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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第四章 俺は派遣の冒険者?
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4.禁忌?

 それにしても、気になる言葉があった。

 禁忌って何だ?

 それを聞いてみると、俺以外の全員が厳粛な顔つきになった。

 ヤバかったか?

 だが、ハスィー様が説明してくれた。

「禁忌は、不吉なこと、避けるべきことです。具体的には、人間と会話が出来る高度な知的生物を虐待したり、あるいはむごたらしい方法で殺害したりすること、およびその状況を意味します」

「知的生物ですか……というと、ほとんどの動物が含まれる?」

「いえ、ここで言う『会話』とは、人間と流暢に話せるという意味です。叫び声に感情が籠もっている程度では、禁忌に該当しませんね」

 ふむ。

 動物と話せるといっても、レベルがあるのか。

 犬や猫は、地球でも言葉が通じればかなり流暢に捲し立てる気がするな。

 そういえば、『栄冠の空』の奴隷である馬のボルノさんは挨拶してくれたけど、あれって流暢とは言い難かった。

「この間のクエストで、ボルノさんという馬と挨拶を交わしたんですが、馬も対象ですか?」

「馬や牛程度では、違います。抽象概念の理解と、論理的な思考が出来ることが条件になります」

「馬は含まれない?」

「はい。彼らは抽象的な思考能力が欠けています。例えば、彼らは死を理解できません」

 ハスィー様が断定する。

 そうなのか。

 だったらフクロオオカミは?

 ツォルさんは、抽象概念を確実に理解していたぞ。

 何てったって、盗んだバイクで走り出しそうになっていたくらいだ。

「フクロオオカミですか。もちろん対象ですね。そもそも、禁忌対象であるほどの知性がなければ、ギルドが協定を結べるはずもありません」

 ああ、そうなんだ。

 だからボルノさんは奴隷で、ツォルさんは自由なんだ。

「もっとも、フクロオオカミなどの野生動物の死が禁忌かというと、それもちょっと違いますね」

 ハスィー様が続けた。

「ああいった自律行動ができて、自己防衛が可能な動物は、基本的には人間に準ずるとされています。人間の死体があったとしても、それは禁忌ではありませんでしょう?

 何か理由があって、亡くなったわけですから。例え他殺死体であったとしても、それは単なる遺体です」

 そうなのか?

 まあ、人が死ぬたびに禁忌が発生していたら大変だな。

 高校時代に習ったけど、日本でも平安時代は誰かが死んだら『穢れ』といって、その道を通れなくなったり、そっちの方向に行けなくなったりしたらしい。

 人なんかボロボロ死ぬから、不便でしょうがなかっただろう。

 当時は『人』の概念が今と違っていて、貴族以外は人じゃなかったそうなので、何とか社会が回っていたらしい。

 フクロオオカミなんか野生の動物だから、ちょっとしたことで死ぬだろうし、その度に禁忌が発生していたら大変だ。

 あれ?

 じゃあ禁忌って、物凄く条件が限定されるんじゃないのか?

「そうです。だからこその禁忌とも言えます。いいですか、寿命や事故で亡くなったり、何らかの理由で単に殺されたりしても、その状況は禁忌ではありません。

 問題は、呪いとも言うべき状況で殺害された場合なのです。人間と抽象的で高度な言葉を交わせる生物、それも野生動物ではないものが対象です。

 さらに言えば、抵抗できない状況で、残忍に殺害されたような場合が該当します」

 聞いているうちに、何か引っかかってくるものを感じた。

 俺は、禁忌の現場に遭遇したことがあるのではないか。

 そう、惨たらしい死体を見たことがある。

 あれは……?

「ハスィー様、もう少しよろしいでしょうか」

「はい。このプロジェクトを進める上で、避けては通れない問題ですから、何でも聞いて下さい」

「その禁忌対象の生物ですが、は虫類も含まれるのでしょうか。例えば大きなトカゲとか」

 ハスィー様は、眉をひそめた。

「大きなトカゲ……マコトさん、ひょっとしてスウォークを見たことがあるのですか?」

「スウォークというのですか。人間よりは小さいですが、体長が1メートルくらいあって、皮膚が……」

「何てこと! マコトさん、それはスウォークです! 紛う事なき禁忌対象です!」

 ハスィー様は、蒼白になっていた。

 キディちゃんも、強ばった顔つきで引いている。

 そうか、あれが禁忌か。

「そのスウォークですが、私が見たときは喉と腹を切られた状態でした。道端に放り出されていたんですが」

「マコトさん! その時、どうなさいました?」

「怖かったんで、よけて通りました」

 あの時は、本当に怖かったからな。

 いや禁忌とかは知らなかったけど、殺され方が常軌を逸していたからなあ。

 もっとも今考えてみると、あのスウォークとやらは姿は怖いけど、それほど獰猛だとか戦闘力が高いようには見えなかった。

 むしろ、ちょっと愛嬌があったような気もする。いや喉を切られていたから、愛嬌もくそもあったもんじゃないけど。

「良かった……。マコトさん、その話はここだけにしておきましょう。禁忌に関わると、場合によっては大問題になる可能性があります。

 マコトさんも、出来れば忘れて下さい」

 ハスィー様が真剣な表情で言ってくるが、俺としてはもっと踏み込んで知りたかった。

 だって、何も知らないまま忘れろでは危険すぎるだろう。今後も似たようなことがあるかもしれないのに。

「判りました。でも、スウォークについては教えてください。何が禁忌なのか、まだよく判りません」

 ハスィー様は、ため息をついてジェイルくんとキディちゃんを見やった。二人が頷くのを見て、俺に向き直る。

「そうですね。これから、スウォークに関わることが間違いなくあるでしょうし、知識がない状態でプロジェクトを進めるのは危険です。

 ここでお話ししておくべきでしょう。

 それでは、まずスウォークという種族は、今マコトさんがおっしゃった通り、大きなトカゲです。見た目はかなり怖い姿をしています」

 やっぱ、あれって怖いんだ。

 ていうか、こっちにもトカゲっているんだな。

 は虫類で通じたし。

 植生からして地球とほとんど同じだから、これって並行進化というよりは、もともとは何らかの関係があったと考えた方がいいかも。

 いや、今は禁忌のことに集中しないと。

「スウォークは、高度な知性を有しています。ただ、その知性が抽象概念に偏っていて、人類のように何かを作ったり環境を変えたりする方向には行かなかった種族なんです。

 だから、人類と覇権争いをするようなことにはなりませんでしたし、人類文明の黎明期にはむしろ精神的な導き手としての役目を果たしたこともあったようです」

 恐竜人というわけか。

 精神文明の方向に進んで、環境破壊はやらなかったということだな。

 地球でも、隕石が落ちてこなければ恐竜人が地球の頂点に立っていたらしいから、同じような状況だったのかもしれない。

「高度な知性があるので、言葉を持っていて、もちろん話せます。人間と対等以上の抽象的な議論が出来ますし、論理や倫理といった分野では、人間が教えを乞うことも多いくらいです。

 ただし、本人たちには俗世的な欲というものがなく、よって人間の社会では活動できません。利益のために働くという考え方が理解できないからです。

 つまり、彼らは『僧』です」

「と、いうことは、スウォークが殺されるようなことがあれば、それは禁忌と」

「はい。何の利害関係もない、知性ある生物を殺すことは、単なる殺人より悪質であると考えられています。特にスウォークは、自分から他に危害を加えることがほぼ有り得ない種族ですから、老衰や事故以外の死は禁忌となります。

 だから……マコトさんが見たものは、あってはならないものなのです」

 うーん。

 いまいち納得できないけど、そういうものなのかなあ。

 坊さん殺しは殺人より重い罪になるのか。

 というよりは、単なる犯罪ではなくて、人間存在の否定とか、そっちの方の意味が大きいのかも。

 スウォークか。

 死体しか見たことないけど、初めて地球にはいない生物が出てきたわけだ。あ、フクロオオカミさんは別として。

 生きているスウォークに会って、話してみたいな。多分、そのうち機会はあるだろうけど。

 ハスィー様も大分落ち着いてきたけど、これ以上動揺させるわけにもいかないし、この辺りでいいか。

 キディちゃんはタフそうだからいいとして。

 ジェイルくん、どうした。

 何か顔色が悪いぞ?

 君ほどの男でも、禁忌の話ってショックなのか?

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