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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第一章 俺は不法入国の外国人?
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2.警告?

 死骸が道端に放り出してあった、という理由については色々と考えられる。

 普通、あれだけの大きさの獲物を仕留めたら、やはり持ち帰ろうとするのではないか。喰うにせよ、ギルドに届けて換金するにせよ。いやギルドって何だよ。

 それがないということは、単に殺すために切って放置した、ということなのだろうか。襲われて正当防衛で倒したのかもしれない。

 だが、あの辺りの地面は特に乱れてなかったし、血が飛び散っているということもなかった。つまり格闘とか闘った痕はなかった。死骸の腹からは臓物に紛れてかなりの体液が出ていたが、それだけだ。

 あのトカゲは無抵抗で殺されたのだろうか。ただあの場所で切られて死んだ、そして殺した者はそれを放置したと。

 そして、殺害者は刃物で武装している。

 思わずぶるっと震えた俺は、こそこそと道の端の方に寄った。そんなことをしても意味はないのだが、何となく道の真ん中にいるよりは安全な気がする。

 しばらく歩き続けたが、景色も変わらないし誰にも会わない。いや会いたいかどうかは微妙なところだった。あのトカゲを切ったような相手には会いたくはない。

 しかし、今のままではどうにもならないのも確かなのだ。そのうちに日が暮れて、明かりのないまま取り残されたらどうなるのか。

 あのトカゲのたぐいが襲ってきたら。

 そう思うと、思わず早足になる俺であった。

 舐めていたなあ、と俺はため息をついた。

 もうかなり日が傾いている。あいかわらず、誰もいない道をとぼとぼと歩いているのだが、どのくらい来たか。数時間は歩いている気がする。おかげで、足の裏が痛い。革靴なのだ。

 膝もガクガクで、もはや機械的に足を交互に動かしているだけだ。

 もともと学生時代もインドア派だった俺である。就職してからも、多少は使い走りで外出するものの、基本的には自分の机でパソコンに向かっていた。

 つまり、鍛えていないどころか、運動に慣れてすらいないのだ。今までもったのが不思議なほどである。

 それでも、もう駄目だと叫んで座り込まなかったのは、それをやってしまったらおしまいになってしまうことが判っていたからだ。

 さらに、あのトカゲの末路が脳裏にちらつくのも大きい。まあ、歩いていようが座り込んでいようが、あまり結果は変わらない気もするが、何かしていないと落ち着かないことも確かなのだ。

 でも、もう駄目だ。

 何度目か、そう思った途端だった。

 不意に視線を感じた。

 足下を見ていた視線を上げると、思いがけないほど近くに誰かが立っていた。

 足が止まる。

 怖いと言うよりは、驚きで身体が動かない。 相手も動かない。ただジロジロとこちらを眺めているだけだ。

 まるまる1分間くらいはにらみ合いが続いただろうか。

 突然、言われた。

「あなた、誰?」

 おお。言葉がわかる。

 やはりここは日本だ。良かった良かった。

「返事は?」

 しかも女の子だ。女性ではなく、未成年である。やはりラノベか。

 さらに言うと可愛い。黒髪ショートで、俺の好みからは外れているが、可愛ければ何でもいい。カワイイは正義だ。

「……」

 言葉が出ない。なんてこった。疲れ切っていて、話せないなんて。

 女の子は、不意に顔をしかめた。かすかな嫌悪の色が走り、それからくるりと向きを変えて、一目散に走り出した。

 行ってしまった。

 その間、俺は馬鹿みたいに突っ立ったままだった。頭の中がぐるぐる回っていて、反応すら出来なかった。

 なんだよこれ。

 ラノベにしても下手すぎだろう。ていうか、主人公ならちゃんと反応できるはずだ。俺は、やはり主人公ではないのか。

 いや違う。つまらないことを考えてないで、何とかするべきだろう。

 女の子は、カーブした道の向こうに消えてしまい、俺が馬鹿みたいに取り残されているだけである。これは厨二がどうというよりは、むしろ生命の危機なのではないか。もう日が暮れかけているのに、ここで取り残されたらおしまいになってしまう。

 待ってくれ、と叫んだつもりがかすれた声しか出ない。おまけに足も動かない。どうしたってんだと焦っているうちに、問題は解決した。

 道の向こうから、数人の人影が現れたのである。

 あの女の子を先頭に、あとは成人男性ばかりだった。いずれもガタイがでかい。肉体労働関係の人たちに見える。

 女の子が俺を指さして何か言っていたが、よく聞こえない。ていうか、言葉がわからない。

 さっきは日本語を話していたような気がするが、ひょっとしたらやはり外国なのか。

 グループのリーダーらしい、ひときわ大柄な男が女の子に頷いて、こっちに向かってきた。あとの人たちはその場所に立ち止まって待機の構えのようだ。

 男は、俺の目の前まで来ると立ち止まって両手の平をこちらに向けて見せた。

「先ほどは失礼した。突然のことで、あの子も驚いたらしい」

「いえ」

 何とか声が出た。

 改めて目の前に立たれてみると、でかい。俺の身長は175くらいだが、確実に10センチは上だ。下手したら190は越えているかもしれない。

 エラの張った濃い顔で、西洋人なのか東洋人なのかよく判らない。黒人や北欧系ではないことは確かだが。

 顔だけでなく、胴体や手足も太い。荒事専門のように見える。こんなのとやり合うのは御免だ。

「まず、こちらから自己紹介する。私は○○○という。商人だ」

 名前の部分が聞き取れなかった。よほど変わった名前なのかもしれない。だが、言葉が通じるという僥倖に、俺は舞い上がった。これで助かった。

「八島誠と言います。北聖システムに勤めております」

 言いながら名刺を出しかけて、何とか思いとどまる。何か変だな、という気がするのだ。大体、自己紹介が商人ってのが変だろう。うかつに名刺なんか出すもんじゃない。

 そこら辺については、入社したときの研修でも、先輩にくっついて回った営業の時も、何度も叩き込まれた。情報は、渡す相手を選別しなければならない。下手に名刺をばらまいて、悪用されでもしたら俺自身はもとより会社の不利益に直結する。

 だが男は、俺の言葉にひっかかったようだった。

「ほお。ホークセィシテェムとはどのような……?」

「中小企業向けパッケージシステムを中心に、各種アプリケーションの開発・運用を専門としております」

 この辺りはスラスラ出る。

 幕張で毎年やっているビジネスショウとか、中小企業向けのパッケージシステム説明会などで、何度もお客様の相手をしたことがあるのだ。最初はシドロモドロだったけど、1年もやればプロだ。

 だが、男はますます怪訝な顔になっただけだった。途方に暮れた、と言いたいほどの顔つきだ。

 そういう人は、実は結構いる。

 お盆などで田舎に帰って、親戚の人たちにどんな会社に入ったのかと聞かれた時なんかがそうだ。

 ソフトウェア開発会社に就職したといくら説明しても、あの人たちは漠然と工場でパソコンを組み立てているというようなイメージしか湧かないらしい。

 まあ、俺自体が何やっているのか判らないので、うまく説明できないこともあるのだが。

「あー。それは何を……」

 仕方がない。とりあえず専門用語で誤魔化すしかない。

「小規模なシステムやアプリケーションの開発ですね」

 もうろん、判りはしないだろう。これで、質問の方向性を変えてくれたら儲けもの、というくらいのつもりだったんだが。

 男は、はっきりと顔色を変えた。

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