12.魔王?
「どれくらいやっておられます?」
「創立5年ですね。ようやく、安定した利益が出せるようになりました」
「メンバーは、どのようにして集めているのでしょうか」
「今の正社員は、全員立ち上げの時からのメンバーです。専門技能も重要ですが、やはり気の合った仲間でないと、こういう仕事はうまくいきませんから」
なるほど。
まさにパーティというわけだな。
会社のように見えるが、まさしくチームということだ。
しかし正社員か。そういう風に、俺には感じられる概念ということだ。つまり、それ以外の社員は全部臨時雇い扱いなのだろう。
そして、おそらくこの方法ではあまり発展のしようがない。家族経営の零細企業のようなものだ。
あるいは、学生ベンチャーがそのまま会社形式に移行したというか。ようするに、アマチュアだな。
会社にアマもプロもないけど。
まあ、大体判った。
おっと、これは聞いておかないと。
「メンバーの方の専門は決まっているのでしょうか」
ヒサヤ氏の目が、また泳いだ。
何かあるのか?
「何でも満遍なくこなせますよ。人数が少ないので、全員がお互いの担当を補助できるようにしています」
つまり、際だった特技がある人はいない、と。
魔法が使えるかどうかとか、聞かなくて良かった。
ラノベの知識が邪魔しているが、冒険者といえども全員にチートがあるわけではない。そもそも、ラノベでもそうなっている。
主人公の視点で見るから、冒険者はみんなスゲーのように見えるだけで、大抵の冒険者はコツコツと仕事をこなして稼ぐ、地味な労働者である。
まして、ラノベではなく魔物もダンジョンもないこの世界では、冒険者とは肉体労働専門の普通の人でしかないはずだ。
そうだよな?
聞いてみるか。
「あー、その、未来竜さんが今まで一番大変だった仕事って、どのようなものでしょうか」
「大変、というのが仕事の完遂が困難であった、という意味なら、とある村の害虫駆除を請け負った時でしたね。
とにかく撲滅が難しくて、いつまでたっても終わらないのではないかと思えるほどでした。あれ以来、際限がない仕事は請け負っていません」
正直だな。
まあ、この局面で嘘をついたり誤魔化したりする方のリスクが大きいか。
一度でも嘘をついて、それがバレたら信用が全部吹っ飛ぶ。それが会社というものだ。
まして、大口の取引先の社長令嬢が同席しているのだ。多少看板に傷がついても、ここは全部ぶちまげておく方がリスクが少ない。
「なるほど。では、危険度が高かった、という仕事では?」
ヒサヤ氏は目を閉じた。
少し震えたみたいだ。
それから、言いたくないのを無理矢理口に出すかのように、重い口調で話す。
「……それはやはり、魔王に関わった時ですね」
魔王!
いるのかよ!
いやいや、それは俺にとって魔王のようなものなだけで、まさか本当の魔王とかじゃないよな?!
そもそも、魔物っていないはずだろう!
なるべくゆっくりと聞き返す。
「魔王、ですか」
「はい。あれは今から2年ほど前でした。臨時の仕事で、ギルド肝いりで合同チームが結成されて、我々も参加したのですが」
「あ、あのことですか」
ソラルちゃんが口を挟んだ。
ヒサヤ氏が頷く。
おいおい、知っているのかよ。
魔王が出たとか。
「その、私はよく知らないのですが、魔王というのはやはり魔族の王、ということで?」
「MaZZUoKu? OoU? いや、そんなものではないですよ。アレはそもそも人間ではないし、生物でもないでしょう」
良かった。
俺の知っている魔王じゃないみたいだ。
でも、じゃあなんで俺には魔王と聞こえるんだ?
「しかし、あの騒ぎをご存じないのですか? あの時は、結果的に近隣諸国まで巻き込んだ大災害だったはずですが」
ヒサヤ氏、さすがに怪しんだか。
だが俺が何か言う前に、ソラルちゃんが口を挟んだ。
「ヤジママコトさんは、つい最近こちらに来られたんです。それまではずいぶん遠方で活躍されていて。私もよく知らないくらい、遠いところです」
嘘は言ってない。
ソラルちゃん、凄いな。
「そうでしたか。それでは、魔王についてもよくご存じないと?」
「はあ。私のいた所では、そういった現象がないもので。いや、私が知らないだけかもしれませんが」
ちょっと苦しいな。
魔王がこっちの世界で普遍的なものだとしたら、俺が異世界人だとバラしているようなものだ。
「そうですか。まあ、魔王は簡単に言えば、移動する災害といったところでしょうか。自然現象にしか見えない災害が、よく判らない法則で移動するのです。
魔王に襲われた村や畑は壊滅します。そこに棲んでいるものはすべて死にます」
台風みたいなものか?
「いえ、風や雨だけでなく、竜巻に地震や地割れ、砂漠化、山が出来たり川になったりと、ありとあらゆる自然現象が発生するわけです」
「それと戦ったと?」
ヒサヤ氏は手を広げて見せた。
「人間が戦えるようなものではありませんよ。あの時、我々は災害対策チームを組んで、現地で被災した人たちの救出と脱出を支援しました。逃げている最中に魔王が襲ってきて、追いつかれて被害が出ましたが」
ヒサヤ氏はその時のことを思い出したのか、身震いした。
そうか。
確かに魔王だな。
勇者と戦う方のじゃないけど、魔王としか言いようがない。
「その魔王は?」
「しばらくすると収まりました。長く続いた例は、あまりありません。ただ、前回のように辺地で発生した場合は比較的被害が少なくて済みますが、国の首都などで起きたら被害は物凄いものになるでしょうね」
「壊滅、とか?」
「そういう物語があります」
ソラルちゃんが言った。
「大昔に栄えていた帝国の首都が、魔王に襲われて滅んだという。その国の皇帝が神に逆らったとか、国民が堕落したとかの教訓話になっていますけど」
神の怒りということになっているのか。
神話か。
でも魔王なんだよな。
「判りました。話を戻しますが、とにかく未来竜さんとしては、生命の危機に関わるような仕事はあまりなさらないということですね」
「はい。我々は荒事担当ではないんですよ。もちろん、マルトさんの商隊を襲うような奴らがいれば対処しますが」
リップサービスは忘れない。
威勢のいいことを言う。
ということは、あまり襲われたりしないんだろうな。
そもそも、そんな荒事が頻繁にあるのなら、たった6人でやっているこんなチームはすぐに壊滅してしまうだろう。
どっちかというと、冒険者というよりは日本の零細警備会社に近い。
それから俺は、ヒサヤ氏に当たり障りのないことをいくつか聞いてから、礼を言って引き上げた。
帰り道、ソラルちゃんに聞いてみる。
「魔王って、何なのか判っていないの?」
「学者さんが研究しているらしいですけれど、まだ結論は出ていません。次にどこに出るのかもよく判らないんです。だから、ギルドや国は万一魔王が出た場合は出来るだけ早く対処するための方策を決めています」
「どんな?」
「魔王が出た、という情報を出来るだけ早く知るためのネットワーク作りですね。といっても、出た場合は一番近くの騎士団の担当者が調査して、すぐに首都に連絡するといった程度ですが」
「騎士団って、そういう仕事をしているのか」
「あとは、さきほどの未来竜さんの言われた災害対策チームの編成や、救助隊の派遣に関してギルドと国で取り決めがあるらしいです。
私はまだ、あまり知りませんが」
まだ、か。
ソラルちゃんはもう将来を決めているらしいな。
まあ、社長令嬢という有利な立場にいるんだ。俺なんかと違って就職に苦労することはないだろうが、使える手立ては使った方がいい。
こっちの世界では、将来の夢とか、そういうことを言っていられる場合じゃないだろうし。
魔王なんてのが出るようなら、まずはサバイバルが優先される。
さあて、俺はどうなるのかな。




