13.進軍?
お騒がせだったローニタニア王女とその婚約者は首尾良く俺たちと顔つなぎすると、別の目的地があるということで去って行った。
アリマド王女殿下は上手くやったと思っているかもしれないけど、これで間違いなくユマさんの世界運営計画に組み込まれたぞ。
その方が有利になるはずだからいいか。
その後は特に問題もなく進む。
相変わらず領境はスルーだ。
ヤジマ財団の先触れが領地貴族から許可を取っているし、エラ王政府からも内々に勅許を頂いているのでトラブルは起こりようはずがないんだけどね。
野次馬は止められなかった。
いや人間のじゃなくて、野生動物連中だ。
もともと俺たちに同行しているのはセルリユ興業舎などから派遣されたりヤジマ航空警備とかに所属したりしている動物たちなんだけど、無関係な野生動物たちがついてきているのだ。
本来はあまり人間の生活圏内には立ち寄らないような大型の野生動物もいる。
「暇だし面白そうなので、ということらしいです」
狼騎士隊の指揮官の女の子が静かに言った。
シイルは別件で任務があるということで狼騎士隊を率いているらしいんだけど、俺が名前と顔を知らないということは新参か?
「はい。
ユシルドと申します。
セルリユ興業舎・狼騎士隊第三遠征隊の指揮を任されております。
ヤジマ大公殿下」
俺の前で片膝を突いて頭を下げる美少女。
狼騎士隊の騎手は美少女揃いで有名なんだけど、隊長ともなれば群を抜いている事が多い。
ユシルド嬢もご多分に漏れず、すらりとした肢体と金と銀が入り交じった輝く髪に綺麗な紫色の瞳、際だって整った顔立ちの超美少女だった。
身長はあまりないけど細身で凜々しく、どことなく男装の麗人という雰囲気がある。
そして怜悧な態度。
大公を前にしても物怖じせず、表情もあまり動かないのは沈着冷静だからか。
貴族出身だな。
軽小説だったら間違いなくヒロインの一人だろう。
歳の頃は十代の終わりか。
北方種の血を引いているみたいだけど純血種じゃないようだ。
まあそれはいい。
「第三ということは他にもあると?」
「任務部隊の名称ですので、必ずしも順番というわけではございませんが。
私ども以外にも多数の部隊が作戦行動中でございます」
なるほど。
俺が立ち上がるように言うと、ユシルド嬢は躊躇なく身体を起こした。
落ち着いた動作。
怜悧な表情。
大公を前にしても微塵も揺るがない態度。
中性的な雰囲気もあいまって眩しいほどだ。
俺が最初に北方親善した時に同行してくれた狼騎士隊はシイルが隊長だったっけ。
今はその時の隊員だった人たちがそれぞれ隊長とかに出世しているみたいだけど。
ユシルド嬢みたいに、それとはまったく関係がない所で出世して幹部になっている人たちが台頭してきたわけか。
俺は思いついて聞いた。
「ついてきている野生動物の皆さんの食事はどうしているの?」
「それぞれ自分で獲っているようでございますが」
それまずいよね?
この辺りみたいな僻地ならともかく、街や都市圏に入ったら食料自給もままならなくなるんじゃないのか。
人から獲ったりしたら犯罪になってしまうぞ。
「判った。
何とかする」
「お心のままに」
ユシルド嬢はそう言って頭を下げてくれた。
うーん。
軽小説ならフラグが立ちそうだけど、俺もう美少女は見飽きているから。
ていうか嫁と比べるとどんな美女でもこっちに軍配が上がるし。
まあ、美少女たちの方も凄く事務的に接してくれるから問題が起こりよう訳がないんだけどね。
ユシルド嬢が立ち去ると俺はユマさんに来て貰った。
かくかくしかじかと説明すると、ユマさんは一瞬だけ宙を見つめてから言った。
「かしこまりました」
よし。
これで問題は解決だ。
ユマえもんに任せておけばいい。
もっともこの問題解決法には派手な副作用があるんだけど、もう諦めている。
問題自体は解決するんだし、後は俺が祭り囃子に乗って踊ればいいだけだ。
そう思っていたんだけど。
やっぱ甘かった(泣)。
「主上」
「何でしょうか」
「あれが主上の『力』でございますね!」
子供のように瞳をキラキラさせてのたまう帝国皇太子殿下。
初めてサーカスに行ってフクロオオカミと握手して貰った子供のようだ。
「みたいですね」
俺はもう諦めて応えた。
取り返しがつかないもんな。
街道一杯に広がって進軍する帝国騎馬隊。
それに続くヤジマ財団の護衛部隊。
その真ん中に俺たちの馬車。
そして前後左右を埋め尽くす野生動物たち。
ノアの箱船の出港前夜とか、あるいは百一匹わんちゃん何とかのシーンみたいだ。
「これぞ『野生動物の王』の凱旋!
素晴らしい!
まさに世界を統べる御方!」
オウルさんが酔ったように叫ぶ隣で俺は身を縮めていた。
まずい。
俺、絶対に誤解されるぞ。
思い出したけど、そもそも「野生動物の王」とかいう恥ずかしい二つ名がついたのもこんな状況じゃなかったっけ?
「将軍」もそうだ。
確か俺が王宮に行こうとしたら犬の皆さんが集まってきてしまって、それが軍勢の進軍みたいに見えたからだった。
どうしよう。
「このまま王都に入ります。
国王陛下には報告済みでございます」
ユマさんが微笑みながら言った。
いや、報告したって言われてもね。
これはどうみても示威行動だよ!
見方によっては他国の首都を包囲攻撃するために進軍していると思われても仕方がないんじゃ。
「包囲攻撃出来るほどではございませんな。
現時点での総兵力は二千というところでございましょうか」
なぜかオウルさんが浮き浮きしていた。
こないだまで軍人だったからな。
こういうのが好きなのかも。
「前衛はヤジマ財団の部隊にお願い出来ますでしょうか。
我が護衛部隊は騎馬隊ですので遊撃を担当させて頂きたいかと」
本気で戦争する気になってんじゃない!
「もちろん戯れ言でございます。
もっともやる気になれば可能な事も事実です。
フレスカ。
どう思う?」
オウルさんは隣で野生動物たちを見ている副官に聞いた。
そういえばフレスカさんって元参謀将校だったっけ。
何かの小説で読んだけど、参謀将校という人種は常に周囲の状況を分析し、彼我の戦力から無意識のうちに勝率などを計算しているものなのだそうだ。
本当かね?
「勝てます」
フレスカさん。
あんたもか!(泣)
「ここまで接近を許した時点でエラは終わりですね。
例え防衛戦力が整っていたとしても市街地で集中運用出来ないのでは同じことです。
増して野生動物たちの行動は予測できません。
王宮に突入して要人の身柄を押さえてしまえばそこで終了です」
驚いた。
フレスカさんってマジで参謀だったのか。
てっきりご本人の申告通りなんちゃってなのかと。
「フレスカは優秀でございますが、実のところ参謀将校には優秀さより重要な要素がございまして」
オウルさんが苦笑いしながら言った。
「そうなんですか」
「はい。
もっとも大切な事は将軍が求めていない答えは出さない、ということでございます。
その次が将軍の気に入るような回答を提示することでしょうか」
フレスカさんも苦笑いしていた。
ええと、つまり?
「全部戯れ言でございます。
もっとも」
オウルさんは肩を竦めた。
「戯れ言であっても不正確というわけではございません。
主上のご命令があればこのオウル、現在の手持ちの戦力だけでエラを落としてご覧にいれます」
止めて下さい(泣)。
ていうか前にも色々な人に言われたけど、何でみんな国を落とすだの潰すだの言うのかね?
そんなことしても何にもならないでしょう。
面倒なだけだし。
万一征服でもしてしまったら責任が被さってくるんだよ!
アメリカとかソ連とか、それで色々失敗したと聞いている。
俺はそんなの嫌だからな。
領地とか領民とかぞっとする。
軽小説で内政チートとかやる奴の気が知れないね。
自分からわざわざそんな泥沼に入ってどうしようというんだ。
少なくとも俺はご免だ。
俺はサラリーマンなんだよ。
経営者ですら面倒すぎて出来れば逃げたいのに統治者なんか勤まるはずがない。
「その通りでございます」
オウルさんが帝国軍部隊やヤジマ財団の派遣隊、そして見ているうちにも集まって来ている野生動物の皆さんを見ながら言った。
「主上はそのような些細な雑事などに関わる必要はございません。
配下に任せておけば充分。
主上はただ、進むべき方向を示して下さればそれで良いかと」
それは楽そうだけど、無責任極まりないよね。
ていうか何でそんな話になっているんだろう。
もうエラ王都に入りかけているというのに。
いいの?
「予定通りでございます」
略術の戦将が微笑みながら言った。
「些事はお任せ下さい。
我が主はただ、君臨していて下されば」
俺は天皇かよ!




