3.何か誤解された?
何だって、とかまさか、といった言葉が伝わってくる。
いや違う。
何も言っていないのだが、そういう感情というか意志が伝わってくる気がする。
だが男はすぐに立ち直った。
穏やかな表情に戻って会話を再開する。
「それはそれは。ところで、もう暗くなりますが、これからどうするつもりですか」
なんか、言葉が丁寧になってないか?
「あー、実は道に迷いまして。どうすればいいのかな、と」
男は破顔した。
「なるほど。我々の定宿が近くにあるので、ご一緒にいかがですか」
おおっ!
これって異世界もののパターンではないか。
誘ってくれたのが美少女じゃないのが残念だが、そんなことを言っている余裕はない。
俺は安堵しながら言った。
「ありがとうございます。お世話になります」
男は笑顔で頷いた。
男の後ろについていく。
先ほどの女の子やその他の人たちと合流してしばらく進むと、数台の荷馬車が停まっていた。
そう、馬車だよ。
今時、馬が引く車だよ。
やっぱ、ラノベなんだろうなとがっくりしながら、そのうちの一台に乗り込む。
見知らぬ人の間に何の警戒もせずに入っていくという不用心さについては、敢えてスルーした。
ていうか、半ばヤケになっていたんだよね。
まっとうなサラリーマンである俺が、なんでこんな厨二な状況に遭遇しなければならないんだと。
いや遭遇ではないな。むしろ、俺の方がイレギュラーなんだろう。
それにしても、本当にこういうことってあるんだなあ。
俺もインドア派の常として割とそういう厨二な話は良く読む方だけど、実際にあるとは思わないよね、普通。
むっつり押し黙っていたせいか、一緒に馬車に乗った人たちは誰も話しかけてこなかった。むしろ微妙に距離を置かれている。
向こうにしてみれば、俺の方が不審者なわけで、ある意味当たり前だ。
だが、どうしてそんな怪しい奴を馬車に乗せてくれたんだろう。
ほっといた方が面倒がないだろうに。
いや待て。
そもそも、なんであの人たちはわざわざ馬車を降りて俺の方に来たんだ?
ちなみに、馬車が向かっているのは俺が歩いていたのと同じ方角だった。
俺は期せずして馬車の後を追いかけていたわけだ。
歩くより馬車の方が速いんだから、そのまま進めば俺なんか置いてけぼりに出来たはずなのに、あの人たちはわざわざ馬車を止めて、俺が追いつくのを待っていたことになる。
いやいや。
ちょっと待てよ。
俺の前を進んでいたということは、あのトカゲを始末したのはこの人たちなんじゃないのか?
気になるが、聞けない。
ヤバすぎるだろう。あんなでかいトカゲをスパッとやってしまうなんて、人間相手じゃないんだからいいのかもしれないけど、それにしても怖すぎる。
とりあえずは、足を休めながら運んで貰えているわけで、この状態は悪くない。
正直、あのまま日が暮れていたらどうなっていたことか。
だったらここは事を荒立てないで、とりあえず宿とやらに着くまではニュートラルにしておいた方がいいのかも。
一緒に馬車に乗っているのは、どうみてもあまり重要とは言えないように見える人たちだった。
あのでかい人や女の子はいない。
多分、あっちはこの集団の偉い人たちなのではないか。
得体の知れない男を拾った場合、とりあえずは重要人物からは遠ざけるよね。
こっちにいるのは、俺よりちょっと年上というかんじの若い男、年寄り、それから使い走り的な少年の3人である。
なんかもう、よく判るんだけど、これって集団の中では一番どうでもいいメンバーというか、重要な意志決定には関わらせて貰えないタイプの人たちだ。
俺の会社では時々業界のイベントに製品を出展することがあったけど、その時に俺たちぺーぺーや出入り業者、あとアルバイトの若い連中が実際の作業をやるのだ。
つまり、展示ブースを作ったりモノを運んだりといった実作業は、そういう下っ端がやる。
なんか、俺と一緒に馬車に乗っているのはそういう匂いがプンプンする人たちばっかなんだよなあ。
誰かに言われて、その通りのことをするタイプというか。
この中では、若い男が一番マシというか、立場が強いようである。
ジロジロ見るわけにもいかないので、薄目を開けて観察したところでは、若い男はさりげなく俺の方を伺っている。もっとも顔自体はそっぽを向いているが。
高齢者は俺には無関心でうつらうつらしているし、少年は逆に俺を熱心に観察している。
お前ら、分かり易すぎ。
しばらくは全員無言だったが、ついにたまりかねたのか、少年が言ってきた。
「あんた……○○○さんとはどういう関係なんだ?」
名前が聞き取れなかったが、多分あの偉そうな人だろうと思う。
無視するのも何なので、俺は当たり障りのない返事を返した。
「いや? 先ほど会ったばかりですが」
ガキ相手でも敬語を使うのが社会人である。
「それにしちゃ、なんか丁寧だったよな、○○○さん」
○○○さんって、あいかわらずよく聞き取れないけど、あの商人と名乗ったガタイがいい人のことだよな。
よっぽど変な名前なのだろうか。
でもあの人がこの集団というか馬車隊のリーダーらしいことは判る。
少年の呼び方に敬意が籠もっていたからだ。
「その、あの人ってどういう人なんですか」
名前が発音できないので、いい加減な聞き方になってしまった。
「○○○さん?
ああ、すげえ人だよ。
うーんと、金持ちだし、馬車もたくさん持っているし、みんなあの人に雇われているし」
この少年の頭はあまりよくないことが判った。
それ、全部同じ意味だろう。
「それより、あんただよ。
あんた、一体何なの?」
頭が悪そうな、じゃなくて悪い聞き方だな。
こいつとまともに会話する必要はないかもしれない。
だが一人前のサラリーマンは、相手がどんなに変でも敬意を持って対応するのだ。
失礼な態度をとって後になって後悔するのは御免だ。
例えば、この頭が悪そうな少年が偉い人の息子か何かだったりするかもしれない。
有りそうにもないけど。
「何と言われましても。
普通のサラリーマンですよ」
「さRA……りまン?
えっと、雇われ人?」
サラリーマンが通じない!
にもかかわらず、意味は伝わっているらしい。
何なんだこの人!
「ええまあ。
北聖システムという会社の」
「か……いSHA?
え、ああ、チームか」
少年は妙に納得したようだ。
会社も通じないのに、内容だけは理解している。
いや、うちの会社はチームじゃないけど。
ていうか、この少年、チームって発音したのか?
なんか違う言葉に聞こえたけど。
でもチームって言ったよなあ。
どうみても、何か変だ。
やはり情報を聞き出すしかないか。
押し黙っている若い男が気になるが、口の軽そうなこのガキ……いや少年にダイレクトに聞けば、ある程度のことは判るかもしれない。
俺は勤めて気安く聞いた。
「ところで、この馬車というか荷車隊のリーダー、○◆△さんでしたっけ?
あの人はどういう人なんでしょうか。
商人とお聞きしましたが」
物凄く頭が悪い聞き方をしてしまったが、あくまでこの少年のレベルに合わせたつもりだ。
俺の頭が悪いからではない。
ちなみに○◆△の部分は適当に言った。
少年はすぐに答えた。
○◆△さんも判ったらしい。いいのかそれで。
「○○○さんは、中央市でもお金持ちの方の商人だよ。
ギルドのメンバーでもあるし。
本当なら、こんな荷車隊に同行する立場じゃないんだけど、今回は何か重要な商談があったみたいで」
ギルド?