15.インターミッション~シル・コット~
マコトはあいかわらずだった。
まったく変わっていない。
大出世したってのに、大したことじゃないような態度だ。
初めて会った時からそうだった。
普通なら、あんなに覇気がなくて事なかれ主義の男は冒険者には向かない。
実際、マコトはどう考えても冒険者という柄ではない。
出来なくはないだろうが、リーダーになることも、腕利きと呼ばれることもないだろう。
そのうちに歳をとって消えていくタイプだ。
そう思っていた。
その通りだった。
逆の意味で。
冒険者の器どころじゃなかった。
あっという間に認められてギルドに引き抜かれた。
そもそも『栄冠の空』に来たこと自体、マルト商会の思惑であってマコト本人の意志とは無関係だったらしい。
あるいは、最初から仕組まれていたのかもしれない。
『栄冠の空』は経験値を上げるための道場か何かだった可能性がある。
それでも、マコトが通り過ぎていったおかげで『栄冠の空』は大きなチャンスを掴んだ。
渉外の自分だからこそ判る。
このご時世、予算無制限のプロジェクトを独占で受注できるという幸運は普通ならまず有り得ない。
しかもこれはとっかかりに過ぎない。
これからどれだけ発展するのか見当もつかないのだ。
もっとも、おそらくだがマコトにとっては今の状況はほんの第一歩でしかないのだろう。
いや、『栄冠の空』はおろかギルドのアレスト市支部自体がステップのひとつにしか過ぎないのかもしれない。
どこまで昇っていくのか。
ぼんやり考えていると、呼ぶ声がした。
「シルさん。ただいま帰りました」
ホトウだった。
後ろにはパーティ『ハヤブサ』の面々も見える。
代表から、このプロジェクトに参加するメンバーは自由に選んでいいと言われていたのに、結局は自分のパーティを丸ごと連れてきたわけだ。
私とキディは代表の指示で参加したのでホトウは身内しか選ばなかったことになる。
その拘りは嫌いではないな。
「どうだった」
「万事順調です。
フクロオオカミのテンションが高すぎるのがちょっと心配ですが」
私は直接見ていないのだが、そんなに張り切っているのか?
ちょうどその時、フクロオオカミたちがのっそりと倉庫に入ってきた。
キディが先導しているが遠目で見ると幼児が超大型犬を躾けているようにしか見えない。
あいつの度胸もハンパないな。
さすが代表の娘。
「何人だった?」
「若いのが6人。
あと三番長老のミクスさんです。
いや一番張り切っているのがミクスさんだったりして」
そうなのか?
聞いていた話とちょっと違うな。
最後に入ってきた、ひときわ巨大なフクロオオカミがホトウを認めて小走りに駆け寄ってきた。
でかい。
周りの若いフクロオオカミを二廻りくらい上回っている。
そんなのが小走りとはいえ走ると大型の馬車か何かが暴走しているような迫力がある。
ちょっとびびった。
ホトウと私の前で急停止すると続いて風が吹き抜けていった。
動けば風を呼ぶのか。
大丈夫かギルド。
こんなのを雇用して。
そのフクロオオカミが吼えた。
「ホトウさん、こちらは?」
何と。はっきりとした言葉が伝わる。
若いフクロオオカミは片言だと聞いていたが長老ともなれば人間並みか。
「『栄冠の空』のシルさんです。
今回のフクロオオカミ雇用計画の現場担当者です。
シルさん、こちらが三番長老のミクスさん」
ホトウの奴、自分は自由に動きたいからと言って担当を押しつけてきた。
しょうがないから引き受けたが本当は責任者なんか柄ではないんだけどな。
まあ、現場のトップということだからそれだけマコトに接する機会も多くなるだろう。
そのメリットがなければ誰が引き受けるか。
「シルです。
何せ急造の事務所なので宿泊等色々と不備もあるかと思いますが、ご不満がありましたら言ってくだされば出来るだけ対処させていただきます」
「あら、ご丁寧にどうも。
ざっと観た限りではなかなかのものですよ。
私どもは基本野外で生活していますから、屋根のある場所に泊まると聞いただけで若い者達は興奮しています」
おや?
「失礼ですが、ミクスさんは女性ですか?」
「はい。
そうおっしゃるシルさんも女性ですよね?」
お互い見間違えられやすいタイプか。
でも良かった。
良さそうな人で。
うまくやれそうだ。
フクロオオカミ側も人選には苦労したのかもしれないな。
何せ前人未踏の状況だ。
マコトから聞き出したあやふやな情報だけで、これまで誰もやったことがない事業を立ち上げなければならないのだ。
しかもあまり余裕はないと聞いている。
ギルドの予算も初期段階では限られるだろうし、強引な立ち上げにギルド内部からも批判が高まっているらしい。
早急に何らかの成果を上げないとプロジェクトが空中分解する可能性だってあるのだ。
まあ、今回はとりあえず実験の要素が強いのでギルドもあまり無茶な要求はしてこないとは思うが。
「ではこれで。
ミクスさん、こちらです」
ホトウがフクロオオカミたちを引率して宿舎に当てられている方に向かった。
この倉庫はとにかくでかいからな。
フクロオオカミの群を泊める余裕は十分ある。
問題は彼らがちゃんと落ち着いてくれるのか、こっちの指示に従ってくれるのかということだが。
ホトウの奴を当てにして大丈夫だろうか。
ホトウに聞いたらマコトが言えば一発だよ、とか言っていたが……マコトって何者?
まあいい。
フクロオオカミが街に出かけて騒ぎを起こすなどという最悪の事態さえ避けられれば、あとはどうとでもなる。
このシル・コット、伊達に冒険者を名乗っているわけではないのだ。
駆け出しの頃は無茶をやったもんだ。
そのあげく帝国に居づらくなってこっちに来たわけだが、まあ大体気に入ってはいる。
私にとっての安寧の地を乱す奴は何者だろうが許してはおかない。
潰す。
それにしてもマコト、こっちに常駐にならないもんだろうか。
せめて頻繁に来るくらいのことはしてもいいのではないか。
プロジェクト次席といえば管理職、そうそうはギルド支部を離れないと聞いているが。
騒ぎが起きたら、来るかも(笑)。




