1.アレスト市?
衝撃の異動通知の後、今日は帰っていいと言われたが、ハスィー様から打ち合わせをしておきたいということで、適当な場所に移動することになった。
ただし、まだ朝早くて店のたぐいは開いていないそうだ。こっちにはファミレスや喫茶店のモーニングとかないんだろうな。
どうしようかと思ったが、ハスィー様が思い当たる場所があるということで、みんな揃って『栄冠の空』を出る。
みんなというのは、俺とハスィー様に加えてジェイルくんと、なぜか受付嬢のキディちゃんである。何でも、モス代表の名代として話を聞くらしい。
まあ、ハスィー様はギルド職員だし、ジェイルくんはマルト商会だから、『栄冠の空』としても誰か立ち会わせておきたいというところだろう。
しかし何だね。
俺以外は美女・美少女とイケメンである。
いや、俺自身はそんなに意識してはいないんだけど、やっぱりひとりだけ平凡顔だとちょっと凹むね。
おまけに男女比が2対2なので、俺の相手がハズレという雰囲気がある。
嫌だなあ。
「どうかされましたか?」
ハスィー様が振り返って聞いてきた。
「何でもないです」
ホントに何でもないんだから、気にしないで下さい。
それにしても、俺が気にするかどうかは別として、周りの人は結構気にしているようだ。
かなり人通りが増えてきていて、頻繁にすれ違うのだが、そのほぼ全員が頭を下げていくのだ。
俺なんかにそんなことをするはずもないし、ジェイルくんと二人で出かけた時もそんな状況には遭遇しなかったから、男2人は問題外。
キディちゃんのネコミミ髪は目立つけど、結構似たような人がいるので(髪が鬣のようになっていたり、シッポに見える太い紐を腰から下げていたりする人がちらほらいる)、際だっているというほどではない。
だとすると、これはもうハスィー様でしか有り得ないよな。
まあ、実際に眼も眩むような美女なんだから、ガン見されたり、すれ違って振り返られたりするのはむしろ当たり前なんだが、そうではなくて全員がすれ違う前に頭を下げるのだ。
そう、偉い人に会った時みたいに。
ギルド職員って、そんなに権威があるのか?
この街の住民の命運を握っているとか。
でも、イメージ的には市役所の役人なんだけどなあ。
それとも、やっぱりエルフってこっちでも崇拝されているのだろうか。
ハスィー様は、居心地が悪そうだった。
無理もない。
頭を下げられるたびに、律儀に軽く頷いたりちょっと挨拶し返しているのだが、あまりにも頻繁で大変そうだ。
ひっきりなしにピョコピョコ頭を下げているヒヨコのようでもある。
豪奢な金髪なので、ヒヨコというには華麗に過ぎるけど、おどおどした態度に見えてちょっと笑えた。
いやもちろん、そんな失礼なことはしないけど。
ハスィー様は早足で歩き、お屋敷街に向かう。
こっちの方には来たことないな。
でかい屋敷が並んでいるだけで、あまり面白くない。それに、下手にうろつくと挙動不審人物としてマークされそうな気がして、結局一度も足を踏み入れていない。
「こちらです」
道が広くなり、舗装はされていないものの綺麗になり、両側の家で邸宅になったところで、ハスィー様はある一軒の門をくぐった。
両側の家よりは小さいが、それでも十分にお屋敷と言える、2階建ての家である。
こっちの建材は主に木なので、なんとなく和風の匂いが漂っているが、建築様式としてはむしろ西洋、というよりは北欧に近い。
「ここは?」
「わたくしの住んでいる家です。ご遠慮なさらないで下さいね」
何と。
ハスィー様のご自宅か!
ご家族にも挨拶出来るのかな。
なんせ、エルフのご一家だ。
凄い美形のご両親と、美少女の妹とか。兄貴はいらないけど。
ん?
ハスィー様の言い方、ちょっと変じゃなかったっけ?
自宅じゃなかったような。
下宿しているとか?
ハスィー様は、鍵を使うまでもなくドアを開けて「どうぞ」と招いてくれた。
泥棒の心配とかしてないのだろうか。
この辺りは安全なのかな。
お屋敷街ということで、警備が厳しいとか。
まあとにかく、俺たちはエルフの家訪問という貴重な体験をさせていただけるわけだ。
玄関から入った所は、ちょっとしたエントランスでがらんとした部屋だった。
その奥のドアを開けると、裏庭に面したリビングらしい部屋になっている。
ソファーとかあったりして。
おお、引き戸にガラスがはまっている!
そして、その向こう側はテラスになっていた。テーブルと椅子が何脚か。
いやあ、こっちにも金持ちっているんだなあ。当たり前だけど。
マルト商会の寮しか知らないので、物凄く新鮮だった。マルトさんやソラルちゃんは、お金持ちだから似たような家に住んでいるのかもしれないが、行ったことないしな。
キディちゃんも大手の冒険者チームの代表のご令嬢だから、結構豊かな生活をしているのかもしれない。だけど、物珍しそうに辺りを見回しているところをみると、やはりエルフが住む家は珍しいんだろう。
ジェイルくんは、まあ庶民だろうが、こっちは動じていない。
プロだな。サラリーマンの。
ハスィー様は俺たちをテーブルに誘って、ご自分は奥に引っ込んだと思うと、すぐにお茶を持ってきた。
用意してあったらしい。
最初からこうするつもりだったみたいだな。
全員の前にカップが並び、中央にお茶請けがセットされた後、ハスィー様は改めて頭を下げた。
「お忙しい所をいらしていただいて、ありがとうございます」
上品。
気品。
エルフって凄い!
ラノベは正しいぞ。どう見ても、人類より上位の存在だ。
もっともハスィー様自身は別に耳が尖っているわけでも何でもなく、ただ物凄い美人というだけなので、本当にエルフが高位の存在なのかどうかは判らないけどね。
ハスィー様個人が高貴だという可能性もある。
「本日は、非公式ですが色々とご説明させていただきたく思っています。突然のことで、戸惑っておられるとは思いますが、ご容赦下さい」
なぜ俺を見て言うんですか。
それはいいとして、ホント人種が違うわ。
どうすればいいんだよ。
すると、ジェイルくんがお茶を一口啜った後で言ってくれた。
「今回は、『栄冠の空』からの提案が元になっていると聞いています。私もあらかじめ概要は聞いておりますが、詳細は知りませんので、一緒に聞かせていただいてよろしいでしょうか」
「もちろんです。ご質問等ありましたら、遠慮なく言ってくださいね」
社交辞令が高度すぎて、なかなか話が始まらないな。こういうのって上流階級の社交というんだろうか。
ハスィー様は、俺を見てまた頭を下げた。
「失礼しました。ヤジママコトさんには何のことか判りませんですよね。改めて自己紹介させていただきます。わたくしはギルド調整局のハスィー・アレストと申します。
今回、ヤジママコトさんとご一緒に新しいタスクフォースを立ち上げることになりましたので、よろしくお願いいたします」
おい!
なんか凄い単語がポンポン出てきているぞ!
ギルドの調整局?
タスクフォース?
俺と一緒に仕事するって?
このハスィー様と?
いや、とりあえずは挨拶だ。
「ご丁寧にどうも。改めましてヤジママコトです。ヤジマは家名ですので、私のことはマコトと呼んで下さい……」
ちょっと待て。
ハスィー様の名前、どっかで聞いたことがあるような。
そう、ソラルちゃんに観光案内して貰った時や、ジェイルくんたちとの会話の中で、この街の名前として出てきたんじゃないか。
アレスト市。
あれ?
「ハスィー様は、アレスト市のご領主であられる現アレスト伯爵閣下のご令嬢です。ギルド支部長などより有名人なんですよ」
ジェイルくんが説明してくれたが、ハスィー様は「『様』は止めて下さいって、いつも言っているのに」とご不満そうだった。
伯爵令嬢?
エルフが?




