16.大学出?
プロジェクト分室の施設を一通り見回った後、俺はアレナさんに連れられてビジネスランチに向かっていた。
ランチって、あの店じゃないだろうな。
聞いてみたが、アレナさんは笑うだけだった。違うと信じたい。
ハスィー様も常連なのだろうか。
何かやたらに高級というか、格式が高そうで、ギルドの偉い人やお金持ちのご贔屓と聞いたけど、俺ってよくそんな店にいきなり飛び込んだもんだ。
知っていたら、絶対回避するって。
歩いているうちに、だんだんと道が広くなり、家は大きくなってくる。
これって、お屋敷街?
「はい。今日はハスィー様のご自宅でランチです」
おおっ、あの家か。
いい家だったなあ。
こないだは、最後にちょっと暗い雰囲気になって解散しちゃったのが残念だったけど、今回は大丈夫ということか。
いや、ちょっと待てよ。
あの家はレストランじゃないよね?
まさか、ハスィー様の手料理?
「いえ。ハスィー様はお忙しすぎて料理など作っている暇はないと思います。そうではなくて、ハスィー様の専属料理人がいますので」
アレナさんは当たり前のように言ったけど、それって凄いことなのでは。
ギルド執行委員ともなれば、ご自宅にコックがいるのか。
それともアレスト伯爵家の料理人か?
「違います。通いというか、ハスィー様がご自宅に人を招いてお食事をする時のための、臨時のコックがいるんですよ。
まあ、アレスト伯爵家縁の人らしいですけど。
普段は別の場所で働いているそうです。
ハスィー様の場合、晩餐会などは専門の業者に依頼しますが、少人数で内輪のお食事はその人に頼むと聞いています」
なるほど。
プライベートの食事会のようなものをやることもあるのか。
ギルド執行委員はともかく、アレスト伯爵家のご令嬢としては、非公式の食事会にしても、それなりの格式が必要になるのかもな。
あ、そういえばハスィー様が歓迎会をやってくれるという話だったけど、これがそうかも。
考えている内に、ハスィー邸が見えてきた。
「では、私はギルドに戻りますので」
アレナさんが唐突に言って、踵を返した。
え?
一緒じゃないんですか?
「本日は、本当に内輪の集まりで、ギルドとは関係がないとのことです。
マコトさんのご予定は、このまま直帰にしてありますから」
そんなに悪戯っぽく微笑まないでください。
しかしまあ、そう決まっているのなら仕方がない。
ハスィー様と差し向かいで食事か。
マナーが心配だ。
ウェイターとかウェイトレスさんが何人もいたらどうしよう。
アレナさんは消えてしまったしな。しょうがないか。
俺は、覚悟を決めてハスィー邸のドアを叩いた。
「はい」
「ヤジママコトです」
「お待ちしておりました」
何と、ドアを開けてくれたのはハスィー様ご自身だった。
てっきりお仕着せのメイドとかが出てくると思っていたんだが。
「お呼びだてして、申し訳ありませんでした。いらっしゃってくださって、ありがとうございます」
「お招き頂き、ありがとうございました」
ううっ、嫌だ嫌だ。
こんなの、サラリーマンの会話じゃないよ。
でもハスィー様相手だと、どうしても畏まってしまうんだよなあ。
ハスィー様は、そんな俺を見て微笑んでくれた。
「そんなに畏まらないでください。今日は私的な集まりですから、もっとざっくばらんで結構ですよ」
「はあ。努力します……」
ん?
集まり、ですか?
「はい。あの……少し、ご紹介しておきたい人がいまして」
ハスィー様がちょっと顔を反らせた。
何かあるのか。
嫌だなあ。
まあ、仕方がないか。
ハスィー様に先導されてエントランスを抜け、奥のリビングに入る。
その向こうのテラスのテーブルに、食事の用意がしてあるようだ。
いいなあお金持ち。
庭を眺めながらのランチか。
ランチといっても、ディナー並のコースなんだろうな。
期待が高まる。
その時、俺はやっと、リビングのソファーに座っている人がいることに気がついた。
小柄な身体。
ぞろっとしたフリフリのスカート。
これはあれだ。
今朝、俺の家に押しかけてきた美少女だ。
俺を睨み付けている。
「マコトさん、ご紹介させていただきます。こちらが、わたくしの同居人のラナエです」
ハスィー様の声が聞こえたが、どうしてそんな疲れたような口ぶりなんですか?
「あ、はい。ヤジママコトです。ヤジマは家名ですので、マコトと呼んでください」
考える間もなく、いつもの口上が出たが、ソファーの美少女は口を結んで黙ったままだった。
ハスィー様が、慌てて「ラナエ!」と呼ぶと、美少女は渋々口を開いた。
「ラナエ・ミクファールですわ。今朝は、どうも失礼いたしました」
あちゃー。
覚えていたか。
それはそうだろうな。大恥だっただろうし。
あの時は冒険者姿だったし、判らないだろうと期待していたんだが。
でも、ギルドの職員章を見せてしまったし、俺のはどうも上級職用らしいので、バレるのも仕方がないか。
「ラナエは、その、わたくしの『学友』です。今は、この家に滞在中です」
ハスィー様、なんか凄く言い辛い口調ですが、いいんですよ気を遣わなくて。
大体、判りましたから。
ハスィー様のご学友ってことは、やっぱりそれなりの身分なんですよね?
であれば、対処のしようはある。
「ラナエ様。今朝のことについては、お互いに誤解があったと思います。
あの時は、私の対応に問題がありました。申し訳ありませんでした」
言い終わって、きっちり30度の角度で頭を下げる。
サラリーマン四十八手(違)のひとつ、「謝罪」だ。ちなみに、上級技の「最敬礼」や、最高難度の「土下座」などもあるが、実のところ俺は大して悪いと思っていないので、中級技に留めた。
土下座は秘伝なので、俺も使ったことがないしな。ちなみに最敬礼は、俺のミスで顧客のデータを消してしまった時にやったことがある。
上司から「お前の技はまだ甘い」と叱られたけど。
熟達したくない技だ。
「あの時は、わたくしもいきなり使用人扱いなどして、失礼でした。お互いにもう忘れましょう」
ラナエ嬢は、俺の謝罪を見て満足してくれたようだった。立ち上がって、軽く頭を下げてくれた。
態度というか、口調が和らいでいる。
助かったぜ。
いや、別にこんなツンツンにどう思われようがどうでもいいが、ハスィー様の迷惑になったら嫌だからな。
「はいはい、もうこのお話はここでおしまいです。今日は、コフが腕によりを掛けてくれたランチですので、楽しんでくださいね」
ハスィー様の声も華やいでいる。
ほっとしたんだろうな。
下手すると、修羅場になっていたかもしれなかったんだし。
コフさんというのが、アレナさんが話していたコックか。
俺たちは、早速3人でテーブルについた。
どこからともなく現れた若いメイドさんが、というか多分メイドだろうと思われる人が、お茶を注いでくれる。
いや、ウェイトレスの仕事だけど、この場合はメイドだよね?
個人の住宅なんだし。
やっぱりメイドっていたんだ。
でも、残念ながら服装が俺の知っているメイドではなかった。
いやもちろん、ラノベやアニメに出てきたり、アキバで道端に立っている和製メイドを期待していたわけではないけど。
ハスィー邸のメイドは、どっちかというと執事とか何とかボーイと呼ばれる人たちの服装に似た、スポーティなシャツとズボンのウェイター服だった。
女性なのは体形から明らかだったけど、確かに給仕するのにゾロゾロしたスカートやフリルのついた上着、あるいはエプロンなんか必要ないよね。
むしろ邪魔。
こっちの世界では、合理的な判断が勝利を収めたらしい。
ちょっと残念。
お茶を飲みながら、疑問点を解消する。
「ラナエ様は、ハスィー様のご学友とおっしゃいましたか?」
「はい。学友とは聞き慣れない言葉だと思いますが、実は王都で学校という機関にいたことがありまして」
学園ものか。
ちょっと意外。
「学校があるのですか! すると、ハスィー様とラナエ様は、同級生といったところですか?」
ラナエ嬢は十代に見えるし、ハスィー様は俺より年上だろうから、違うかもしれないけど。
しかし、ハスィー様は驚いたようだった。
「マコトさん、学校をご存じなのですか?」
「はい。私のいた場所では、ほぼ全員が通いますよ。私も大学まで出ました」
出たことは確かだけど、ご学友と呼べるような人はあまりいないな。
いや、腐れ縁とか知り合い程度はいるけど、卒業と同時に大抵の奴とは連絡が絶えて、こっちからもあえて連絡しようとは思わないし。
友達なんかいないんだよ、俺には(泣)。
だが、ハスィー様が驚いたのは別の部分だったらしい。
「大学まで!」
ラナエ嬢も同調しているな。
ていうか、こっちにも大学ってあるのか?
「あります。でもそれは、将来的に国家の中枢を担う俊英が切磋琢磨する場か、あるいは学者たちが研究する機関であって、とてもわたくしたちが所属できるような場ではありません」
あ、このパターンはラノベにもあるぞ。
三流大学出とか在学中の主人公が異世界に行くと、そこは教育制度が遅れていて、大学と言えば最高の教育機関で世界に一つしかない。
その大学出ということで誤解されて、賢者扱いされるという。
現実にはそんなこと、あるはずがないだろう。
そんなご大層な大学なら、そこを出た奴が山道を一人でフラフラ出歩いていたり、冒険者やってるはずもないし。
「それで、マコトさんはあれだけの博識をお持ちなのですね!」
やっぱ誤解されたらしい。
ラノベって、案外正しいんじゃないのか。
まあ、いいけどね。




