19.職探し?
そんなことより、俺にはどうも解せないことがあった。
確かに、ラナエ嬢の紹介もハスィー様の年齢詐称(違)問題も重大な要件ではあるだろうが、果たしてこんなランチにかこつけてまで打ち明けるほどのことだったのだろうか、ということだ。
それはまあ、ラナエ嬢はギルドとは何の関係もないんだから、プロジェクトの部屋や分室に呼びつけるというわけにはいかないことは判る。
でも、だったら俺もハスィー様も勤務日である今日、わざわざ昼休みに時間をとってまで強行する必要があっただろうか。
休みの日にでもゆっくり、プライベートで紹介した方がいいのではないのか。
それとも、急ぐ理由があるのか。
「マコトさんもお気づきになられたようですが、実は今回急遽ラナエとお引き合わせしたのには理由があります」
改めて、ハスィー様が言った。
「個人的なことで申し訳ないのですが、是非マコトさんにお願いしたいことがございまして」
いや、無理ですから。
俺って、そんなに大したもんじゃないです。
ドリトル先生の話をしただけの、チンケなサラリーマンですから。
ギルドの執行委員に頼られるほどの人材ではないので。
だが、お二人は聞く耳を持たなかった。
「ハスィー、わたくしから申し上げます」
ラナエ嬢が、姿勢を正して言った。
困るなあ。
「先ほども申した通り、わたくしは実家のしがらみから逃げている状態です。
ハスィーのアレスト家は大らかというか、末娘が好き勝手やっているのを黙認しているようですが、わたくしのミクファール家はそんなに甘くはありません。
告白いたしますと、わたくしは追い詰められています」
お見合いの話ですか?
「いえ、実はやらかしたおかげで、とりあえず結婚の話は落ち着いております。ですが、いずれは再開されるでしょう。そして、条件はさらに悪くなるはずです。
でも、それは大したことではありません。
問題は、現在のわたくしがニート化しているということです」
ニートって言ったよ!
こっちにもいるんだな。
じゃなくて、「ニート」という言葉自体は俺の魔素翻訳がそう訳しているだけだろうけど、ラノベでも貴族のぼんぼんが働きもしないで遊んでいる、という状態はよく出てくる。
本当にあるんだ。
やっぱりこのお嬢様、ニートだったのか。
しかも、超高学歴ニートだ。
日本で言えば、名家である一族に期待されて進学し、東大とかハーバードを出たはいいが、スキャンダルを起こしたあげく、仕事もせずに遊び回っているようなものだろう。しかも、働いている同級生の家に居候して。
外聞が悪いなんてもんじゃないな。
格式が高い家なら、尚更だ。
まして、ラナエ嬢は侯爵令嬢。
侯爵家としては、ラナエ嬢の存在自体を抹殺してしまいたくなるだろうな。
「その通りですわ。もういつでも、わたくしを引き取るための使節が来てもおかしくありません」
そしてその後、どこかに監禁されて、ほとぼりが冷めた頃に結婚とか。
あるいは、廃嫡されたあげくに修道女かもしれない。
そして、実家がそうすることを、誰も止められない。
侯爵家としては、問題のある身内を始末するだけのことなのだ。
確かに追い詰められているな。
「わたくしは、直接的にはラナエを助力できないのです」
ハスィー様が言った。
「適当な名目でギルドの職員として雇用することは、わたくしの権限で可能です。
ですが、わたくしはラナエと親しすぎます。
どんな理由を持ってきても、それは純然たる依怙贔屓にしか見えないでしょう。
ミクファール家からすれば、アレスト家に大きな借りを作ることになります」
「そんなことは、実家が許しません」
ラナエ嬢がため息をついた。
「アレスト家とミクファール家は、特に敵対しているというわけではありませんが、こんなつまらないことで借りを作って嬉しいはずがありません。
特にわたくしは、やらかしたおかげで実家にとってはもう、あまり使い道がない女です」
「使い道がない?」
「政略結婚のコマとしては、使い勝手が良くないということです」
ハスィー様が解説してくれた。
そうなのか。
ラノベでは、あまり出てこないパターンだ。
ていうか、そういうシーンは結構あるけど、お姫様自身は気にしないで主人公にくっついていくからな。
それで名を上げて、実家より優位に立ったりして。
現実は、そんなにうまく行くわけがない。
「その通りですわ。もう、わたくしのお相手はかなり格下しかいないでしょう。あるいは相手の格式が高くて条件が悪いとか。
それが駄目なら一生修道女ですね」
例えば高位貴族で高齢者の後妻とかだな。
縁戚関係を結んで家のために尽くす、本人の犠牲覚悟の特攻みたいなものだ。
生々しいなあ。
「もちろんここまで来た以上は、わたくしもそれなりの覚悟は出来ております。でも、まだ藻掻いてみたいのです」
まだ17歳だもんなあ。
ですから、とラナエ嬢は真剣な面持ちで俺を見つめてきた。
「ヤジママコト様、わたくしを雇っていただけないでしょうか」
え?
そんな権限、俺にはないよ?
俺ってギルドの職員とは言っても、臨時だし。
「出来ます」
ハスィー様が言った。
「マコトさんは、ギルドのプロジェクトの次席であると同時に、新事業の顧問を務めていただいております。
事業を行うにあたって、顧問は必要と思われる人材の雇用をギルドに推薦することが出来ます」
「それでしたら、ハスィー様の推薦の方が良いのでは」
「わたくしが動けば、どう見ても縁故採用になってしまいますから。
マコトさんが独自にラナエを見いだし、顧問の立場から是非ともプロジェクトのために必要な人材だとして推薦を行うことで、わたくしがそれを了承する、という形を取りたいのです」
なるほど、そういうことか。
これもまた、出来レースというわけだ。
ハスィー様の立場なら、俺以外の人に推薦して貰うことも不可能ではないだろうけど、それはやはり縁故を頼り、その誰かに借りを作ることになる。
まして、そんな見え見えの方法ではラナエ嬢の実家が納得するとは思えない。
その点、どこの誰とも知れない、それ故にハスィー様との繋がりを感じさせない俺の推薦なら、文句は出にくいだろう。
俺は、名目上は『栄冠の空』の冒険者として実績を上げて、プロジェクトにスカウトされたことになっているからな。
問題解決のプロとして、ラナエ嬢を見いだした、と言えばいいわけだ。
策士だなあ、お二人とも。
いいっスよ。
ハスィー様が了承しているのなら、推薦くらい、いくらでもさせて頂きます。
俺に責任なさそうだし(笑)。
そこが重要。
でもラナエ嬢にやってもらう仕事って、あるのかなあ。
まあ、それもハスィー様に考えて貰えばいいか。
俺にとっては美味しい話ではあるな。
事実上何もしないで、ハスィー様にもラナエ嬢にも貸しを作ることが出来る。
いやもちろん、俺はそんな貸しなんか、あっても使いませんけどね。
でも、出来れば俺がギルドを首になった時とかに、ちょっと思い出していただければありがたいかな、と。
というような内心の声は隠して、ここは決めておきたい。
「判りました。喜んで推薦させていただきます。というより、私から見てもハスィー様と同等の教育を受けたラナエ様は、得難い人材と思えます。
むしろ、こちらからお願いしてでもプロジェクトに参加して頂きたい」
俺、なんか最近、こういう口先の演技が上手くなってきたような気がする。
自分に責任がないとなったら、何だって言えるからな。
これが管理職ということか!(違)。
ラナエ嬢は、ぱっと顔を輝かせた。
よく見ると、凄い美少女ではないか。
前にも言ったけど、女の子って膨れていればブスになるし、笑っていれば誰でも美少女になるからな。
それを抜きにしても、ラナエ嬢が元々かなりの美少女であることには変わりはないと思う。
隣に規格外のエルフが座っているから、目立たないだけで。
「ヤジママコト様、ありがとうございます!
これで、わたくしは生き延びることができます」
「わたくしからもお礼をさせて頂きます。マコトさん、本当にありがとうございます」
美少女二人に感謝されて、にもかかわらず自分に責任がないって、最高だな。
それにしてもラナエ嬢の言い方は、大いに恥ずかしい。これだけは改めて貰いたい。
「私の名はヤジママコトですが、親しい方にはマコトと呼んで頂いています。
ラナエ様も、出来ればマコト、と呼んで頂きたいのですが。『様』は抜きで」
やっとハスィー様が恥ずかしそうにしている訳がわかったな。
名前に『様』をつけて呼ばれるのって、マジ恥ずかしいぞ。
もっとも、ハスィー様はちゃんとした理由があってそれなんだけど、俺なんか分不相応も甚だしいし。
「あら、でもわたくしの上司になられるわけですし、やはり『様』は必要なのでは。
現に、マコト様はハスィーに『様』付けしておられますし」
ラナエ嬢、やっぱ性格が悪いというか、ツンデレタイプだな。
「いや、『ハスィー様』はそういうものですから。私には是非とも『様』抜きでお願いします」
「仕方がありませんですわね。では、ハスィーに習ってマコトさん、でよろしいでしょうか」
「はい」
ハスィー様が、わたくしがそういうものって何なのでしょうか、と悩んでおられるが、それは仕方がない。
そういうものなんだから。
「それでは改めて、よろしくお願いいたします。マコトさん」
「こちらこそよろしく。ラナエさん」
やれやれ、これで何とかなるのかね?




