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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第二章 俺は就業許可待ちのプー太郎?
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5.働いたら負け?

「では、少し休める所に行きましょう」

 飯を食い終わって皿や鉢を返却棚に返すと(この辺りも学食だ)、イケメンが言った。

 困った。

 どうしても、このイケメンの名前が思い出せない。かといって、今更聞くのは失礼だ。

 まあ、名前知らなくても問題ない気もするけど、これだけ親切にしてくれる人に対して「あなたの名前何でしたっけ」というのもまずい気がする。

 食堂を出ると、イケメンと俺はハロワに向かった。今は昼飯時なのか、あまり人はいなかった。

 こっちでも、一日三食なのかな。

 地球では、昔は一日二食だった時代もあったと聞いているけど。

 がらんとしたハロワのホールを抜けて、階段を上がる。カウンターにも人がいなかった。職員も昼休み中らしい。

 上の階は、あちこちにテーブルと椅子がおいてある休憩室になっていた。いや違うか。ここで面接したり仕事や人を品定めしたりする場所なのだろう。

 こっちも、ほとんど人はいない。みんな、外に食いに行っているのかな。弁当男子とか、愛妻弁当派はいないのか。

 ああ、まだ冷蔵や保存技術が発達してなかった時代は、弁当は食中毒の危険があるのであまり流行らなかったと聞いたことがあるなあ。

 イケメンは、隅の方にあるでかい壺から水みたいなものを酌んでくると、俺に渡してくれた。セルフサービスだが、無料らしい。

 なかなかサービスいいではないか。

 日本のハロワにも給水器があったけど、やっぱそういうところなのかもしれない。

 向かい合って座っても、話題がない。

 このイケメン、何て名前だったっけ。

 そうこうしているうちに、イケメンが言った。

「ギルドの担当の方と少し話したのですが、労働許可は問題なく下りるそうです。発行は来週になりますが、就活を始めても良いと言われました」

 こっちでも就活っていうのね。

 まあ、俺がそういう風に聞いているだけだが。

「そこでですね。まず確認したいのですが、失礼ですが働く気持ちはありますか?」

 くっ、そうきたか。

 NOと言えるはずがないだろう!

「もちろんあります」

「いや、ホントに失礼でしたね。でも、一応確認するように、と言われているので」

 誰からだよ。

 マルトさんじゃないだろうな。

 いや、間違いなくマルトさんだ。

 信用ないなあ。

「働かないわけにはいかないでしょう。マルトさんの顔を潰すことになるというか、むしろ見捨てられそうな気がする」

「そうですね。マルト総括は、そういったことには厳しい人ですから」

 総括か。

 社長かと思っていたが、俺にそう聞こえるということは、俺が知っている代表取締役社長とは違う仕事をしているのだろう。

 会社組織かどうかも怪しいけど、少なくとも組織的な集まりであることは確認できた。

 そして、このイケメンがマルトさんの部下であることも。

 直属かどうかは判らないけど。

「実は、マルトも少し心配していたのですよ。ヤジママコトさんに、働いた経験があるのかどうかについて」

 そんな心配をされていたのか。

 ニート疑惑?

「いや、私は株式会社北聖システムで営業企画を……」

 反射的に抗議すると、イケメンは俺の話を遮って言った。

「ああ、そこです。カブシキガイシャとかエイギョキカなど、我々商人が通常扱う仕事とはかけ離れた業務に従事されていたということですね。つまり、我々の理解できる労働の経験がないのでは?」

 どうでもいいけど、いちいち丁寧語だな。

 ちょっとうざい。

「そんなことはありません。これでも、土木工事や配達業務、ベッドメーキングなどの経験はあります」

 バイトの経験は、一応あるんだよ。

 短期高収入の道路工事のタコ部屋は黒歴史だが、それ以外にも高校の頃年賀状配達のバイトもやったし、就職が決まって大学を卒業するまではホテルで働いていた。

 ベッドメーキングって奴ね。客が出て行った後、ベッドのシーツを替えたり風呂や洗面所、トイレなんかを掃除するんだ。

 基本的に誰とも話さないでいいのが良かった。

 全部、コミュ障でもできる仕事だけどな。

 接客業は、俺には無理だった。

「ああ、なるほど。ベドメィキングがよく判りませんが、つまり肉体労働の経験はあるということでよろしいのですね」

 そう言っているじゃないかよ。

 大体、こっちで働くにしたって俺は読み書きできないんだから、事務は無理だ。接客も、無理とは言わないが嫌だ。

 ちなみに、コミュ障と自分で言っている割にはペラペラしゃべっていると思うだろうが、これはすべて就職してからのスパルタ教育の成果と言える。

 だって、話さないと仕事にならないんだもん。

 水に放り込まれれば、大抵の奴は泳げるようになるもんだ。

「大丈夫です」

「そうですか。いや、マルトも言っていたのですが、ヤジママコトさんは、本来なら様をつけなければならない貴族の出ではないかと思っていたのですよ」

 貴族。

 やっぱいるんだ。

 まあ、地球にもいるからな。

 日本だと皇族だけだが、他の国には結構いるみたい。

 もちろん、そんなの知り合いにはいないけど。でも、会社の契約社員のハッサンは、世が世なら俺はアラブの王族だったとか言っていたっけ。もちろん大法螺だろうけど。

「とんでもない。俺は先祖代々庶民です」

「それにしては、高級な衣類や靴を身につけていらっしゃいますし、身振りも品が良くて、人に対する態度も上品です。

 これは、やはり生まれながらにそういった気品があって裕福な環境で育たないと、身につかないものですから」

 ああ、そういうラノベってあるよね。

 確かに、今の日本人は中世の貴族並の生活をしているし、食い物も豊富で飢えることがないから、一般市民でもお上品になっているらしい。

 本質的に品性が賎しい人もいるので一概には言えないけど、確かに日本の平民がこっちに来たら、貴族のぼんぼんだと思われても仕方がない。

 最近は特に、日本人は民度が高いとか評判だしな。

 でも周りを汚さないとか、偏執的に道路や公共の場を綺麗にするって、貴族の特質とは言えない気もするけど。

「俺の世界では、庶民でもこの程度は当たり前です」

「だとしても、そういう生活をしていらっしゃったわけで、こちらから見れば貴族そのものです。そもそも、生活のための労苦がお顔や手足に出ていません」

 肉体労働してないことが丸わかりってことだね。

 でも頭脳労働、というよりは精神的な労働はやってたんだよ。ブラックとまではいかないけど、下っ端社員は忙しいのだ。雑用で。

「判りました。では、肉体労働を含めて仕事が出来るということで、捜してみましょう」

 イケメンは、いつの間にか手にしていた帳面のようなものを開いた。

 あ、こっちでも紙ってあるんだ。

 でもやっぱ、ゴワゴワしていてあまり書き心地良さそうには見えない。昔、田舎の親類の家で見たことがあるけど、わら半紙とかいうのに似ているな。

 文明の進歩は工業製品の質にダイレクトに影響するから、こういったところでも日本とは差が出てくる。

 でも紙があって割合広まっているということは、製紙業もある程度発達しているのだろう。パピルスなんか紀元前からあったはずだし、紙というか筆記用具の存在自体は機械文明の進歩とはあまり関係がないかもしれないが。

「どんな仕事があります?」

「色々ありますが……その前に、何かご希望はございますか?」

 希望ね。

 働いたら負け、とか?

 いや冗談だけど。

「出来れば、激しい肉体労働は避けたいかな、と」

「そうですね。経験がおありだとはいっても、ヤジママコトさんの世界とこちらでは、肉体労働の種類が違うでしょうし」

 うわ。

 そうか。そうだよな。

 こっちって、多分ブルドーザーとかクレーンってないだろうな。あっても人力か動物駆動か。

 スコップやつるはしって、無理だよなあ。電動ノコギリもないだろうし、露骨な重労働になるか。

 警備員にしたって、自宅警備は冗談としても、ひょっとしたら本気で殺し合いしかねないようなものしかないだろうし。

 無理だ。

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