11.客引き?
とっさに身構えてしまったのは、その女の子がスカートを履いていたからだ。
こっちの女性は、仕事中には原則としてスカートを履かない。
メイドさんに該当する職種の人すら、スラックスなんだよね。
例外は、つまり18禁関係の業種だ。
怖くて行ったことなかったけど、アレスト市にもそういう所はあって、そこではスカートどころか胸開きの服を着て仕事している女性がいるらしい。
そういうのって、多分異世界共通なんだろうな。
俺に声をかけてきた女の子は、幸いにして胸を開けた服ではなかった。
でも、ウエストをきゅっと絞った服で、つまりそうすると胸が強調されるわけで。
間違いなくアレだね。
俺は反射的に90度向きを変えて歩き去ろうとしたのだが、女の子は素早く俺の前に回り込んできた。
「ちょっと、無視しないでよ」
何だ何だ?
ここでラノベ的な展開があるというのか?
いや、俺って仕事中は無理して普通の人のふりをしているけど、基本的にはコミュ障なわけで。
水商売には近寄りたくない。
だが、女の子はしつこかった。
「怪しい者じゃないから」
そういう言い方が、既に怪しいぞ。
あくまで無視して歩き去ろうとする俺に、女の子は数歩追いすがってきたが、諦めたのか気配がなくなった。
日本なら、これで大丈夫のはずだが。
でも俺は知っている。
日本の客引きなんか、世界的に見たら甘くてやってられないレベルだということを。
香港とかトルコとか、凄いよ。
いや俺も別に知り尽くしているというわけではないけど。
でも、実際に会ったことがあるからね。
そういう客引きに。
下手するとカバンの類をひったくられて、追いかけていくと店に連れ込まれたりして。
だから今日の俺は何も持っていない。
金もちょっとやそっとじゃ取り出せない場所に仕舞ってある。
だって異世界なんだぜ。
そのくらい用心しなくてどうする。
ラノベの主人公は、主人公だからあんなに無防備でも平気なんだけど、モブがそんなことしたら、あっという間に身ぐるみ剥がれて路地裏に捨てられるのがオチだ。
でもまあ、無視していれば大丈夫だということは判った。
王都の繁華街に、見るからに田舎から上京してきたばかりのぼんぼんが歩いていれば、それはカモだよなあ。
「あ、そこを右ね」
突然、ぐいと腕を引っ張られた俺は、細い横道に連れ込まれた。
完全な不意打ちだ。
マズった!
油断していたぜ。
腕を振り解いて後退すると、さっきの女の子がきょとんと俺を見つめていた。
「何か用か?」
我ながら、ドスの効いた声が出たものだ。
「用って、聞いてないの? ここら辺を案内してあげるって話」
「聞いてない。
頼んでもいないし、そもそも俺はあなたを知らない」
女の子はあちゃー、と手を顔に当てた。
本当にそんなことをする人っているんだ。
ラノベを馬鹿に出来ないな。
「それは驚いたでしょうね。
あたしはフレア。
ムストの使いだよ」
ムストか。
いや、それだけでは何の証明にもなっていないぞ。
俺達は、あの店で大っぴらに話していたからな。
俺達のやり取りは、誰にでも聞けただろう。
「何か証拠はあるのか」
「証拠って?」
「あんたがムストの使いだという証拠だ」
「ムストの名前を出すだけで十分でしょ」
俺は黙って踵を返した。
話にならない。
少なくとも、あのムストならこんないい加減な接触は指示しないはずだ。
俺、ハードボイルドだよね?
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「断る。
警察を呼ばれる前に立ち去れ」
こっちでも警察っているのか?
ていうか、俺の言葉はそういうたぐいの治安組織名として伝わるはずだから、いいのか。
いやー、魔素翻訳って便利だよね。
女の子は黙った。
俺は大通りに出て、そのまま悠然と見えるように歩いた。
何だったんだろう。
少なくとも、警察を呼ばれたら困る程度には怪しい人だったんだろうけど。
俺は、あそこで近衛騎士の従者だと言われて、それを否定しなかったからな。
そんなカモ、見逃すはずもないか。
まずかったか?
いや、俺自身が近衛騎士だとバレるよりはましか。
それにしてもさすがは王都。
のんびりしたアレスト市とは段違いに危険だぜ。
いきなりここに転移しないで良かった。
今の俺は、これでも結構場数を踏んだから平気だけど、ぺーぺーのサラリーマン状態で突然ここに放り込まれたら、どうなっていたことか。
背広とか革靴とか、金持ちの跡取り息子に見える程度の高価そうな服だったしね。
やっぱり身ぐるみ剥がされてポイだっただろうなあ。
ラッキー。
大通りにはあいかわらず人が多かったが、さっきのような客引きはいなかった。
道の両側には店が建ち並んでいて、それぞれかなり賑わっている。
やっぱり秋葉原とか、中野くらいの人口密度はあるなあ。
原宿とかには敵わないけど。
あのホテル、ひょっとしたら観光用なのかもしれないね。
立地条件が良すぎる。
ただし、あくまで平民用なんじゃないかな。
貴族にはまた別の場所がありそうだ。
おそらく、そこら辺がラナエ嬢たちの限界なのだろう。貴族の従者といった職種や、その人達が持っている専門知識に欠けている。
本人達は貴族で世話される方だから、仕方がないけど。
ジェイルくんなら貴族の従者くらい出来そうだけど、やってくれるのか?
どっちみちこの先、本当に近衛騎士としてやっていくんだったら、そこら辺を総合的にカバーしてくれる人を雇うかどうかしないといけないかも。
そんなことを考えながらも、時々さりげなく財布がまだあることを確認するのを忘れない。
いやー、タイのバンコクとかの掏摸の技術って芸術、いやもう幻術的だからね。
やられたことがあるし(笑)。
でも、あれって注意を残している限りはそうそう出し抜かれないから。
また、掏られるのにひっかかりがあるような場所に仕舞ってある財布はまず、盗られない。
注意がそれたとしても、ワンクイックで抜き取られるような場所になければ、財布は無事だ。
だからずっと注意していたんだけど、特に狙われているような気配は無かった。
でも、さっきの女の子は気配も見せずに俺の腕をとったからな。
あれで、結構なプロだったのかも。
「やっと見つけた」
またいきなりだった。
さっきの女の子が、俺の前に立っていた。
この娘、忍者か?
「もう、あまり移動しないでよね。
探すのが大変じゃない」
「本当に何の用だ?
悪いけど、俺はカモじゃないぞ」
もうここまできたら、決着をつけて二度と近寄ってこないようにするしかない。
俺は、たまたま近くにあった横道に入った。
女の子もついてくる。
人混みから抜け出して、改めて向かい合う。
ここで初めてはっきりと女の子の顔を見たが、何だか見覚えがある気ような?
歳の頃は、ラナエ嬢と同じくらいか。
美少女だ。
またかよ。
ラノベ?
もう勘弁して欲しいぞ。
女の子は、苛立たしげに言った。
「だから、案内してあげるって言っているでしょう」
「断る。
ムストにも、余計なお世話だと言っておけ」
うわー、俺ってマジでハードボイルド?
「だからっ!」
女の子は苛つくように頭を振った。
「ああもう判ったわよ!
誤魔化そうとしてご免なさい!
ムストとは関係ありませんでした!」
白状しやがった。
プロとしてどうよ?
「だったら益々断る。
いいかげんに諦めたらどうだ」
「そうはいかないのよ!」
女の子は、不意に真面目な顔になった。
「お姉様に頼まれたんだから」
お姉様ときたか。
で、それって誰?
「私の名はフレア・カリーナ・ミレニア・ホルム。
帝国皇女にして、シルレラ・アライレイ・スミルノ・ホルム皇女殿下の妹よ!」
パネェ。




