1.トルヌ行き?
ラルレーン殿があまり真剣なので現実感がなかったけど、その程度なら何てことはない。
「判りました。
無制限優待証を差し上げますので」
「ありがたい。
これでもう人生に思い残すことはない!」
大袈裟な。
まだお若いんだし、いくらでもやれることはあるでしょうに。
「マコト。
ラルレーンはカルと同年代ですよ」
ラヤ様が驚愕するような事を言った。
カールさんと同じって?
だってあの人、もう孫が成人して婚約者もいるんですよ?
「カルというと『迷い人』か。
会ったことはないがラヤから話は聞いている」
ラルレーンさんは落ち着き払っていた。
本当らしい。
でもラルレーンさん、どう見てもまだ青年なんですけど。
肌なんかつやつやしているし。
見た目はせいぜい30代の半ばくらいか。
一見若く見えても歳が判らない人っているよね。
精神的に老練だとか、人生経験から来る重みが滲み出ていたりしているとか。
外見だけで年齢は判らないのは知っているけど。
純北方種ってこれほどのものなのか!
「ラルレーンの場合は精神が若いといいますか。
色々と残念な逸話が残っていますよ。
セレイナなどはそれで振り回されて、まだ若いのに随分経験を積んでいるはずです」
ラヤ様も容赦ないというかスウォークらしいというか。
そうなのか。
つまりアレね。
若いというよりは「幼い」のかもしれない。
「子供のような」という表現は蔑視だけじゃない。
好奇心いっぱいだとか、行動力が凄いとか、損得計算なしで動くとか、普通の人には出来ないような事をする人にもそういう評価が下されるわけで。
なるほど。
トルヌ皇国の宮廷だか何だかをぶっ壊してセレイナさんに皇王の座を譲っただけのことはあるな。
それが出来てしまう人なんだろう。
もちろん馬鹿というわけではない。
リスク計算とかきちんとやって、十分成算があることを確信した上で敢えて無謀な行動に出ることが出来るということだ。
その若さが肉体にも出ていると。
それにしても凄い。
ミラス殿下の祖母が北方種で、寿命でお亡くなりになる寸前まで美しかったという話も今なら頷ける。
北方種ってそういう人種なわけね。
だとすると、それなりに歳をとって見えたアレスト伯爵家の皆さんなんかは北方種としてはまだまだということか。
人間や南方種の血が混じっていると言っていたしな。
嫁は先祖返りなのかもしれない。
まあいいか。
俺がユマさんに「よろしく」と言うと頷いてくれた。
これで俺の用はおしまい。
さて帰るか。
「お待ちなさいマコト。
まだ『お願い』をしていません」
ラヤ様に言われてしまった。
いやだってラルレーンさんにヤジマ食堂のクイホーダイ優待券をあげればいいんでしょう?
「あれはラルレーン個人の願いです。
そもそもラルレーンは行きがかり上、やむなく教団が保護しているだけで、本来は無関係です」
さいですか。
ラルレーンさんは自分の用は済んだとばかりにゆったりとソファーに沈んでいる。
判りました。
してラヤ様のお願いというのは?
「簡単な事です。
このままトルヌに向かって貰えませんか」
その場に衝撃が走った。
ていうかあまりにも予想外だったので思考が追いつかないというか。
俺だけじゃないらしい。
ユマさんすら眉を潜めている。
理由が判らないよね。
トルヌと言えばラルレーンさんが治めていた国だとか、今現在はセレイナさんが皇王やっているとか以外にも特徴がある。
あったかどうかも判らない古代ミルトバ帝国という理想国家の正統後継者を名乗る国だ。
国名も自称だけど「トルヌ皇国」。
そのミルトバは北方諸国が作っている連盟だか連合だかの名前になっているけど、別にトルヌ皇国が盟主というわけではない。
むしろ北方諸国の中でも弱小国の癖に偉そうだとか変な宗教に被れているとか言われて敬遠されているのでは。
「その通りですが、だからこそマコトにはそこに行って欲しいのです。
オウル殿も一緒に」
ラヤ様はスウォークだからしょうがないけど、それはあまりにも無茶というものでは。
だってオウルさんは帝国皇太子として親善旅行中なんだよ。
いくらラヤ様の命令でも行く先を簡単に変更するわけには。
「よろしいのではありませんか」
突然、ユマさんが割り込んだ。
何で?
「オウル様は親善旅行の途上ですが、エラの後にどこに向かうかはまだ決まっておられないと聞いております。
そうですね?」
ユマさんが聞いたのはオウルさんではなく副官だった。
フレスカさんが頷く。
「とりあえずソラージュを初めとしてララエとエラには親善訪問出来ましたので。
後は北方諸国ですが、数が多い上に大同小異でどこから訪問するかは未定です。
官僚どもの間では、むしろ訪問しない方向で検討するべきではないかという意見も出ています」
そうなのか。
まあ、帝国だからね。
しかもオウルさんは皇太子だ。
ここで親善訪問しなかったからといって国交断絶にまで至る国はないだろうな。
それは内心不愉快に感じたり怒ったりはするかもしれないけど、国力が違いすぎる。
北方諸国が束になっても帝国には及ばないもんなあ。
帝国としても北方諸国と何らかの条約を結んでいるのか怪しいほどだ。
無視している可能性すらあるからね。
官僚にしてみれば、そんな細かい仕事を増やすのは出来れば避けたいと。
「いや、俺が行くのは構いませんが、帝国皇太子に迷惑をかけるわけには」
「いえ。
私の事はよろしいのです。
主上の思う通りにして頂ければ。
私はどのような結果になろうとも従いますぞ」
上手いこと言って断ろうとしたけど駄目だった(泣)。
判っていたんだよ。
俺が行くんだったらオウルさんがついてこないわけはない。
帝国のメンツとかそういうのは一切無視だ。
それがオウルさんという男だ。
もう行く方向で考えるしかないか。
「でもトルヌですか。
いきなりオウルさんが訪問したらおかしな印象を与えそうな気がしますが」
「……お待ち下さい」
再びユマさん。
「ラヤ様。
それは一刻を争う問題でしょうか」
「そんなことはありませんよ。
数ヶ月程度なら遅れても大丈夫でしょう」
あ、これは駄目だ。
ユマさんの中で既に作戦というか戦術が組み上がっている。
あとはもう略術の戦将の描いた絵の通りに動くだけだ。
「我が主とオウル様がトルヌに行けばよろしいのですね?」
駄目押しの言葉を紡ぐユマさん。
ラヤ様はあっさり応えた。
「その通りです。
もちろんマコトには向こうでして貰うことがありますが」
何だろう。
「判りました」
ユマさんが頷いてしまった。
微笑んでいたりして。
判っちゃったらしい(泣)。
ラヤ様もユマさんと同じくらいの異能だからな。
知力も互角だろう。
つまりユマさんはこの時点でラヤ様の考えを読み切ったことになる。
それどころかヤジマ財団の計画に組み込むことまでしているかもしれない。
恐ろしい世界だ。
「よろしいでしょうか?
我が主」
ユマさんがにっこり笑いながら聞いてきた。
よろしいも何も全然判ってないんですが。
「そんなことはございません。
我が主のお考えは底知れません。
現に今も私などの浅い思いは読み切っておられるのではございませんか」
「そうですよ。
マコト。
誤魔化さないことです。
貴方が判っていることは私にも判っていますよ」
異能コンビが何言うんだよ!




