5.驚愕の事実?
だが安心は出来ない。
なぜなら俺はこっちの世界の金をまったく持っていないからだ。
社会人として、金の重要さは思い知っている。
金がなければ何も始まらないのだ。
異世界物の定番なら神様か何かから初期設定として通貨や換金可能なものを貰えるのだが、どうも俺の場合はそういう特典はなさそうだった。
チートどころか着の身着のままで放り出された。
どうしてくれるのだ。
まあ、就活の時に思い知っているけどな。
神様なんかいない。
というかいるかもしれないが、俺がピンチの時に都合良く助けてくれるような神様は存在しない。
人はいつだって、手持ちの材料で何とかするしかないのだ。
それにしてもなあ。
これからどうしよう。
そうこうしているうちに荷馬車隊は大きな建物が並んでいる通りにさしかかっていた。
倉庫街というところか。
そして馬車が止まり、恐れていた時が来た。
俺の馬車に乗っていた人たちが飛び降りて走っていく。
最後に俺が降りると、中年の見覚えがない人が俺に言った。
「ヤジママコトとやら。
到着だ。
荷物を下ろすので、ここからは少し歩く」
ぎこちない話し方だ。
さっきのガキ……少年や、あの商人さんに比べると、イマイチ切れ味が鈍そうだ。
「わかりました」
その人に付いていく。
荷馬車からぞろぞろと人が降りて、荷物を下ろしにかかっていた。
倉庫らしき建物からもバラバラと人が出てきて荷下ろし作業に加わる。
あの商人と名乗った男と、それから最初に出会った少女が立っていた。
俺を待っていたようだ。
中年の男は俺を引き渡すと荷馬車の方に戻っていった。
「さてと」
商人さんが不意に言った。
「いくつか聞きたいことがあるので、事務所に来て貰ってもいいかな」
「わかりました」
いいも悪いも、そうするしかないだろう。
少女は疑わしそうに俺を見ているが、何も言わなかった。
どういう立場なのだろう?
この男の娘か?
次世代の商人として見習いをやっているとか。
ところで商人さんの言葉が、また変化しているな。
ちょっとくだけたかんじになっているような。
倉庫から離れた、少し小さい事務所みたいな所に行く。
もちろん木造で、でも日本の家とは違っていた。
屋根が平らで、むしろアジアの南の方の比較的貧乏な家に近い。
グアムに行ったとき、こういう家をよくみたものだ。
もちろん、ここは自宅ではなくて現場の事務所なのだろう。
倉庫の管理業務をやる場所だ。
俺の会社は中小企業にも製品を販売していたので、俺はこういう簡易事務所にもしばしばお邪魔してパソコンにアプリをインストールとかしていた。
ああ、そういう雑用も俺の仕事だったのだ。
つまらない仕事ばかりだったけど、またやらせて貰えるのなら全力で励むんだが。
家の中はいくつか適当な大きさの部屋があるだけでがらんとしていた。
その中の一番大きくて机と椅子がいくつかあるだけの場所に落ち着くと、男はリラックスして女の子に合図する。
明らかに気が進まない様子で部屋を出て行く女の子。
それを見送ってから、商人さんは言った。
「ヤジママコト。
君は異邦人だろう」
口調がさらに砕けているよ。
まあいい。
異邦人。
どうとでも取れる言葉だ。
自分の国の人間ではない、つまり外国人という意味もあるし、文化がかけ離れた土地の人間という意味もある。
異邦というのは、場所よりむしろ文化的な違いを現す言葉だと思う。
いや、言葉か。
違う。
この男は異邦人と言ったわけではない。
発音がまったく違うのだ。
俺に、そう聞こえただけだ。
これってやっぱ、オー○力か。
「どうしてそう思うと?」
「言葉が違う」
商人さんは端的に言った。
「ヤジママコト。
そんな名前はこっちにはない。
それに私の名前が判らないんじゃないのか」
ばれていたのか。
しかし、それだけで異邦人とは。
外国人という意味ではないのだろう。
それにやはり言葉が違うことは大きい。
お互いに会話が成り立っているということは、言葉が違っても話が通じるのか。
それがデフォルトって、異世界パネェ。
俺が何も言えずにいると、商人さんはふむ、と頷いた。
「それでは改めて名乗ろう。
私はコルカ・マルトという」
今度ははっきり判った。
コルカ・マルトか。
その部分だけ区切ってはっきり発音したらしい。
何というか、くっきりと浮かび上がって聞こえた気がする。
「判りました。
コルカさんですね」
「コルカは名前だ。
家名はマルトだ。
マルトと呼んでくれ」
名前を呼ぶほど親しくないということか。
この辺りは日本、というよりは地球の文化と同じだな。
というよりは、人間社会では当たり前の規範か。
「ではマルトさん、ということで」
「よし。
ところで、質問に答えて貰ってないぞ」
何だったっけ。
ああ異邦人か、ということか。
「そうなりますね。
俺はこの辺りのものではありません」
「それだけじゃないだろう。
物凄く遠くから来たんじゃないのか。
それこそ歩いては行けないくらい」
マルトさん、知っているのか。
俺が絶句していると、マルトさんはため息をついて椅子にもたれかかった。
「長くなりそうだな……ああ、ご苦労」
女の子がお盆を持って部屋に入ってくるところだった。
無表情でマルトさんと俺の前にカップを置く。
この辺りは、万国共通というよりは、異世界共通なのか。
女の子はジロリと俺を眺めると出て行った。
話には参加しないらしい。
マルトさんはまず自分のカップを取り上げて俺のカップに少し注ぎ、それから俺のカップを持って自分のカップに注いだ。
……ああ、毒が入っていないことを証明する手続きか。
お互いに得体の知れない相手と酌み交わすんだから、当然か。
こんなのは地球にはないけど、納得は出来る。
あらかじめ自分には効かない毒を入れていたりしたら何の証明にもならないんだけどね。
しかし、ここで躊躇しても始まらない。
こっちは切羽詰まっているのだ。
俺は肩をすくめて、カップを取り上げて飲んだ。
爽やかな味の冷たい液体だった。
「ほお。判るのか」
マルトさんが面白そうに言う。
「判るというか、こうしないと始まらないでしょう」
俺もいいかげん偉そうだな。
でも、マルトさんの雰囲気がそうなんだよ。
この感覚は覚えがある。
顧客のやり手社長と話した時が、こんなかんじだった。
もっと踏み込めば判らないけど、とりあえずは信頼してもいいかもしれない。
「で、どうなんだ」
「そうですね。
おっしゃるとおりです。
気がついたらここにいました」
「自分の意志で、じゃないんだな」
「もちろんです」
ふむ、とマルトさんは考え込む。
なんか落ち着きすぎてないか。
今俺が話した内容って、簡単に受け入れられるものじゃないはずなんだが。
「よし判った。
ということは、この辺りで通用する金は持っていないな。
さらに言えば今夜の宿や食事についても見当がついてないと」
「そうですね」
話が速すぎるんじゃないのか。
マジで出来の悪い異世界ものになってきた気がする。
「よし。
とりあえず宿と食事は私が用意しよう。
もちろん君が良ければだが」
「……ありがとうございます。
でも、なぜでしょうか」
「なぜ、とは?」
「自分で言っておいてなんですが、こんな変なことを言っている私のことを信用していいんですか?」
マルトさんは、ニヤッと笑った。
「ヤジママコト。
その言葉がある意味証明している。
×◇●×では、○◆×から迷い込んでくる者は……珍しくないとは言わないが、前例があるんだ」
な、なんだってー!