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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第五章 俺はギルドの臨時職員?
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13.使用人じゃない?

 玄関の方が騒がしかったが、俺は聞こえないふりをして二階に上がった。

 あの娘、どうみてもギルドの職員じゃないし、仕事に関係しているとも思えなかったからな。

 大体、こんな朝っぱらから人の家を訪ねてくること自体がおかしい。

 正体不明未確定人物には、カカワリアイにならない方がいい。

 ハスィー様も、変なのが接近してくるかもしれないから、用心するようにと言っていたし。

 服を脱いで、身体を拭いたりしているうちに、玄関の騒ぎは聞こえなくなっていた。

 諦めて帰ったらしい。

 やれやれ。

 不愉快な事は忘れることにして、ギルドに出勤するための服を着る。

 その時点で気がついた。

 一日警察署長の制服しかないじゃないか!

 まずい。

 昨日のうちに、通常服を貰うのを忘れていた。

 どうしたらいいんだろう。

 色々考えたが、結論としては仕方がないので儀礼用制服で出勤する、だった。

 だって、冒険者の服で出かけるわけにはいかないだろう。

 中途入社した会社、それも役職付きの立場で出勤する初日に、ジーパンとTシャツで出社するようなものだぞ。

 タキシードで行った方が、まだましだ。

 とびきり変な目で見られるとしても。

 仕方なく着替えて、玄関を出る時に辺りを見回してみたが、あの迷惑女の姿はなかった。

 何しに来たんだろう。

 スカートなんか履いて。

 前にも言ったけど、こっちの世界の女性は仕事中はめったにスカートを履かない。

 特に活動的な仕事の場合はほぼズボンだ。

 受付のキディちゃんはスカートを履いていたことがあったけど、外出する時はズボンに履き替えていた。

 さらに言えば、さっきの女が履いていたような、ズラズラしたスカートの仕事着は、まず有り得ない。

 あれは私服、それもお出かけ用だろう。

 本当に何者だったんだろうな。

 もう二度と会わないことを望むけど。

 一日警察署長服でギルドに出勤しても、誰も何も言わなかった。

 それどころか、制服を認めた人がみんな頭を下げてくる。

 いたたまれないなあ。

 俺って、物凄く自己顕示欲が強い奴だと思われているんだろうな。

 プロジェクトの部屋に入ると、まだ早いせいか人があまりいなかった。

「おはようございます、マコトさん」

 アレナさんが挨拶してくれた。

 一番で出社か。

 さすが内務担当。

「おはようございます」

「……どうしたんですか、その恰好。今日は式典はありませんが」

 判っているよ。

「いや、一般服を貰うのを忘れまして。着替えたいので、用意していただけませんか」

「一般服は、昨日のうちに用意して、ハスィー様にお渡ししましたが。

 お会いになりませんでしたか?」

「昨日は、『栄冠の空』に寄った後にすぐに宿舎に帰って休んでしまいましたので。

 尋ねてこられても、気がつかなかったのかもしれません」

「でしたら、今朝早くお届けに上がるはずですが。ハスィー様はもちろん無理ですが、使用人が届けるはずですよ」

 聞きながら、冷や汗が出てきた。

 ひょっとして、あの女の子はハスィー様の使用人だったのか?

 いや、だったらあんなに高飛車なはずがない。そもそもずらずらしたスカートを履いている使用人なんか、いるはずがないだろう。

「マコトさん、おはようございます」

 ハスィー様が部屋に入ってきた。

「おはようございます」

「? マコトさん、その儀礼服は」

「実は、一般服を受け取り損ねまして」

 これは間違いないか。

 だけど、あんな高慢な使用人はいないはずだ。

 使用人じゃないのか?

「おかしいですね。昨日お会いできなかったので、今朝は出社前に絶対お届けすると、タフィは申しておりましたのに」

 出社って聞こえたと言うことは、俺はもう、ギルドを自分の会社だと思っているのか。

 いや違う。

 問題はそこじゃないだろう。

 タフィさんというのか、あの女の子は。

 まずい。

 失礼なことをしてしまったか。

「私が朝の運動から帰ってきた時に、確かにそのタフィさんという人が玄関で待っていました。でも、スカートを履いた女の子でしたので、まさかハスィー様の使用人だとは思わず」

「スカートを履いた女の子? タフィは中年の女性ですが?」

「はい?」

 ハスィー様と俺は、顔を見合わせて絶句した。

 何か、お互いの認識に食い違いがある。

 突然、ハスィー様が上を見上げた。

 拳を握って、震えている。

 どうなさいました?

「……マコトさん。その使いの者は、スカートを履いていたとおっしゃいましたね」

「はい。それも、装飾の多い、かなり豪華なものとお見受けしました」

「若かったのですね」

「そうですね。まだ十代に見えました」

 ハスィー様が、ため息をついた。

「判りました。マコトさん、申し訳ありませんでした。わたくしに、心当たりがあります。

 その娘は、わたくしの使用人ではありません」

 そうなのか。

 やれやれ。

「あの、私がこの立場になったことで、色々と接近してくる人があるかもしれないと聞いていたので、撥ねつけてしまいましたが……まずかったですか」

「いいのです。当然の報いです。失礼いたしました。一般服は、早急にご用意いたします」

 ハスィー様は、なぜか黄昏れていた。

 わけが判らん。

 あのツンツンは誰だったんだろう。

 ハスィー様には、心当たりがありそうだが。

 疑問が解消されないまま、その他の人たちが出勤してきて、仕事が始まった。

 朝礼でもあるのかと思ったが、なかった。

 マレさんの話では、ハスィー様はそういったことには関心がないらしい。

 ただし、ギルドの他の部門では、毎朝朝礼をやって出欠を確認するところもあるとか。

 まあ、集団行動する部門なんかは、それやらないと収拾が付かなくなるだろうな。

 警備隊とか。

 ハスィー様が手配したのか、1時間くらいでギルドの一般服が届いたので、俺はようやく一日警察署長から解放された。

 助かった。

 トイレに行くことも出来なかったからな。

 ハスィー様は、着替えた俺を見て微笑んでくれたが、忙しいらしくて構っては貰えなかった。

 俺、仕事がないんだよね。

 次席といってもここで書類を決裁とかするわけでもないし。

 大体、俺はまだこっちの字がよく読めないから、書類を持ってこられてもどうしようもない。

 かといって、次席の席でいつまでもぼやっとしているというのもアレだし。

 トイレにでも隠れていようか、と思っていたら、アレナさんが声をかけてくれた。

「マコトさん、プロジェクトで確保した分室があるのですが、見ていただけないでしょうか」

「あ、はい。何でもやります」

 ジロッと見られた。

 「何でも」はまずかったか。

 でも、俺は基本的にぺーぺーなんだよ。

 偉い人の言い回しとか態度とか、判るはずがないでしょう。

 それでなくてもハスィー様には、上品な言い回しをしようとして悪戦苦闘しているのに。

 あ、もちろん、俺がいくら上品に話したとしても、それがそのままハスィー様や他の人に伝わるわけではない。

 だけど、判ってきたことがある。

 魔素翻訳って、必ずしも言ったとおりの言葉が伝わるわけではないということだ。

 これは単語の意味についてもそうなのだが、実はその言葉を発する時の感情や恣意にもかなり影響される。

 簡単に言えば、「判りました」という場合、こっちが怒っている時と喜んでいる時では、伝わる言葉が違ってくるらしいのだ。

 まさに本音が伝わってしまうわけで、ある意味物凄くやりにくい。

 嫌っている相手には、何を言ってもその感情がぶつけられてしまうわけだからな。

 社交辞令が効かない世界なのだ。

 それでも、こっちの世界に最初からいる人は慣れているようで、あまり感情は伝わってこないんだけどね。

 だが俺にはそんな気遣いは出来ない。

 俺、今まで常に本音で人と接してきたことになるんだよ!

 これに気づいた時は、その場で転げ回って苦しんだものだ。

 常に全裸でいたようなもんだからな。

 でも、どうしようもない。

 発してしまった言葉は消せない。

 だから、少なくともこれからは頑張ろうと思って、言葉には気をつけているのだ。

 魔素翻訳は、言葉を発しない限りは翻訳機能が働かないらしいから。

 でもなあ。

 俺もまだまだだから、今朝みたいに相手がツンツンしていると、つい本音で反応してしまうんだよね。

 だから、何とか何も言わないで通したんだけど。

 何か言ったら、イライラがそのまま伝わってしまいそうだったから。

 これからも気をつけよう。

「それでは、これからご一緒させていただいてよろしいでしょうか」

「はい」

 アレナさん、凄いな。

 この部屋の中だけは、完璧に次席に対する配下の態度を押し通すつもりらしい。

 周りに誰もいなくなると、いつもの態度に戻るんだけどね。

 やっぱバネェな。

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