13.教団御用達?
これはチャンスかもしれない。
「すみません。少し、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「何でしょうか」
「教えていただきたいことがあるんですが……お時間、大丈夫ですか」
「はい。まだ準備段階なので、比較的暇……というわけではないですが、自由に時間はとれます。
それに、ハスィー様から、マコトさんには聞かれたら何でも話すように言われていますし」
アレナさんもハスィー『様』なんだな。
ギルド内でも、やはり普通の職員としては扱われていないということか。
まあ、そうだよね。
例えば、俺の会社に何かの間違いで貴族が働きに来たら、やはり『様』がつくだろう。本人に対しては言わないにしても、第三者として話す場合はどうしてもそうなる。
それに、アレナさんも俺には理解できない発音で話しているので、本当に『様』をつけているのか判らないのだが、俺に聞こえる時点で『様』がついているということは、アレナさんもそう思っているということだ。
あいかわらず便利だな、魔素翻訳。
あれ?
でも、だとしたらハスィー様も『様』付けで呼ばれていることに気づいているのだろうか。
あ、そうか。
ハスィー様は、例えばアレナさんの話を言葉として聞くから、呼び名に『様』がついているかどうかは発音として判るわけだ。
意味的には様付きで聞こえるにしても。
俺の場合はストレートに内容が聞こえるから、気をつけないとな。
アレナさんは、ちょっと失礼と言って席に戻ると、自分のコップを持って戻ってきた。
じっくりと説明してくれるらしい。
実にありがたいけど、俺に対して少しサービス過剰なんじゃないか?
俺って立場的には、業者の派遣だぜ?
まあ、ホトウさんたちが常識として持っている知識がないので、タスク・フォースの要員として使い物にならないから教育してやる、と思われているのも判るのだが。
「どこから説明しましょうか?」
ええっと……何だったっけ教団の名前。
ええい、教団で通じるか?
「あ、はい。本当に申し訳ないんですが、『教団』について最初から教えてください。何も知らない相手と思って、基礎的なところから」
アレナさんは仕事柄、そういう所には詳しいはずだ。今まで聞きかじった知識は、いまいちまとまってなかったからな。
「わかりました。そうですね。では、マコトさんの質問に答える形で説明したいと思います。
どうぞ?」
通じたみたいだ。
でも顔が近いぞ!
アレナさんって、もう美少女という年頃ではないけど、美女というには成熟度が足りない気がする。
真面目だけど冷たくないし、委員長というわけではない。
どうもキャラ分類がしにくいな。
美人、ということころか。
昔の言葉で『別嬪』というのがあったと思うけど、その辺りかな。
いや、そんなことを考えている場合じゃない。
質問しなければ。
「それでは。まず教団は、帝国に本拠があると聞きましたが」
帝国の名前忘れた。
まあいいや。『帝国』で通じるらしいし。
「そうですね。本拠、というよりは本部ですが、一番多くの僧正様がいらっしゃる場所です」
「僧正様、というと、スウォークの方たちですか?」
「とは限りません。また、すべてのスウォークが僧正様というわけでもないんです。
このことについては、普通の人もよく知らないと思いますから、マコトさんが誤解するのも無理ないと思います」
いや、誤解はしてないと思うけど。
何せ、俺が生きて会った唯一のスウォークが僧正様だったわけで。もう一人は亡くなっていたしな。
喉切られて。
「そうですか。すると、帝国に本部があって、その他の国は支部ということですか」
「うーん。まあ、見た目はそうですけど、別に支部が本部の配下というわけではないです。そもそも、教団という組織はピラミッド型ではないんですよ。
僧正様がおられる場所が、まあ拠点ということです」
こっちにもピラミッドがあるのか。
「ええと、では帝国の本部で決めた事を、他の国の支部が守ったり、小さい拠点に通達したりするということは?」
「僧正様たちが集まって何か決める、ということはないです。集まるとすれば、僧正様たちが認識を共有するために情報交換する、という場合くらいですね。
僧正様たちには上下がありませんし、みんなで何か決めるために集まって投票するということもないです」
なんか違うな。
それ、もう組織じゃないだろう。
同じ考え方の指導者がたくさんいて、それぞれが別々に同じ事をしている、ということか。
指導者は、他の指導者に命令したり、逆に指示に従ったりする権利や義務があるわけではないと。
それでいて、全体としてはひとつの方向を向いていて、協力体制にはある。
何か共産主義の理想型みたいな話だな。
「ああ、そういえばスウォークの方って人間みたいに私利私欲がないと聞きましたが」
「それも、厳密に言えば違うと思います。
スウォークの方たちの考え方は、むしろ営利がないといった方がいいかと。
例えば、スウォークの僧正様がどうしたい、とおっしゃることはあります。それは僧正様の私欲といってもいいでしょうが、自己の利益を求めているわけではないんです。
だから私欲がないように見えるだけで、実際にはスウォークの方達って、割と自己の欲望に忠実ですよ」
アレナさんは笑って言った。
よくわからん。
理想的な指導者ってところかな。
仏陀とかキリストみたいなものか。
そんなのがぞろぞろいたら、確かにラノベに出てくるような教団が発生するわけがない。
キリスト教がピラミッド型の組織になったのは、キリストがいなかったからだ、とどっかで読んだことがあるもんな。
あるいは、キリストが一人しかおらず、後継者も出なかったからだと。
同時に複数のキリストが活動していたら、それは中央集権的な教団組織が出来るわけがない。
ってことは、俺に飯を奢ってくれたのは救世主だったのか!(違)
冗談はともかくとして、何となく判ってきたことがある。
この世界における宗教は、組織的に人を支配するものではないということだ。
魔素のせいだよな。
だって、話すだけで本音が伝わってしまうのだ。無知な農民を、難しい教義で誤魔化すということは、出来なくはないにしても難しいだろうな。
さらにスウォークがいることで、一定以上の権力の集中が起こらなくなる。
地球だったら、トカゲの形をしてしゃべる生物がいたら、即悪魔ということにされそうだが、魔素のせいで難しい。
何せ、こっちでは動物もしゃべるからな。
話してみればすぐに判るし、そもそも加害者として認識されにくいからだ。
誰かがみんなを扇動しようとしても、容易には乗らなくなる。
逆に、私利私欲がないように見えることで、無条件に聖者として認識されるかもしれない。
ああ、だから僧正様なのか。
人間も、スウォーク並になれば僧正様と呼ばれるんだろう。
そういう人たちは、多分(自分の倫理観に基づいて)好き勝手に活動しようとするから、ラノベの教会みたいな組織は生まれようがない。
聖騎士とかそういうのもないな。
魔法もないし、ある意味すごく単純な社会構造になりそうだ。
「……判りました。では次の質問ですが、僧正様って、どうやってなるんでしょうか」
「どうやって、というのは判りません。私は教団のものではないんで、詳しくは知らないんです。
でも、少なくとも、資格試験があるわけではなさそうです。私の想像では、多分他薦ではないかと考えています」
なるほど。
みんなの推薦という奴だな。
クラス委員長を決めるやり方だが、立候補できないわけで、それは自分が僧正やりたいと考えている人は駄目だろうな。
究極の民主主義か。
だからスウォークなんだろうな。
利欲がないということは、その人と付き合っている人が得をすることになる。そういう人はもちろん人気があるし、偉くなったとしても他に被害を与えることもない。
だから選ばれて僧正様と呼ばれるようになる、と。
まあ、地球でも聖人とか徳のある人と言われるのはそういう人だし、それがこっちではある意味組織的に行われているのだろう。
かくして僧正様はスウォークと、スウォーク並の聖人ばかりになるわけだ。
地球だったら、口が上手い悪党が人の良い聖人をバックにして好き勝手やる、という状況がありそうだが、こっちには魔素があるからな。
内心が丸わかりだ。
そんなことを僧正が許すはずがない。
物凄くやりやすいシステムになっているな。
理想的な宗教か。
そんなことを考えていると、アレナさんが尋ねてきた。
「なぜ教団について知りたいと? 普通に生活していると、あまり接触がないと思いますが」
「ああ、少し前にスウォークの僧正様にお会いして、ちょっと興味があったんです。でも、仕事にはあまり関係がなかったですね」
アレナさんは、大きく目を見開いた。
「僧正様とお会いしたのですか? どこで? どうやって?」
ん?
何か興奮させるようなこと言ったっけ?
ギルドの教団担当職員なら、日常的に接触しているのかと思ったけど。
「ええと、何といったっけ。ああそうだ、この店です」
いかん、店の名前忘れた。
慌てて懐から、あの板を出す。
アレナさんに渡すと、ぶるぶる震えだした。
「これ……教団御用達のお店です。しかも、これは特別会員章ではありませんか! マコトさんって……何者なんですか?」
いや、そう言われてもね。
偶然入った店でスウォークの僧正様と会って、次の日にシルさんたちと行ったらくれたんだけど。
それ、そんなに特別なものなの?
「このカードがあれば、予約なしにお店で食事できるんです! それはつまり、教団の方々とお会いできるということです。
僧正様ってお忙しいので、うまく予定が合わないとお会いすることも難しいんですよ!」
あー、それはビジネスマンとしては有効なカードだなあ。
でも俺、フラッと立ち寄ったら入れたんだけど?
アレナさん、なんでそんな眼で見るんだ?
止めてくれよ!
俺はただの派遣の業者だから!




