24.勃発?
帝国軍部隊の人たちやヤジマ商会の派遣部隊には長旅の疲れを癒やして貰うべく、サレステ興業舎の遊興施設の自由利用券を配った。
もちろん食事も食い放題。
つまり費用俺持ちで何でもして下さいと言っただけなんだけどね。
大受けだった。
サレステ興業舎の遊興施設は昔の巨大要塞を利用した複合イベント場なんだよ。
俺がララエを去ってからも次々と新しい設備を増設していたようで、今では「ニャルーの館」の分館も出来ているらしい。
つまり温泉付きの健康ランドね。
当然ヤジマ食堂も併設されている。
オウルさんの許可を得て交代で遊興施設を楽しむ帝国軍派遣部隊の兵隊さん達。
「「「ヤジマ皇子殿下!!!
万歳!!!」」」
兵士たちの叫びが響き渡る。
「「「ヤジマ大公殿下!!!
万歳!!!」」」
ヤジマ商会の派遣部隊も負けじと叫ぶ。
大声がヤジマ男爵館にまで響いてくるもんだからオウルさんとユマさんにお願いして止めさせて貰った。
だって近所、というよりはお客さん迷惑でしょう。
「そうでもございません。
来客の皆様も楽しんでいらっしゃいます」
ユマさんが言うには、お客さん達はイベントの一環と捉えているそうだ。
軍服姿の帝国軍兵士なんか見たこともないだろうからね。
そういえばこの施設には「旧ララエ公国軍兵士の生活を体験しよう!」というイベントもあったっけ。
「でも帝国軍とララエ公国軍は違うのでは」
「その辺りは無視しておられるようでございます。
帝国軍の方々も悪乗りしてお客様と交流していらっしゃるとか。
お給金を出しても良いくらい売り上げに貢献して頂いております」
さいですか。
まあ、みんながいいのなら俺は別にいいけど。
「我が兵士たちをご歓待下さり、ありがとうございます」
オウルさんが恐縮したように言った。
「気にしないで下さい。
これから働いて貰うことになりそうなので」
「これほどの厚遇を頂いたのですから、帝国軍は主上のためなら命を賭して働くでしょう。
私の命令すら必要ないかもしれません」
そんなことはないと思うけど。
そもそもあの人たちって帝国皇太子の護衛なんだよね?
オウルさんに護衛が必要かどうかは別にして。
オウルさんのご家族にも楽しんで頂けているようだった。
息子さんたちは遊興施設に入り浸って屋敷に戻ってこないほどだ。
もちろん自由利用券を渡してある。
「あまり甘やかしたくないのですが」
「たまにはいいんじゃないでしょうか。
公式行事ばかりで気疲れしているみたいだったし」
「そうでございますな。
重ねてお礼を申し上げます」
あの歳であちこち引き回されたら疲れるよね。
次期皇帝のご子息なんだからしょうがないとはいえ、まだ子供なんだし。
この際、奥方ともども疲れを癒やして頂こう。
オウルさんがヤジマ男爵領に移ったことで気軽に訪問できるようになった人たちが追いかけてきていた。
帝国の官僚の人たちはまだララエ公国政府とやり合っているので、政治的な事とは関係がない相手だ。
例えばララエ公国のサロンに出入りしている人たちとか。
大公妃殿下たちを筆頭にララエの社交界の人たちが尋ねてくるようになったんだよ。
オウルさんはびくともしなかった。
俺と違ってそれほどヤワじゃないからな。
でもさすがに奥方には社交界的なスキルはなさそうだったので、ユマさんにお願いして仕切って貰った。
ユマさんはソラージュ大公の代行なんだけどララエでは通用しないから、一時的にララエ公国のヤジマ名誉大公名代になって貰ったんだよね。
これでユマさんはヤジマ男爵領に所属するすべての施設や人に対して命令権を持つことになる。
魔王対策と並行することになるのでさすがに超過勤務かと思ったんだけど、ユマさんは軽々とこなしていた。
「準備については配下に丸投げしておりますので。
むしろ気晴らしになって楽しいです」
さいですか。
さすがは略術の戦将。
オウルさんは訪問者と個別に会うのではなく、サロンに出席することで量をこなすことにしたらしい。
ユマさんがオウルさんご夫妻をエスコートすることで、あっという間に知名度が上がった。
ヤジマ名誉大公の名代。
ソラージュ公爵家令嬢で未婚。
鋭い知性と若くて美しい姿。
そしてすべてを従える権力。
求婚者が殺到してもおかしくないんだけど、そういう噂がまったくない。
どうして?
ハマオルさんに聞いてみたらすぐに答えが返ってきた。
「当然でございます。
ユマ様は主殿の隷でございますからな。
絶対者持ちに求婚する者はおりません」
そういえばユマさんって俺の隷だったっけ。
すっかり忘れていた。
「そもそもヤジマ皇子殿下がご自身の名代に立てるほどの方でございます。
大抵の方は気後れしてしまいます」
ラウネ嬢が付け加えた。
それもそうか。
まあいいや。
俺もこの時点でユマさんがどっかに嫁に行ったりしたりすぐに詰むからな。
考えてみれば俺、というよりはヤジマ商会もヤジマ財団も全部ユマさんに依存しているんだよなあ。
もっと大事にしないと逃げられるかも。
「それはないと存じます。
ユマ殿はどのような事態になろうが主上に従うでしょうな」
オウルさんがニヤッと笑った。
「当然、第一の従者たる私も同じでございます。
ご安心下さい」
それはもう諦めましたけど。
まあいいか。
それから俺たちはララエ公国で社交を繰り広げた。
ハムレニ殿を議長とするサレステ野生動物会議の面々と会議を開いたり、恒久的な会議場の建設についてララエ公国政府と折衝したり。
ララエ側も今後の事を考えると野生動物たちを敵に回したり蔑ろにしたり出来るはずがない。
大公会議の命令で早速プロジェクトチームが組まれ、会議場になる場所とかを調査し始めた時にそれは起こった。
ヤジマ男爵館の居間でオウルさんやユマさんと話していると、不意に平衡感覚がおかしくなった気がした。
揺れている?
会話が途絶えてもしばらくは揺れ続けていた。
来たか。
多分、この辺りは震源地じゃない。
かなり遠くで魔王が顕現したな。
まだ揺れているというのにハマオルさんが立ち上がった。
「失礼させて頂きます。
主殿」
そのまま素早く部屋を出て行くハマオルさん。
ラウネ嬢がいつの間にか俺の側に移動している。
怖がっているんじゃなくて、万一の場合に俺を守るつもりだろう。
上から何か落ちてきたりとか。
「収まりましたな」
オウルさんが言ってお茶のカップを取り上げて飲み干す。
それから立ち上がって俺に礼をとった。
「我が配下を動員させて頂きます。
しばしのご猶予を」
「あ、はい。
よろしくお願いします」
颯爽と部屋を出て行く帝国皇太子。
護衛の帝国騎士の人たちが黙って従う。
さすがだ。
「みんな凄いね。
落ち着いている」
思わず呟いたらラウネ嬢が律儀に応えてくれた。
「帝国でも魔王の顕現はございますので。
帝国軍はその対処を任されます」
なるほど。
土木工事が得意ということは自然災害の対処というか後始末には駆り出されるはずだよね。
帝国軍は帝国の各領地に分散して配置されているから、魔王顕現の近くにいた部隊が派遣されるんだろう。
つまり対応には慣れていると。
そんな戦力を持ってきてくれたのか。
ユマさんの仕込みなんだろうけどそれを平然と行えるオウルさんも凄い。
ユマさんが俺に向き直って言った。
「これから情報収集に入ります。
近日中に出発することになりますので、ご用意をお願いします」
「判りました。
ユマさんはこれから?」
「ララエ当局と折衝ですね。
準備は整っておりますのでご安心下さい」
任せておいていいわけか。
ユマさんも一礼して出て言ってしまった。
俺だけ手持ち無沙汰だなあ。
何も出来ないからね。
そもそもララエにいる必要があるのかどうか。
「ヤジマ皇子殿下がおられなければ、何も始まりません。
これだけの迅速な対応はヤジマ皇子殿下がおられればこその事でございます」
ラウネ嬢はそう慰めてくれるけど、何か俺、やっぱ仏像みたいなものかもしれない。
その場にあればいいとか(泣)。
だったらなるべくみんなの邪魔にならないようにじっとしているか。
「動きがあるのはユマ殿のおっしゃる通り明日以降になるかと。
それまではお休み下さい」
そう言われてもね。
落ち着かないなあ。
でもやることがないので居間でぼーっとしていたら、ヤジマ男爵館が騒がしくなってきた。
いつの間にかハマオルさんが戻って来ている。
それだけじゃなしに、居間から見えるヤジマ男爵領の敷地で人の動きが慌ただしい。
見ていると馬車が少しずつ動いているし、野生動物の往来も増しているようだ。
でも俺、何も出来ないんだよな。
これでいいのか。
「主殿はご命令すればよろしいと存じます。
後の事は我々配下にお任せ致したく」
それって現場では俺が無用だってことだよね?(泣)




