうから仕事が止まってしまうんだよ。
だから何やっているのはよく判らない。
オウルさんやフレスカさんはエラ王国の用事でやはり忙しそうだった。
エラは領地貴族の力が強いし群れないので、それぞれが単独でオウルさんに会いたがっているようなのだ。
ただ会うだけじゃなくて晩餐会とか舞踏会とかを開いて招いてくるので面倒な上に時間を取られる。
でも無碍に出来ないらしい。
「大変ですね」
「何の。
統治者の仕事の大半はこのようなものでございます。
私の父上もホルム領領主とは言いながら社交に明け暮れておりました」
オウルさんは達観していた。
凄いなあ。
感心していたらフレスカさんが教えてくれた。
「社交に勤しんでいる限り帝国からは何も言われませんので。
時間潰しです」
さいですか。
北方諸国に挨拶に行くのは早くても数ヶ月後になりそうなので、エラに留まっている理由を作っているのだそうだ。
俺がどっかに行く用事が出来たら即座に社交を打ち切ってついてくるのだと。
そこまでして俺の従者とやらをやりたいのか。
帝国、大丈夫だろうな?
皇太子がよその国の大公にくっついて国外をほっつき歩いていたりするのはまずいのでは。
まあいいか。
というわけで俺以外はみんな忙しそうだったけど、俺には何もやることがない。
社交の申し込みは大量にあるとのことだったがユマさんにお願いして全部断って貰った。
だって面倒くさいでしょう。
こっちにメリットないし。
だから俺は朝練やった後はゴロゴロして嫁に手紙書いたりしていたんだけど。
ある日、突然思いがけない客が訪ねてきた。
「マコトさん。
お久しぶりです」
「マコトさん!
来ました!」
何とルリシア殿下主従、じゃなくてルリシア王女とロロニア子爵令嬢のコンビだった。
いや二人ともエラ王国の出身だから不思議というほどではないんだけど。
でもロロニア嬢は帝国の事業を仕切っていたのでは?
「解任されました。
今は待命中です」
ロロニア嬢は無表情だった。
解任とはまた穏やかじゃないな。
何かやったの?
「いえ。
次の仕事のために呼び戻されました」
さいですか。
でも呼び戻されたんじゃなくて、帝国からそのままエラに送られてきたみたいだな。
つまり仕事場はエラか。
フォムさんの代わりか?
まあそれはいい。
ルリシア王女はどうしてエラに?
帰省ですか?
「それが。
いきなりエラ国王から帰国命令が」
ルリシア王女は確かロロニア嬢の秘策とやらでヤジマ学園に留学していたんだよね。
そもそも「普通科」の構想はロロニア嬢だったという話だ。
ロロニア嬢がユマさんか誰かに企画を持ちかけ、ルリシア王女が生徒になってくれそうな北方諸国の王族(の親)を口説いたそうだ。
初回特典で料金を割り引いた事もあって生徒は順調に集まり、ルリシア王女は首尾良く学費免除で講師兼任の留学生としてヤジマ学園で遊んでいた(違)と聞いていたけど。
「失礼な。
ちゃんと授業をしていました。
割合に人気だったんですよ」
でも担当科目は「野外生活サバイバル実習」とかでしょう(笑)。
王族や高位貴族の子弟にそんなもん教えてどうするのかと思うんだけど。
「それが、北方諸国では王家の方々と言えども普通に野山を駆けまわったり野営したりするそうです。
時には食料調達の為に自ら採集に勤しむことがあるとか。
これで従者の仕事を減らせると喜ぶ方が大半で」
そうなのか(泣)。
王子や王女が野外生活どころか山菜採りとかするのか。
北方諸国の過酷な生活水準が忍ばれるなあ。
まあ、そんなことも実はどうでもいい。
「ルリシアさんは呼ばれた心当たりはないと?」
「ないです。
本当に迷惑です。
せっかく生徒会長になれそうでしたのに」
ルリシア王女は不満そうだった。
それにしてもヤジマ学園に生徒会長っていたのか。
ますます軽小説に近づいているのでは。
するとロロニア嬢が口を挟んだ。
「ルリはあのままでは将来が心配だった。
穀潰しの嫁き遅れで終わる可能性が高い」
「ロロ、酷い!
私はちゃんとやっていました!」
「努力の方向を間違えている。
せっかく北方諸国の貴顕を集めたんだからコネを作るなり嫁入り先を探すなりするべきだった」
そういえばヤジマ学園の普通科ってそういう場所だった(笑)。
軽小説の魔法学園とかって授業内容とか卒業後の就職先ってはっきり書いてないことが大半なんだよな。
卒業後の進路が曖昧だ。
つまり学園で学んだ事をどう役立てるのか不明。
酷い場合には完全に婚活の場になっていたりして。
それだけだったら他にいくらでも方法があるのに。
学校作って寄宿舎とかで一緒に生活させるのがどれだけ大変か、ああいうのを書いている人も読んでいる人も気にしないんだろうな。
俺たち、ヤジマ学園作って散々思い知らされたからね。
だってセキュリティひとつとっても大事なんだよ。
何かあったら学園側の責任になってしまう。
しかも貴顕が生徒になる場合、単独で来ることはあまりない。
従者や護衛を含めて下手すると二桁の集団になるからね。
その人たちがどこで暮らすのかという話になる。
貴顕と一緒に生活させるわけにはいかないけど、だからといってお付きの人用の宿舎なんか作ったりしたら大変だ。
生徒数の十倍くらいの人数が集まってしまうかもしれないんだよ。
だから俺たちはまず下級貴族や商人向けの課程を作ったんだけど、今度は授業料が払えなかったりして。
まあそれもいい。
とりあえずはルリシア王女だ。
「これからどうするの?」
「とりあえず陛下に謁見を願い出ているところです」
ルリシア王女が言った。
自分の父親に会うのに、しかも呼ばれて外国から戻ってきたのに予約が必要なのか。
王族って(泣)。
「私もついて行きます。
ルリ一人では何か面倒な仕事を押しつけられかねませんから」
「ありがとうロロ!
頼りにしているから!」
「これも腐れ縁だからしょうがない」
小柄なロロニア嬢に抱きつくルリシア王女。
元侍女は迷惑そうだったが振り払いはしなかった。
何だかんだ言ってロロニア嬢はルリシア王女を守っているんだよね。
腐れ縁なのは正しいけど(笑)。
それに、多分だけどエラ王国が呼んだのはルリシア王女よりむしろロロニア嬢なんじゃないかと思う。
いや、王女と侍女コンビに用があるんだろう。
「そういうわけで滞在の許可を」
「あ、うん。
いいよ」
ロロニア嬢とルリシア王女の目が光ったような気がする。
まあいいか。
その後、ユマさんとロロニア嬢は二人で密室に籠もって何か話し合っていた。
会談が終わって部屋を出て来たロロニア嬢はぐったりしていた。
どうしたの?
「ヤジマ商会を馘首になりました」
な、なんだってーっ!
それは酷すぎるのでは。
「ヤジマ財団に採用されました」
あ、そう。
それは目出度い、のか?
ていうか何するの?
ロロニア嬢はため息をついて言った。
「まだ言えません。
でも泥沼なのははっきりしています」
さいですか。
まあ、ユマさんだからな。
帝国の事業を一人でまとめていた程のロロニア嬢を引き抜いて投入する仕事か。
知りたくないからこの話はやめよう。
「でもロロニアさんはそれでいいの?」
サラリーマンなんだからしょうがないけど、辞令一本で組織を辞めさせられたり移籍させられたりは酷いのでは。
「仕方がありません。
それに今回の立場は一応マコトさんの直卒と言えなくもないので、満足ではあります」
そうなのか。
「ヤジマ財団での職位は」
「非常勤の無任所理事です」
会社で言ったら社外取締役というところか。
何か別の仕事を持っていながらその会社で経営者としての仕事をする人だね。
でも正式に理事になったのなら出世だ。
会社で言えば取締役、つまり役員になる。
ヤジマ財団はヤジマ商会の株主だからな。
つまり親会舎と言っていい。
その役員ならユマさんや嫁と同じ立場だぞ。
「今のところ、名前だけです。
非常勤ですし。
……申し訳ありませんが休ませて頂きたく」
すまん。
ロロニア嬢はよろけながら去って行った。
帝国でナーダム興業舎を仕切っていた所が突然呼び戻され、しかも本国を素通りしてエラまで来たと思ったら突然の馘首。
そしてロロニア嬢曰く泥沼への投入命令。
それは疲れるよ(泣)。
ゆっくり休んで下さい。
「マコトさんマコトさん!
来る時観ましたけど、ここ凄いですよ!
何か綺麗な女の人がたくさんいて!
あの楽しそうな場所、行ってみていいですか?」
疲れも悩みも知らないエラ王国王女殿下が満面の笑みを浮かべていた。
駄目に決まってるでしょう!




