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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第五章 俺はギルドの臨時職員?
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1.転職?

 それからは散々だった。

 追いついてきたギルドの荷馬車隊が峡谷に小振りなテントを張って仮の庁舎を造り、そこでギルド・アレスト市支部のハスィー様と、フクロオオカミ・マラライク氏族のホウムさんとの間で協定の調印式が行われた。

 立ち会いは教団のラヤ僧正猊下。

 堂々たる式で、これで正式に新しい協定が結ばれたことになるらしい。

 もっとも、今回の調印式で結ばれた協定は大雑把なもので、詳細については後日決めていくということだ。

 まだ、その詳細が決まっていないどころか、当人達にも判っていないのだから仕方がない。

 まあ、もともとギルドと野生動物との間の協定って簡単で自由裁量が大きいものが多いので、別に問題になることはないだろう、ということで。

 というのは、詳細な項目を決めてもイレギュラーな事態には即座には対処できない上、そもそも野生動物側に細かい規則を守る気があまりないということもある。

 思考能力は人間に近くても、動物なのでどうしても論理的な組立が不得手で、細かい規則を覚えたり守ったりすることが出来ない者も多いからだ。

 人類側としても、細則を決めても裁判になったりすることはめったにないし、大抵の場合はなあなあで解決するので、あまり意味がないことになる。

「フクロオオカミはテリトリーを守って行動する。具体的には峡谷には近づかない」というレベルで十分なのだそうだ。

 よって、今回結ばれた協定についても、「ギルドはフクロオオカミを雇用するための努力をする」といったいいかげんなもので、後は本人同士の信頼関係ということになる、らしい。

 もちろん、俺はそんなことには関係ないし、カカワリアイになりたくないので、『ハヤブサ』に混じって、かなり離れた所で待機していた。

 式典が進行している間、参加していないフクロオオカミの若い連中が話しかけてきて五月蠅かったが、そういう役目だと言われたので仕方がない。

 ただし、何か言質を取られると面倒になると言うことで、ホトウさんが俺のそばについて受け答えをサポートしてくれていた。

 助かった。

 だって、フクロオオカミの若いのって、どいつもこいつもツォルの奴と遜色ないでかさなのだ。

 体長3メートルの興奮した野生動物、しかも複数にまとわりつかれて、でかい吠え声を浴びせられ続けるって、ストレスが溜まるなんてもんじゃないぞ。

 ちなみに、ツォルの奴はまだ7歳だということが判明したので、「さん」付けは止めた。

 しかもツォルが「まことサンノ兄貴」などと呼び始め、それがあっという間に若いフクロオオカミの間に蔓延してしまって、俺はなぜかこのでかい連中の兄貴分ということにされてしまったのである。

 ホトウさん以下『ハヤブサ』の連中は笑っているだけだったし、ギルドや騎士団、警備隊の人たちは近寄ってこようとしなかったので、結局俺がフクロオオカミの若衆組担当ということになってしまった。

 嵌めやがったな、長老!

 ツォルたちの話では、フクロオオカミ・マラライク氏族の若衆の中でも、現状にモヤモヤしたものを感じていて、今回のギルドからの提案に是非乗りたい、と志願した連中がここに来ているとのことだった。

 実際には、長老が希望者をつのったところ、あまりにも多数の志願者が出て収拾がつかなくなったため、とりあえず面倒を起こさなそうな面々を選抜して連れてきているらしい。

 これだけやんちゃな連中が一番大人しいとしたら、フクロオオカミの若衆ってもう、どうにもならないんじゃない?

 ちなみに発端となったツォルの奴はむしろ問題児なのだが、発案者特典で参加してきている。

 この道を切り開いた先駆者ということで、若いフクロオオカミの間で人気急上昇中らしかった。

 それでちょっと天狗になっているみたいだったので、釘を差しておいた。

「人間社会では、礼儀が重要だぞ。まずは丁寧語を覚える必要がある。

 それに、自分の要求ばかり主張するんじゃなくて、相手の言うことをよく聞いて、目上の人の命令に従うことが大事だ。

 あ、相手が間違っていると思ったら、無条件で従うことはないぞ。

 ただし、その場合でもいきなり襲いかかるんじゃなくて、もっと偉い人に報告するんだ」

 そういうことを言ってやったら、若いフクロオオカミ【平均体長3メートル】たちはなぜか興奮して激しく同意した。

 俺に対して異様に従順になったので理由を聞いてみたら、早速目上の人に対して服従するという礼儀を実行しているということだった。

 なんでそんなに素直なのかと思ったら、未知の文化に触れて興奮しているのだそうだ。

 あ、つまりこれがツォルの言う「あの丘の向こう」なのか。

 要するにこいつら、自分たちの文化に飽き飽きしていたんだろうな。

 だから、違ったことであれば何でも取り入れて、貪欲に吸収しようとしている。

 ヤバいな。俺が間違っていると思われたら、ハスィー様あたりに言いつけられるかもしれない。

 それにしても、この好奇心と実行力はどうよ。

 このままだと、人類の方が置いていかれるかもしれないぞ。

 そういうわけで、式典が終わるまで若いフクロオオカミ連中の相手をさせられ、その後になぜか式典に参加した長老を初めとする大人のフクロオオカミ連中【全員が体長4メートル前後】にいちいち挨拶と質疑応答させられた俺は、終わった途端に疲労困憊して倒れたらしい。

 気がついたら帰りの馬車の中で、しかもハスィー様に膝枕されていた。

 飛び起きて天井に頭をぶつけ、痛みにクラクラしながらどうにか跪いて頭を下げる。

「も、申し訳ありません!」

 こともあろうにハスィー様のお膝を穢してしまうとは。

 恥ずかしくてまともに顔を見られないぞ。

「マコトさんは、本日の功労者ですから、このくらい当然です」

「本当に、あれほどうまく運んだ調印式は、初めてです」

 同席しているラヤ僧正様も言ってくれたが、何度も言うようだけど、俺って何かしたっけ?

 まあそれはそれとして、高貴なお二人と同席するのは恐れ多いということで馬車を出ようとしたら、止められた。

「今は帰途の最中ですし、ここでマコトさんがこの馬車を降りるためには、山道で隊列を止めなければなりません。せめて街に着くまでは、お乗りになっていて下さい」

「マコトは、ここでハスィーとプロジェクトの今後の進行について討議していることになっています。

 ここで降りたら、質問攻めにされますよ」

 そうですか。判りました。

 もう仕方がないです。

 開き直って椅子に腰を下ろす。

 前と同じく、対面にはギルド執行委員と教団の僧正様が並んで腰掛けた状況だ。

 俺は派遣の冒険者風情なのに。

「マコトさん、今後の展開について説明しておきたいと思います」

 ハスィー様が、真剣な声で言い出した。

「今回、ギルド支部長の裁可は頂きましたが、ほぼわたくしの独断で協定の締結まで持ち込みました。

 これで予算は下りますし、ギルドのプロジェクトが正式に発足して、本格的に実施していくことになります。

 ですが、まだ詳細がまったく決まっていません。というより、計画はあってもまだ絵に描いた餅で、実現可能かどうかすら判っていません。

 ここで躓いたり、成果が上がらないようなら、最悪プロジェクトの中止にまで追い込まれる可能性があります。

 何としてでも、このプロジェクトの最初のプランを成功させる必要があるのです」

 「絵に描いた餅」ってあるんだ。

 餅みたいなものが。

 それはそうとして、このプロジェクトは確かに危ういな。

 俺から見ても、ハスィー様のプランって泥縄式だし。

 フクロオオカミはやる気になっているけど、ギルド側の準備は全然整っていないどころか、影も形もない。

 特に、フクロオオカミ側のテンションが高すぎるのが問題だと思う。あれじゃあ、ギルドがグズグズしていたら暴れ出すぞ。

 そうなったらプロジェクトは空中分解してしまうだろう。

 はい。

 何としても、早急に成果を上げることが重要なのは判ります。

 でも、何で俺にそんなことを言うのですかハスィー様。

 俺、ただの派遣の冒険者ですよ。

「それについては、すでに『栄冠の空』およびマルト商会の代表から同意を得ています。

 マコトさんは、近日中に両者の所属を離れ、ギルドの特別職契約職員として採用されることになっています」

 な、なんだってーっ!

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