表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第一章 俺は不法入国の外国人?
3/1008

1.ここはどこ?

 何でこんなことになってしまったのか。

 俺には判らなかったし、多分誰にも判らないだろう。

 ある日突然、気がついたら山道に立っていたのだ。

 まさかそんな、自分が出来の悪いラノベのような状況に巻き込まれるとは、冗談にもならない。

 上司に命じられて資料を顧客に届けた帰りだった。

 地下鉄を降りて会社に戻ろうとして、階段を上って地上に出たら山の中だったのだ。

 慌てて振り返ったが、もちろん背後に階段などなかった。

 俺はサラリーマンである。

 だから背広に革靴、肩掛けの合成樹脂のバッグを持っているだけだった。

 スマホを確認しても、当然圏外。

 俺は一時的に記憶喪失になって山道に迷い込んだだけなんだと自分に言い聞かせながらしばらく歩き、次にアニメで見た「目の前でウィンドウを開く動作」をしてみたり、近くの木を殴りつけたり、小さな声で「ファイアー!」と叫ぶという器用なことをしてみたが、何も起きなかった。

 よろしい。

 精神疾患でも勇者としての召喚でもない。

 なら、まずは状況の確認だ。

 そもそも俺はヲタクじゃない。

 アニメには厨二病にかかった奴がよく出てくるが、あんなのが真っ当なサラリーマンとしてやっていけるわけがない。

 社会に出てそれに気づいた、というかそもそも俺は最初から厨二病なんか有り得ないと思っていたから、変なことが現実に起きたら全部厨二だと思うことにしている。

 俺は毒されないのだ。

 しっかりと足を地につけて、自分の能力の及ぶ範囲で歩いていくのだ。

 そして定年後は貯蓄と年金で暮らす。

 それが正しい社会人だ。

 だから今の状況は間違っている。

 でも、なってしまったことは仕方がない。

 サラリーマンは、どんな状況でも与えられた立場で努力するしかないのだ。

 そういったことにも今まで気づかなかったくらいパニックに陥っていたわけだが、それは仕方がないことだろう。

 俺は普通の人間であって、アニメや少年漫画の主人公ではないからだ。

 この上は、周りの環境が変でないことを祈るのみである。

 出来れば日本の山の中であって欲しい。

 それが駄目なら海外でもいい。

 せめて地球であって貰いたい。

 後は、出来れば過去とか核戦争後の未来とか、そういうのは止めて欲しい。

 なるべく同時代で。

 最悪なのは俺が住んでいた地球ではないことで、ラノベによればむしろそっちがデフォルトという気がするが、あれはあくまでも厨二な読者向けに書かれた厨二的な小説に過ぎないはずだから。

 めったなことでは異世界とかないから。

 そう虚しく自分に言い聞かせながら辺りを見回した俺だが、太陽は斜め上にあってまだ日暮れには早そうだった。

 とりあえず太陽は俺が知っているのと同じに見える。

 第一関門はクリア、というよりは第一問はミスらなかった。

 月が三つも四つもあるかもしれないが、今は判らない。

 俺が立っている場所は、一応道のように見える。

 もちろん舗装はされていないし雑草が生え放題だが、幅が2メートルくらいあって前後に続いているから、まずは結構使われている道に間違いないだろう。

 ということは人、いやまだ判らないけど人に類するものがいて、しかも結構この道を通っていることになる。

 でなかったら、この程度の道はあっという間に自然に戻ってしまうはずだ。

 そして、ここが何より重要だが、この道は日本の山の中にあってもまったく違和感がない。

 最悪の事態は避けられたかもしれない。

 安堵のため息をついて周囲を見回した俺は、道の両側に生えている木や草も日本の植生と大きく食い違ってはいないことも確認した。

 もっともこれはアジアだったらそんなに変わらないと思えるので、まだここが日本と決まったわけではない。

 いやいや、日本に決まっているではないか。

 異世界とか有り得ないから。

 そう自分に言い聞かせながら、俺はとりあえず歩き始めた。

 一度だけメトロの階段を上がってきたと思われる場所を振り返ったが、もちろん何もない。

 あそこで我に返ってから散々歩き回って、ずいぶん時間を無駄にしてしまった。

 もしここが異世界、いや地下鉄の駅の上ではないとしたら、転移ゲートは一方通行なのだろう。

 ああ、また厨二用語を使ってしまった。

 やはり一時的な記憶喪失ではないのか。

 だがその考えは甘いことが判っている。

 時計を見たら、メトロの駅を出てから1時間程度しかたっていなかったのだ。

 日付を含めてである。

 もちろん1ケ月後のほぼ同じ時刻ということもあるかもしれないけれど、駄目だ。

 曜日まで一緒なのだ。

 記憶を失い、同じ日付で同じ曜日の同じ時刻に回復した、という確率は異世界転移より小さいかもしれない。

 しかも持っているバッグの中身はまったく同じである。

 駄目だ。

 そういったことをグチグチ考えながら歩く。

 道はでこぼこしていて、正直革靴ではきつかった。

 幸い季節は寒くもなく暑くもなく、背広姿の俺にはちょうどいい気温で、湿度も高くも低くもない。

 つまり俺がさっきまでいた東京(ああ、ますます非現実(ちゅうに)になってきている)とほぼ同じ季節か、たまたま同じ状態の場所なのだろう。

 道は延々と続いていた。

 立て札とか標識とか、ここがどこなのかを知るための手がかりがないかとキョロキョロ見てみたが何もない。

 俺は一応、都会育ちである。

 しかもインドア派で山どころか田舎にすら詳しくない。

 山道なんかテレビで見たことがあるだけだが、それでもここまで人工物が何もない道が日本にあるとは思えない。

 普通は何かあるだろう。

 破れたポリバケツとか、捨てられたビールの缶とか。

 いや絶対日本だって。

 そうじゃないと困るから。

 早く会社に戻って係長に報告しないと、課内での立場がますます悪くなる。

 今年は新人が入ってこなかったから、未だに俺が一番の下っ端なのだ。

 普通にプログラミングなどの仕事もさせられているのに、立場としては使い走りである。

 なのに、二言目には二年目と言えばベテランだからな、だ。

 係長はまだいい。

 主任がイヤミでうるさくて、あれは何だ?

 俺はつんのめるように立ち止まった。

 前方を凝視する。

 何かが道の真ん中に横たわっていた。

 道を横切るように倒れているそれは、動物に見えた。

 中型の犬のような印象だった。

だが、その皮膚はヌメヌメとした皮が剥き出して、毛が一切生えていない。

 大型のトカゲか何かに見える。

 少なくとも日本にはあんなにでかいトカゲは存在しない。

 いや野生ではいないはずだ。

 どこかで飼われていたペットが逃げ出して道端で死んでいるのか。

 ちょっと待て。

 動かないから死んでいると判断していいのか。

 ひょっとして、擬態かもしれない。

 近寄ると突然飛びかかってくるかも。

 これは俺の妄想ではなかった。

 何というか、プロポーションが獰猛なのだ。

 トカゲといえば短い足でのそのそ這うというイメージだが、これはそんなものではない。

 太くて長い手足。

 かぎ爪。

 そして牙。

 冗談ではない。

 あんなトカゲがいるものか。

 いや俺はそんなに自然界やは虫類に詳しいわけではないが、あんなのがもしいたら、ガラパゴス島だろうが南米アマゾンだろうが、絶対に日本のロケ班が見逃すはずがない。

 脅威の小型恐竜とか、そういう見出しでドキュメンタリーが出ているはずだ。

 やはり異世界なのか。

 やっぱ厨二になってしまうのか。

 何でもいいけど、誰か安全を保証してくれないものか。

 道の真ん中にあんな死骸が転がっているような環境だと、高望みすぎるかもしれないが。

 ちらっ、とこういう場合のパターンが頭をよぎって、俺はそれを打ち消した。

 ここで半裸の美少女なんかが出てきたら、まず間違いなく気が狂う。

 現実はそんなに甘いものではないことを、1年ちょっとの社会人生活で嫌と言うほど思い知らされているのだ。

 それにしても、どうしたものか。

 ここから引き返すという方法もあるが、あまり建設的とは言えない。

 引き返した先に似たようなものがあったら、どうしようもなくなってしまう。

 意を決して、俺は前進する。

 いつでも逃げ出せるように腰を浮かせながら近寄り、じっくりと観察すると、確かに死んでいるらしく思える。

 なぜなら腹に大きな裂け目があって、内蔵みたいなものがはみ出して見えたからだ。

 吐きそうになって目を逸らし、俺は大きく迂回して進んだ。

 あれは刀傷というか、何か刃物で切った傷だった。

 怖くてよく見ていないが、そんなに鋭い傷ではなかったように思えたから、むしろよく切れない包丁か西洋剣かもしれない。

 力任せに叩ききったという傷だ。

 あまり鋭くないアックスか何かでズバッとやったようにも思える。

 斧が出てくる時点で十分厨二なんだが。

 とにかく、この辺りにはああいう動物なのかトカゲなのか判らないが生物がいるということと、それを一撃で倒す何かがいるということは判った。

 これってやばくね?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ