16.美女?
俺はシルさんをまじまじと見つめてしまった。シルさんは決まり悪げに視線を逸らす。
「す、すみません。つい」
「いや、かまわない。これを聞くと、最初はみんなそうなる。だが、別にドワーフだからといってみんなとそんなに違っているわけではないんだが」
そうなのか?
ていうか、そもそも俺の耳にドワーフと聞こえているのだが、ハスィーさんもこのシルさんも、別に人間と違っているところはない気がする。
いや、ハスィーさんは人類とは思えないくらいの美女だったし、シルさんも物凄いイケメンなんだが。
だったらなぜ、エルフとかドワーフとかに翻訳されて聞こえるんだろう。
俺の知識はほぼラノベというかファンタジーで、それも和製のそれだから、エルフの特徴として耳が長かったり、ドワーフは背が低かったりというもののはずだが。
「重ね重ねすみません。本当によく知らないので、ドワーフの人の特徴って何なのでしょうか」
「特徴か」
「私の住んでいた場所には、エルフもドワーフもいなかったんです。それに、おっしゃる通り、ハスィーさんやシルさんが私と違っているところが見つからなくて」
おいおい、聞きようによってはずいぶん失礼なことを平気で言うよな、俺。
だが、シルさんは気を悪くしたふうでもなく、ふむ、と頷いて言った。
「そうだな。時々聞かれるが、確かに表立って違っている所はない。混血も可能だし、実際には人間にもエルフやドワーフの血が少なからず混入していると考えられている」
血、という概念があるのか。
つまりは遺伝子だな。遺伝という科学的な根拠がすでに発見されているのかどうか判らないが、少なくとも子供は親に似るとか、違った人種の間でも血が混じり合うといった知識は広まっているようだ。
まあ、これは遺伝の法則が発見される前から、地球でも判っていたことだけど。経験則で判るから。
「だから、エルフやドワーフは種族というよりは人種といった方がいいかもしれないな。エルフの中にも人やドワーフに近い者もいるし、その逆も同じだ」
「でしたら、どうやって見分けるのでしょうか」
シルさんはふとジェイルくんを見た。
ジェイルくんは苦笑して言う。
「マコトさん、私たちだって、明確に見分けることはできないんですよ。
ただ、何となく判ります。見た目だけでなくて、行動や考え方などで」
「ということは、エルフやドワーフってもう、単に人間の人種のひとつということですか」
「そうなりますね」
うーん。
するとアレか。
白人種とか黒人種とかと同じようなものか。
いやむしろ、アングロサクソンとかアーリア人とかいった、民族的な概念に近いかもしれない。
混血が可能で、だが見た目や態度で推定できるといったら、そのくらいだもんな。
アジア系と北欧系は見た目が明確に違うけど、同じ人類だ。子供も作れるけど、何も知らない人が見たらまったく違った種族に見えないこともない。
あ、なるほど。
ひょっとして、魔素の翻訳機能って無意識のイメージも使っているのかな。
「あの、エルフの人は森を好むとか、ドワーフの人は山好きで大酒飲みとかの特徴がありますか?」
シルさんがニヤッと笑った。
「ほう。見事に言い当てているな、ドワーフの酒好きを。
平地より山が好きなのもその通りだ」
「それに、エルフの人たちは確かに自然愛好家と言われてますね」
ジェイルくんが口を挟む。
「そういった分類が出来るとは気づかなかったな」
「まあ、エルフがみんな森好きで、ドワーフは全員飲んべえかと言われれば違う気もしますが」
「だが、大まかに言ってマコトが見抜いた通りの性格であることは間違いないな」
なるほど。
性格かよ。
エルフは森の人で、ドワーフは鍛冶屋、というのはラノベやゲームの共通概念だが、というよりは元々のヨーロッパの伝承から来ているらしいけど、俺の中にそういう固定観念があるから、魔素はそう翻訳したのか。
ストレートだな。
多分、こっちの言葉ではエルフやドワーフにあたる単語は地球でいう北欧人とか地中海人とか、そういうものなのだろう。
たまたま俺の知識にそれが当てはまってしまったから、エルフだのドワーフだのになっただけで。
「エルフは美形が多いとか、ドワーフも女性は美人だというのも当たってますか?」
俺が調子に乗って言うと、シルさんは目をぱちくりさせた。
なぜかジェイルくんはくすくす笑っている。
「え? どうかしましたか」
「いや……マコト、ひょっとして私が女だってこと、気づいてなかったのか?」
シルさんがそう言って、マントを脱いだ。
胸が凄い。
腰が細い。
あれ?
「す、すみませんでした!」
「こんな仕事をしていると、性別で対応が違ってくることがあるからな。特に渉外担当は、舐められたら終わりというところがあるし」
だから、普段からマントで身体の特徴を隠しているんだ、とシルさんは笑ったが、俺はドキドキが収まらなかった。
いや、凄いイケメンだとは思っていたけど、女性とは。そう思ってみると、確かに顔や身体の線は柔らかい。
背は高いけど、筋肉隆々というイメージではない。鍛えているから一見ゴツく見えただけで、実際には見事に女性体型だった。
いやー、先入観って恐ろしいね。
改めて見直すと、シルさんって凄い美人であることが判った。
ハスィーさんが女らしい美女だとすれば、シルさんはボーイッシュなハンサムと言える。
まあ、確かに外人のモデルなんか、化粧すると男か女か判らないことがあるからな。美形というのは中性的に見えるのかもしれない。
それにしても、なんかラノベじみてきたなあ。
ギルドでエルフの美女と出会い、冒険者でドワーフの美女からパーティに誘われている(違)。
実際は違うけど、ストーリー展開だけ見れば、俺って主人公そのものといっていいかも。
まだ異世界転移してから3日目だというのに、大抵のラノベよりストーリーの進行が早いんじゃないか。
いえいえ、判っています。
これはラノベじゃなくて現実。
俺は食っていかなければならないし、美女は基本的に俺とは関係がない人たちだ。
そもそも、自分が食っていけるかどうかわからない状況で、ハーレム展開とか期待してるんじゃない。
そんな甘い夢は、社会人になって現実を味わった途端に捨てている。
シルさんは、これから暫定的とはいえ俺の上司というか、上の立場になる人だ。失礼があってはならない。
「改めて謝罪します。間違えて申し訳ありませんでした」
「まあ、私も時と場合によっては女の武器を使うこともあるからな。今回はマコトと初めて会うということで、男形態にシフトしていたし。気にしないで欲しい」
え?
男形態?
ひょっとして、性別を変えられる?
顔に出たのか、シルさんが慌てて手を振った。
「違う! 私は女だ。ボーイッシュにふるまう場合もあるということだ」
良かった。
両性体とか言い出したら、本当にラノベになってしまいそうだ。
そんな現実に適応していく自信がない。俺はあくまでもサラリーマンなんだからな。
あ、もう違うか。
今は無職で、肉体労働系の仕事(危険有り)のバイトに就くことがほぼ決定しているプーだもんなあ。
サラリーマンに戻れるだろうか。
正社員は無理としても、出来れば契約社員、せめて派遣社員に。
福利厚生はともかく、年金と健康保険はどうしても欲しい。だけど、冒険者にそんな制度はない気がするなあ。
ていうか、そもそも年金だの健康保険だのといった概念って、こっちにあるのだろうか。
なかったとしても、どうしようもないけど。
そこら辺のことも聞きたかったが、今その話題を持ち出すのはまずい気もする。
大体、なかったとしたってこの話を断ることは出来ないんだし。
まあ、一生冒険者というわけでもなく、まずはインターンという名のバイトなわけで、ステップアップというか転職の機会もあるだろう。
今は、とりあえず就職が決まったことを喜ぶべきなのかな。
俺は、そう思いながらコップの水を飲み干した。




